独断法人・日本缶コーヒー評価機構

ペットボトル全盛時代に待ったをかける、素晴らしき缶珈琲の世界…なんつって。ブヒャヒャ

缶コーヒー雑感

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日本の缶コーヒー世界の歴史・思い出や現状、未来の展望、
あるいは自身のこだわり、ポリシー、思いつきなど。
単品評価以外の、缶コーヒーに関するあらゆる雑感を綴る。
そりゃあもう無計画に。
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当機構はこれまで名前アイコンを設定していなかった。
そのため、コメント欄には常に「独断法人日本缶コーヒー評価機構」という長ったらしい名前が表示されていた。
 
今日はヒマだったので、名前アイコンを作成することに。
現在パソコンにPhotoshopをインストールしていないので、有名な画像処理フリーソフト「GIMP 2」を使ってみた。
(持っているPhotoshopが5.0Jなので、Windows7には使えないのだ)
 
アイコンは60×17ピクセル以内と決められているので、まずは作業しやすく600×170で新規作成。
背景色として、ミルクコーヒーっぽい色を作成して塗りつぶし。
 
イメージ 1
 
 
ここに、もう少しミルク弱めのコーヒー色を使って縦グラデーションのレイヤーを重ねてみる。
描画色⇒透明のグラデーションにすれば、透明部分で背景色が生かされる。
 
 
イメージ 2
 
ふむ…… まぁいいか。
 
次に文字を配置するワケだが、やはり王道としては3文字であろう。
 
イメージ 3
 
MSゴシックで書いてみたら、縮小した時に文字が細くなり過ぎたので、
もっと太いフォントということでポップ体からセレクト。
 
さて、「缶珈評」とするか「缶コ評」とするか迷ったのだが、読みやすく「缶コ評」とすることに。
 
イメージ 4
 
フォントの特性なのか「コ」の字だけちょっと小さいが、サイズ変更も面倒なのでそのままに。
 
 
実用サイズである60×17に縮小し、画像統合してGIFエクスポートして一応完成。
 
 
イメージ 5
 
 
ま、手抜きで作ったのでこんなモンか。
今後はこのアイコンで表示されるので、よろしくお願い申し上げたい。
 
 

 
 
話は変わるが、当機構事務局のすぐ近く(徒歩30秒ほど)に、先週からいきなり格安自販機が登場した。
価格設定は80〜100円で、複数のメーカーの飲料が突っ込まれている。
その中に、当機構で高評価した「サントリー ボス アイスラテ」が80円で売られているではないか。
型落ち商品とはいえ、賞味期限は今年の8月末であり、これは嬉しい。
 
 
イメージ 6
 
季節ハズレということで、ボスアイスラテ同様に「UCC アイスコーヒー」も見える。
もっとも筆者は、ボスアイスラテは今夏再登場するのではないかと見ているが。
 
格安自販機の楽しみは、業者の在庫状況に応じて様々なサプライズ的商品が売られる可能性がある点だ。
今後の推移を注意深く見守ってゆきたい。
 
 
(文責:紫布)
 
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全糖

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大晦日の夜勤をこなし、一人暮らしのマンションに帰った筆者は、
まさに年末年始の華やぎもヘッタクレもない元日の朝を、すこしだけ彩ってみようと考えた。
105円で売っていた伊達巻と、同じく105円の昆布巻(鮭)である。
合計210円の超ささやかな正月である。
 
で、伊達巻を開封しようとして、ふとその二文字に気づいたのだ。
 
 
イメージ 1
 
 
「全糖」
 
筆者の世代にとっては、非常に懐かしい熟語である。
読者諸兄は如何であろうか。
 
 
実はこの「全糖」という表示、サッカリン・ズルチン・チクロといった合成甘味料が台頭してきた頃に、
「甘味料は砂糖のみ使用」、つまり合成甘味料無添加であることを示していた。
上記の3つの合成甘味料が安全性に問題アリとして添加が禁止されて以降も、
食品メーカーは安全性を誇示する意味で「全糖」の表示を使い続けた。
記憶では、アイスクリームやジュースなど、特に子供の口に入る品目に多く表示されていたように思う。
 
当時まだ子供だった筆者はこの「全糖」という言葉の意味がわからず、
「何? これって砂糖100%でできてるの?(;;゚д゚)」と誤解していたものである。
 
なんにせよ、21世紀に入っても律儀にこの「全糖」を表示しているメーカー・製品は珍しい。
 
 
 
しかし、である。
筆者が口を酸っぱくして主張してきた「人工甘味料使用製品と不使用製品の明確な判別表示の義務化」
この「全糖」という言葉は、一つのカギにはなるまいか?
 
たとえば、人工甘味料使用製品には「アセスルファムカリウム使用」 「スクラロース使用」
あるいは「変な味の化学合成物質使用」と非常に大きなフォントで間の前後2ヶ所に明記し、
人工甘味料不使用の製品にはこの「全糖」、あるいはそれに代わる言葉・シンボルマークを考案して表示する。
 
 
食品表示に関する要望や苦情は、一応は国民生活センター(消費者庁管轄)に提出することは可能であろう。
しかし、その苦情内容がいかに理に適ったものでも、
ある程度の数が集まらないと本腰を入れて対処してくれない。
筆者は甘味料表示義務(倫理的な意味合い)に関して、役人連中を論破する程度の自信はあるが、
いかんせん筆者一人では「少数意見」として処理されて終わりだ。
 
アセスルファムカリウムもスクラロースもL-フェニルアラニン化合物も、
一応は安全性が確認され公式認可された化学物質ということになっているので、
特にその使用を大きく表示する必要は無いだろう、というのが、国やメーカーの考え方である。
仮に筆者の提案するような表示を義務付けた場合、パッケージデザインの変更という、
何ら増収につながらない設備投資をメーカーに強いることになるため、
この不況の中、国としてもメーカーに配慮して及び腰となることだろう。
 
しかし、例えば1〜2年の猶予期間・移行期間を設定してやれば、メーカー各社への負担は少ない。
「次回のマイナーチェンジやデザイン変更を機会として、甘味料表示を導入しなさい」と言えば済むことだ。
 
 
多くの種類の人工甘味料(化学合成物質)が跋扈する昨今からすると、
この懐かしい「全糖」という表示には、むしろ一種の先進性を感じる。
当時はチクロ・サッカリン・ズルチン不使用であることを誇示するのが目的であったとはいえ、
「微糖」とかいう玉虫色の造語を用いて、人工甘味料使用を目立たなくしようとする21世紀の小賢しい手法は、
いかにも欺瞞に満ちたやり方であり、義憤を禁じ得ない。
 
ダイエット志向の強い現代において、「全糖」という言葉のイメージはかなり悪いと思われるが、
人工甘味料不使用を示す新しい造語が必要な時期に来ているとはいえまいか。
 
 
 
……元日の朝、この伊達巻の「全糖」という二文字だけでここまで色々と考えてしまった筆者。
庖丁で適当にスライスして皿に盛り付けて食べたそれは、確かに105円分だけの安っぽい味だったが、
それでも自然で優しい甘さと後味、まさに人工甘味料使用では具現できない「全糖」であった。
 
 
(文責:紫布)
 
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◎「微糖」という言葉

筆者の記憶する限り、一番最初に「微糖」なる耳慣れない言葉が登場するのは、平成7年発売のポッカ「微糖ミルク(BM)」であったと思う。
人工甘味料も香料も使用せず、100g当たり23kcalという微糖製品であり、その味はあまり感動できる物ではなかったものの、「低糖」という言葉を用いずに「微糖」という新たな造語をもってきたことは、筆者にとっても「缶コーヒーの砂糖減量・本格化の流れを予感させる画期的製品」として好意的に受け止め得るものであった。
この製品の微糖とは、単に砂糖を減らした、甘さ控えめというニュアンスを持った言葉であった。
 
しかし、しかしである。
平成11年にスクラロースが、平成12年にアセスルファムカリウムが使用認可を受けると、サントリーがさっそく機能性飲料「DAKARA」にスクラロースを使用。
このDAKARAがヒットしたことを受けて、他の飲料にも人工甘味料が使われ始めることになる。
1990年代から続いていたダイエットブームも追い風となり、人工甘味料を少量加えて砂糖を減らし、低カロリーを売りにした飲料製品が続々登場してゆく。
 
缶コーヒー業界は、これを挽回のチャンスと考えるようになった。
 
“「缶コーヒーは砂糖を大量使用した飲み物」というイメージを、人工甘味料使用で払拭できるのではないか”
 
缶入りで長期保存、さらには冬季加温販売もする缶コーヒーに使用するには、長期保存や加温しても変質しない安定した化学特性が必要だが、これらの人工甘味料はそれを満たしているのだ。
 
ここまではよかった。
ラインナップの一部に人工甘味料使用の低カロリー製品を加えるだけならば、特に問題は無かったハズだ。
しかし彼らは、これに「微糖」という言葉を用いて消費者を欺瞞するという、缶コーヒー史上最悪の手段に出た。
ポッカ微糖ミルクは「砂糖を減らして甘さ控えめ」だったのに、以降の各社の微糖は「砂糖を減らした分の甘みを人工甘味料で補填」であり、要するに甘さ控えめではない。
「甘くないのを飲みたいから微糖って書いてあるのを飲んだのに、結構甘いし変な味がするじゃないか!」と騙された人は数多いし、これがキッカケで缶コーヒーを飲むのをやめてしまった人も実際に存在する。
 
現在、微糖という言葉は完全に人工甘味料使用前提の言葉となってしまった。
しかもこの言葉の使用法は「液量100gあたり糖類使用量2.5g以下」であれば無制限に使用可能であると法で定められており、そこには人工甘味料使用の有無を大きく目立つように表示する義務は一切存在しない。
 
 

◎缶コーヒーの飲まれ方

当機構のように缶コーヒーの味にとことんこだわると、人工甘味料入り缶コーヒーは文字通り天敵である。
「じっくりと味わいながら過ごす缶コーヒータイム」をイメージしており、人工甘味料の珍奇な甘みと後味は邪魔以外の何物でもない。
しかし市場に目をやると、現実として微糖製品は「メタボ対策」の旗標のもと順調な売り上げを記録している。
「なんだなんだ? 最近の消費者はこんなマズい甘味料の味もわからないぐらい鈍いのか?」と、長いこと考えてきた。
 
しかし最近は、考え方が変わってきた。
普通の消費者は、缶コーヒーを飲むのにそこまで味わったり堪能したりしないのではないか。
ごく短い休憩時間に、タバコをふかしながらキュッと一本空けてしまうような飲み方であれば、甘味料も後味もへったくれもない。
こういう人達は要するに「コーヒーの味がすれば何でもいいや」というスタンスなのではないか。
缶コーヒーを味わうということよりも、コーヒーっぽいものをグイッと飲み干す、そちらのほうが重要なのであろう。
そして、そういう飲み方を否定する権利は、我々には無いのだ。
 
実は、筆者は酒の味にも並々ならぬこだわりがあり、マズいベシャベシャな味の安酒を喜んで呑む人達を長年軽蔑してきた。
しかし、ある時に考え方が変わったのだ。
「酒の味には貴賤があるが、人々の求める酔い方には貴賤は無いのではないか」と。
例えば、仕事の後に強い酒をグイッと呷って、ストレスを解消して良い気分になるという楽しみ方。
「高い酒は、かえって何だか味がよくわからねぇ」という人はとても多い。
酒の酔いの楽しみ方は人それぞれであり、人生そのものだ。
安酒を呑んでイヤなことをパーッと忘れる、これだって立派な「酒人生」だと思う。
 
缶コーヒーも同じことだ。
筆者のようなしみったれた缶コーヒーインテリ気取りが、缶コーヒーを開缶し、開口部からの香りを嗅いだり、チビチビとテイスティングしつつ「口当たりが……」「コクが、ミルク感が……」などと薀蓄を垂れるのは、完全にマイノリティの行為であると自覚すべきだ。
「缶コーヒーはよく飲むけど、味わって飲んだことなんて無いよ」というユーザーは絶対に多いと思うし、そんな飲み方を責める権利は無い。
大して旨くもない缶コーヒーを、グイッと一気飲みして気分転換し、残りの仕事を片付けに机に戻る…… こんなでも、缶コーヒーは充分な存在意義を示しているのだ。
 
缶コーヒーの味の貴賤は確実に存在する。これは缶コーヒーマニアとして絶対に譲れないし、「すっきりした甘さと後味」などと大嘘をついて激マズ微糖・ゼロ缶コーヒーを垂れ流すメーカーには義憤を禁じ得ない。
そんな物の売り上げに貢献する味音痴なユーザーの存在に腹が立つのも事実だ。
しかし、彼らの「缶コーヒーの飲み方」そのものには、やはり文句をつけてはいけないのだ。
むしろ、普段からこんなに必死になって味の解析をしている我々のほうがよっぽど変わり者なのである。
 
また現実問題として、糖尿病持ちなどの理由で糖質を摂取できない人がおり、こちらはメタボ予防やダイエット志向の人達よりも深刻である。
「多少マズくてもいいから、甘みのある缶コーヒーが飲みたい」と欲すれば、糖類ゼロ製品の存在は彼らにとってまさに救いの神である。
彼らの気持ちは尊重せねばなるまい。
もっとも、各メーカーが展開している「ゼロ合戦」はそんなヒューマニズムではなく、単なる低次元な数値争いに過ぎないのだが。
 

 

◎JAS法で定めてほしい表示項目

上で述べた通り、現在「微糖」という言葉は人工甘味料の有無に関係なく表示できる。
また、人工甘味料使用は原材料名欄に書いてあれば問題無し、という状況であり、缶の正面などの目立つ場所への表示義務も存在しない。
当機構としては、この部分をJAS法あるいは健康増進法で表示義務化してほしいと考えている。
 
 
◇人工甘味料使用製品は必ず、缶の正面に「人工甘味料使用」を明記すること
  (自販機購入のように、商品を手に取らなくても事前にわかるように)
 
 
◇人工甘味料使用の場合、その種類と使用量を成分表に明記すること
 
 
本音を言えば、人工甘味料使用製品に「すっきりした甘さ」とか「キレのある後味」と表記するのを禁止してほしいと思っているのだが、これは法令で規制することは不可能であろう。
 


 
2記事にわたる長文におつき合い頂き、感謝したい。
 
人工甘味料については、まだまだ書き足りないこともある。
例えば、微糖が売りの製品以外にも人工甘味料がガンガン使われ始めている事実など。
それは後日別稿で。
 
 
今年もいよいよ大詰めである。
今年は完成度の高い缶コーヒーが多数登場した、当たり年であったと思う。
来年も極端な微糖・ゼロ路線と一線を画した本格派が多数リリースされることを願い、本稿の結びとしたい。
 
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◎日本の砂糖事情 〜戦後混乱期まで〜

現在のような白い砂糖が出回る前、料理や菓子に本格的な甘みをつけるほとんど唯一の手段、それが黒砂糖であった。
サトウキビの汁を乾燥させただけの黒砂糖は、サトウキビ特有の香りや蜜分、不純物を大量に含んでいるが、精製技術の無かった時代においてはこれでも大変なごちそうであった。
黒砂糖は、精製を繰り返すことによって蜜分や不純物を除去して、ショ糖の純度を上げることができる。
こうして出来上がった最高純度のショ糖、すなわちグラニュー糖は、雑味のほとんどない「純粋な甘み」が得られ、コーヒーや紅茶の味・香りを邪魔しないため重宝される。
 
しかし、第二次世界大戦が始まり戦局が悪化するにつれ、日本では砂糖は当然のことながら贅沢品として入手も使用も困難となる。戦後にかけて、砂糖どころか明日食う物にも困り果てる食糧難の時代となった。
子供達の摂取カロリーは著しく低く、成長期においては特につらい時代であった。
子供達は、滅多に食べられない甘い菓子を喜んで食べ、親達は「子供にもっと甘くて美味しい物をたくさん食べさせてあげたい」と願い、子供達も「将来は絶対にお金持ちになって、お菓子を腹いっぱい食べてやる!」とささやかな野望に燃えたりもしたのである。
 
 

◎GHQ占領下におけるアメリカ食文化の浸透

「ギブ・ミー・チョコレート」が本当の話かどうかはよく知らないのだが、戦後しばらくの日本への西洋文化流入は、「欧米化」ではなく「米化」であった。
日本を直接占領・統治したアメリカGHQは、腕時計やアクセサリーをあしらった小綺麗な恰好、戦勝国ならではの余裕ある表情で日本各地をを闊歩し、当時の日本人からすると羨ましくて仕方ないところであった。
そして、戦後の日本の食文化においてもアメリカは重要な役割を果たした。
ただでさえヨーロッパに比較してジャンクな飲食物の非常に多いアメリカは、戦後の日本にコーラ、サイダー、ハンバーガー、ホットドッグ、フライドポテトといった高カロリーで刺激的な飲食物を持ち込み、日本人にも広めていった。
「肥満」は当時からアメリカ社会で問題になりつつあったが、戦後の食糧難で痩せギスばかりであった日本人にとって、アメリカ伝来のジャンクフードは、不足がちだったカロリーやたんぱく質を補う効果があった。
 
戦後間もなくから想像もつかぬほど食糧事情が回復した頃、日本の飲料業界はどうなっていたか。
スーパーで買える既製飲料は全て激甘という状況となっていた。
缶入りの緑茶・無糖紅茶・ブラックコーヒーが市民権を得るのは昭和60年代に入ってからである。
コカコーラ、ペプシ、ファンタ、Hi-C、スプライト、三ツ矢サイダー、キリンレモン、プラッシー、スコール、バャリース、セブンアップ、そしてこれまた激甘だったのが缶コーヒー。
当時は業界にも消費者にも「既製飲料ももう少し甘さを抑えたほうがいい」という認識はほぼ皆無で、こと業界側は「甘さを抑えることで売れなくなったら困る」という危惧もあった。
ミネラルウォーターはガラス瓶入りで古くから市販されていたものの、あくまでウィスキー水割り専用の高級な真水という位置づけであり、今のエビアンのようにそのまま飲む代物ではなかった。
当時の感覚を思い起こしてみると、「砂糖をケチった飲み物で金を取ろうなんて、図々しいにもほどがある」といった感じで、とにかく市販飲料には「値段に見合った濃度感」を求めていた。
つまり、緑茶のように自宅で少量の葉から数回抽出できるような物を、金を出して買うという発想は全く無かったのだ。

この「濃度感」をたやすく表現できるのは、安価で大量に使用できる砂糖であった
筆者が小学生の頃は、都市伝説的に「ペプシを飲むと骨が溶けるぞ」などと噂されていた。
「コーラ」でなく「ペプシ」と限定的なところが、案外ライバルのコカ・コーラ社の流した風説であったのかもしれないが(笑)、甘い炭酸飲料の飲み過ぎは体に良くないらしい、という程度の知識はあったものだ。
しかし子供達は意にも介さず飲み続けていたと思う。
(筆者は子供の頃から麦茶・牛乳派であり、家には甘い飲み物は常備されていなかったが)
 
 

◎人工甘味料開発

戦中から戦後にかけて、欧米でいくつかの人工甘味料が開発された。当時は「合成甘味料」と呼んでいた。
砂糖以外の甘味料を安価に合成することの意義は「農産物の一種である砂糖よりも、工業的・化学的に安定供給可能」な点である。
サトウキビやテンサイの産地における天候不順は、砂糖の相場を著しく左右するからである。
現在と違って、当時はまだカロリーオフ目的の開発でなかったという点が特筆されるべきであろう。
しかし、ズルチン・サッカリン・ぺリラシュガー・チクロといった合成甘味料は、発癌性や催奇性が指摘され、実際の健康被害や致死まで発生したものもあり、多くは日本において使用禁止となっていった。
還元麦芽糖水飴とサッカリンナトリウムを主成分としたダイエット甘味料「シュガーカット」が発売されたのは昭和48年だが、これはあくまで家庭用甘味料であり、市販食品への応用は実現しなかった。
現在の主流であるアセスルファムカリウム・スクラロース・L-フェニルアラニン化合物といった人工甘味料が食品添加物として認可され浸透するのは、20世紀終盤になってからのことである。
 
 

◎脱・砂糖の動きの始まり

日本では昭和50年代まで、砂糖の過剰使用が忌避されるようになった理由の大半は「肥満の原因」ではなく「虫歯の原因」という視点であった。
 
「砂糖の入ったものを食べ過ぎると虫歯になる」といった程度のことは古くから知られていたが、実際に虫歯の原因となるミュータンス菌の存在と虫歯発生進行のメカニズムが解明されたのはなんと1924年のことであり、割と最近のことなのである。
「ただでさえ砂糖がたっぷり入ったものを、歯で長時間直接噛み続ける」というチューインガムに対する、全国の親達の印象はどんどん悪化した。アメリカからアダムスの「トライデント・シュガーレスガム」が日本に登場した時も「虫歯の原因にならない」ことがCMでも強調されていた。

現在、日本でもガムの売り上げ主流を占めるのは、虫歯の原因とならない人工甘味料を使用したシュガーレス製品であり、特にキシリトールが配合され再石灰化効果を期待できるという触れ込みで人気が高い。
しかし、ガム以外の菓子や飲料では、ノンシュガーの物はあっても「虫歯の原因とならない」と強調している製品は皆無であり、興味深い部分である。
 
 

◎果糖は砂糖より害が少ない?

世の母親の中には、「コーラは砂糖がたくさん入ってて体に悪いから」といって、子供にミカンやリンゴの100%ジュースを与える人が結構いる。
確かに、果汁はカリウムやビタミンを効果的に摂取できる分、コーラよりは体に良いかもしれない。
しかし実際には、コカコーラとオレンジ果汁100%ジュースのカロリーはほぼ同値(100g当たり48〜50kcal)であり、コーラのようにガバガバ飲めば体に良くないのは同じことである。
また、「果糖やブドウ糖や蜂蜜は、砂糖よりも害が少ない」などと本気で信じている人が意外なほど多いのが現状だが、グラニュー糖と果糖のカロリーの違いはごくわずかであり、どれも肥満や虫歯の原因となるのは同じだ。
 

◎缶コーヒーの砂糖が目の敵にされる理由

250g缶コーヒーが主流だった時代、あるテレビ番組で「缶コーヒー1本には砂糖が10g以上も含まれている!」と、実際に10gの砂糖を小皿に乗せて紹介された。
これは、視聴者にとって相当な衝撃であったようだ。
レギュラーコーヒーやインスタントコーヒーを自宅で飲む時に自分で入れる砂糖の量と比較してしまえば、確かに驚異的な量と捉えられても致し方ないところである。
前述の通り、当時の甘い市販飲料の大半はそのぐらいの糖質を含んでおり、缶コーヒーだけが非難される筋合いの話ではないのだが、「缶コーヒーは砂糖が大量に入っていて体に悪い!」と盛んに喧伝されてしまったことは、現在においても缶コーヒー業界に影を落としている。
 
 

◎缶コーヒー本格化 〜砂糖減・品質向上へ〜

昭和44年の缶入り「UCCコーヒー」発売以来、ポッカやダイドー、コカ・コーラなど各社が缶コーヒー業界に参入してきたが、それらの商品はどれも砂糖をたくさん使用した、甘みのかなり強いものであった。
前述のように「市販飲料は甘くしないと受け入れられない」という当時の風潮もあったのだが、缶コーヒーにおいてはもっと別の事情があった。
 
* 香りや味を缶に封じ込める技術が確立されておらず、砂糖の甘さが無ければ飲むに堪えない代物であった
* 「いつでもどこでもコーヒーが飲める」という点が重要なのであり、味は二の次だった
 
昭和50年代終盤になると、まずポッカが缶コーヒー本格化の意識を持ち始める。
「どうせ缶コーヒーだし、多少まずくてもしょうがない」と思われ続けるのが癪だったのであろうか。
ポッカは、初めて脱酸素製法を用いた「ミスターコーヒー」において、「甘いだけのコーヒーは卒業した」というフレーズをCMに使用(CM出演は俳優の時任三郎氏)。
今思い出してもこのミスターコーヒーは結構甘い製品だったが、缶コーヒーも本格感を上げるべきだという考えをポッカが持っていたことは重要である。
 
昭和62年には、極めて多彩なラインナップで缶コーヒー業界に新風を吹き込んだキリン「Jive」シリーズが登場。
ヨーロピアンテイストやカフェオレ、クリアテイストなどの斬新な製品群、「粗挽きネルドリップ製法」「アイス専用」「ホット専用」という初の試みはセンセーショナルなもので、他社も慌ててラインナップを増加させてゆくとともに、「缶コーヒーはもう甘いだけでは売れない時代」という実感を強くしていった。
コーヒー豆を従前商品よりも贅沢に使い、焙煎や抽出を工夫し、香りを封じ込める充填法が確立され、ブラック缶コーヒーも徐々に市民権を得てゆくに至り、「甘さ控えめ」を売りにした商品も徐々に登場してくる。
(ネスカフェのサンタマルタやモンテアルバンは「甘さひかえめ」と書いてありながらトンでもない甘さで辟易させられたものだが)
 


 
字数制限により、続きは次回は後編で。
 
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かつてペットボトル入りの飲料が登場した当時、筆者は結構な抵抗感を禁じ得なかった。
ペットすなわちプラスチックは独特の合成樹脂臭があり、
飲料を詰めるのに適さないというのが世の常識であったからだ。
(ヤクルトとかジョアといったチルド飲料だけは例外であったが)
 
ボトル形状の容器から直接飲むのは「ラッパ飲み」と呼ばれる下品な行為とされていた。
現在のように、屋外で若い女性までが普通にラッパ飲みするようになるとは、当時は誰も思わなかったハズだ。
 
 
現在はペットボトル入り飲料が完全に市民権を獲得したが、今日の記事ではもっと遡ってみよう。
 
 
昔、ほとんどの飲料は長年の間、ガラス瓶に詰めて売られていた。
昔はガラス瓶入りコーラの自販機が存在し、自販機本体に栓抜きがついていた。
また缶入りビールも出ていない時代にまで遡ると、外出・遠出、特に交通機関による移動や、
屋外でのピクニックなどには栓抜きは必需品であった。
 
昔の鉄道車両などでも車内のテーブルの端には栓抜きがついていた↓
 
イメージ 1
 
一定以上の年齢の方にとっては、この写真は非常に懐かしく感じられるのではないだろうか。
この写真は、先日東京のJR東日本・尾久車両センターのイベントで展示された旧型客車の車内である。
 
当時は、ビールやコーラを買い込んで出かけるにも、栓抜きを使わないと開封できなかった。
ガラス瓶でもスクリューキャップを装備したオロナミンCのような製品はあったものの、
コーラやビールにはまだまだ王冠しかなかったのである。
 
 
金属缶はもともと、保存食のために考案された殺菌密閉方式パッケージである。
その後、ジュースを詰めて売るようになったものの、
当時はまだプルタブも存在せず、缶に口をつけて直接飲むような行為は考えられなかった。
缶の上部の2ヶ所に穴をあけ、そこからコップに注いで飲むのが普通だった。
(プルタブ登場後もしばらくは、トマトジュースだけがなぜかこの方式だった)

穴あけ器具を使わなくても簡単に開封できるプルタブの登場で、
飲料業界における金属缶の地位は一気に向上した。
ガラス瓶よりも軽く、落としても割れる心配が無く、栓抜きが無くても出先で簡単に開封して飲める。
コーラもファンタも金属缶入りが登場し、缶入り飲料の自動販売機も一気に増加し、
ガラス瓶入りは徐々にその存在価値を狭めてゆく。
その後、コカコーラの1.5Lガラスボトルなどにはスクリューキャップも登場したものの、
ペットボトルの登場と台頭によってガラス瓶は淘汰されていった。
(ビン回収システムの発展的縮小もその理由である)
 
ペットボトルが市民権を得ることになったのは、合成樹脂臭を効果的に除去する技術が確立したからであり、
当時原油価格の安定した時期だったことも追い風になった。
 
しかしながら、当初はあくまでペットボトルは大型ガラス瓶の代替商品であり、
ジュースやコーラの1.5L〜2Lガラス瓶製品を置き換える性格の存在であった。
(当初はまだスクリューキャップが金属製であった)
スクリューキャップによってリシール可能というのは、あくまで残りを冷蔵庫に保存するためのものであり、
現在の500ペットのように「ボトルに口を直接つけて飲み、残りを持ち歩く」という存在意義ではなかった。
そもそも当時の認識として「500mlは人ひとりが飲むには多過ぎる量」だと思われていたのだ。
 
しかし、それまで250〜350mlの缶入りが常識だったジュースやお茶に、500mlペットが登場。
なるほど、缶入りならば開封後は全部飲み切る必要があるが、ペットならキャップを閉めて残りを温存できる。
それならば500mlは決して多過ぎる量ではない、ということになってくる。
 
この流れに勢いをつけるように、「500mlペットボトル対応自動販売機」が登場して以降、
500ml飲料の大幅普及という、ソフトドリンク史上でみても重大なムーブメントへと展開した。
(250mlや350mlの割高感も手伝ったのであろう)
コーラ、ファンタ、緑茶、烏龍茶、紅茶、スポーツドリンク……
一部を除いてほとんどがペットボトルへと移行し、現在に至っている。
 
 
 
 
……さて、この一連の流れと隔絶され、金属缶という文化を頑なに守っている分野がある。
 
そう、我らが缶コーヒーである(゚∀゚)
 
 
コーヒーは今も缶入りがメインである。
むしろ缶コーヒーは、以前は250mlロング缶が主流だったのに現在は190ml缶だ。
350ml缶のガブ飲み製品や、500ペットのカフェオレ系の製品もあるにはあるが、
缶コーヒー飲みにとって、ソフトドリンクとしてのコーヒーは190mlで事足りてしまうのだ。
 
 
コーヒー好きの中には、キチンとドリップしたコーヒーをマグカップで何杯も飲む人もいるにはいる。
しかし、缶コーヒーを短時間のうちに何本も開封して飲む人はほとんどいない。
つまり、缶コーヒーは基本的に190gが適量なのである。
そして、少ない量を一度で飲み切るので、リシールキャップの必要性も無い。
200mlにも満たないコーヒーを、キャップを閉めて何度にも分けて飲みたいという人はいるまい。
 
こうしてみると、缶コーヒーのパッケージというのはじつに理に適っている。
コーヒーという飲み物に最適な容器といえるだろう。
また、充填後の加圧加熱殺菌のために金属缶でなければならない、と聞いたことがある。
 
ペットボトルと違って光線を遮断できる金属缶は、中身の変質を抑えることができ、
加温して飲む場合もホットペットより迅速に加温できるという利点も兼ね備える。
 
 
缶コーヒーはこのまま、今後もペットボトル化の波に逆らい続けてほしい。
金属製の円筒に直接印刷された美麗なデザインは、それだけで心をワクワクさせるものがある。
プラスチックのスクリューキャップをグツッとひねるより、プルタブをカシュッと起こす音のほうが好きだ。
 
透明な容器にデザインフィルムを巻いただけのペットボトル飲料とは質感が全く違う、
コンパクトな円筒形の小宇宙、それが我らの愛する缶コーヒーなのである。
 
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