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『戦国の城の一生』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー)、発売です!

書庫L長野県の城

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続いて、真田本城です。真田氏の本拠地にある山城で、ここも非常に整備が行き届いていて、眺めも素晴らしく、オススメです。秋深まる信州の景色は、「城跡から見た風景」のコーナーへ↓↓
http://blogs.yahoo.co.jp/joukakukenkyuu/32340566.html

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現地の縄張図。尾根に曲輪を設けるシンプルな造りです。案外堀切がないんですよね。

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入口。車があれば簡単に行けます。

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このへんからの眺めも最高です。

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段々と曲輪があります。

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図の「本郭」の下に着きます。城跡碑もあります。

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「本郭」。土塁があります。

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「二の郭」。段々と下に郭が続いています。

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で、尾根の先端にある「三の郭」。この奥にも段々と曲輪が続いているようですが、結構急な斜面なんですよね。ここから先はヤブだらけなので行けませんでしたが。

10年近くぶりに訪れましたが、手入れが行き届いていて、またフラっと訪ねたくなるような城跡です。

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どうも体調が優れません…。さて、次は岡城です。当時の史料では岡村城と呼ばれていますね。武田信玄が川中島方面への拠点として使っていたお城で、当時は丸馬出がたくさんあったようですよ。

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現地看板の縄張図。残念ながら今は一部分しか残っていません。丸馬出も三日月堀も、わずかに痕跡を残すのみです。

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まずは図の右端にある三日月堀の痕跡。住宅街の中の細い道から見たところ。ここが一番よくわかるかな。確かに、カーブを描いています。

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二の丸の東側は一部がそれなりに残っていて迫力あります。分厚い土塁と、右側は堀の跡です。

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この堀と土塁、なかなかいいでしょ。

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土塁上の標柱。市の指定史跡になってます。

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土塁上の公園。分厚いですな…。

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土塁上から堀を見る。奥の山も城跡でしたっけ。

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二の丸北側の三日月堀跡。住宅と道路になってますが、ここも微妙に痕跡がありますね。

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本丸北側の堀。ここもまあまあ残ってます。

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本丸は団地になっていて、そこに井戸が。

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先ほどの北側の堀から続く、本丸西側の堀。

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二の丸西側の堀跡まで来ました。わずかに土塁の痕跡が。三日月堀の痕跡はこちらにはないですね。

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戻って西側から二の丸土塁と堀を見る。こっちから見ると、城っぽいですな。

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二の丸の井戸もありました。なんでここにウェディング会社の看板が…。

思ったより痕跡が残っていて面白かったです。平城で車さえあれば簡単に行けます。

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次は、長窪城です。地元の芦田氏、大井氏の城で、その後武田信玄も使ってます。典型的な山城で、非常に残り具合もよく、気にいりました。ここならもう1回行きたいですね(笑)

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看板。細長い尾根に築かれた城で、その尾根を堀切で何重にもスパスパと切ってあって、いかにもな感じでいいんですよ。もっと詳しい図面を見たい方は、宮坂図をご覧ください。

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城跡碑と看板。城跡碑左脇から道があります。搦手になりますね。11月に行きましたが、多少の藪はあるものの、全体として非常にキレイに整備されてました。城跡の一部は松茸かなんかの採取の場所になっているので、山が手入れされていて遺構が非常に見やすいです。そのかわり、この季節は立ち入り禁止区域もそれなりにあります。

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まず一本目の堀切。

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二本目。

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三本目。

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四本目。

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そして五本目。主郭まで五本連続の見事な堀切でした。これはなかなか感動ものですよ。

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五本目の堀切を越えると二の郭に到着。

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二の郭からの風景。雨が降っていたんですが、この風景。いいですね〜。

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二の郭の上段の主郭に着きました。東屋があります。

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主郭から。ここが重要拠点として使われる理由がわかりますね。

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主郭裏にも堀切が。こっち方面が大手だそう。

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堀切底から主郭を見上げる。

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大手方向は留山で立ち入り禁止でした。それでも、手入れがされていて遺構がよく見えます。

という感じで、規模はそれほどですが、見事な連続堀切を見るだけでも価値はあると思います。車で入口まで簡単に行けるので、オススメです。

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恐ろしい千見城、続きです…。

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苦労に苦労を重ねて、命懸けで何とか主郭に無事到着しました!いやぁ、私も中学生以来、おそらく1000城以上は見ていると思いますが、一番キツかったかもしれません…。信州の城、恐るべし…。
写真の奥の高い場所から登ってきたのです。大土塁というわけですね。

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主郭周辺はなんだかデコボコしていて、郭の形がイマイチよくわからんです。宮坂さんの図面では南東の斜面に横堀があるのですが、これがその横堀。たしかに、堀っぽいですが、土塁を設けた曲輪っぽくも見えますかね。

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主郭の東虎口?から東側の曲輪(宮坂図でいう「4」)を見る。

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主郭から南の尾根に展開する曲輪群を見に行きます。道がカーブして下の曲輪へと続いています。これも虎口なのかな。

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南側にある「2」の曲輪から主郭を見る。

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「2」の南東隅にある低い土塁。

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「3」の曲輪に入りました。

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で、ここが一番の見どころかな、「3」の南虎口です。巨大な岩に挟まれた虎口になっています。なんじゃこりゃ…。

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で、その先には立派な堀切があります。うまく撮れませんでした。

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その先にも曲輪が段々と続いています。所々に巨岩と2本の堀切があります。このへんが一番山城っぽい雰囲気ですね。

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浅いですけど堀切がはっきり見えますね。

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さらにその先にも曲輪と堀切があります。

これで主要部は一通り見ました。帰りは、またもと来た道を戻りました。こんな城なんですが、何度も落城しているんですよ、なんなんだ一体…。結構史料にも出てきて、重要なお城で、なかなか面白い遺構があるのですが、まぁもう2度行かないでしょう…。

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東北が続いたので、このへんで去年行った長野の城跡をアップしていきましょう。以前は大町市の大野田城をご紹介しましたが、今度は大野田城から割と近くにある、巨大城郭・千見城(せんみじょう)です。

大町市美麻千見にある山城で、武田氏、上杉氏、小笠原氏などによる激烈な争奪戦が繰り広げられた城です。とにかく、トンデモない城でした。もう2度と行かないでしょう(笑)

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現地にある看板。だいぶ朽ち果ててますな…。裏巡回路の入口になります。この城は大町街道沿いにあるんですが、厳密に言うと切石トンネルというトンネルの脇道に裏巡回路入口があります。表の方はよくわかりません。入口は車が数台おける余裕があります。

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これがその裏巡回路入口。橋を渡って、とにかく奥へ奥へと進んでいきます。冬でも草木が生い茂っていて、所々崩落している箇所も。人が通ったような形跡はあまりありません(笑)

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こんな道をひたすら歩いていきます。1人で行くのはかなり危険です。リラックスしない熊さんが出てくるそうですよ。

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途中には比較的新しい看板が。でも、城跡はまだまだです…。

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ここが「仲場」と呼ばれる箇所。麓の屋敷地の一つだったようです。怪しい橋を渡り、さらに登っていきます。

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そして登ること30分くらいでしょうか、ようやく尾根の鞍部に到着です。堀切っぽく見えなくもないですかね。

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尾根の左側にもだら〜んと削平地がありますが、どうなのでしょうか。

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問題は正面と右側です。正面は奈落の底です。そして右側が主郭方向なのですが、見てください、この恐ろしい階段を!!この写真の左側、崖ですからね。人が1人通れるくらいの凄まじい道です…。

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この恐ろしい登山道を登ったと思ったら、今度は巨大堀切が!!さすがに足が震えました…。ここも慎重に慎重に降りて、登っていきます。

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反対側から見た大堀切。これは本当にヤバイ…。もちろん、左右は崖です…。

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さらに登るのですが、ここからは岩盤をよじ登っていきます。鎖と梯子があるので、梯子に足を掛けながら、鎖を掴みながらゆっくり登っていきます。メチャクチャ怖かったです…。で、それをクリアすると、主郭北の岩盤の上に到着します。ここが城内最高地点でしょう。右下に梯子と鎖が見えますよね。景色はいいんですが、怖くてそれどころではありませんでした…。

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今見返してみると、いい眺めなんですけどねぇ…。

続きます。

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