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『戦国の城の一生』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、引き続きよろしくです

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日本城郭史学会大会の前、午前中に志村城見学会が行われました。私も中学生か高校生か、とにかく相当前に行ったっきりで、ものすごく久しぶりの見学でした。

志村城は、都営三田線志村三丁目駅から歩いて5分ほど。駅南側の城山公園から上の台地上に登って行ったところにあります。駅からすぐなので、訪れやすいです。

歴史はあまりよくわかっていません。室町時代までは志村氏という武士が、戦国時代には武蔵千葉氏の一族がいたようですが、今現在残る遺構とどう関係あるのかはよくわかりません。近くには武蔵千葉氏の赤塚城や、太田道灌が築城したという稲付城などがありますが、それらと何かしら関係があったのかもしれません。

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当時配布の資料から引用。昔の図面で、今は隣に大きなマンションが建ったりしていますが、おおよそは変わっていません。水色の部分が現存する堀です。上から赤線のように見ていきます。

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駅から坂道をちょっと登ると志村城山公園に着きます。入口が城門のようになっていて、その奥の斜面に作られている階段を登っていきます。で、登り切ったところが、二の曲輪である熊野神社の裏手です。そこから、登ってきた道を撮ったもの。斜面にも帯曲輪状のものがありますが、どうなんでしょう…

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階段を登りきると、熊野神社と会社の敷地の間の道路が目の前にあります。どうもこれが二の曲輪と三の曲輪の間の堀跡だとか。

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二の曲輪の熊野神社。この社殿の左側に堀が残っています。

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これがその堀。昔と変わらないですね〜だいたいの大きさがわかりますでしょうか。

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これが「折れ」の部分。赤線を引いておきました。

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戻って社殿の右奥には、土塁の跡らしきものも…

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その土塁の手前には、中世の板碑が残っています。この地域は鎌倉から戦国までの立派な板碑はたくさん残っています。隠れた板碑名所です。明応、永正、大永の板碑です。1500年前後のものですね。文字もはっきり読めます。

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参道の正面、鳥居のすぐ左奥に城跡碑があります。

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熊野神社の鳥居です。

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鳥居から東側に進んで、先ほどの二の曲輪と三の曲輪の間の堀跡を通り、さらに奥に行くと、また道路に出ます。これも外側の堀の跡といわれているそうです。

他にも、近くの延命寺というお寺の境内にある鎌倉時代の板碑も見学しました。

*場所はここ↓↓
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