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4月6日は「城の日」ということで、更新しましょう。久野城を続けてアップします。近世初頭まで残った城で、地元の久野氏、さらには徳川氏の城です。よく残っています。 現地の縄張図。一応公園になってます。 西側から遠景。 西の丸・主税屋敷方面。 三の丸。 北の丸。 本丸北側下の曲輪と土塁。 その続き。 そこから見た北側の風景。この時はいい天気でした。 東の丸との間の堀。 東の丸。 大手門跡。 大手門跡から見た東の丸と堀。 大手門跡から少し奥に行くと、隅櫓跡があります。道も屈曲してますね。 続きます。 |
L静岡県の城
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続けてアップです。 またまた天守台。 天守台から見た天竜川。昔訪れた時に見た天竜川は本当に美しかったです。今回はちょっと木が邪魔で、よく見えなかったですね。でも天竜川は美しい。 本丸北西隅から見た天竜川。 本丸南東には枡形虎口があります。 石垣のアップ。 「二之曲輪」東虎口の石垣。このへんは破壊・改変を受けてますが、それでも石垣はよく残っています。 本丸に戻って北東部の食い違い虎口へ。ここも石垣でしっかり固められています。 「北曲輪」。神社があります。 搦手に出ました。城跡碑があります。今ではこっち側の方がメインルートですね。 東麓から見た二俣城。 二俣城と鳥羽山城、両方とも見ごたえがある良い城です。セットで見学することをオススメします。 |
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とにかく、写真アップを優先します。今回は、浜松にある二俣城です。徳川氏・武田氏らの攻防戦の舞台となった有名な城で、よく残っています。駅からも近いですし、近世初頭の古い石垣が残っているのが良いです。以前、隣の鳥羽山城はご紹介しました。 縄張図。現地看板より。下側から登って行きました。 鳥羽山城の麓から見た二俣城。本当に、目の前です。歩いても10分かかりません。こんな至近距離に2つも立派な城が、しかも同時期に存在していたとは、どういうことなのでしょう…。左側に天竜川が見えますね。 天竜川沿いに歩いて、登り口に到着。図の「西曲輪」を通って本丸へ向かいます。 「二ノ曲輪」と「蔵屋敷」の間の堀切。 「二ノ曲輪」の下を通って、本丸へ。天守台の石垣が見えます。 天守台。この石垣は、どうも徳川氏の後には入った堀尾氏が天正18年から文禄年間頃に造ったもののようです。織豊系に改修ということのようで。鳥羽山城も同じなので、堀尾氏は2つの城を同時期に使っていたことになるそうです。なんなんですかねぇ。 石垣の隅部。 天守台裏側の石垣。ここの写真撮る人は少ないんでは? 天守台から見た本丸。 続きます。 |
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鳥羽山城、続きです。 「腰巻石垣」。最近の調査で見つかったんでしたっけ? 「腰巻石垣」の上段に上っていくと、本丸西側に出ますが、ここにも素晴らしい石垣が!! いや、これはスゴイ。 石垣はさらに続いて、本丸北西側にも残っています。これも最近の調査で発見されたというやつですかね?本丸の北東側の斜面も見ましたが、こちらには石垣がなかったです。発掘すれば出てくるのか、崩れてしまったのか、もともとなかったのか。ここだけ無いのは変なので、本丸はすべて石垣だったと思うんですが。 本丸の搦手門跡まで回ってきました。 外側から見るとこんな感じ。こっちも立派な虎口です。 本丸内には庭園跡もあります。 搦手門の北東下にある曲輪。 西北にある笹曲輪には展望台があります。 そこからはこんな風景。もうちょっと木が少なければ。 これで中心部を一周しました。こんなに石垣があるとは思わず、正直驚きました。いい城を見ました。ここは絶対にオススメです。正直二俣城よりオススメです。 しかし、何故こんな城を造ったのか、本当に謎です。二俣城は本当に目の前にあります。数百mしか離れていません。二俣城が支配拠点なら、鳥羽山城は儀礼や接待の場として使われていたんだとか、いろいろな説が出されていますが…。 とにかく、見れて良かったです、勉強になりました。 |
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鳥羽山城、続きです。 本丸大手門跡脇の石垣。鏡石でしょうか、大きい石を前面に出してます。 大手門跡を入って本丸内へ。紅葉がキレイでした。そして誰もいない… 本丸内から見た大手門跡。 櫓風の建物がありまして、そこから見た本丸。 眺望もいいですが、木が邪魔であまり見えませんでした。なので「城跡から見た風景」では取り上げられません… 本丸東虎口の門跡。この他に搦手門もあるので、本丸には三ヶ所も虎口があるんですね。 外側から見た本丸東虎口。 そこから本丸東側、大手道や二の丸へ出る細い道があるのですが、ここに石垣がよく残っています。すごいなこれ。 反対側から見た石垣。 前回見た本丸東南隅の石垣に出ます。 大手門に戻り、西側の細い道を降りていくと大きな道に出ます。ここにも低い石垣が残っています。 「腰巻石垣」という標柱が。 続きます。 |








