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『戦国の城の一生』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、引き続きよろしくです

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1週間ぶりの更新です。今回は、今年6月に行った、東京都の戸倉城です。わかりやすく目立つ山容です。

15世紀に、「武州南一揆」と呼ばれる中小武士集団といいましょうか、そういう地域武士の集合体によって築城されたといわれてます。麓にその一揆に関係が深い三島神社があったり、古文書も残ってますが、戸倉城自体が築城されたのかどうかはよくわかっていません。その後、小宮氏という国衆の居城となり、北条氏に属しますが、1550年頃に離反して滅亡し、北条氏照関係の城となったとされてます。が、これもまた微妙です。つまり、よくわかっていない城です。大石氏の隠居城という説もありますが、それも信憑性に欠けるようです。

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縄張図。『東京都の中世城館』(東京都教育委員会編、2006年)より引用・加筆。おおよそのルートを赤くペイントしました。

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入り口の神明神社。山の北側にあります。五日市街道からちょっと入ったところです。降りてきたおじさんが「マムシ出るよ!」と!

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山頂にある戸倉城の鳥瞰図。こう描かれると立派ですねぇ。

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まずは、こんな感じの道をひたすら登ります。両側が石積みで固められているんですが、その間からマムシが出るらしく、ビクビクしながらの登山でした…

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そこを通過しても、まだまだ、山頂は先です。ずっと登っていきます…

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そしてようやく尾根上に出ました!縄張図の真ん中上、青い○を付けておいたところにようやく到着です。でも、もっと先なんです…

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いったいどこまで続くのやら…

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そして、やっとの思いで中心部に到着!まずは井戸です。登山道の脇に、こんな感じで残っています。当時からあるのかはわかりませんが、地元では「金麗水」と呼ばれているそう。

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見上げると「2」の曲輪が見えてきました!

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「2」から先ほどの登山道を見たところ。

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「2」から「3」方面の尾根を見たところ。

一休みして、「1」を目指します。



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