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チリの救出劇、感動的ですね…。 さて、小田原城、続きです。今回は、北条氏時代に築かれた総構(そうがまえ)といわれる大外郭の一部をご紹介しましょう。小田原城の一番の見どころは、実はココだと思っています。 豊臣秀吉が北条氏を攻めようとするなかで、北条氏は城下町まるごと囲むような、周囲10km近くある大外郭を築きます。現在ではほとんどが消滅してしまいましたが、実はこれが部分的に残っています。なかでも、特に残り具合が素晴らしいのが、小田原城北西丘陵に位置する「小峰御鐘の台」に残る大堀切です。とにかく素晴らしいの一言。圧巻です。 場所は、左上に赤○をした部分です。左下の赤丸は次回紹介する早川口遺構です。小田原駅北口から坂道を歩いて15分ほどで、城山公園に着きます。その公園の西端にあります。 案内板もあります。大堀切が三本もありまして、西堀は私有地で見れないのですが、中堀と東堀が見れます。特に東堀がものすごいんです… 東堀の土塁。この土塁だけもものすごく分厚くて高い立派な土塁なんです。こんなのが何百mも続くんですから… 標柱も立ってます。 で、これです!私ももう何回見に行ったことか、という感じですが、見るたびに、やっぱりこれはすごい!と思わせる、圧倒的な巨大堀切! ここから堀底にも入れますが、迂回して中堀にも行きましょう。中堀は舗装された道路になっているので破壊されてますが、それでもその雰囲気がよくわかります。 ここが、中堀と東堀の結節点。本来はここも堀切となって繋がっていたようですね。ここからもちょっと急斜面ですが、東堀の堀底に降りることが出来ます。楽して入りたい方は、先ほどの場所から入った方が安全で無難です。 これが堀底です!先ほどの入り口方面・北側を撮ったところ。すんごいんです、とにかく。 東側斜面から撮ったところ。真ん中左側に人が写っていますが、そこが先ほどの結節点のところです。ものすごいです… 今度は逆に南側を撮ったところ。奥に人が写ってますが、その大きさ・規模がおわかりでしょう…写真も大きくしてみました。 もういっちょ堀底。先ほどより南側に進んで行きました。 東堀はこの部分で九十度曲がってさらに南に続きます。その部分。横矢ってやつですかね。 さらに進んでいくと、道路に出ます。ここからの眺めがまた絶景!左に相模湾、右側の山は石垣山一夜城です! 何回見ても感動です、これは。天守閣とかなら好きだけど、城跡や山城まではちょっと興味ないな…という方でも、この巨大堀切には感動すること間違いなしでしょう。 まだ続きます… |
L神奈川県の城







竹さん、こんちは。
さすが、北条の本城です。
いいですねぇ。
前から行きたいと思ってます。
ポチ。
[ パールのツ・ブ・ヤ・き ]
2010/10/13(水) 午後 9:52
はじめまして
なんとなくフラフラと訪れました(^^;
これから木が枯れて山城探訪のシーズンですね(^^)
[ 貴石 ]
2010/10/14(木) 午前 0:11
これも見逃しました。
ちゃんと下調べしていかないと駄目ですね。
2010/10/14(木) 午前 6:46
去年行ったときの感動を思い出しました。土塁が本当に高くてその傾斜は急で、とても駆けあがれなさそうでした。
[ たけだ ]
2010/10/14(木) 午前 10:07
ブルドーザーもない時代、もっこで土を運び築いた堀。大変な労力だっただろうなと思いをはせています。これだけの堀を造っても滅びてしまう。反対にこれだけの堀を突破して滅ぼしてしまう。歴史に益々興味がわいてきました。
2010/10/14(木) 午後 0:16
後北条時代の小田原城は土塁と物見やぐらの林立する巨大城郭だったようですが、石垣や天守閣を備えた近代的な城ではなかったようですね。
[ ntkd29 ]
2010/10/14(木) 午後 9:31
こんばんは 竹 さん
小田原城は江戸時代の姿に復元整備されているようでしたが、あるんですね〜北条氏時代の物が・・・
(間違っていたら御免なさいですが、以前、TOP画面で使用していた堀切の所でしょうか?)
[ 足軽 新之助 ]
2010/10/14(木) 午後 11:07
>パールのツ・ブ・ヤ・きさん
とにかく全部めぐるのは大変です。でも全部歩いた方が、その壮大さがよくわかりますよ。オススメです。
>貴石さん
ご訪問ありがとうございます!
そうですね〜ようやくこの季節が…花粉が出る前までですね。
>ダックさん
おおそうですか、これは是非見て頂きたい!感動しますよ。
>たけださん
ご訪問ありがとうございます!
実際にご覧になったのですね。堀切もすごいですが、土塁もまたすんごいですよね。今の状況であれですから、当時はもっと深くて急傾斜だったはずなので、とてもじゃないけど攻められないでしょう…
2010/10/15(金) 午前 0:42
>pochiさん
ご訪問ありがとうございます!
そういうふうに思うことは、歴史の勉強をするうえで大切だと思います。決して年号と出来事を覚えるだけではなくて、そんな社会はいったいどんな社会だったのかどうしてそうなったのか…いろいろと考えていくことが必要ですね。
>ntkd29さん
関東の城は、基本的に土づくりの城ですね。なので、一概に近代的ではないともいえないと思います。北条氏時代も一部は石垣があったようです。天守のようなものもあったという説もありますが、定かではありません。タイムスリップしてみたいなぁ…
>足軽新之助さん
北条氏時代の遺構は点々と残ってますよ!なかでもここが一番よく残ってます。ぜひ、見てみてください。
そうです、以前TOP画像にしたやつです。よく覚えてくれてましたね〜。
2010/10/15(金) 午前 0:50
竹さん、いやぁこれはすごいですね。白亜のお城もいいですけど、こっちが本命!って感じです(笑)
あれだけの広さをこれだけの規模の防備で固めて、しかも謙信、信玄を退却させた実績もあると、そりゃ篭城説もまんざらでもない雰囲気になるでしょうね。ということは、大阪冬の陣の篭城説も同じシチュエーションだったんでしょうかね。
[ にすけ ]
2010/10/16(土) 午前 11:49
>にすけさん
こっちが本命!戦国の城ファンにはたまらない遺構でしょう。圧巻の一言。
ところが、この遺構は豊臣軍の襲来に備えて造られたもので、謙信・信玄に攻められたときは、もっと小規模の城だったようです。
籠城するからには、少しでも勝つ可能性にかけていたのでしょうねぇ。
2010/10/16(土) 午後 8:28
私も以前数回、小田原城に足を運んでいます。
西曲輪西堀や本曲輪北堀などの現地説明会にも足を運んでいますが、やっぱり凄いですよね。
東堀と中堀の間の土塁は物凄く広くしかも中堀側に土塁を築いて、郭にしている所もとても感動した事を思い出しました。
薮化していますが、本曲輪と南曲輪の間の堀も深く巨大で見ごたえがありますよ。
これをきっかけに更に北条の城や戦国の無名の城にのめり込んでいったんですよ〜。
公園になってからの東曲輪になってからはまだ訪れていないので、また訪城したいです。
[ 黒備え馬賊 ]
2010/10/17(日) 午後 1:40
>黒備え馬賊さん
現地説明会にはさすがに1回も行ったことないですね〜。現存であんなにすごいのですから、発掘して出てきたのも、ものすごいんでしょうねぇ。
でもこの大堀切をきっかけにのめり込んだとは、実に良い入り方です(笑)私も小机城の巨大な空堀を見たのがきっかけですから、やっぱり堀ですね、堀!
東曲輪は、本当に登っても何もないですが、一度はぜひ!
2010/10/17(日) 午後 10:47