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続きです… 再度、縄張図。「本城郭」に行きます。 「本城郭」。ここはだいぶ前から既に整備されています。風が強くて寒かったです… 北端には立派な城跡碑が立っています。 城跡碑の裏側から「小郭」「茶臼郭」方面を見る。直下には「本城郭」と「小郭」間の堀切があって、おわかりのように畝堀になっています。こういうふうに畝堀・障子堀が現地展示されているのは、ここと静岡の山中城くらいでしょうかね。 「本城廓」の下に行って、「茶臼郭」方面へ向かいます。どうです、この景観!郭が3つ並んでいるのがおわかりでしょうか? さっきの畝堀を下から見ています。巨大さに圧倒されます… 「小郭」と「茶臼郭」の間の堀切も、畝堀になっています。畝が超巨大なんです!本当にこんなにデカかったのだろうか…すごいですよ、これ。井戸に使っていた池もあります。 下から見た「茶臼郭」。ここは上に登ることができます。さっきの畝堀も、この「茶臼郭」から写真を撮りました。 今度は逆に、「茶臼郭」から「小郭」「本城郭」を望む。この雰囲気はすごいですね。うわ、山城や、と思わずつぶやいてしまう… ということで、久しぶりに探訪した河村城でしたが、だいぶ整備されていて驚きました。キレイな公園で見やすいことは確かです。ただ、発掘や整備する過程でいろいろ考えなくちゃいけない点も多々あるようです。1つの整備のあり方として、冷静に見ることが必要のようですね。 |
L神奈川県の城
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先日の千葉城郭研究会合宿で、10年ぶりくらいに行ってきた、河村城をご紹介しましょう。南北朝時代にも登場する城のようですが、現在見られる形になったのは、やはり戦国時代の北条氏の頃です。小田原城からも近いので、重要な支城として機能していました。今まさに整備途中で、ものすごい遺構を見る事ができます。オススメです。 縄張図。左端にある「大手」というところから攻めていきます。車で行く場合は、細い車道(左上の青い道)を登って「大手」まで行けますが、まだ整備途中なので、小型車数台くらいしか行けません。電車の場合は、御殿場線山北駅下車で、歩いて10分くらいで、図の下に通じている道の一番右側の道に出ます。駅からは整備されているので、わかりやすいです。 「大手」の現状。まだ整備中のようです。ロープを越えて登って行きます… その「大手」からは、わずかに富士山の片側がチラリと見えます! 「大庭郭」。城内で一番広い曲輪かな。かなりデカイですが、整備途中で工事現場化していました…掘り返しもかなり大規模にやっているようですね。 「近藤廓」 「近藤郭」と「蔵郭」の間の大堀切!バカデカイです!これも相当掘ってますね…やりすぎ感あり!? 「蔵郭」。ここまで来ると、ちゃんと整備されています。案内板も充実。その名の通り、蔵があったようで、発掘調査でも裏付けられているそうです。そのうち「城と兵糧」のコーナーで取り上げるかも。 「蔵郭」から、大堀切を隔てて「近藤郭」「大手」方面を望む。山城っぽい雰囲気。 「蔵郭」と「本城郭」の間の堀切にかかる橋。これはもちろん整備されたものです。橋脚もちゃんと発見されていて、なんと5回もの造り替えの形跡があったとか。かなり改修をされているようですね。 「本城郭」からの眺め。南側、相模湾方面です。海が見えました… 続く… |
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前回の続きということで、足柄城をご紹介しましょう。神奈川県と静岡県の境界に位置する足柄峠、そこに足柄城はあります。築城年代はわかりませんが、戦国大名北条氏の支城として重要な役割を果たしていた城です。古代から交通の要衝で、足柄関所もありました。金太郎伝説でも有名ですね。 縄張図。『足柄城』(小山町教育委員会編、1999年)より引用。 神奈川県側から車で登って行きました。峠の車道には城跡碑が建ってます。 峠の車道自体、もとは堀切だったようです。左側が「本城」、右側が「山の神曲輪」ですね。 城跡碑の脇から階段を登ると、すぐに「本城」に到着!雪がかなり積もってました… 「本城」からは、富士山!絶景!メチャクチャ寒かったですが、やっぱり冬の富士山はキレイ! 「本城」には井戸があります。「玉手ヶ池」と呼ばれていますが、雪で埋もれてました… 「本城」と「二の曲輪」間の堀切。これは雪があるからかえってわかりやすいですね。堀切と富士山…いい写真だ。 堀切を渡って「二の曲輪」。完全に雪で埋もれてます。靴の中に雪が入ってしまうほど。 「二の曲輪」と「三の曲輪」間の堀切。これもとてもわかりやすいですね。これぞ山城の堀切! 「三の曲輪」に渡って、さっきとは反対側から堀切・「二の曲輪」を見る。 「三の曲輪」。雪がますます積もっていて、ズブズブで先に進むのを断念…いろいろと見どころは多い城なのですが… ということで、富士山が見えたのと引き換えに、城跡自体は雪に覆われ、奥の方まで行けませんでした。というか行けるんですが、写真撮っても何もわからない状況でした…。これでも城域のごく一部。実に巨大なお城なんです。 でも、写真でもおわかりのように、堀切の規模なんかは結構小さかったりして、中心部分は意外と小ぶりなんです。このへんは何でなのか、ちょっと気になるところですかね。 さて、この足柄城には、「足柄当番之事」(いわゆる「足柄城掟」)という超有名な史料が残っています。これが実に長文の「城掟」でして、足柄城のいろんなことがわかる面白い情報満載なのです。あまりに長くて逐一検討していたら大変なので省略しますが、その一部は「城とトイレ」のコーナーで取り上げてますので、よろしければご覧ください↓↓ http://blogs.yahoo.co.jp/joukakukenkyuu/20313716.html あと、この「城掟」に、今ではわからない幻の曲輪の名前が出てくるんです。それは「安藤曲輪」という曲輪です。この曲輪が、どの曲輪のことを指すのかわかれば、「足柄城掟」の理解がグッと深まるに違いないのですが、全然わからないようです。今回見た中心部の曲輪のどれかに該当するのか、はたまたもっと外側の曲輪なのか…。知りたくて仕方ありません。 |
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再々度、縄張図を。いよいよ本丸へ向かいましょう! 二の丸から本丸への階段を登って行きます。だいぶ崩れちゃってますがね…まぁでも、いかにも古城の雰囲気がしていいですね〜。 本丸到着! 本丸東側には展望台がありますが、そこに「石垣山」の碑があります。 本丸から二の丸を見る。奥に見えるのは大山と丹沢山地です。これも「城跡から見た風景」でどうぞ! 本丸に付属して、天守台があります。ここに、壮麗な天守が建っていたとされます。実際、瓦などが出土しているそうです。一夜城というのは逸話であって、実際は大工事による大城郭の建設だったのです… 天守台から本丸を見る。 天守台の下には、西曲輪があります。ここも石垣がまずまず残っています。 西曲輪入口の石垣。石のデカさが違いますな。 他にも東曲輪とか古城部分とかあるんですが、今回見たのはこれまで…。 さて、この石垣山城、小田原合戦が終わった後は、一体どうなってしまったのでしょうか?従来は、北条氏は滅んだんだからもう不必要だろうということで、天正18年7月に小田原城が開城すると、すぐに廃城になったとされてきました。 が、出土した瓦から、天正19年にも使用されていたことが明らかになりました。つまり、すぐに廃城とはならずに、その後も一定期間存続していたことになります。どうも秀吉の権威を象徴する城として、徳川領国をにらみ続ける意味でも、造り続けられたんじゃないかと、最近では考えられているようです。また、そういうことから、実は小田原合戦時の石垣山城は、まだたいして完成していなかったんじゃないか、という説も出てきているようです。ということは、あの「逸話」もあながち真っ赤なウソでもないかも… で、これについての関連史料は無い、とされているようなのですが、小田原城下の大久寺の説明板には、北条氏が滅んでから小田原城に入部する家康家臣の大久保氏が、菩提寺として大久寺を石垣山に建立したと書いてありました。これも後世の記録なので、信ぴょう性を疑う必要もありますが、これと天正19年の瓦とは、どういう関係になるんでしょうかねぇ…。 *追記…「加藤肥後守」の刻印 むか〜しに撮った写真がありましたので、アップします。右側から縦に3行書かれていて、「此石かき左右 加藤肥後守 石場」とあります。わかりますかね?こちらのHPに詳しいです↓ http://www.geocities.jp/shyonan_aki64/isigakiyama.htm この刻印を扱った論文としては、大島慎一「資料紹介 史跡石垣山一夜城発見の加藤肥後守銘金石文について」(『小田原市郷土文化館研究報告』35号、1999年)があります。私はまだ見ていません… |
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石垣山城、続きです…今回は、井戸曲輪がメインです。 再度、縄張図を。一番右側に井戸曲輪はあります。 その前に、二の丸の櫓台。あまり面影はないですが… では、井戸曲輪へ。入口あたりから見ると、こんな感じです。ものすごい石垣とその深さに圧倒されます。なんていうか、渦巻状に下に続いています。 下に行きましょう…石垣が今にも崩れそうな感じで、怖いです。足もとも滑りやすいので、お気を付けて。 下に行くと、井戸曲輪の石碑があります。周囲の石垣がすごいです… さらに下に行くと、ようやく水源に。今でも水が出ているんです。 水源から降りて来た道の方を見上げると、こんな風に石垣が…圧巻ですね。石垣好きの人にはたまらない光景でしょうか… 同じく、水源から真上を見上げたところ。ここらへんはよく残っています。 先に出せばよかったですが、降りてくる道の途中には、城の北口からの道が通っています。 井戸曲輪越しに、小田原市街地を望む。 結局、3回にわたりご紹介することになりました…次回こそ、本丸へ向かいます! |








