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今年は、市原市の城郭を中心に、中世関係の史跡めぐりをしてきました。その記録です。まずは、中世の八幡郷と、もう少し山の方に行ったところにある宮原御所を紹介します。 飯香岡八幡宮。JR八幡宿駅前にある、中世から存在している由緒ある神社です。中世では単に八幡宮と呼ばれていたとか。この周辺は、国府や国分寺もあるなど、古代以来重要な地でした。中世にはこの八幡宮を中心に町場が形成されたようです。このあたりは砂丘となっていて、中世では目の前が海で、海上交通上でも重要な地でした。 八幡宮近くの無量寺にある、伝千葉(馬加)康胤の墓。ここが八幡宿の西の境界になります。これが本当に千葉氏の墓なのかはわかりませんが、中世の墓が割りと多く残っています。 反対側の境界にある称命寺。ここにも、写真のように中世の五輪塔と呼ばれる供養塔がたくさん残ってます。このくらいの大きさのは、権力者というよりも、町の有力者・一般町人レベルのものと思われます。中世八幡宿を支えた人々が偲ばれます。 宮原御所。八幡宿から山の方に車で20分くらいのところでしょうか、市原市宮原にあります。現在はお寺になってます。 宮原御所は、戦国時代、古河公方足利高基の息子である晴直が住んだ場所といわれています。 現在は、こんな感じの土塁が残るのみですが、これも御所の土塁かどうかは不明です。たぶんお寺の土塁なんじゃないかと思います。場所的には、周囲を見渡せる半島状の低い丘になっていて、ここに御所を構えても良さそうな感じですが、比定地は他にもいくつかあるようです。上総には古河公方家臣の所領が多いため、ここに御所を構えたのでしょう。 次回は、有木城など… |
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2009年02月09日
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