|
八王子城、続きです。 大手門から山麓における氏照の居館、「御主殿」に向かいます。発掘調査で、舗装された古道=大手道が発見されまして、現在は復元されています。今回は取り上げませんでしたが、大手道は宗閑寺付近からずっと続いてまして、現在も民家の裏に一部残っています。そこの道幅は8mくらいあって、かなり巨大な大手道だったことがうかがわれます。 大手道から御主殿へわたる引橋。最近、架け替えられたそうです。もちろん、当時はこんなに立派な橋ではないでしょう。石垣が見えますね。橋脚台とか、ちょっと他の関東の城では見られないような構造となってます。 引橋入口。渡ったところが、御主殿の虎口となります。立派ですね〜。 渡って入ったところ。ちょうど背の丈くらいの石垣で固められています。狭くて大人数が一気に入ることはできないようになってます。 八王子城で一番のメインである、石段。すごいですね〜。真ん中に櫓門の礎石が残ってます。赤くなっていて、焼けた跡と思われます。ここでお気づきの方もいるかもですが、この道、よく見てみると、まっすぐに見えませんか?実は、手前の道幅と、石段上の道幅の長さが違うんです。上の方が道幅が広いんですね。そうすると、遠近法で、下からみて道がまっすぐに見えるんです。どうも、相手を威圧するというか、権威を見せつけるというか、そういうのを狙ってこうしたのではないかと云われています。 御主殿内部。一部、わかりやすいように門と塀が復元されていますが、大雨の影響か、一部壊れていて、思わず「落城か!」と突っ込みました。ここからは、立派な建物跡だけでなく、とても珍しいベネチア産のレースガラスなどが出土していて、かなり豊富な物資が八王子城にはあったことが想定されます。 御主殿土塁上から見た引橋。土塁上から攻撃するとしたら、こんな感じになるのかと納得。高低差はかなりあります。 しかし、まだ山麓の遺構ですね…八王子城は5回くらいにわたるかも…。次は、落城悲話がある、「御主殿の滝」からスタートです! |
L東京都の城
-
詳細
コメント(17)
|
千葉の城が続いたので、そろそろ八王子城にしますかね。 八王子城は、小田原北条氏の有力一族、北条氏照の居城として有名で、国指定史跡、日本100名城の一つにもなっています。だいたい天正年間の後半(1582年前後、つまりは本能寺の変前後)に本格的に築城されたとされていますが、案外史料は少なく、よくわかっていません。日本有数の巨大山城です! 八王子城に初めて行ったのは、中学二年生の時だったはず…以来、その何ともいえぬ魅力に取り付かれてしまった私は、「年に一度は八王子城!」と、毎年必ず1回、冬の時期に登ってます。特に、この城を長年研究している椚国男さん(ページ一番下のアフィリエイトリンクにご著書を出しておきました)など、実に様々な方々と出会うことも出来ました。私にとって、特別なお城です。 では、早速、麓の遺構から始めていきましょう。 横地堤。ここが事実上の八王子城の入り口です。昔はここが土塁と堀になっていたと言います。場所は、宗閑寺の目の前です。 宗閑寺。氏照の菩提寺です。昔は、八王子城から続く尾根上、今の氏照墓があった場所にあったそうですが、いつの頃からか、こちらに移転したそうです。ちなみに隣は都立八王子霊園となっていて、石材屋さんがとても多いです。 ずっとまっすぐの道を進んでいくと、見えてきました、城山。高尾駅からもはっきりと見えます。ここから、登山客の姿が見えることもありますよ。いや〜、ワクワクしますね〜。 いよいよ麓の入口です。お決まりの写真。私が初めて行った時は、まだ整備されたてで、人もほとんどいないような場所でしたが、最近は100名城にもなって、巨大駐車場まで出来ちゃって、まあ随分と有名になったもんだと感慨深いです… 縄張図はこんな感じ。とにかく巨大城郭です。今回は主要部分のみをご紹介します。いつか、昔の写真をアップしようと思ってます。 大手門跡。入口から御主殿に向かう道を歩いて、城山川を渡ったところにあります。ここも昔はヤブだらけで入ることも困難だったのですが、こんなにキレイに刈り払われて、ようやくその姿を見ることが出来ました。門の礎石も出土しているようで、大手門と考えて良さそうです。 次は、御主殿へ参ります。 |
|
さて、続きです。 富士見櫓を過ぎまして、坂下門は異常に混んでおり、道灌堀から乾門方面は引き返すことになるために警察に注意されるので…そのまままっすぐ進んで桔梗門へ向かいます。 桔梗門に向かうまでの城内の石垣に、はっきりと刻印が間近で見れます。二重の「□」や、○に十の刻印、お分かりでしょうか? 高校生の頃、この石垣刻印探しに一時期夢中になりまして、同級生・後輩を連れて、双眼鏡片手に石垣刻印ウォッチングしてました。皇宮警察によく睨まれてましたね…。 一番たくさんいろんな種類が手軽に見れた場所は、和気清麻呂像がある場所でしたね。あそこは「鬼門」の方角なので、城内側は石垣を内側に曲げているんですが、あのあたりは双眼鏡で刻印をはっきりと見ることが出来ます。 そうそう、こんな刻印もあるんですよ! これも、和気清麻呂像の南側の石垣、道路沿いで、石垣が角ばっている部分にあります。「南無阿弥陀仏」と刻まれているのがおわかりでしょうか?どうもこれは、江戸城の「鬼門」に当たるため、お経を刻んだと考えられるようです。面白いですね〜。他のお城に同様の事例はあるのでしょうか? 話は戻りまして、桔梗門です。別名「内桜田門」と言いまして、三の丸南門に当たります。ここも普段は入れません。立派な枡形だこと。 桜田二重櫓(巽櫓)です。これは、普段一番目に付く櫓ですね。二重櫓ですがデカイですよね〜。石落としもちゃんとあります。 以上、今年の「お城初め」でした! |
|
さて、第一城目は、江戸城です。皇居の一般参賀に行ってきました。 一般参賀と聞くと、普通の人は??な感じになりますが、誰でも無料で行けます。皇族への新年の挨拶目当ての人も多いですが、外国人観光客がとても多いんです。ま、日本人がイギリスに行ってイギリス皇室の人びとを見る、みたいな感じなんだろうなと。とにかく多い。 で、ごく一部に私のように、普段は入れない江戸城見物を目当てに行く人もいます。お城好きの人ならよくご存知でしょうが、皇居は本丸など一部が東御苑として開放されてますが、ほとんどは普段は立ち入り禁止です。しかし、天皇誕生日と一般参賀の日だけは、一部入ることが出来るんです!(他には宮内庁に申し込めば他の日でも見学ツアーをしてくれます。手続きが面倒ですが…)。では、早速江戸城に登城しましょう。 まずは、坂下門外の変で有名な、坂下門付近です。ものすごい行列ですが、参賀が終わるとここから帰ります。快晴で気持ちいい! 伏見櫓。普段は二重橋越しの遠くからしか見れませんが、この日は二重橋を渡れてこんな間近で見ることが出来ます。伏見櫓は、一応、秀吉の伏見城から移築したもの、と言われているそうです。中には残念ながら入ることは出来ません。 ちなみに、二重橋は、堀がとても深いので、本当に二重に橋が架かっていたために、そう言われるようになったのだとか。今は立派な近代的な橋ですが。 公安警察?の方々の鋭い眼光におびえながら、テレビでよく見る「おでまし」の場所へ。「バンザイ!」の写真は撮らずに、終了後に坂を下る途中です。富士見櫓が見えてきます。今回は本当に人が多かった… 富士見櫓。これも普段は遠くから眺めるのみですが、真下に行くことが出来ます。やはり正面から間近で見るとキレイですね〜。青空と石垣、松に白亜の櫓!正月です。 富士見櫓は、その名の通り、昔は富士山が良く見えたらしいです。ここも中には入れません。東御苑からは、櫓の裏側を見ることが出来ます。創建は、太田道灌による、との噂もありますが、あくまで噂です…。江戸城天守が焼失後、この櫓が天守の役目をしたのだとか。「石落とし」もある、整った形をした立派な櫓ですよね。 次回に続く… |






