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城郭探訪、また京都です。江〜姫たちの戦国〜にもかけまして、茶々(淀殿)の居城であった淀城に行きましょう。 といっても、この淀城は江戸時代の淀城跡で、淀殿が住んでいた淀城はここから北西1km弱ほどのところにあったとか。その写真、パソコンクラッシュで消えてしまいましたので、江戸時代の淀城のみ、ご紹介します。 江戸時代の淀城は、譜代大名の城で、江戸時代の半ばからは稲葉氏が幕末まで城主でした。今は、本丸部分しか残っていません。城下町の痕跡も残っているようです。『歴史読本』 2011年 05月号にも、福島克彦氏による解説があるので、ぜひご覧ください。 淀城は、京阪本線の淀駅の目の前、というか駅自体が城内なのですが…にあります。淀駅は現在整備中でして、京都方面のホームのすぐ隣に、本丸の水堀と石垣があります。本当に目の前でびっくりしますよ。 降りてすぐ左に城跡碑があります。 駅前は、こんな感じで大量の自転車が置かれてますが、奥はもう本丸跡です。 淀城跡の案内板があります。そこにある縄張図。 看板のすぐ左手には、本丸の石垣が目の前に。 本丸内は公園になっています。すぐに天守台に着きます。奥の高い部分が天守台です。 石垣の上に登って、天守台を目の前で見れます。フェンスの奥が天守台の穴蔵部分ですね。立ち入り禁止です。 フェンス越しに穴蔵部分を撮影。奥のすぐ下が駅のホームです。よく残ったな… 同じく天守台の石垣。よく残ってますね。ここの石垣は積み直しとかないのかしらん。 天守台へと続く階段も、よく残っているようです。こういう細かい遺構も重要ですね。 本丸石垣上は、ほぼ一周することができます。西側には水堀が残っています。 こんな感じ。 駅前のこの本丸部分のみなので、それほど見学時間はかかりません。もちろん、いろいろ細かい部分を見ようと思えばありますけど、時間もなかったのでさっさと駅に。ホームから天守台を見た写真です。本当に目の前でしょ。 そして、淀城を撮影するなら、この角度がベストでしょう!ホームの奥から窓を開けて撮影したもの。右側の石垣が天守台です。 とにかく駅前で、こんなに見学しやすい城跡はそうはないでしょう。淀駅は、京都方面ホームもそのうち京都側に移転するようで、どうも淀城跡も整備される方向性だとか。建物や内堀を復元する計画もあるとかないとか。まああのホームが無くなれば、だいぶ整備しやすくなるでしょうねぇ。 |
L京都府の城









なかなか立派な城割ですね。。でも、こういった川を利用した水城って、台風などの洪水なんかのときはどうなっちゃうんでしょう。。
2011/4/7(木) 午後 10:01
確か目の前に競馬場があったと思いましたが。
[ 桃実 (Momomi) ]
2011/4/7(木) 午後 10:31
縄張図を見ると水堀ば大きいですね。
京都や関西ではお城が多いので是非行ってみたいです・・・。
[ 時の旅人 ]
2011/4/8(金) 午前 10:56
淀城は茶々の城ということですが、今の遺構は江戸時代のものですか。
ということは、茶々時代のものは謎なんですね。
すごく水運のいい水城というイメージがありました。
2011/4/8(金) 午後 2:49
>まったりさん
いや〜、絶対水害になりますよね。埋め立て部分もあるようで、それこそ液状化とか大丈夫なのかなと…
>桃実さん
そうです、京都競馬場の最寄駅ですね。目の前です。こっちも一度行きたいです(笑)
>シュガーさん
いわゆる「水城」ってやつですかね。今ではすっかり面影が無くなっちゃいましたが、当時はキレイだったでしょうね〜。
>ひさにゃんさん
淀殿時代の淀城跡は、堀の跡っぽいのがあったり、中心部だったとされるところにお寺があって、石碑だけ建っている状況です。具体的な構造は、たぶんよくわかっていないのでは。でも、どっちも水運の要だったでしょう。
2011/4/8(金) 午後 6:50
そうなんですか。てっきり当時の淀城の跡に後任者が整備したものかと思ってました。細川藤孝がいたのも違う淀城なんですね?
それにしても、ホントに水城と呼べる縄張りですよね。当然ですけど。
[ にすけ ]
2011/4/9(土) 午後 3:28
京都、大阪の近郊でしかも駅前。本丸部分とはいえ石垣と水堀が残されているのはすごいことです。整備されるということですが、いい方向で整備してほしいですね。
[ - ]
2011/4/9(土) 午後 7:28
>にすけさん
細川の淀城と淀殿の淀城はどうも同じなようです。ちょっとだけ場所が違うんですが、歩いて行ける範囲です。
>はまっ子さん
こんなに駅の前にあるのには驚きました。水堀が目の前にあるのもなんだか不思議な感じです。どんな風に整備されるのか…
2011/4/10(日) 午後 11:13