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引き続き、山口市内の城ということで、ベタな山口城跡です。幕末に萩城からここに藩庁が移転し、山口屋形とか山口城とか呼ばれたそうです。今は県庁の敷地になっています。 わずかながら、堀が残っています。 そして、現存する表門。 城跡碑があります。 裏から見るとこんな感じ。 説明板も。 堀から表門を見る。 これだけです。 |
L山口県の城
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大内氏館、続きです。 南東側の堀と土塁。この裏が庭園になります。 東側の土塁と堀。一直線ですね。 北東角から見た東側の土塁と堀。 北東角から見た北側の土塁と堀。 一周して西側に戻ってきました。この垣の裏には・・・ 別の庭園跡があります。こっちは枯山水だったとか。館の西北にあたりますね。 西側中央には、門が復元されています。 門の隣には、石組溝も。これにて大内氏館は終了。 せっかくなので、関係寺社も。これは毛利家の菩提寺・洞春寺。山門は室町時代のもので重文。 観音堂も室町時代で重文。 今八幡宮も室町時代で重文。 ということで、大内氏時代の建造物・史跡が多数あります。本当は高嶺城とかに行きたかったのですが、この暑さと真夏の草ボウボウ状態ではムリでした。そのうち、行ってみたいと思います。 |
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新しい書庫として、「山口県の城」を設けました。先日人生初の山口県入りをして、ちょっとだけ城を見てきました。それが、この大内氏館跡です。かの有名な大大名・大内氏の居館跡で、国指定史跡として調査・整備が進められています。 猛暑・酷暑の中の山口市内をレンタサイクルで巡りました。死にそうでした・・・。取りあえず主要な史跡は見ましたが、なかでもこの瑠璃光寺の五重塔は有名ですよね。「日本一美しい五重塔」といわれているとか。他にも見ましたが、お城のブログなので、お城を取り上げましょう。ということで、大内氏館へ。 その前に、隣にある築山館跡。八坂神社の境内にあたります。大内氏館の別館的なものとして、15世紀半ばに造られたそうです。その名の通り、築山があったとか。今は何もないです。 看板。典型的な方形館・守護所の形になってます。 南西隅の部分。砂利道が堀跡です。 南側の堀と土塁。 城跡碑。今は龍福寺の敷地になってます。 龍福寺の山門。 本堂は室町期のもので重要文化財です。左手奥に資料館があります。ここが冷房が効いていて、生き返りました・・・。 境内の南東部には、発掘調査で出てきた庭園が復元・整備されています。 なかなか立派な池です。奥の屋根が本堂。 井戸跡もあります。 これを見ると涼しげなのですが、実際は倒れてしまうくらいの猛暑でした・・・。今年は東京も暑かったですが、ちょっと山口の暑さは異常でした・・・。 続きます。 |
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