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弘前城、続きです。 券売所で入場券(300円)を買い、本丸へ。右の石垣の隅石が大きいですが、亀の石という石で、いろいろと逸話があるそうです。 天守にやってまいりました。裏側から見ると、こんな姿なのですね。実際に見て、思った以上にボロいことに驚きました。 天守の横で石垣沿いに発掘調査が行われてました。本丸の石垣にガタが来ているようで、それを全面的に修復するそうです。で、天守下の石垣も修復するために、来年の桜祭りの後に、天守ごと本丸内に移すんだとか。よく建物そっくりそのまま移動するのってありますが、あれです。昔の修理の時もそうやったみたいで、その時の写真が天守内にありました。面白い光景になりそうです。 天守から岩木山を見る。この日は曇っていて、残念ながらこれくらいしか見えませんでした。 天守から、撮影スポットである下乗橋を見る。昨日の写真のところですね。 本丸は広いです。 本丸の西南隅には、未申櫓跡がありますが、ここに当初は五重の天守があったとか。 本丸北側の虎口の石垣。 同じく。内濠とセットで。 北の郭に入りました。東側に「館神跡」があります。なんと、秀吉の木像を祭っていたんだとか。なんでだろう…。 館神跡から内濠・天守を見る。 続きます。 |
L青森県の城









秀吉の木像
津軽信枚かな?
彼の心の正室・辰姫は石田三成の娘で高台院の養女でしたから。
村ナイスヽ(*´∀`)ノ★ぽち
2014/1/31(金) 午前 0:35
天守の移動は面白いですね動かすところを見たいですね!
自分は桜は花も木も嫌いなので "城跡に桜" は邪魔物以外の何物でも無いのですよね~
[ イラブ ]
2014/1/31(金) 午前 1:02
弘前城の石垣、まだ見に行った事ありません。 行ってみたいけど、もう行けないかも。
[ あきやん2 ]
2014/1/31(金) 午前 7:46
>栞さん
さすが、よくご存知ですね…。そうなんですか。にしても、徳川の世によく祭ってましたね。ポチ、ありがとうございます!
>イラブさん
見てみたいですね。市のHPに予定図がありましたよ。木は正直邪魔でした。天守がまるで撮影できないんですよ。天守の周囲くらいはなんとかしてもらえないんですかねぇ。もちろん、大切な桜の木なんですが…。
>あきやん2さん
おそらく積み直しをしたりするので、だいぶキレイになって雰囲気は変わると思います。見るなら、今でしょ!
2014/1/31(金) 午後 9:39
かなりの規模なんですね!
[ 御来欧音(おらいおーね) ]
2014/1/31(金) 午後 9:44
来年の桜祭りの後に修復工事が始まるんですか。ということは今年中に行かないと、しばらくは下乗橋からの天守が見れなくなるということなんでしょうか。
[ - ]
2014/2/1(土) 午後 5:55
>御来欧音さん
本当に広いです。直前の居城だった堀越城があまりに小さくて、不思議です。
>はまっ子さん
そうなんです、見れなくなってしまいます。弘前市のHPにありますよ。
http://www2.city.hirosaki.aomori.jp/kanko/shisetsu/park/ishigaki.html
2014/2/1(土) 午後 6:33
こんばんは、お風邪大丈夫ですか。寒暖の差も激しく、体によくない天候ですね。
弘前城天守、実は裏側も好きなんですが、ボロいんですか(笑)。写真では分からないことですね。
天守をそのまま持ち上げて運び、下の石垣を修理…礎石建ちならではですね。おっしゃる通り、移動の光景は壮観でしょうねぇ。
[ たけだ ]
2014/2/1(土) 午後 10:18
津軽氏は南部氏から独立する時にゴタゴタしてますが、秀吉の北条征伐時に参陣して大名と認められた経緯があったと思います。石田三成も肩入れしてて…。そのつながりじゃないですかね。秀吉の木造は。江戸時代は隠してたんじゃないですかねぇ。
[ にすけ ]
2014/2/2(日) 午前 11:49
>たけださん
もう治りましたよ。疲れもありますね…。
裏側と、天守内にはかなりびっくりしました。天守内部も展示物が結構あって、養生しているとはいえ土足ですし、大丈夫なのかなぁと。
>にすけさん
なるほど、そういうことなのかなぁ・・・。津軽家にとって秀吉とはどんな存在だったのか、そんな津軽藩関係の研究あるのかなぁ・・・
2014/2/2(日) 午後 8:18