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戦国城郭記
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お城EXPO 2017

【『お城EXPO 2017』概要】
名  称:お城EXPO 2017
開 催 日:2017年12月22日(金)〜12月24日(日)
開城時間:12月22日(金)13:00〜21:00(最終入城 20:30)
     12月23日(土・祝)10:00〜18:00(最終入城 17:30)
     12月24日(日)10:00〜17:00(最終入城 16:30)
会  場:パシフィコ横浜 会議センター(神奈川県横浜市西区みなとみらい1-1-1)
主  催:お城EXPO実行委員会
     (公益財団法人日本城郭協会、株式会社ムラヤマ、株式会社東北新社、パシフィコ横浜)
内  容:●テーマ展示
     日本100名城&続日本100名城写真展、厳選城絵図展、城めぐり観光情報ゾーン、
     エンタメステージ、ワークショップ&セミナー、お城のジオラマ模型展、
     熊本城復興支援コーナー、城下町 物販ブース、お城EXPOフォトコンテスト、
     イベントステージ、お城シアター ほか  
     ●厳選プログラム
     お城のスペシャリストたちが登壇する、ここでしか聞けない貴重な講演会、フォーラム、トークショー
     ※都合により、内容、プログラムは変更になる場合がございます。
U R L:www.shiroexpo.jp
問い合わせ先:「お城EXPO 2017」事務局 TEL:045-662-9522(平日10時〜17時)

厳選プログラム スケジュール
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■12月22日(金)
A 13:30〜14:30 「中世の続日本100名城について」中井均
B 15:00〜16:00 「近世の続日本100名城について」加藤理文
C 17:00〜18:00 「戦国の城の魅力と見どころ」小和田哲男
D 19:00〜20:00 「戦国夜話〜前田家の城・細川家の城〜」本郷和人
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■12月23日(土)
E 11:00〜12:00 「三大名城について考える」春風亭昇太、萩原さちこ
F 12:30〜13:30 「江戸始図から見た江戸城」千田嘉博
G 14:30〜16:00 「関ケ原合戦における豊臣家の位置」笠谷和比古、小和田哲男、小和田泰経
H 16:30〜17:30 「天守の構造と意匠を見直す」三浦正幸
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■12月24日(日)
I 11:00〜12:00 「信長の天下戦略と長篠城攻防戦」金子拓
J 12:30〜13:30 「武田氏の領国拡大と城郭」平山優
K 14:00〜15:00 「城を攻める 城を守る」伊東潤、樋口隆晴
L 15:30〜16:30 「北条氏の領国と城」諏訪間順、黒田基樹
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チケット情報
■一般発売日:2017年9月15日(金)
■チケット種類:
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●入城券(テーマ展示の観覧が可能)
<一般>当日1,800円/前売1,500円
<小・中学生>当日800円/前売500円
※税込価格 
※未就学児は無料 
※会期中のいずれか1日にテーマ展示の全てをご覧いただけます。
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●厳選プログラム指定券(入城券と合わせてご購入ください)
<一般/小・中学生>当日・前売1,000円(1講演につき)
※税込価格 
※一般/小中学生は一律料金
※厳選プログラムの中の1つをご指定の上、お買い求めください。
※前売り状況などにより予告なく前売券や当日券の販売を終了する可能性がございます。
※未就学児の厳選プログラムへの参加はご遠慮ください。
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●ワンデイ入城券(テーマ展示と厳選プログラムに終日参加可能)
<一般/小・中学生>前売3,500円
※税込価格 
※一般/小中学生は一律料金
※当日券の販売はございません。
※数量限定
※指定日の全てのプログラムを終日ご参加できます。
※チケットぴあのみで販売します。
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※厳選プログラムへの参加をご希望の方は、ワンデイ入城券(1日終日参加可能)か、
 厳選プログラム指定券(1枚につき1講演のみ)をお買い求めください。
※出演者の情報は、「お城EXPO 2017」WEBサイトよりご確認ください。
※都合により厳選プログラム、出演者等は変更になる場合がございます。

■チケット取り扱い:チケットぴあ、ローソンチケット、イープラス
<チケットぴあ>
http://w.pia.jp/t/oshiroexpo/ 
Pコード:お城EXPO 2017〈入城券〉【991-247】 
お城EXPO 2017〈ワンデイ入城券・厳選プログラム指定券〉【636-628】
<ローソン> 
http://l-tike.com/oshiro-expo2017
Lコード=34064
<イープラス>
http://eplus.jp/oshiroexpo2017/
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伊賀谷城 下巻

伊賀谷城の主要部を歩く

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主郭4
主郭④は南北約50mに渡る巨大な駐屯空間で、足元の削平面はやや粗く感じます。
 
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主郭4の北側の土塁
北端は巨大な土塁が築かれ、見張り台としても機能していたようで、
主郭北の土塁背後は覗き込むと深く仕切り土塁も交えた堀切cが見えます。堀切内に降りようとしますが何分未整備で降りる道もなく、かつ切岸は急勾配を見せる為、降りるのにも難渋させられました。
 
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主郭背後の堀切
堀切幅は仕切り土塁を交えて約10m、西側は二本に分かれて竪堀として山麓に向け落ち込みます。
 
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U字形竪堀D
主郭の東側には竪堀と二つのu字形竪堀Dが築かれています。
堆積物等も積もっている筈でありますが、今でも明瞭に確認する事ができました。
近畿圏内でもこれほど明瞭な堀切や竪堀群の遺構を残す城は珍しく、伊賀谷城が築かれた頃は極めて深く地山に堀が刻み込まれていたことでしょう。
 
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堀切Cから竪堀へと落ち込む
東側に落ち込む堀切を見学し主郭東斜面のu字型竪堀を見る為に移動する事としましたが、落ち込む竪堀と東斜面の竪堀に阻まれ移動に難渋し、戦国末期の技術を身を持って体感する事になりました。この落ち込む竪堀と東斜面の竪堀は伊賀谷城北側の城山ピークに回り込んだ侵入者に対する斜面移動を阻害する目的のものだったのでしょう。今は見学に訪れる筆者を阻害しようとしています。堀切と竪堀の間にいくつかの削平地が見えます。これは東斜面のu字竪堀に侵入したものを側射する為のものであったと考えられます。最後に堀切の北側も歩いてみたがほぼ自然地形でした。なだらかな地形で城山ピークに城を築くのは適さなかったのでしょう。主郭に戻り中央部に目を向けると土塁の高まりが見え、土塁の高まりには窪みができていました。狼煙の名残でしょうか。伊賀谷城にとってこの狼煙の名残らしきものが重要な意味を持つのかもしれません。

 
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虎口Ⅰ
主郭北西に目を向けると土塁に切れ目Ⅰを確認できました。
この部分は虎口であったと推察され、僅かながら城外に開かれる道が残されます。
伊賀谷城の所在する豊岡市伊賀谷は円山川沿いの城崎町上山と峠を一つ隔てて連絡する位置に存在する故に伊賀谷城はどちらかと言えば東側と南に防御の主点が置かれています。従来、伊賀谷城は但馬の先行城郭研究では国人・垣屋氏の城とされてきましたが、最近では毛利に属した古志氏の陣城ではないかとの説も出ています。
天正7年8月 毛利氏の吉川元春は但馬の国人、垣屋豊続らの要請を受けて但馬に出兵、吉川元春の但馬出兵は山陰道を東上し織田方と戦うという作戦でした。
吉川氏は場合によれば織田方の軍団が派遣され、但馬国内で決戦となる可能性も想定していた筈でしょう。織田方は丹後方面からは船団を用いて来援する可能性もあり、その場合は円山川を北上してくる可能性が想定されます。
円山川沿いの城崎町上山から峠一つを隔てる伊賀谷は織田方の但馬西部への侵入ルートの一つとなる事も予想され、その為に毛利方が陣城を築き兵を置いたのではないかと筆者は考えました。低い切岸、削平の荒い主郭、そして連絡用に用いたであろう狼煙の名残がその可能性を大きく後押しします。
伊賀谷城の状況を見る限り土着の国人が築く恒久的な城郭には見えません。
吉川元春が但馬に出兵した3ヶ月後、伯耆の南条氏、備前の宇喜多氏が毛利氏から離反、対織田前線で毛利氏は山陰・山陽の2面作戦を取る事は不利と察し、吉川元春は山陰東上作戦を中止、元春は但馬から撤兵する事になる。程なくこの伊賀谷城は放棄されたのではないでしょうか。
 
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伊賀谷城遠望
こうして伊賀谷城を見学してみましたが、地形という立地条件を考えた時、築城技術のパーツが進化した天正年間末期に緩斜面という、いわば城の選地に不適格な部分をいかに進化したパーツでカバーをするかという事を見せつけられた思いがしました。すなわち、本来、城の選地に適さない地形や場所であっても戦国末期の技術はそれをカバーできるという築城技術の粋を見たような気持ちを心に持ちながら山麓の三柱神社方面に向かい下山しました。 
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伊賀谷城 上巻

伊賀谷城へ

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伊賀谷城南方の緩斜面
 三柱神社の背後、伊賀谷城のある城山は、山麓部分は急斜面ですが城に近づくにつれて緩斜面となります。その緩斜面は歩いてみると結構な距離がありました。
 
 
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縄張り図に便宜上加筆
 
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土塁コブと横堀C
10分ほどその緩斜面を歩くと複数の土塁コブと六条の畝状空堀群Aが見えました。
やや埋れてはいますが横堀も組み合わされています。
畝状空堀群は緩斜面にやや浅めに掘られ、積物の影響か下部は不鮮明になり長さも短く感じます。
 
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畝状空堀 東西端部の竪堀C
 畝状空堀の東西端部の部分の竪堀Cは深さ、長さともにあり、明瞭鮮明です。
これは畝状空堀とそれに付随する横堀を一つの空間とした区画割ともいえそうです。
畝状空堀群からさらに東に歩くと連続竪堀、U字型竪堀などの竪堀群が続きます。
城山の東西は急斜面ですが、前述したように三柱神社のある南北の尾根は非常になだらかで歩行容易な緩斜面で、城郭の選地としては敵の侵入が予測される南尾根が緩斜面という不利な場所になります。
このような山に築かれた伊賀谷城は中世城郭で従来見られるようないくつもの段状の曲輪を連ね切岸で守るというプランは創出しにくかったと思われます。
その為、南尾根の防御的に不利な緩斜面を竪堀群らを築く事により、人工的に不利な部分を取り去ろうという意図であったと考えられます。
 
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横堀Bと曲輪1の切岸
 区画された畝状空堀群に付随する横堀内Bに入ってみると、目前の曲輪1の切岸は高さこそありませんが横堀の中から見上げれば鋭利で登坂困難です。
 
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曲輪1
 南端の曲輪1に入りました。南側は低い土塁が築かれ区画された畝状空堀群を見下ろすと土塁のコブが南尾根からの侵入者が入った場合の進路を限定している事がよくわかります。
 
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城内移動ルート2
 ほぼ未整備と思える山城ですが城内はとても歩きやすく、曲輪1の東西には城内移動ルート2が上位の曲輪へと繋がります。伊賀谷城は主郭より南に向けて7段に渡る段状の曲輪群3が築かれています。
 
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段状の曲輪群3
この7段の曲輪群は各曲輪間の切岸が低く、複雑に曲輪が繋がり合っています。
この曲輪群は兵の駐屯空間としても利用された模様です。
筆者は城内移動ルートに沿って主曲輪へと移動しました。
 
次回は主郭に入ってみたいと思います。
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伊賀谷城 序章

畝状空堀群が多用される伊賀谷城

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伊賀谷城 縄張り図
 20131123日、兵庫県豊岡市・伊賀谷の伊賀谷城に訪れました。
豊岡市伊賀谷は豊岡市中心部より約6km程北西に位置し、日本海側の竹野町の南の山間部に所在します。豊岡市街と竹野町間には戦国時代末期、竹野町を中心に勢力を誇った国人・垣屋豊続が改修したとされる城が点在します。先行研究では、この垣屋氏が改修したとされる城の特徴は畝状空堀群を多用した事で知られます。
 
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三柱神社
 伊賀谷に入るには豊岡市街より国道178号線を北上し、伊賀谷バス停前の谷筋の道へ入ります。伊賀谷に入るにはこの道しか存在せず、その谷筋の道を進むとやがて三柱神社という社が見えました。
この三柱神社背後の山が伊賀谷城のある城山となります。
畝状空堀群を多用する伊賀谷城は先行研究で、垣屋氏の城と位置付けられる事もありました。しかし筆者にはそうは見えませんでした。
 
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伊賀谷城の所在する城山全景
 伊賀谷城の所在する城山のピークは標高約200mで、伊賀谷城はそのピークより南に降った標高190m前後の位置に築かれます。このピークに築かれていないという所も伊賀谷城の性格を考える上で重要なヒントとなりました。
 
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三柱神社奥より伊賀谷城へ直登
伊賀谷城は城址も整備はされておらず、もちろん登山道も整備されていません。
その為、筆者は三柱神社奥の竹林から直登する事にしました。

明日は伊賀谷城に入ってみたいと思います。
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猿掛城・主郭

猿掛城 主郭部

筆者は進み猿掛城の主郭に向かいました。
 
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猿掛城主郭
主郭は南北に長い曲輪で、南側には巨大な土塁が築かれます。
 
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主郭後方の土塁
この南側の巨大な土塁は櫓台を上部に形成していたものと考えられます。
 
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主郭後方の堀切
その土塁の後方、南側は落差10m以上の堀切で南稜線部を遮断しており、
土塁背後の堀切斜面をよく観察すると数条の竪堀に気が付きました。
落差10m以上の堀切に加え斜面の畝状竪堀で南側稜線部に対し極めて厳重な
遮断線構造。毛利氏の築城技術を垣間見た思いを胸に猿掛城を後にしました。(完)
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