|
城郭探訪、予定通りの高岡城です。今年3月に訪れました。慶長14年(1609)に前田利長によって築かれた城なのですが、実は居城だった富山城が火災でほぼ全焼してしまい、その代わりに造られた城なのです。その後、富山城も復旧して、元和元年(1615)または寛永15年(1638)には廃城となったそうです。なので、非常に短期間存在していたお城なのですね。近世では珍しい城なのではないでしょうか。 高岡駅から歩いて15分くらい、十分歩ける範囲です。現在は高岡古城公園となっていて、遺構は非常によく残っております。縄張もとてもわかりやすいです。 駅から歩いてまず見えるのが、この大手口・鍛冶丸の堀です。 大手口から城内へ。二の丸の堀。 本丸南側の堀。 本丸土橋の石垣が見えます。 これも本丸。朱塗りの橋があるこのカットは有名ですかね。 三ノ丸には井戸もあります。 本丸西側の堀。堀で魚釣りは禁止です!江戸時代も釣りは禁止されていたお城が多いです。詳しくはこちら↓↓ http://blogs.yahoo.co.jp/joukakukenkyuu/21441590.html http://blogs.yahoo.co.jp/joukakukenkyuu/27627558.html 本丸内部。 本丸南側虎口土橋の石垣。この土橋の部分くらいしか石垣は残っていなかったはずです。 土橋沿いには枳殻の柵が。枳殻(からたち)は防御用に城内に植えられている場合が多かったようです。トゲが鋭い。 これも土橋の石垣。 ついでに高岡大仏。 城下町の様子。 ざっと写真アップのみでしたが、この高岡城、実は史料が結構たくさん残っています。しかも、高岡市立博物館HPにそれらが集成・公開されています。これは素晴らしいですね〜。内容的にも興味深いものがちらほら↓↓ http://www.e-tmm.info/siro.htm |
L富山県の城
-
詳細
全1ページ
[1]
コメント(4)
|
せっかく行ったのにアップしていない写真を、取りあえずアップしていきます。今年の3月に行った富山城です。 天文12年(1543)に、神保長職により築城されたのが最初とされています。その後、信長家臣の佐々成政が城主になり、江戸時代には加賀前田家の城となり、金沢藩の支藩が置かれてました。 天守が建っていますが、これはもちろん模擬天守で、現在は富山市郷土博物館になっています。昭和29年(1954)に、戦災復興事業完了を記念して開催された富山産業大博覧会の時に建設されたものです。模擬天守なので、史実は踏まえていない天守ではありますが、戦後に造られた模擬天守の中でも最古のもので、平成16年には国の登録文化財になっています。いわば近代史の遺産なのですね。近代史の問題として、私はこうした模擬天守に非常に興味があるので、その意味でも見たかった城でした。 富山駅から歩いて十分行けます。駅からまっすぐ南下すると、旧神通川にあたります。これが富山城の北側を守る役割を果たしていたそうです。 現在は、中心部が城址公園になっています。天守が見えてきました。 もうちょっと近づいたところで写真を。 この角度は撮影スポットですね。堀の水面に映ってキレイです。 もういっちょ天守。 本丸南側の枡形から入ります。 枡形には、かなり大きい石がいくつか使われています。鏡石ってやつですか。 また別角度から。 千歳御門。嘉永2年(1849)に第10代富山藩主・前田利保が隠居所として造営した「千歳御殿」の正門として建てられた門で、最近公園整備にともなって移築されたそうです。 公園内の佐藤記念美術館の建物も、お城です。「あやしい城」の雰囲気がいいですね(笑) で、これが、確か富山第一ホテルだったかな、公園向いにあるのですが、その敷地内にある中世の石塔です。天守の学芸員さんに教えて頂きました。通り沿いにあるので、誰でも簡単に見学できます。 高岡城も行ったので、それは次回。 |
全1ページ
[1]






