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『戦国の城の一生』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、発売です!

書庫L京都府の城

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山崎城、続きです。

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縄張図はこんな感じ。福島克彦氏作図。『京都乙訓・西岡の戦国時代と物集女城』(文理閣)より引用させて頂きました。この本は、以前紹介しました↓↓ 
http://blogs.yahoo.co.jp/joukakukenkyuu/26679495.html

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天王山山頂はこんな感じ。なぜか石が積まれて、墳墓のようになってます…。ここは櫓台のようになっています。天守台ということでいいんですかね。

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その北側裏手にある一段下がった曲輪。というよりも、本丸,琉貮瑤任垢諭

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本丸西側の一段下にある曲輪◆L擇切られていて日当たりがいいです。

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で、この△里気蕕棒沼斜面に降りていけそうなくらいの道じゃないような道がありまして、謎の石垣があります。石の大きさ、積み方からして微妙ですけど、これって遺構の一部なのでしょうか??

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△瞭鄲Δ琉戝焚爾龍蔑悗砲楼羝佑あります。縄張図にも井戸のマークがありますね。

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さらにその南側一段下の曲輪。

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さらにさらに南側一段下の曲輪には、これぞ正真正銘のものと思われる石垣が!の部分ですね。この左側斜面にもっと大規模にはっきりと残っている部分があるようですが、藪のせいか、よくわかりませんでした。立ち入り禁止のテープがいたるところに貼られてましたし。

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また来た道を戻って、今度は、い閥蔑悗瞭睇瑤鯆未詁擦鯤發い討澆泙靴拭その途中にあるあたりの横堀。ここはわりとはっきり残っていたかと思います。

有名な山崎城ですが、う〜ん、遺構としてはこんなものか…。やっぱり縄張は関東にかぎる!?なんていうと怒られそうですが…

ほとんど準備もせずに行ったのもよくなかったですね。だいたい、こんな有名な城なのに、城そのものの案内板がまったくないです。

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10月に京都に行った時に、せっかく天気もいいし、ということで、足を延ばして山崎城に登ってきました。羽柴秀吉と明智光秀が戦った、あの「山崎の戦い」「天下分け目の天王山」で有名なですね。山崎城自体は昔からあったそうですが、山崎の戦い後に秀吉が本格的に築城しています。一度は見てみたかったんですよね。ようやく念願かないました。

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JR大山崎駅から歩いていきます。改札を出たら左に線路沿いに歩いて、踏切を渡ってそのまま宝積寺の参道を登っていきます。この道がものすごい坂道で、ここでもう嫌になってしまう人もいるでしょう(笑)
これをかなり登っていくと、やっとのことで宝積寺に到着しますが、まだまだここからがスタートです。このお寺自体、重要文化財も多くてすごいんですが…

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本堂右奥に天王山への登山道が続いています。

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こんな感じのところを延々と…道は割と整備はされていて、登山客もとても多かったです。

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中腹あたりに天王山山頂のちょっと下のところにある酒解神社の鳥居が見えてきます。鳥居をくぐると山崎の戦の説明版があります。

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鳥居周辺はキレイに整備されていて、「旗立松」なんてのも。

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山崎合戦の石碑も。

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すぐ横には展望台もあって、ここからお眺めは素晴らしいです。

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さらに登って、ようやく山頂一歩手前の酒解神社に到着!ここも重要文化財ですごいんですよね。よく兵火で失われなかったなぁと。

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この辺からが城内となります。縄張図はこんな感じ。福島克彦氏作図。『京都乙訓・西岡の戦国時代と物集女城』(文理閣)より引用させて頂きました。この本は、以前紹介しました↓↓ 
http://blogs.yahoo.co.jp/joukakukenkyuu/26679495.html

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神社の右手後方からさらに登っていきます。たぶん、図のΔ△燭蠅亮命燭任后ちょっとわかりにくかったですね…全体的にこの城、よくわからんです。

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山頂(本丸)まであと少し!図の─銑,砲けての道です。

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山頂に到着!結構人がいました。

続く…

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二条城、続きです。

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本丸櫓門。ちょっと変わった見た目になっているのは、明治以降の改修があるからだそうで。

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本丸御殿。これは、二条城の本丸御殿そのものではなくて、旧桂宮邸を明治の頃に移築したものです。本丸御殿と名付けると、勘違いする人も出るでしょうに。

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天守台です。もともとは天守があったのですが、1750年に焼失してしまってからは再建されませんでした。

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天守台からの眺め。城内や京都近郊の山々が見渡せます。

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奥の西橋から見た天守台と堀。

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西門。裏側からの写真なので、よくわかりませんね…

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堀沿いをぐるっと回って北中仕切門。このへんは人が少なかったですね〜。

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北側から本丸櫓門を見る。

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北大手門。これも内側から見たのみです。

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オマケ。城内でのたき火、タバコは禁止です。二条城の場合は知りませんが、江戸時代の城でもどうも一般的に城内でのタバコは禁止ないし制限されていたようです↓↓
http://blogs.yahoo.co.jp/joukakukenkyuu/27388097.html

*ほかにも二条城関係の記事、あります↓↓
http://blogs.yahoo.co.jp/joukakukenkyuu/22973161.html

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世界遺産、二条城に行きましょう。先月行きました。幕末の「大政奉還」が、ここ二条城の二の丸御殿で決定したのは有名ですね。その部屋が今もそのまま残されて、見学することができます。最初見たときは、こんなに狭いところだったのか…と驚いたもんです。

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まずは、西南隅櫓。ここは大手門とは反対側なので、見に来る人も少ないでしょうね。今回はたまたま二条駅から歩いていったので、初めて見ることができました。これも重要文化財に指定されています。

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ず〜っと堀沿いに歩くと、南門が見えてきます。これは江戸時代のものではなく、大正天皇が即位した時に新しく造られたものなんだとか。

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そして、東南隅櫓が見えてきます。これも重要文化財。地下鉄二条城前駅から出るとまず見える櫓ですね。

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そして、大手門に到着!ここでチケットを買って中に入ります。相変わらず混んでいます。

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入るとすぐに国宝の唐門が。豪華です。

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そして、国宝の二の丸御殿に到着!内部は撮影禁止なのでご紹介できませんが、広いです。途中に「大政奉還」の間があります。

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二の丸には大きな庭園もあります。優雅な気分になります。

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二の丸を出て本丸へ。右側に鳴子門が見えます。

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左側には桃山門が。これらも重要文化財のようです。

次は、本丸へ突入します。

*ほかにも二条城関係の記事、あります↓↓
http://blogs.yahoo.co.jp/joukakukenkyuu/22973161.html

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城郭探訪、また京都です。江〜姫たちの戦国〜にもかけまして、茶々(淀殿)の居城であった淀城に行きましょう。

といっても、この淀城は江戸時代の淀城跡で、淀殿が住んでいた淀城はここから北西1km弱ほどのところにあったとか。その写真、パソコンクラッシュで消えてしまいましたので、江戸時代の淀城のみ、ご紹介します。

江戸時代の淀城は、譜代大名の城で、江戸時代の半ばからは稲葉氏が幕末まで城主でした。今は、本丸部分しか残っていません。城下町の痕跡も残っているようです。『歴史読本』 2011年 05月号にも、福島克彦氏による解説があるので、ぜひご覧ください。

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淀城は、京阪本線の淀駅の目の前、というか駅自体が城内なのですが…にあります。淀駅は現在整備中でして、京都方面のホームのすぐ隣に、本丸の水堀と石垣があります。本当に目の前でびっくりしますよ。
降りてすぐ左に城跡碑があります。

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駅前は、こんな感じで大量の自転車が置かれてますが、奥はもう本丸跡です。

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淀城跡の案内板があります。そこにある縄張図。

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看板のすぐ左手には、本丸の石垣が目の前に。

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本丸内は公園になっています。すぐに天守台に着きます。奥の高い部分が天守台です。

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石垣の上に登って、天守台を目の前で見れます。フェンスの奥が天守台の穴蔵部分ですね。立ち入り禁止です。

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フェンス越しに穴蔵部分を撮影。奥のすぐ下が駅のホームです。よく残ったな…

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同じく天守台の石垣。よく残ってますね。ここの石垣は積み直しとかないのかしらん。

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天守台へと続く階段も、よく残っているようです。こういう細かい遺構も重要ですね。

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本丸石垣上は、ほぼ一周することができます。西側には水堀が残っています。

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こんな感じ。

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駅前のこの本丸部分のみなので、それほど見学時間はかかりません。もちろん、いろいろ細かい部分を見ようと思えばありますけど、時間もなかったのでさっさと駅に。ホームから天守台を見た写真です。本当に目の前でしょ。

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そして、淀城を撮影するなら、この角度がベストでしょう!ホームの奥から窓を開けて撮影したもの。右側の石垣が天守台です。

とにかく駅前で、こんなに見学しやすい城跡はそうはないでしょう。淀駅は、京都方面ホームもそのうち京都側に移転するようで、どうも淀城跡も整備される方向性だとか。建物や内堀を復元する計画もあるとかないとか。まああのホームが無くなれば、だいぶ整備しやすくなるでしょうねぇ。

*場所はここ↓↓
http://yj.pn/QU7nNp

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