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え〜、最近、各県の書庫が全然埋まっていない!とのご指摘をうけるようになってきましたので、ぼちぼち埋めていこうと思います。とりあえず、今回は山形県山形市、天地人でそのうち登場するであろう、長谷堂城というお城をご紹介します。 長谷堂城は、山形市街地にもほど近い場所にありまして、ちょうど市内の開けた盆地を見渡すことができる丘の上にあります。山形城を本拠とする戦国大名・最上氏の城として16世紀前半には築城されたようですが、この城が有名になったのは、やはり関ヶ原の戦いの時です。 家康率いる東軍と、三成率いる西軍が関ヶ原で戦っていた頃、東北地方では、東軍方の最上氏と西軍方の上杉景勝が戦っていました。最上氏は、上杉軍の猛攻を受けることになり、山形城近辺まで攻められてしまいます。その時、最上方の最後の砦ともいうべき城が、この長谷堂城だったのです。 この城を、兼継が攻めるんですね〜。が、城将の志村光安という人が大活躍しまして、さすがの兼継でも落城させることが出来なかったんです。で、もたもたしている間に関ヶ原の戦いが終わり、上杉軍は引き上げて行ったのでした… 写真は、去年の夏に行った時のものです。どんなすごい城なんだろうかとわくわくしつつ行ったのですが… 入口。入口はいくつかあるんですが、今回は見つけたこの入口からスタート。 丘の高さは50Mくらいでしょうか、そんなに高い山ではありません。しばらく登っていくと、このような尾根に出ます。これといって目立った遺構はありません。 さっきの尾根から左上に登っていくと、ようやく曲輪が出てきました。こんな感じで、柵が設置されていますが、木が邪魔で何が何だかわかりませんね…堀らしい堀もないんです。 本丸に到着!ここはさすがに公園になっていて、ベンチなどもある芝生広場になってます。天地人関連の幟がたくさん立ってました。それはいいのですが、この本丸もまぁ特に特徴のない、だら〜んとした縄張なんですねぇ。慶長年間に実際に戦われたにもかかわらず、いわゆる「規格性のある縄張」では全然なく、技巧的なパーツはほとんど見られませんでした。縄張図も見ましたが、基本的には丸く同心円的な縄張構造で、やはりこれといった面白いパーツはなかったと思います。 本丸からの眺め!これは素晴らしかったです!ちょうど山形市街地、つまりは山形城を望んでいます。百聞は一見に如かずとはよく言うもので、ここを落とされると、山形城は丸見えで、もうオシマイということがよくわかります。最上氏が必死になって守ったのも当然ですね。やっぱり、現地に行かないと! という訳で、慶長年間という築城技術が飛躍的に発達したとされる時代の城にもかかわらず、なんてことはない城なんです。これがどうも不思議でしょうがありません。もっと最新鋭の築城技術を、これでもかと散りばめて上杉軍を迎え撃ったと思っていたら、全然(笑)。もっとも、最近では鉄砲が主体の戦争だとこんな感じの城の方が良かった、技巧的でないからといって新しくないとはいえない、という見解も出てきているようですが…そうなのかなぁ…。謎ですわ。 |
L山形県の城
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