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子供の頃日本で住んでいたと言うと韓国の人からよく受ける質問がある。
それは「日本でいじめとかされなかった?」
まだ子供だった私は佐賀の友達や周りの人達を否定されてるようで、ムキになって「そんな事はなかった」と反発し不快な気持ちになったが、それくらい日本の「いじめ」というのは海外でもイッシュになっている。
韓国や他の国にもいじめはあるのに、日本のいじめは他の国よりかなり深刻な問題になってる。
人を一回でも泣かせたことのある私がいじめに関して話す資格はないのかも知れないが、そんな質問をされるとどうしてこれまでに日本でいじめが大きい問題になってるのか考えずにはいられない。
いじめの原因を一言にはいえないが、私は日本人の国民性が反映されてるのではないかと思う。
日本のいじめが他の国と違うところはそれが「集団性」という性格を持つようになるとき違ってくるとおもう。
日本人は他の国の人に比べて自分の感情や意見を表するより、みんなの「和」を亂さないようにする事を優先する人が多い。
もちろんそれはすばらしいことだが、でもその反面自分の意見をちゃんと言わずに周囲にながされやすい人が多いのではないだろうか。
「悪いこともみんなでやったら怖くない」みたいに集団でやることによって自分のやってる行動の言い訳をしてるようにもみえる。
そしてみんなでする事に參加しないことにより仲間はずれにされ、自分も同じくいじめられる事を恐れている。
「和」を大切にするほどそこから弾け出された子達はそういう状況をどうしていいのかわからなくなり、追い込まれて行くのではないかと思う。
韓国にもいじめはある。
それは「タ」と言われ、「仲間はずれ」という意味だ。
たくさんの人に仲間ハズレられてると「ワンタ(왕따)」、 全校生に仲間はずれされてる人は「ゾンタ(전따)」とかおもしろおかしな言葉も作られてる。
でもその「ゾンタ」にされてる子はめげる所か「私がみんなを仲間ハズレしてるのよ」のいきおいで対抗する。
これは笑い話のようによく言われるが、その分韓国でのいじめはまだ深刻ではない事を物語ってるかも知れない。
「ゾンタ」だろうが何だろうが自分の意見を主張し、なおそのゾンタの子は悪いのは私ではなく周りと思ってるため開き直るのも早い。
このちょっとずうずうしいとも思えるが、こういう子供に育つのは家庭教育の一つが影響してると思う。
韓国の家庭はとても家族の絆がつよい。
特に親が自分の子への溺愛ぶりは日本の人からみるとかなり驚くほどだと思う。
たいてのこの子供たちは愛情をたっぷり受け明るくハキハキした子に育ってゆく。
しかしこの溺愛ぶりは良い面だけではなく、「我が子が一番」とか「生意気な子」になるためにオーバーヒートするケースもあるが、このような育て方が「ゾンタ」にされてもめげない子にしてる理由ではないかと思う。
連日のように日本のテレビで流れるいじめ、未成年による残悪な犯罪、最近の子供の行儀の悪いさ‥
報道を見ながらこれが今の日本の子供達の現状なのかと疑ってしまう。
私が子供の頃うけた日本の子達の印象はとても行儀がよく素直でいい子たちだった。
でもそれを話すと「佐賀は田舎だからね。それに最近の子達は違うよ」という人が多い。
やはり時代は変ってしまったのか…
私は日本人でなくても、もしほんとだとしたらやっぱりそれはすごく残念な事だ。
そんなある日、仕事で日本の中学生たちに韓国の言葉と文化について説明をする機会があった。
初めその話を持ちかけられた時は「ゲッ」と思った。
めんどくさい気持ちと「最近の日本の子達は怖いと聞くけど、私がちゃんと相手できるかな?」と不安が過る。
赤ちゃんの面倒を見る事は好きだけど、聞き分けのできる子達を相手にするのは苦手だった。
そんな私の気持とは裏腹に当日は着実にやってきた。
当日は午前中からの大雪で交通も亂れ、歩く人も一苦勞の大荒れの天気だった。
私は「やれやれ」と思い、これじゃ午後からくる学生達は絶対遅れて來るなあと思った。
予想通り学生達は時間より遅れてきた。
でも感心したのは自分たちの遅れを察して約束時間の10分くらい前に遅くなって申し訳ないと丁寧に電話をいれてくれた。
実際あってみると身なりや服装もしっかりしてて説明を聞いてる間も礼儀正しくて私は内心とても驚いた。
私は彼女たちを見送りながら自分自信を情けなく思った。
私は何をびびってたのだろう‥
経験もなしに他の人から聞いた先入観で彼女たちをみていた。
子供に日本だろうが韓国だろうが関係ないのに…
それから1ヶ月後彼女たちは私はまねできなさそうにもない立派な礼状と自分達が作ったレポート集を送ってきた。
ペラペラとページをめくってみるとクラスみんなでつくったレポート集らしくいろんな学生がいろいろな国の人に聞いたことが綴られている。
他の学生さんたちを出迎えた人たちは何を思ったのだろう‥
当りが良かったと言えばそれまでかも知れない。
でも大人達が言うほど今の子供達はだらしなくないのでは、日本の未來も明るいのかもしれないと勝手に思った。
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