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戦国城郭記
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伊賀谷城 上巻

伊賀谷城へ

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伊賀谷城南方の緩斜面
 三柱神社の背後、伊賀谷城のある城山は、山麓部分は急斜面ですが城に近づくにつれて緩斜面となります。その緩斜面は歩いてみると結構な距離がありました。
 
 
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縄張り図に便宜上加筆
 
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土塁コブと横堀C
10分ほどその緩斜面を歩くと複数の土塁コブと六条の畝状空堀群Aが見えました。
やや埋れてはいますが横堀も組み合わされています。
畝状空堀群は緩斜面にやや浅めに掘られ、積物の影響か下部は不鮮明になり長さも短く感じます。
 
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畝状空堀 東西端部の竪堀C
 畝状空堀の東西端部の部分の竪堀Cは深さ、長さともにあり、明瞭鮮明です。
これは畝状空堀とそれに付随する横堀を一つの空間とした区画割ともいえそうです。
畝状空堀群からさらに東に歩くと連続竪堀、U字型竪堀などの竪堀群が続きます。
城山の東西は急斜面ですが、前述したように三柱神社のある南北の尾根は非常になだらかで歩行容易な緩斜面で、城郭の選地としては敵の侵入が予測される南尾根が緩斜面という不利な場所になります。
このような山に築かれた伊賀谷城は中世城郭で従来見られるようないくつもの段状の曲輪を連ね切岸で守るというプランは創出しにくかったと思われます。
その為、南尾根の防御的に不利な緩斜面を竪堀群らを築く事により、人工的に不利な部分を取り去ろうという意図であったと考えられます。
 
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横堀Bと曲輪1の切岸
 区画された畝状空堀群に付随する横堀内Bに入ってみると、目前の曲輪1の切岸は高さこそありませんが横堀の中から見上げれば鋭利で登坂困難です。
 
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曲輪1
 南端の曲輪1に入りました。南側は低い土塁が築かれ区画された畝状空堀群を見下ろすと土塁のコブが南尾根からの侵入者が入った場合の進路を限定している事がよくわかります。
 
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城内移動ルート2
 ほぼ未整備と思える山城ですが城内はとても歩きやすく、曲輪1の東西には城内移動ルート2が上位の曲輪へと繋がります。伊賀谷城は主郭より南に向けて7段に渡る段状の曲輪群3が築かれています。
 
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段状の曲輪群3
この7段の曲輪群は各曲輪間の切岸が低く、複雑に曲輪が繋がり合っています。
この曲輪群は兵の駐屯空間としても利用された模様です。
筆者は城内移動ルートに沿って主曲輪へと移動しました。
 
次回は主郭に入ってみたいと思います。
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