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小山城、続きです。 小山城の本体に参ります。入口にある看板から。 まずは、本丸と二の丸の間の堀。今は道路になっていますが、なかなかの規模です。 間にかかる橋。 橋の上から見ると、こんな感じ。 で、橋を渡ると角馬出に出ます。その堀。大きくて立派なものです。訪れたのは高校生以来ですが、意外と小山城残ってますね。 二の丸。 二の丸北側の堀。ここもデカい。 続きます。 |
L栃木県の城
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今度は栃木県小山市の小山城(祇園城)です。ここも、有名な城ですね。最近は小山評定で売り出しているようで、幟が立っていたりグッズが討っていたりして驚きました。最近、小山評定フィクション説も出ていますが、市としては微妙でしょうねぇ…。 まずは、小山城の本体ではなく、その周辺からご紹介します。というのも、以前史料紹介させて頂き、「真田丸」の時代考証にも少しばかりお役にたったらしい「里見吉政戦功覚書」に、小山のことがたくさん出てくるのですが、そのなかに都市小山の北口である「木沢」と、「土塔塚」なる塚が登場するのです。その現場を見たくて行ってきました。 ちなみに、「里見吉政戦功覚書」の全文は、ネット上でようやく見れるようになりました。以下のサイトで見れます。本文の翻刻は誤りないと思うのですが、付録の史料にはいくつかミスがあります。何かの機会に訂正したいと思っております。PDFなのでご注意。 http://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/100018/03862097_43_t091_TAKE.pdf まずは、都市小山の東口である馬野路口です。駅からほど近い場所で、線路の東側、薬局がありますが、そのへんだといわれているようです。で、ここからまっすぐ東の方へ700mほど行くと、「土塔塚」があります。 「土塔塚」とは、小山市城東5丁目にある愛宕神社境内の、愛宕山古墳のことを指すと考えられます。土塔という地名は南側にも残っていますが、このあたりも元々は土塔だったようですね。境内には土塔愛宕会館もあります。 参道の奥に行くと、こんな感じ。なかなか大きな円墳でしょうか。思ったより大きくて驚きました。 もう少し近くで。 これだけの高さがあります。 裏手から見た写真。木が無く、周囲に高い建物もなかったでしょうから、これはかなり見晴らしが良かったことでしょう。ここに、小山城を攻めた太田・梶原軍が在陣したようなのです。現場を見て、ここを選んだ理由がよくわかりました。貴重な遺跡ですね。 次に、木沢口です。ここは「木沢土塁」なる土塁が残っていることで有名です。国道四号線沿いに日枝神社がありますが、そこです。 長い土塁がよく残っています。 土塁の裏手に行くと、堀の跡なのか道の跡なのか、なんともいえぬ微妙な地形となっています。 続きます。次は、小山城に行きます。 |
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栃木県の城、初になります。もちろん、今まで栃木県の城は何城か訪れたことはあるのですが、最近は全く行っていませんでした。先日久しぶりに訪れたのが、宇都宮城です。昔は何にもなかったんですが、本当に変わりましたね…。 画像では見てましたが、行ってみて本当に変わりましたね。こんなふうになりましたか宇都宮城。 清明台櫓。江戸時代には天守の代わりを果たしていた櫓だそう。土塁も堀も復元ですよね。清明台の土台は一部残っていたかな。堀も以前は少しも残っていなかったような。 斬新なのは、土塁をぶち抜いてトンネルにして、そこを通って本丸内に入るようになっていること。これはすごい…。トンネル内には城跡に関するミニ展示室がありました。そして本丸内部がまたこんな感じ。さっきの清明台櫓の裏側です。 アップ。中にも入れますが、1階部分のみ。2階は毎月第3日曜日のみ入れるそうです。 中に入って堀を見る。 本丸内部。この時はイベントをやっていて賑やかでした。災害時の避難場所にもなっているそう。 富士見櫓。これも内部に入れます。 富士見櫓から清明台櫓方面を見る。すごい光景… 外側から見た富士見櫓。 その下の水堀。外から見るとキレイなんですけどね。 公園内には清明館という資料館もありまして、近世宇都宮についての展示がされてました。 |







