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『戦国の城の一生』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、引き続きよろしくです

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気仙沼の領主熊谷氏の本拠、赤岩城です。周囲には中館と月舘という城館跡もあり、いずれも熊谷氏関係といわれていますが、この赤岩城が一番規模の大きい城です。いずれも気仙沼駅から比較的近い距離にあります。気仙沼駅にレンタサイクルがあるので、それを借りて行ってきました。ちょうど国道45号線のトンネルの真上になります。

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最近整備されつつあるようで、看板もたっています。南側の川沿いの細い道沿いにあります。

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奥の山が城跡です。登り口は画像の左側から奥へ入っていくとあります。途中に秋葉神社もあります。

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これが登り口。地元の保存会によって旗が立てられています。周囲には民家が数軒。静かです。

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こんな道を登って行きます。12月に行ったとはいえ、いちおう簡単な鈴を鳴らしながら慎重に登っていたのですが…。

目の前に何か黒い物影が…。動いた!ヤバい、ついに出くわしてしまったか!!


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出た!!天然記念物のカモシカです。ビックリ仰天!人生で初めて、城跡で出くわしました。クマさんじゃなくて良かったとホッとしたものの、この方もずいぶんデカくて、取りあえずフリーズしてしまいました。目の前は大きな道路があり、民家もあって市街地に近いのに、普通にいるんですね〜。

またコイツが道をふさいでまして、どうしようかと。大人しい生き物らしとはいえ、あのデカさを見るとさすがにビビります。止めようかと思いつつも、せっかく来たのだからとしばらく様子見。

そのうち、斜面の方に降りて行ったので、勇気を振り絞って奥へと向かいました…。いったん小さい谷(自然の谷を利用した堀切かも?)降りて、また登って行きます。

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こんな道を行きます。またカモシカが出てくるんではないかとビクビクしながら…。

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だんだんと削平地が見えてくるようになりました。このような削平地がたくさんあって、非常に広いです。

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こんな感じ。

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向かって右側に少し降りた削平地には、今朝沼の跡があります。気仙沼の地名の由来の1つになっているものです。

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二の丸へ向かいます。道が右・左へとS字状にカーブしていますね。

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上から見るとこんな感じ。ここはよくできています。虎口なのでしょう。

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二の丸。ここは伐採されていて見やすいです。

続きます。

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豊後館、続きです。

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細長くて低い土塁を越えると、もう1本同じような土塁が見えてきます。こちらの方は高さが少しあり、やはり所々に石があります。これは図面でも示されていたはず。

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これが、主郭東側の隅の方にある土塁。ここも低いです。真ん中がやや切れていて、虎口っぽくなっていて、さらに奥へ土塁は続きます。

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その土塁。

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主郭北側下にある曲輪を見る。北側には腰曲輪というか帯曲輪というかがいくつかあり、水の手と考えられるそうです。

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さきほどの土塁の間の切れ目から道が通じていて、下に行けます。

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その土塁の切れ目のところに、やはり石積みの痕跡があるのです。やはり虎口なのでしょう。この石積みは、仙台市史には書いていなかったような。

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アップするとこんな感じ。

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さらにその下の曲輪を見る。

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これも北側の曲輪ですが、どこだったっけな。

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主郭に戻って、主郭内部を。ただただ広い。熊が出そうで怖いですね…。

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主郭西北部の土塁

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同じく。

という城でした。やはりこの石積み虎口が特徴ですね。使っている石は川原石でしょうね。前川本城の虎口の石積みと似たように見えるのは私だけでしょうか。

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豊後館、続きです。

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もう1度、虎口に入る導線を。右側が崖なので注意。斜面をカーブしながら虎口に入っていきます。ちょうどその道沿いに石がごろごろしているので、このへんも全部石積みだったんでしょうね。

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虎口内部から。昨日の石積みの部分ですね。小さい虎口なんですよ。石積みもすごく低い。

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これが1文字土塁の石積み。これもすごく低い。蔀のような感じ。

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虎口入って左側から振り返る。左側が1文字土塁・石積み、奥に虎口が見えますね。

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土塁上から見た虎口。これはわかりやすいでしょ。右奥は崖、左側へ行くと城内へ。

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今度は1文字土塁上から。

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虎口を入って左に曲がると主郭の壁にぶつかり、右に曲がります。そのあたり。奥へ行くと主郭への虎口があります。

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右側を見ると、こんな状態です。恐ろしい地形…。こちら側からは絶対侵入不可能。

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で、これが主郭へ入る虎口。やはりカーブして少し登る形です。

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主郭内部。主郭は広大です。ほぼこの曲輪だけといってもいい城ですね。主郭に入ると、すぐにすごく低くて東西に長い土塁があります。曲輪内を仕切っていたのでしょうか。石積みらしき跡も見られますね。後世のものなのか、なんなのか…。この土塁は、市史には記載されていなかったはず。

続きます。

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仙台の奥座敷・秋保温泉からさらに西へ行ったところに、馬場の町があります。そこに、豊後館(馬場城)という城があります。この城もなかなか面白い城ですが、あまり紹介されていないのですよね。

戦国期のこのあたりの領主は秋保氏というのですが、その一族の居城とされています。1点だけですが史料にも登場していまして、慶長4年8月19日付けの伊達政宗黒印状写に「馬場ノ城」と出てきます。

この城は、『仙台市史』特別編7城館に詳しいです。

ちなみに秋保は「あきう」と読みます。

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馬場の町の南側、名取川と小滝沢の合流地点の崖上に、豊後館はあります。宮城県道62号(秋保街道)が小滝沢を渡って馬場の町に入るところで左に曲がると、すぐに画像の場所に出ます。ここが入口です。まっすぐ行って右に曲がり、さらに奥へと進みます。

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振り返るとこんな感じ。車が置いてあるところが道路です。奥に行くと62号に出ます。

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奥へ行くと、目の前に左右に広がる土塁が見え、土塁の切れ目も見えます。これは虎口ではなく、後世の造作によるものだとか。ここで右に曲がります。

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ず〜っと土塁が続きます。道も、もともとは横堀だったようですが、今はただの道のようになっています。

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まだまだ土塁が続きます。このあたりから、下に降りて行きます。結構高低差があります。

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振り返るとこんな感じ。左側にも土塁状の高まりがあり、ここはちょっと堀っぽく見えます。

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降りたところから来た道を振り返る。このように、結構降りるのです。横堀から竪堀になっているような感じです。

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で、ここから城の南西隅に向かうのですが、ここの虎口が面白いのです。

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わかりにくいので、線を入れましょう。こんな感じです。カーブしながらすこし登って入ります。ちなみに、途中に石がごろごろ落ちています。石積みで固められていたのかも。

ちなみに、この道を登ると城内に入るのですが、そのまま下に行くと名取川の崖の上になります。崩落が激しくて、正直かなり危険です。見学の際は十分注意して下さい。特に柵やロープなどもなかったはずです。

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で、この城の1番の見どころである枡形虎口というか食違い虎口というか、ともかく小規模ながらも技巧的な虎口です。正面に1文字土塁・石積みがあり、右にも曲がれますが、すぐ崖になっています。左に曲がって城内に入ります。しかも、石積みで虎口全体が固められているのです。

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向かって左側の石積み。

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向かって右側の土塁内側にある石積み。なかなか面白いです。

続きます。

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さて、ぼちぼち復活します。溜まりにたまっています。まずは、もう1年近く前に再度訪れた大和町の御所館です。藪が酷いんですが、本当にこの城は雄大で遺構も実はよく残っていて、いい城なんですよ。

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これが、以前も見た主郭「1」の下から東北方向へ延びる土塁と横堀ですね。右側が高くなっていて、「3」「4」「5」と曲輪が続いていきます。

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で、前回紹介した時に、横堀のところから「3」へ登る道があると書きました。これがその道。たしかに、しっかりと踏み固められたきれいな坂道でした。虎口でいいのかな。ただ、図面には書かれていない道と虎口になります。手前が「3」内部、奥に下って行く感じです。

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もう1年前で、藪だらけの写真なので、訳が分からなくなっていますが、たぶんこれは「1」と「3」の土塁と、その切れ目の虎口です。今回また歩いてみて、こういう曲輪と曲輪の間に土塁があり、間に切れ目を設けて虎口にしている、というパターンが多いようです。面白いです。

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で、これが今回見て面白かったもの。「3」の南側の虎口です。これは図にも書かれていました。枡形状になっています。よくできています。

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こんな感じ。

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下から。

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同じく。

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外に出ると、「1」「3」「4」の東南斜面を走る城道に出ます。この道もよく残っているのです。左に曲がって先ほどの虎口を通り「3」に入ります。

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で、これはなんだったか。たぶん「3」「4」の間の土塁と切れ目の虎口かな。

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これは「4」「5」の間?図を見ながらだったのですが、途中で訳が分からなくなりました。

この他にも写真は撮ったのですが、もはやどこの何なのかわかりません…。この城、草木を刈っちゃえば、雄大な遺構が一望できると思うのですが…。実に面白い城なのに。


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