小さい韓国と日本

日本に住んで10年目になる韓国人です。自分の思い出を振り返って書いた内容です。

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近くの役所が主催した、外国人対象のお盆の講習会が老人会館で行われました^^
来ていた外国人はベトナム人が圧倒的に多かったぁ〜・・・!
市内に行くと又違った雰囲気だと思うけど、、此処はなんせ、田舎だしぃ〜笑。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/47/8f/adesignideal/folder/899407/img_899407_20692161_0?-1 https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/47/8f/adesignideal/folder/899407/img_899407_20692161_1?-1
果物の切り方や盛り付け方、차례상(祭壇)への置き方などを細かく教えてくれます。
お供えする物は家ごとに異なりますが、차례상のお供えの位置は大体同じみたいですねッ。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/47/8f/adesignideal/folder/899407/img_899407_20692161_2?-1 https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/47/8f/adesignideal/folder/899407/img_899407_20692161_3?-1  
차례はまず始めに男性(一家の主から)そして婦人(女性)と続くそうです
とても細かく説明して下さいました^^

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/47/8f/adesignideal/folder/899407/img_899407_20692161_4?-1 https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/47/8f/adesignideal/folder/899407/img_899407_20692161_5?-1
手順などは家によって様々に異なりますが、今回の様に細かくは姑も教えてはくれません。
見て、手伝って覚えなさいという感じ。
お盆、正月は準備で忙しくて、ゆっくり教えている余裕なんてありませんし・・・

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/47/8f/adesignideal/folder/899407/img_899407_20692161_7?-1 https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/47/8f/adesignideal/folder/899407/img_899407_20692161_8?-1 https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/47/8f/adesignideal/folder/899407/img_899407_20692161_6?-1
最後はお供え物を皆でいただきました^^

転載元転載元: ★fwapyーの바람 꽃

Power of People

私は子供の頃から国や韓国、日本について他の人より考える時間が多かったと思います。
成長した今も答えはでていませんが自分なりに「国」とは何なのか考えてみました。
私にとって国とは「自分の所属する所」でした。
それは体ではなく、心です。
人は小さくは誰々さんの家族の一員で、○○学校の生徒だったり、○○会社の課長だったり、テニスサークルの一員だったり。自分が所属してる所を言ったら切りがありません。
そのなかでもっとも大きな集団が国ではないかと思います。
国によって多民族だったり、多国語を使ったり、大きかったり小さかったり、二つにわかれてたり…いろいろな形があると思いますが、そこに属してる人達は多かれ少なかれ自分が何人という意識を持って生きていくと思います。
私は韓国人でありながら韓国が嫌いな時期がありました。
今考えるとそれは突然の環境に素直に順応できず、過去にしがみついてたからだと思います。
自分の体も血統もすべてが韓国人なのに心だけが別の所にあったのでは無いかと思います。
でもこんな気持ちを持ちながら韓国で暮して行くのはとても辛い事でした。
私は運良くその勘違いを気づくことができましたが、世のなかには私のような気持ちを持って生きていく人はたくさんいると思います。
私は自分でその間違いに気づいたつもりですが、その過程にはたくさんの人達の影響があったからだと思います。
こんな私なので相手を傷付ける事も多かったと思いますが回りの人達はちゃんと私の居場所を作ってくれたと思います。
人も一人では生きられないように国も一国での生存は難しい。
国際交流は必然的になってる中でそのつき相方は様々だとですが、私はその中で国際交流の一番の立役者は 「人」だと思います。

「Power of People!」何かを変えていくのは一人一人の力でしょう!
いけいけGOGO!笑

(英語は自信ないので間違ってましたらご指摘お願いします 笑)


長らくのご鑑賞ありがとうございます。
実は今まで書いた内容は去年(05年)、ある出版社の新人エッセイ公募に投稿した内容でした。
担当者の話によれば最終審査までのこってたらしいですが、結局落ちちゃったとかなんとか・・(笑)
後に出版社の方から個人的に出版してみないかと言われましたが、それはお断りしましたけど。。

それから・・断って1年ほど封印していていて振り替えて読んでみたら。。
自分で書いといて赤面してしまいます(笑)
これからはもっと気軽にブログの更新をしていこうと思います。
これからもよろしくお願いします。

Part 4

夕方、友達と約束があって町に出かけた。
「もうここでの生活も今年で5年になるのかあ。」
ここにきて間もない頃を思い出した。
はじめは限りなくシンシンと降り積もる雪をみて息苦しさを感じてた。
夏には夏らしくない涼しさがやけに寂しく感じた。
やけにただっぴろく感じる空や町は孤独感を増してた。
でも今はもうそう感じる回数はだいぶ減ってきてる。
それは周りにわかってくれる人、何かを分かちあえる人達ができたからかも知れない。
でも昔のような疑問や悩む気持ちはもうない。
これからはもう迷うこともないだろう。

「わ! 久しぶり〜」
弾けるような声で私は現実に帰った。
何年か前に韓国と日本の交流会で知り合った女の子が立っていた。
彼女は私より年が一つ下で旅行社に勤務してた。
私 :「わ〜 久しぶりだね。 元気だった? どうやって過ごしてたの?」
彼女 : 「実は会社辞めたの。 私今韓国にいるんだよ。 語学院で韓国語習ってるの。」
彼女を知り合ったのは3年くらい前で、旅行社で長く勤務していた。
当初からかなり韓国にはまってたけど、退職して韓国に行くなんて‥
いくらはまってる国だからと言ってもやっぱり全然知らない土地だし、長く努めた会社を辞めるなんて相当な覚悟と決心だったのだろう。
彼女の表情をみて聞く必要もないと思ったが、一応聞いてみる。
私 :「樂しいの?」
彼女 : 「すごく樂しいよ! まだ仕事はしてないけど、もっと韓国語うまくなって韓国で日本人のガイドをしたいんだ。 韓国に來たら連絡してね。」
私 : 「うん。」
バイバイと手を振って彼女は走っていった。
何がそんなに樂しいのか私にはわからない。
でも彼女がこんなに樂しんでるのだ。
きっと周りにいる韓国の人達も一緒にその樂しさをわけあってるに違いない。
彼女の周りも何かが少しづつ変わってるに違いない。。
私は人混みに去っていく彼女の後ろが見えなくなるまでずっとみていた。 -END-

Part 3

ここは佐賀よりも韓国よりも都会で空もこんなに広くて、町もきれいなのに気持ちは晴れない。
たくさんの人といればいるほど孤独感だけが増してくる。
心の中でベソをかいている。

私はずっと長い間何かを勘違いしてたかもしれない..
ここは私が恋しがってたその場所ではないんだ。
私が恋しかったのは日本やきれいな町ではなかったのだ。
好きだったのは子供の頃のクラスメートや樂しかった思いでだっのだ。
ほんとは汚い校舎とか発展してない町とかどうでもよかった。
あの時私が泣いたのは周りに私をわかってくれる人のいない寂しさ感だったのだ。
思い出と日本との区別がついてなかったのだ。

私は自分も知らず知らずの内に中学、高校、大学と韓国での教育を受けながら、韓国の友達を一人一人作りながらちゃんと韓国人になっていたのだ。
今の私は佐賀に行ったときのようになんでもまっさらに受け入れてた子供の頃とは違う。
なのに私は子供の頃の物差しで見ながら全部知ってたつもりで日本や日本人をみて、そして同じ付き合いを求めるからこんなに違和感を感じるのだ。
私は国とか過去の歴史とか関係なく「私」という一個人でみてほしかった。
でも成長しながら学んだ事、考えた事、経験した事から私は知らず知らずの内に自らいろいろな事をみにつけてきたのだ。
子供の頃のように何もかも受け入れてたまっさらな付き合いではなく、今の私には私なりのつき相方があったはずだ。
私は成長しながらちゃんと韓国人として育ち、不平をいいながらもあの国があの人達が大好きになってたのだ。

私は今まで自分の考えを口に出すことで非難されることが怖くて逃げてた。
自分が長く疑問に思ってた事の答えがやっとでたようだ。
私は他の韓国人より日本に関して知ってて、長く日本に住んでいる。
他の人より少しだけ韓国と日本を客観的に見れるのではないかなと思う。

Part 2

それでも時間が経ち徐々に友達も増えていったし、韓国の生活にも成れていった。
中学よりは高校。高校よりは大学の友人が多くなっていった。
それなりに毎日樂しくやっていた。
それでもたまに佐賀の事を思い出した。
思い出すと、今韓国での生活も樂しいけど、やっぱり日本の方がいいかもと心のどこかで思ってた。

私は大学卒業後、就職が日本に決まりまた日本に來ることになった。
もちろん佐賀ではなくもっと北の方だった。
子供の頃みたいにポポポ(뽀뽀뽀)で号泣する事はなかったが、やっぱり新しい土地でだれも知り
合いがいないのは心細かった。
でも日本語もできるしそれに子供の頃あんなに樂しくやってたのだ。
絶対うまくやっていける。
友達もすぐできる。
でもそんな私の考えは全然甘かった。
何ヵ月が過ぎても1年が過ぎても一行に日本の生活にもなれず、友達なんてできなかった。

毎日の会社までの道もよそよそしく、だれといても気が休まらない。
はじめて会う日本の人とは私が韓国人なので話題は自然と韓国の話になる。
知り合ってだいぶ仲よくなったかなと思ってもそれまでだった。
なんか打ち解けられない。なにかが昔と違う。。。
ほとんどの人は好意的だが、なかには意地悪な人もいてわざと韓国人の悪いところを指摘する人もいた。
私も韓国にいたときはムカついてた部分で「こんな韓国人嫌いだ」と思ってたくせに、他人に言われると腹が立つ。
「いったい私はどうしたいの?」と自分に聞く。

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