ここから本文です
『戦国の城の一生』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、発売中です!

書庫L高知県の城

記事検索
検索

全1ページ

[1]

城郭探訪のコーナー、昔の写真をスキャンしたら、意外とキレイだったので、今後は昔の写真を使ってどんどん更新していきたいと思います。

今回は、もう8年前くらいに行った、高知県高知市にある、長宗我部元親の居城・浦戸城です。坂本龍馬つながりでタイムリーですし…。天正19年(1591)に築城されたお城で、あの桂浜のすぐ近くにあります。龍馬記念館の目の前です。

イメージ 1

まずは龍馬ぜよ!桂浜の坂本龍馬像です。確か訪れたのは真夏の頃。台風が近づいていて雨も降ったので、あまり人もいませんでした。

イメージ 2

イメージ 3

桂浜。ものすごく荒れ狂った波でした。「怒涛」とはこういう波を言うのだなという感じ。ちょっと怖かったです。

イメージ 4

その桂浜の公園には、実は幕末に土佐藩が造った浦戸砲台跡もあるんです。これも立派な近代的城郭!石垣が若干残っています。暗くてごめんなさい。

イメージ 5

浦戸城跡碑。桂浜に降りる道路沿いからちょっと入ったところにあります。こちらの石碑は変なところにあるので、あまり訪れる人はいないようです…

イメージ 6

もう1個の城跡碑。こちらは、国民宿舎と坂本龍馬記念館前の駐車場にあって有名です。ここは「詰の段」「天守台」だったところだそうです。説明板などもあります。

イメージ 7

この石碑のすぐ裏が「天守台」跡で、ちょっとした櫓台のようになっています。このような小さい社が建っている程度で、遺構らしきものはあまり見かけませんでした。よく見ればあるそうですけどね。なにぶん、8年前なもんで…。国民宿舎の敷地内に、石垣が保存されているそうです。

さて、この浦戸城ですが、昔はですね、長宗我部元親が、今の高知城である大高坂山城を築こうとしたところ、水害が酷くて工事が困難を極めたために、仕方なくここ浦戸城を築城した、という説がありました。

ところが、最近では、豊臣秀吉の朝鮮出兵との関わりから、全国的に物資の流通拠点・集積地点としての港湾に面した城が築城されているので、浦戸城もその流れのなかで築城されたのだ、つまりは豊臣政権の壮大な戦時体制のもとで必然的に築城されたのだ、といわれています。まぁそれが正しいのでしょうねぇ。

浦戸城そのものの研究がどの程度あるのかはよく知りませんが、浦戸城下町については、最近、平井上総『長宗我部氏の検地と権力構造』(校倉書房、2008年)という本のなかで検討されています。

龍馬像を見て、龍馬記念館を見たら、すぐ目の前にあるこの浦戸城跡も是非ご覧ください!

*場所はココ↓↓

詳しい地図で見る

**********************************************
応援のポチ、お願いします
https://history.blogmura.com/his_sengoku/img/his_sengoku88_31.gif
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ(文字をクリック)

この記事に

全1ページ

[1]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事