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『戦国の城の一生』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、引き続きよろしくです

書庫L千葉県の城

城郭探訪、千葉の城の続きです。今回は大台城跡をご紹介します。

大台城跡は、この地域を支配した国衆井田氏の居城として有名です。小田原合戦の時に作成された「北条家人数覚書」にも「大台の城」とあることから、天正18年(1590)時点でも存続していたことは確かなようです。その前後のことはよくわかりませんが、永禄年間頃の史料に、井田氏に宛てて「大台 参」とあることから、永禄年間(1560年頃)に大台城は既にあったといえそうです。

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全景。この城がまたやたらにデカいんですよ。

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縄張図。『芝山町史』から引用。上の全景写真は、図の右側から撮ったもの。

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城跡の麓は民家が立ち並んでいて、「根小屋」や「宿」地名が残っているという話だったような。バスが通る道路もあり、車さえあれば行きやすいです。で、その道路沿い、民家の間に挟まれた道から登っていきます。

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登っていくと、道は「主郭」と「第2郭」の間の堀の中を通る形になります。それがこの道。堀の跡の感じがしますね。

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「主郭」に到着。今は特に何もないです。ただ、広い。

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「主郭」の東北隅っこの部分。ここからの景色は多少よいのです。

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こんか感じの景色です。上空にはひっきりなしに飛行機が飛んできます。

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「主郭」と「第2郭」の間の堀。さっきの部分は道路になって破壊されていましたが、西側の部分はわりと残っていて、城だなと感じさせてくれる貴重な遺構です。

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「第2郭」。ここも広いです。だだっ広い。

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藪の中を降りて行って、「平場A」に。まったくわかりませんね…

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「虎口B」。これもまったくわかりませんね…

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もどって「第2郭」と「第3郭」の間の堀。ここもまずまず残っています。

このへんの城は、こういう感じで、やけに広くて、ずいぶんと大ざっぱな造りの城が多いです。土塁もほとんどないですね。なので、あまり「城っぽくない城」が多くて、見に行ってももう一つピンとこないんです。もっと細かく曲輪取りをしていいはずなんですが、なんでこんなに広大な曲輪にするのだろう…どうやって守るのだろう…


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「L千葉県の城」書庫の記事一覧

  • うーん、やはり駐屯基地か、兵站基地か、ぐらいしか思いつかないですねぇ。
    確かに広大です。

    [ にすけ ]

    2012/3/3(土) 午後 3:23

  • 顔アイコン

    >にすけさん
    地域の中にこの城だけ、というのならわかるのですが、他にもたくさんあるのですよ。村が丸ごと城内にあったのか…なんて思ってしまいます。千葉だと、篠本城など、そういう城もあるにはあるんで。

    竹

    2012/3/9(金) 午後 9:23

竹
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