猿掛城 六の段〜四の段六の段
六の段です。猿掛城は規模の大きな曲輪が連なりますが、
庄氏、三村氏時代の城郭は、毛利時代に大きく改修を受けます。 備中兵乱で三村氏が没落後 猿掛城には毛利元清が入ります。天正年間中頃、毛利氏は宇喜多氏と戦い、 毛利家当主・毛利輝元は猿掛城を本陣としました。 毛利氏が猿掛城の改修を行っている文献が毛利家文書に見られます。 その為、庄・三村時代の縄張りとは大きく変化を受けたと思われます。 五の段
五の段です。六の段、五の壇は低い切岸で仕切られています。
四の段
四の段です。四の段高い切岸とその切岸に石積みの跡が残されます。
四の段切岸の石積み
明日は主郭に向かっていきたいと思います。
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尾根を切って削平して土塁に石垣…大変な工事だったでしょうね〜
先人のパワーを感じられるのも山城探訪の楽しみの一つなんです。
2014/8/20(水) 午後 11:30
サービスエンジニア 様
大規模な土木工事、先人のパワーや巨大勢力の動きが気になります。
2014/9/9(火) 午前 0:24