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前川本城、ラストです。 これは、確か小規模な方の枡形虎口にあった石積み跡だったと思います。 これは何だったか、たぶん小規模な枡形を外側から写したものか…。 これもあやふやなのですが、小規模枡形の外にある三角形の曲輪の虎口だったかと思います。奥が二の丸のか。 で、これが先ほどの写真を虎口を出て左側にある虎口。ここを降りると 横堀があります。そこそこの規模です。 連続枡形に戻ります。大手道の方を降りていきます。大きい枡形の法面にも、このように石積みの跡が見られます。 大手道正面から見た枡形虎口。右側に鏡石のような感じである石は、江戸期だったかのものでした。 虎口の外側は、だらんとした曲輪があります。 大手道はつづら折りになっています。真ん中上の部分が、先ほどの枡形正面です。この手前の空間も、どうも怪しい雰囲気です。 さらに降りていくと、こんな感じになっていて、どうも枡形なのではないかと思いました。 さらに降りて、大手道です。正面でぶつかって、左に曲がると、さっきの写真になります。この道は堂々とした道で、大手道といわれても、なるほどと思えます。これを降りていくと、民家の脇に出て、道路に出ます。これで一周です。 最後に、改めて今回のベスト写真を。これは我ながら見事な写真! というわけで、くまなく見学することができました。本当に衝撃的な城でした。午前中に見たのですが、もうこの城だけで写真も撮りまくって、カメラの電池をだいぶ消費してしまいました。 中内城(中ノ内城)とも呼ばれる前川本城ですが、とにかくその歴史はよくわかりません。ただ、轟川対岸(城の北側)に本屋敷遺跡という中世の遺跡があるのですが、そこは前川本城の城下町といわれています。その遺跡は、16世紀末で廃絶するとかいう話だったような。なので、前川本城もその頃のものではとされることが多いようです。どうなんでしょうねぇ。 しかし、それにしても、この城は川崎町の宝ですよ。本当に、もったいないの一言です。こんな城があるのに、どうやら史跡指定を受けていなさそうです。川崎町のHPでも紹介されていないようです。そして研究者による研究もほとんどされていません。これは、国レベルの史跡として十分価値があるでしょうし、早急に全国の城郭研究者に見てもらって、大々的にシンポジウムでもやったらいいのにと思います。いろいろ事情などはあるのかもしれませんが、とにかくもったいない。どうかこのまま保存されるよう手立てを施して頂きたいと思います。 さて、こんな城は、なかなか見れるものではないので、もうお腹いっぱいという感じで、この後午後に見に行く城は、残念だけど大したことないんだろうな、なんて思ってました。ところが、そんなことを思ってしまった私がバカでした。宮城の城を舐めてました。次の城も、そうした我々の予想を裏切るとんでもない城だったのです…。 次回は、その城をご紹介します。 |
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2015年11月11日
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