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『戦国の城の一生』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、発売です!

書庫L福島県の城

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城じゃないけど、念願の相馬野馬追に行ってきました! 本当に、ようやくですよ。戦国時代やっている人間としては、一度は見てみたいと思ってました。当日は不安定な天気で、何回もズブ濡れになりながら、一通り見ることが出来ました。本当は、前後の日も見なければなりませんが、それはまた次の機会ですね。

仙台駅から常磐線で原ノ町駅まで1時間20分。仙台からずっと満席です。原ノ町駅からは次々と送迎バスがやってきて、簡単に会場へ向かえます。

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まずは、御行列です。400騎ほどの騎馬武者が次々にやってくる様は、圧巻でしたね〜。甲冑や馬の足音、独特の臭いなどまで楽しめました。

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旗指物のデザインもいろいろで、母衣武者も見られましたし、「出し」も見られたし、いろいろ勉強になりました。

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場所は移って雲雀ヶ原祭場地へ。大群衆です。すさまじい蒸し暑さと熱気。これはすごい。

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甲冑競馬です。これが見たかった。
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旗指物を付けて疾走する騎馬武者、いいですね〜。旗のバタバタバタバタ〜という独特の音がまたよかったです。

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そして、神旗争奪戦です。打ち上げられた神旗を騎馬武者たちが奪い合います。雷鳴のごとき音が鳴り響きます。

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煙が上がっていて、右上に旗が落ちてきているのがわかるでしょうか。

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赤い旗が落ちる瞬間です。

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こちらは黄色い旗。騎馬武者が群がります。

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これが御本陣。神旗をゲットした騎馬武者は、本陣山に登り、大将に報告します。打ち上げられるたびに、ホラ貝が鳴り響きます。ホラ貝のリアルな音をこれだけ聞いたのも初めてですね。

他にもたくさん撮影したのですが、このくらいで。ズブ濡れになり日焼けしたし、そもそもかなり疲れていたのですが、とにかくようやく見られたので満足です。皆さんも一度はぜひご覧ください!

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福島県庁があるところは、実は福島城跡です。戦国時代は杉妻城、南北朝時代は大仏城と呼ばれていました。福島という地名は、秀吉がやってきてから付けられた名前だそうです。意外にも土塁がしっかり残っていました。

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県庁隣の板倉神社にある看板。二の丸に当たります。

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神社から見た阿武隈川。

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二の丸は紅葉山公園になっていて庭園跡が残っています。

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公園内には、鎌倉時代の巨大な宝塔が。

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県庁正面には城跡碑が。

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その裏に土塁が残っています。

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こんな感じで。

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この日は、戦後に起きた松川事件の跡にも行きました。正直事件の事をほとんど知らなかったのですが、非常に興味深く勉強になりました。

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三春城、続きです。最後に、中心部から288号線を隔てて北西の離れたところにある、月斎館に行きます。ここを紹介しているブログはあまりないようですね。三春病院、老人ホームあぶくま荘、田村高校の裏手にあります。

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城域の半分ほどが整備されています。こんなふうに入口と標柱もあります。ここは、あぶくま荘の脇になりますね。

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こんな感じで、削平地が続いています。

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で、これが一番大きい曲輪。

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さらに南西方面へ続きます。

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堀切状の鞍部があり、その先にも曲輪があるのですが、そちらはヤブで未整備です。右側に降りていくと、田村高校のグラウンドに出ます。

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曲輪の裾を取り巻く道を歩いて、もと来た方へ戻ります。削平地があります。

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こんなもんです。土塁や堀切はありませんでした。

月斎館は、田村一族の有力者・田村月斎の居館だったようです。三春城の中心部からは明らかに独立していますね。ある種の群郭式城郭なのでしょうか。

三春城、終わりです。なかなか良い城でした。

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三春城、続きです。

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本丸の東下にある曲輪へ。パンフレットには出ていないのですが、こんな石垣もあります。これも戦国期のもの、具体的には田村氏時代のものと考えられているようです。某論文にあった写真では、真ん中に大きい石があって、後世の積み直しとあるのですが、その石らしきものが落ちていますね…。

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で、前回の最後の写真の曲輪内部には、パンフレットに載っている戦国時代末期のものとされる石垣があります。緩やかなカーブを描いている石垣なのですが、発掘をしたようです。まあたしかに、本丸周辺の石垣とは、時期差がありそうな感じですな。

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さらに下に降りて、園路沿いを歩くと、またこのような微妙な石垣があります。某論文によると、岩盤を削ってその上に積んだものとしています。これも戦国期とされています。

で、この他にも所々に石垣があるようですが、全部は見れませんでした。リベンジしたいところです。

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次に、本丸の南南東の尾根上にある「東館」を見ます。

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これが東館の中心部。

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どんどん降りていきます。途中には堀切らしきところも。

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麓には田村大元神社があります。

続きます。

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三春城、続きです。

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本丸からの眺め。紅葉が見事でしょう。

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ここからが三春城の見どころ。本丸の北東隅には、蒲生氏時代とされる石垣が残っています。落ち葉のせいもあって、はっきりとは見れなかったのが残念。

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別角度から。なんとか手を伸ばしてギリギリのところで撮影。落ち葉で足の踏み場がどこだかわからず、本当は一段下に降りたかったのですが。

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で、これが一番の見どころ、同じく蒲生氏時代とされる本丸裏門跡外にある石垣。ここが一番よく残っていて、なおかつ道沿いなので見学しやすいです。これも、落ち葉のせいか、もう一つはっきり見えなかったのが残念。

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まあそれでも十分見えていますが。これはなかなかよいですね。東北における豊臣インパクト。

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もう少し外側から。奥に石垣がありますが、手前もちょっとだけ石垣っぽくなっています。

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下に降りると、矢倉跡なる場所に。

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そこから本丸下段を見る。

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さらに降りて行って搦手門跡。

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東北側へぐるりと回って、本丸の下、東側にある曲輪(だったはず)。ここに、戦国期のものとされる石垣があります。

続きます。

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