ここから本文です
『戦国の城の一生』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、引き続きよろしくです

書庫L東京都の城

記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]

イメージ 1

このブログの特徴は、当時の人が書いた古文書(文献史料)からお城を見ていこう、ということなので、今回もそれを一つ挙げてみたいと思います。

八王子城に関する史料は、意外と少ないです。特に、城の様子が具体的にわかる史料は一つもなく、断片的な史料しかない状況です。北条氏照が、いつ滝山城から八王子城に移ったのかも、おおよその年代しかわかってません。その意味で、まだまだ謎の多いお城なんです。

そんな状況なのですが、今回は、天正十八年(1590)の小田原合戦の時に八王子城が攻撃された時の史料を紹介します。これがとても面白いんです。

天正十八年六月二十三日、秀吉軍の前田利家と上杉景勝らが八王子城を攻め、一日で八王子城は落城してしまいます。ところが、これがものすごい激戦だったようで、多くの家臣が討ち死に、怪我をしているんですね。この史料は、戦いが終わって一カ月後に、前田利家が家臣の三輪藤兵衛に対して書いた手紙です。

前田利家書状(尊経閣文庫所蔵文書。特別展示図録『北条氏照と八王子城』八王子市郷土資料館編、平成2年)

去七日之書状、今日廿二到着、令披見候、八王子之儀一刻ニ攻干、如存分申付候、然共名城故、討死手負無際限候、彌七郎事、不及是非候、心中令推量候、我々父子目之前にて馬廻小姓共砕手候間、更無後悔与可分別候、此表悉属平均候間、近日可令帰陣候、謹言
    七月廿二日    利家(花押)
     三輪藤兵衛殿

わかりやすく訳しますと…
「今月七日の手紙が、今日二十二日に到着したので、拝見した。八王子城のことだが、一気に攻め落とし、思いどおりになった。しかし、名城なので、討ち死にや怪我をしたものの数は膨大である。(三輪の)息子の彌七郎も討ち死にしてしまったが、仕方がないことである。私もその方の気持ちを察している。我々親子(利家・利長)の目の前にて、側近である馬廻や小姓たちが活躍したので、後悔しないようにしてもらいたい。(利家が現在いる)こちら小田原のことは、すべて制圧したので、近日中に帰るつもりである」

てな感じです。お気づきですか?攻めて側の大将である前田利家が、八王子城のことを「名城」と言っているのです!!!戦国時代当時の史料で、こうした表現を使用している史料は、少なくとも私は他に見たことがありません。敵の大将にこんなことを言わせる八王子城は、正真正銘の「名城」でしょう!

それだけでなく、戦いの様子も書かれています。前田利家・利長親子の目の前で、馬廻や小姓たちが奮戦している(あるいは討ち死にした?)と書いてます。つまり、総大将の目の前で戦いが繰り広げられていた、という、ある意味大変なことになっていた様子がうかがわれます。

普通、こういう戦争関係の史料は、手柄をアピールするために誇張表現をする場合が多いものですが、当主の目の前で小姓たちが戦っている、なんて書いてある史料も、私は見たことがありません。この場合は、本当にそんな光景があったのかもしれませんね!

しかも、討ち死にや怪我をした兵士がたくさんいて、三輪藤兵衛の息子である彌七郎も討ち死にしてしまった、と書いてあるんですから、まぁなんと実に生々しい、臨場感あふれる史料なのでしょう!

豊臣五大老の一人、加賀100万石の祖である前田利家に「名城」と称えられた八王子城…現在は日本100名城の一つとなっていますが、当時からすでに「名城」だったのです…


その後、「名城」と表現された城が結構あることを知り、「真・日本100名城」のコーナーを立ち上げました↓↓
http://blogs.yahoo.co.jp/joukakukenkyuu/folder/1037932.html

**************************************
応援のポチ、お願いします↓↓
https://history.blogmura.com/his_sengoku/img/his_sengoku88_31.gif
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ(文字をクリック)

開くトラックバック(3)

八王子城、いよいよラストです!

イメージ 1

ちょっと崩落している部分がある水平道をなんとか歩いて馬冷やし場に戻り、さらに井戸、山頂曲輪群に戻って、登りの時のマニアックな道ではなく、普通の登山道で下って行きます。その途中、七合目くらいだったと思いますが、そこにある「柵門台」。名の通り、柵門があったと云います。写真手前が大手の方へ降りる道、左が山王台に行く道、右が搦手方面へ行く道、左まっすぐが山頂へ行く道と、分岐点になっている重要な場所で、一番の激戦地と伝えられているようです。鉄砲玉がよく出土するそうですよ。

イメージ 2

普通の登山道はこんな感じ。石がごろごろしているので、よく足をくじきます…なかなか険しい道です。

イメージ 3

イメージ 4

三合目くらいでしょうか、山麓にほど近い「金子丸」。ここは氏照家臣・金子氏が守備していたとされています。なかなかの広い曲輪で、二段に分かれているようです。

イメージ 5

「馬蹄段」。半月形をした小さい曲輪が段々と麓の方へ連続してあります。三段あるのわかりますかね?わからないですね…典型的な山城の曲輪って感じですね。年度末のせいもあるのか、一部発掘調査をしていました。簡単にお話を伺ったところ、当時の道らしきものが発見されたとか。成果が楽しみです。

イメージ 6

山麓に到着。御主殿の隣にある「あしだ曲輪」です。御主殿並みに広い曲輪で、土塁に囲まれています。一部私有地になっているのでご注意を。

いや〜ようやく終わりました…まだまだ紹介していない場所はたくさんありますし、以前行った時の方が写真をたくさん撮っているので、そのうち気が向いたらちょこちょこアップしていきたいと思います。それにしても、デカイ…

次回は、いよいよ、文献史料から見た八王子城です!

さあ、どんどん参りましょう!八王子城が終わらないと、他の城の紹介ができないし…

イメージ 1

山頂曲輪群から詰めの城(大天主)方面へ向かいます。すぐに井戸に出ます。坎井(かんせい)と名づけられています。ここは地元の人々が清掃・整備をして下さっていて、今でもポンプでお水が出ます。昔聞いた話だと、大腸菌があったらしいですが、問題ないものということで、みなさん普通に飲んでます。これが美味いんですよ。ヌメヌメした感じで、かなりまろやか。僕は、水筒に汲んで、家でお湯を沸かしてお茶を淹れてますが、お茶もまろやかになって美味になります。オススメです!

イメージ 2

井戸からさらに進むと、堀切に出ます。ここが「馬冷やし場」というところです。堀切になっているので、風がよく通ります。なので、冷えるんですね。そういうところから、こういう名前があるんじゃないかと以前聞いたことがあります。ここからは、詰めの城へ直通する道と、詰めの城の一番奥にまで続いている、ほぼ等高線沿いの「水平道」が2つ、山頂曲輪群をぐるっと一周する「馬場道」、の4つの道の合流点になっていて、なかなか重要な場所だったと思われます。

イメージ 3

詰めの城に行く途中の石垣。進行方向左側斜面に、こんなふうに残っているところがあります。この道は石がごろごろしていて歩きにくいです。一説には飛礫(つぶて)用のものだとか、石垣が崩れたもの、石垣造成途中のもの、など云われてますが、詳細は不明です。

イメージ 4

詰めの城地区で唯一?の竪掘。以前、先生や友人たちと八王子城に登って、ここを通った時、この竪掘から1人の若い男がいきなり登ってきて、なんだこいつ、と思ったら関西在住の知り合いでした(笑)。あれには驚いたなぁ…なんでこんなところで再会!?って。世間は狭すぎる…

イメージ 5

詰めの城・大天守に到着!石碑に「天主閣跡」とか書いてありますけど、いつからこんなふうに云われるようになったのか。特に根拠はないと思います。そもそも本当に「詰めの城」なのかも怪しいです。広さはごく狭く、櫓台程度の大きさですね。木がなければ眺望はいいのでしょうか。

イメージ 6

大天守のすぐ下は、こんな巨大な堀切になってます。いちおう、ここが八王子城の最奥、城域の端っこ、ということになってます。右側が大天守なのですが、その斜面には今でもちらほらと石垣の痕跡が残ってますので、石垣で固められていた可能性もありますね。左側には石を四角くくりぬいた跡があって、修験道の山伏が灯明でも灯したのではないかと聞いたことがありますが、どうなんでしょ…

で、この跡さらに尾根伝いに曲輪が続き、石垣もあるんですが、どうも大雨の影響で石垣が崩れてしまったようで、以前確認した石垣がかなり崩壊していたのにはショックを受けました。もっと進むと水平道に出るので、それを歩いて馬冷やし場に戻りましたが、この水平道もところどころ土砂崩れのような感じになっていて、歩いていてちょっと怖かったです。10年間歩いてこんな崩落は初めてです。このあたりを保存するのは相当難しいでしょうし、崩壊するのを黙ってみているしかないのでしょうか…

八王子城、4回目です…全7回になりそうです…お付き合いくださいませ…

イメージ 1

石垣群四段目の右側に続く道を行くと「殿の道」と合流し、つづら折りの狭くて急な道を登っていきます…なかなかキツイところですが、山腹にある「山王台」へと通じ、ここで一休み。小さな曲輪となっていて、慰霊碑が建ってます。こういうドデカい石碑って、どうやって山の上に運ぶのかしらん…ヘリで運ぶって噂は本当なのか?

ちなみに名前の由来はよくわかりませんが、日枝山王権現の信仰に関わりがあるらしいです。八王子城は、近世には修験道の霊地だったようで、今でもあちこちにその痕跡が見られます。軍事拠点であるとともに、信仰の地でもあった訳ですね。

イメージ 2

山王台から山頂へと向かう道に一部残る石段。これも当時のものかはわかりません…どうなんでしょうねぇ。

イメージ 3

ずっと登っていくと、中の丸に出ます。すぐに小宮曲輪下の登山道へ。ここからの眺めは最高の一言です!詳しくは「城跡から見た風景」書庫を参照↓
http://blogs.yahoo.co.jp/joukakukenkyuu/9796650.html

イメージ 4

中の丸。眺望写真ばかり撮って、山頂部分の写真をあまり撮りませんでした…。中の丸は、天正十八年の籠城の時、氏照の重心である中山家範が守備していたと云います。その子孫は水戸徳川家の家老になったとか。

イメージ 5

中の丸上段にある、八王子神社。八王子の地名発祥の地がここらしいです。これも、当時この場所にあったのか不明ですが、まさに山全体が宗教的な空間だったのですね。この社殿の隣に横地社という小さい神社があって、その隣に井戸が残ってます。

イメージ 6

ついに本丸!神社裏手から細い道をちょっと登ると到着。本丸と云われてますが、実際は櫓台のような感じ。かなり狭い小さな曲輪です。聞いた話だと、ここからはよく焼米が出土したとか。この周辺は今でも大雨の後などには陶磁器類が転がっている時があって、私も数年前に発見しました。八王子城は表土採取の遺物がとても多く、発掘したら膨大に出てくるのではないかと思います。

次は、もう一つの井戸から詰めの城まで行きます!

八王子城、まだまだ続きます…。

イメージ 1

御主殿から、御主殿の滝に続く道沿いにある石垣。この道、先日の大雨で土砂崩れが起きて立ち入り禁止になってました。山上の方でもそんな感じのところがあって、後日紹介しますが、石垣もだいぶ崩れてしまった部分がありまして、ちょっとショックでした…

イメージ 2

「御主殿の滝」です。なんでも、伝説によると、落城時、この滝に多くの人々が身を投げたとか。心霊スポットとしても超有名で、真っ赤に染まったとか、武者を見たとか、いろいろと話のタネに尽きない場所です…そんなに高くない小さい滝ですがね…。
まったく流れていない時もあったのですが、今回はとてもキレイな姿を見せてくれました。圏央道建設で水脈がおかしくなる危険性も聞いておりましたが、何とかまだ大丈夫そうですね。

イメージ 3

で、ここはほとんどの人が見ないポイントです!滝の上の写真です。右と左に川の流路が分かれていることがおわかりでしょうか?さっきの滝の写真を見ればわかりますね!
右はそのまま流れて滝となるんですが、左は四角い空間を設けて、そこに水を滞留させて、あふれ出た水が滝として流れていく、そういうふうに人為的に作られているんです!ようは、左側は水汲み場として機能していたんではないか、と云われているんです。もちろん、これが戦国時代の遺構かは全くわかりませんが、可能性は十分あるでしょう。滝の真上なので、危ないですけど、気をつけて見学してください。

イメージ 4

さて、麓の遺構はこれくらいにして、いよいよ登ります。御主殿西北のけもの道のようなところを登っていくと、石垣群に出るんです。これが大きく四段に分かれてまして、「御主殿西北沢石垣群」と呼ばれています。この沢がちょっと登りやすい地形となっているんで、その防御のために築かれたとかなんとか。ここは最初見た時は本当に感動しました。その一段目の写真です。


イメージ 5

二段目。

イメージ 6

三段目。

イメージ 7

四段目。ここで終了。ここが一番よく残ってます。なかなか立派な石垣です。小さい曲輪のようになってまして、謎の置き石もあります。これは、誰が名づけたか、「指揮台石」と云われてまして、文字通りここに立って指揮をしていた、ということなのでしょうか。こんな感じの謎の大きい石が、他に数ヵ所あるんです。まぁ切り出し途中の石、とするのが無難でしょう。

ここからさらに道を登っていくと、御主殿から続く別の道、通称「殿の道」と呼ばれる道と合流し、山王台へ向かいます。それは次回…まだまだ続きます。

*****************************************
https://history.blogmura.com/his_sengoku/img/his_sengoku88_31.gif
にほんブログ村 歴史ブログ 戦国時代へ(文字をクリック)

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]

竹
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(60)
  • Akam
  • 黒備え馬賊
  • まりな〜ず
  • マコ
  • makii
  • 馬上侍
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最新のコメント最新のコメント

すべて表示

Yahoo!からのお知らせ

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン

みんなの更新記事