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『戦国の城の一生』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、引き続きよろしくです

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三回にわたって津久井城の現状を見てみました。最後に、文献史料から津久井城の姿を見てみましょう。

中世・戦国時代のお城の様子がわかる史料はとても少なく、津久井城もほとんどよくわかっていませんでした。ところが、運が良いことに、津久井城の具体的な姿がわかる史料が、つい最近、発見されましたのです!それが「津久井城掟」です↓↓

津久[    ]定
五十七人 □内曲輪より大手へかけて可置山角紀伊守自身、但大手之門侍二人つゝ内藤者ニ然与相加可置、
卅人   剣崎曲輪
     此内曲輪せまくハ天狗山へ出入之人衆之役所之改ニ、内藤者ニ指加可置、
一城外へ一切人衆不可遣候、自然以用所指越ニ付而者、改番ニ山角紀伊守以判形申断可通、
一木草取者人衆之外ニ候、不出而又不叶候、是又以手判可通、かりにもたて山にて不可木取候、内藤如申可取之、
一番中肴風情ニ候共、相互之雑作ニ候間、取替シ事無用候、雖然馬廻より指越者之儀ニ候間、定一度者可音信候間、互ニ肴風情之類一度之音信ニ可相定候、
一寄合酒のミ事、堅可停止候、毎度妄之由候事、
一自馬廻指置意趣者、妄之儀見聞申上候へとの儀ニ候、然ニ可致思慮事物ニより候、大事之境目妄ニ候得ハ国家之危ニ候、譜代之者此処を不存者能々之無所存者未練ニ候、意趣諸城共ニ毎番申付候へ共然者与無其甲斐候、弥遣念可走廻候、
一一騎合自分之騎数共ニ高山乗馬無所詮候、根古屋ニ置候者、人を不付而叶間敷候、自当地或乗懸、或歩にて可罷立候、五騎三騎之間、可致弁済者ハ随意候、
   右定所如此、猶城主ニ候間、内藤ニ相談万端厳重ニ可致候、仍如件、
 申((天正十二年))
(朱印)十月二日
        山角紀伊守殿

おおまかな現代語訳は以下の通り↓

57人…?曲輪から大手に置け。大手門には2人、内藤氏の兵士に加えて置け。
30人…剣崎曲輪。このうち、曲輪が狭かったら、天狗山に出入りする兵士が詰める曲輪の交代要員にするので、内藤氏の兵士に加えて置け。

一、津久井城外へ一切兵士を出してはいけない。もし用事があって外に出す時は、改めて番に山角紀伊守が出す証明書を見せて断ってから通せ。
一、木草を取る人たちは別である。城外に出ないと目的が叶わないので、山角の証明書を見せて通せ。間違っても立山(内藤氏所有の山)において木を切ってはいけない。内藤氏の言うとおりに取れ。
一、在番中、いろいろ接待の類があるようである。これはお互いに手間のかかることなので、いちいちしなくてよい。しかし、今回は馬廻から派遣した者たちなので、一度は接待すべきであるが、お互いに一度だけにすること。
一、番衆が寄り合って酒を飲むことは、堅くこれを禁止する。いつも守られていないとのことである。
一、今回、馬廻を津久井城へ派遣する訳は、妄りの儀を見聞きしたということによる。だから、思慮を重ねるべき事柄であったので派遣した。大事な境目に何かがあったら、国家の危機である。譜代の者共はこのところをよく理解していなく、未熟である。そういう詳しい事情は諸城に毎度申し付けているのであるが、どうもその甲斐がないのである。よってよりいっそう念を入れて働け。
一、山角氏の一騎合衆や正規軍共に、高い山へ乗馬するのは仕方が無い。根古屋に馬を置く場合は、見張りの守備兵を置かなくてはならない。当地(小田原)より乗懸馬を使うか、歩いて行くのもよい。騎馬の数はそれほどでもないので、そのへんは適当に決めてくれ。
右のように定める。なお、城主であるので、内藤氏と相談し、あらゆることを厳重に行うべし。

と、解釈が難しい部分も多いのですが、ざっとこんな感じです。間違っている部分もあろうかと思いますので、ご指摘下さい。

津久井城は、北条氏の家臣である内藤氏の居城です。が、内藤氏は独自に津久井領を支配する領主でもありました。なので、北条氏のことをハイハイと何でも聞くような家臣ではないようなんです。緩やかな主従制というか…。

そんな津久井城ですが、天正十二年(1584)、北条氏は沼尻合戦という大きな戦争を行っていて、領国全体に動揺が広がっていたのです。そんなとき、境目の城として重要な津久井城で、酒ばかり飲んでナニヤラちゃんと仕事をしていない奴らがいるとの情報を聞きつけた北条氏は、自分の親衛隊である馬廻の一人、山角氏を津久井城に派遣した訳です。その時に、北条氏が山角氏に対して、注意事項を書いて与えたのが、この史料なんですね。

ところが、津久井城はあくまで内藤氏の居城なので、内藤氏の言うことを聞け、と北条氏は山角氏に何回も繰り返し命じています。いくら北条氏といえども、内藤氏の意思と無関係に土足で津久井城には入れなかったようなんです。これが面白いトコロ!特に、小田原から馬に乗って津久井城に行くのですが、津久井城は高い山。だから麓の根小屋に馬を置きたい。でも、その馬の管理も、内藤氏は何もしてくれず、山角氏が自分で管理しなきゃいけなかったようなのはとても面白いですね。

こんなふうに、北条氏・内藤氏・山角氏の微妙な関係が垣間見えるのも面白いのですが、津久井城の曲輪名・地名がいくつか登場するのが、城郭研究では重要でしょう!出てきたのは、「大手」「天狗山」「剣崎曲輪」「根小屋」です。「大手」の場所はよくわかりません…根小屋は今でも麓に地名として残ってます。「天狗山」と「剣崎曲輪」は、前回紹介しましたよね。当時の史料からも、そう呼ばれていたことがこれで判明した訳です!しかも、当時も確実に使用されていたこともわかりました。

これ以上、詳しくやると長くなりすぎるので、詳細は「参考文献」に挙げた拙稿↓を御覧下さい。

**********************************************
参考文献
柴辻俊六「津久井城加番役定書について」(『戦国史研究』第52号、2006年)。
拙稿「境目国衆の居城と大名権力ー相模津久井城掟の分析からー」(『千葉史学』第53号、2008年)。

津久井城がある、津久井湖城山公園はこちら↓
http://www.kanagawa-park.or.jp/tsukuikoshiroyama/


*******************************************
https://history.blogmura.com/his_sengoku/img/his_sengoku88_31.gif
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「L神奈川県の城」書庫の記事一覧

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    模型ではかなりの、はげ山になっているのが 辛い。

    [ 羽木 鉄蔵 ]

    2009/2/28(土) 午後 0:17

  • 味方とはいってもいざとなったらどちらに付かれるかわからないし、完全に支配するには兵力も割かなきゃ行けないし、微妙な関係なんですね。

    つじやん

    2009/2/28(土) 午後 0:25

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    まぁ人望があれば

    [ - ]

    2009/2/28(土) 午後 5:14

  • 顔アイコン

    おつかれさまです。
    史料の紹介と参考文献のご提示ありがとうございます。遠隔地にいるとすごく助かります。
    ところで、千葉史学はなかなか西国の公立図書館にはありません。いい入手方法をご教示ください。

    [ nakanishi ]

    2009/3/1(日) 午後 0:08

  • つい最近まで、お城といえば江戸城・大阪城・姫路城・・・そんな想像しか浮かばなかったのに、なるほどと、感心しながら興味を持ち始めています。このブログに感謝です。ありがとうございます。

    まあちゃん

    2009/3/1(日) 午後 0:09

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    何時も良く調べられ其の内容を知るには竹様のこのブログで勉強させてもらっています。日本各地に此れだけ多くのお城が有った事自体にまず驚かされています。此れからも情報宜しくお願いします。

    [ 晴天なり ]

    2009/3/1(日) 午後 3:25

  • 竹さん、北条氏と内藤氏の微妙な関係が伺えて面白いですね。北条氏が内藤氏に何かと気を遣っている様子がわかりました(^^ゞ

    Shane

    2009/3/2(月) 午後 6:39

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    >とうちゃんさん
    まあ単純化すれば同盟関係みたいなもんでしょうね。もうちょっとがっちりしているかな…

    >オブ兵部さん
    内藤氏のような領主を「国衆」と言いますが、彼らは独自の領国支配を行って、大名に「従属」している、という言い方をよくされます。まあこれも単純化すれば盟主といってもいいのかなあ…ちょっと違うか…

    >蔵さん
    そうですね、すぐに土砂崩れが起きそう(笑)

    竹

    2009/3/2(月) 午後 8:05

  • 顔アイコン

    >つじやんさん
    そうですね、いざとなったらどういう行動するか、わかりませんよね…一言で家臣」と言いますが、いろんな「家臣」がいるわけです…

    >nakanishiさん
    いつもいろいろすみません…。
    ウェブキャットで調べたら全然ないですね…。夏の城郭セミナーでは「千葉城郭研究会」の書籍売り場で、城郭関係論文が入った号はいつも販売しています。
    あとは…「千葉歴史学会」のHPでご注文頂くか、中城研の方々は皆さん持っておられると思います♪ こうして見ると、やはり東と西の研究は、なかなか交流できていないんだなと思いました…

    竹

    2009/3/2(月) 午後 8:11

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    >まあちゃんさん
    近世城郭から徐々に中世城郭へ興味が…これは僕の狙い通りです、ありがとうございます(笑)。地域文献、地域再生、何かと「地域」が話題になりますが、地域が地域たる所以はやはり地域の歴史を踏まえねば議論できないでしょう。城跡は様々な可能性を秘めた重要な遺跡だと思ってます。

    >本日は晴天なりさん
    いわゆる山城マニアでもない限り、なかなか存在自体、知らない方がほとんどでしょうね…このネットの時代、もっといろいろな情報発信の方法があると思うんですけどね。これからも関東中心に、たくさんお城が出てきますんで、こうご期待!

    >shaneさん
    ダラダラと書いてますけど、結局内藤と相談しろって、なんなんだ…って感じですね〜。

    竹

    2009/3/2(月) 午後 8:16

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    初めまして。
    大変ためになるエントリーをいつもROMさせて頂いていたのですが、コメントは初めて書き込ませて頂きました。
    拙ブログへのコメント・トラバありがとうございました。
    僭越ながら、こちらからもトラバを張らせて頂きました。

    また、勉強させて頂きにお邪魔したいと思います♪
    よろしくお願いいたします。

    [ ゑ馬 ]

    2009/3/5(木) 午前 0:28

  • 顔アイコン

    >ゑ馬さん
    度々訪問頂いていたとのこと、ありがとうございます!どうぞ、トラバ自由ですので、じゃんじゃんしてください。今後ともよろしくお願いします!

    竹

    2009/3/6(金) 午前 0:45

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    はじめまして,お互い城が好きな人が全国にいっぱいいますので,MLが出来ればよいのにと思っています.
    さて,今,NHKにて大河ドラマの「天地人」が放映されていますが,実は,八王子城が春日山に似ていることより,撮影スタッフが大勢調査に見えられましたが,残念ながら,「曳き橋」が,かなり痛んできたので,新しくしたばかりで,駄目になりました,残念です.
    お気に入りブログに登録させていただきましたので,これからは,しばしばコメントさしていただきます.よろしくお願い申し上げます.

    [ kam*r*oz* ]

    2009/3/6(金) 午後 9:18

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    >kam*r*oz*さん
    ご訪問ありがとうございます!先日は参考にさせていただきました。
    滝山城を使ったとかいう噂を聞きましたね。そうなんでしょうか、見てないもので…ファンポチもありがとうございます。今後ともよろしくお願いします!

    竹

    2009/3/7(土) 午後 11:47

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    遅レスすみません。
    千葉城研のブースにあるんですね。
    国会図書館をみたら竹さんの論考は検索できました。こちらで入手しようかと思います。

    ではでは。

    [ nakanishi ]

    2009/3/23(月) 午前 3:25

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    >nakanishiさん
    いえいえ、とんでもございません。恐れ多いのですが、たぶんセミナーには参加すると思いますので、お会いできたら謹呈させて頂きます。おそらく、千城研のブースで売り子しているはずです…。どれも事実上「史料紹介」なのですが…ホントの専門は城郭ではないので…

    竹

    2009/3/23(月) 午後 6:19

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    先日はご訪問有難うございました。貴重な資料をお知らせいただき有難うございます。ゆっくり読ませていただきます。

    [ st2*02*58* ]

    2009/10/24(土) 午後 0:35

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    >st2*02*58*さん
    ご訪問ありがとうございます!ヤフーじゃないブログですよね…トラバさせて頂いたブログでしょうか。突然失礼しました。
    いつか、津久井の方で講演でもする機会が頂ければいいなと思っています。今後ともよろしくお願いします!

    竹

    2009/10/24(土) 午後 10:01

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    ありがとうございます。見学会に参加して、同じ資料で説明を受けましたが、それよりなお詳しく状況が分かり参考になりました。

    [ しんちゃん ]

    2010/5/16(日) 午後 11:45

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    >しんちゃんさん
    ご訪問ありがとうございます!
    どうもそのようですね、この史料が徐々に一般の方々に知られるようになって、城跡の整備や調査研究にも利用されるようになって、嬉しく思います。

    竹

    2010/5/19(水) 午後 11:22

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