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前田慶次朗は現代では知名度の低い人物である。
理由は彼が歴史に残した爪痕がそれほど深くなかったからであろう。天下を狙った覇者でもなく、槍一筋で一国をかすめ取った武将でもない。
それにこの男はいつも、負ける側に属するという奇妙な性癖持主だった。
加賀忍者から一国の大名になり上がった
滝川一益。名称上杉の養子で、養子死ぬやいなや義理の兄と戦わなければならなかった上杉景勝、共にそうである。
たった一人勝つ側に属した利家には
煮え湯ならぬ氷水を浴びせて
我からちくでんしている。
敗者の記録は勝者によって消され、あるいは書きかえられるのが歴史の常である。
だから敗者にぞくして、しかもわずかでも名を残すものは人並みはずれた優れた
人間に限る。
前田慶次朗は、その数少ない男だった。
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1923年東京生まれ。東京大学仏文科卒出版社勤務後
中央大学、立教大学でフランス語を教える。
本名池田一郎脚本家として活躍
86作家デビュー
89年には「一夢庵風流記」で
第二回柴田錬三郎賞を受賞
89年没
かぶき者
「かぶき者」はまた「傾き者」、「傾奇者」とも書く
最後の書き方が最も端的に言葉の内容を示している。
ほかに「傾く」という動詞や「傾いた」という形容詞もある。
つまりは異風の姿形を好み、異様な振る舞いで人を驚かすのを愛する事を傾くと言ったのである。
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