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小谷城、続きです… 再度、地図を出しておきます。 頂上の「山王丸」から一段降りた「小丸」です。浅井長政の父親である久政がいたところのようですね。 「小丸」に残る石垣。 その「小丸」から東側へ入っていくと、斜面に石垣が残っています。ここが一番石垣がよく残っているところで、必見です! さらに一段下って「京極丸」。 「本丸」まで戻り、東側の細い道を行くと「赤尾屋敷」。重臣の赤尾氏の屋敷があったそうな。 「赤尾屋敷」は浅井長政が自刃したところで、その石碑が立っています。 ちょっと時間があったので、ついでに東麓にある片桐且元の屋敷跡を見ました。且元は秀吉の家臣として有名ですね。須賀谷温泉があります。 かなり簡単な紹介になってしまいましたが、来年の大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」の舞台の一つですので、たくさんの人が訪れることでしょうね。 |
L滋賀県の城
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前回記事の画像は、小谷城からの眺めでした。よって、小谷城へ行きましょう。戦国大名浅井氏の居城としてあまりにも有名ですね。3年前に行きました。現在は麓に資料館ができたりと、ずいぶん整備されているようです。 小谷城へは車がないとちょっと不便です。山腹まで車道がありますが、ちゃんとした駐車場がないため、大挙していくと面倒なことになります。駐車スペースにあるのがこの看板です。 小谷城は本当に眺めが良かったです。これは以前「城跡から見た風景」でご紹介した、小谷城から竹生島を見た風景です。キラキラ輝いている湖面に浮かぶ竹生島は絶景でした… これは前回記事で載せた、小谷城から横山城方面を見た風景。真ん中に横たわる低い山、これが横山城です。横山城は、織田軍が小谷城を攻撃した際に拠点の一つとなった城で、秀吉が在城していたことでも有名ですね。 「馬洗池・御馬屋」です。曲輪ごとに石碑が建っています。 これがその「馬洗池」の跡。今でもその雰囲気を残しています。 「桜馬場」にある浅井氏供養塔・記念碑。 早くも「本丸」一段下にある「大広間」に到着しました。真夏に行ったので、草ぼうぼうです… 本丸の石垣のアップ。 本丸から「大広間」を見る。 先に頂上の「山王丸」に行きます。ここが城内で一番高いところのようです。隣の山は「大嶽」といって、小谷城の詰めの城のような役割を果たしていたようですが、さすがにそこには行けませんでした…。 続く… |
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滋賀県の城、一発目は、いきなりマニアックな場所です。 今回は最近、女性たちの間で大人気、しかも大河ドラマでは小栗旬が演じている、石田三成出生地です!これは二年前でしたかね、夏の熱い時でした…誰もいなかったけど、今年は人でごった返すのかも… 場所は、滋賀県長浜市石田町、名前が「石田町」ですからね。人によってはそれだけでテンション上がるでしょう。そこにひっそりと、本当にひっそりと石田三成の屋敷跡は残っています。実は、すぐ近くに、姉川の戦いに登場する有名な横山城という山城があって、さらに横山城を越えた反対側には、三成が幼少時に奉公していたとされる、大原観音寺もあるんです。 まずは大原観音寺。「大原観音寺文書」という膨大な中世の古文書が残っていて、中世史研究では非常に有名で数多くの論文が書かれている重要なお寺なのですが、あの有名な「三献の茶」の逸話もあるお寺です。観音寺にやってきた秀吉が、幼少時の三成にお茶をくれと言うと、最初は多めのぬるいお茶、次にやや熱めのお茶、3杯目は少量の熱いお茶を出して、秀吉を感激させて家臣になった、というあの逸話です。これもどうも後世の創作らしいのですけど、面白い話ですね。 観音寺門前に広がる風景。これはほとんど中世と変わらない風景なんじゃないかと思うくらいですね。どうも真ん中あたりに、この地域の在地領主・大原氏の館があったのではと云われているようです。 石田三成の屋敷跡。現在は公園になっています。遺構は全然残っていません。それらしき地形でもないし、本当に屋敷だったのでしょう。小字名が「治部」というのですから、すごいですね…。他にも「堀端」とか「的場」とか、それらしき地名が残っているようです。すぐ近くの八幡神社境内に、石田氏にゆかりのあると云われる墳墓群があるのですが、写真を何故か撮ってなかった…中世の五輪塔などがごろごろ転がっていているので、中世以来墓地だったんでしょう。 石田三成の銅像です。小栗旬をモデルとして作れば、観光客倍増なのでは…(笑) 屋敷跡から見た横山城。すごく近いのがおわかりだと思います。この山の向こうに大原観音寺があります。トンネルがあって車ですぐに行けます。横山城も行きたかったのですが、真夏の37度で山城に上るやつがいるのか…断念しました。 ********************************************** 応援のポチ、お願いします↓↓↓ |





