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これは日本も大いに学ばねばね(^~^)
台北の景色が変わった。
台北といえば、バイクの洪水というイメージが強い。しかし、最近は、その洪水のなかに、オレンジ色と緑色が混じった派手な自転車の姿を見かけるようになった。
道路には自転車レーンが新たに整備されており、駅前のスペースには、必ずと言っていいほど、ステーションが設置されている。自転車が戻ってくるのを待って並んでいる人の姿も見かけるし、夜の公園では、ベンチの前に自転車を止めて、恋を語らう若者たちの姿もある。
台北の公共自転車シェアリング「YouBike」は、導入から2年で、周囲の予想を大きく覆し、大成功をおさめている。自転車一台の一日あたりの利用者数は平均で10人を超え、世界最高レベルに達している。自転車シェアリングの導入が欧米などに比べて遅れていたアジアにおいて、首都レベルの規模ではおそらく最初の成功例だろう。
台北で始まった自転車シェアリングが大人気。自転車のクオリティも高く、乗り心地はいい。
世界中から視察申し込みが殺到借りた自転車をどこでも返せるのが自転車シェアの特徴だ。借りた場所に返さなくてはいけない自転車レンタルと根本的に異なる。自転車シェアは基本的に公共交通機関の一部として使うもので、自転車レンタルは観光などに使われるものだからである。
自転車シェアはビジネスとして成立することが難しい。なぜなら、まず一定の規模が重要なので、最初に多くのステーションや自転車などかなりの初期投資が必要となる。しかも公共交通であるため利用料金も高くは設定できず、一台あたりの収益が高くはならないのである。
そのため、自転車シェアの導入に二の足を踏む国や自治体が多く、必要性は認められながら、広がらないというジレンマに陥っていた。ただ、パリやニューヨーク、ロンドンなどで本腰を入れて導入が進んでいるのに対し、アジアでは成功例がほとんどなかった。そのなかで、台北市の「成功」は世界の注目を集めており、世界中から視察の申し込みが殺到しているという。
まず、私自身で乗ってみることにした。最初は台北市信義区のオフィス街にあるステーションを訪れた。最初の利用者登録には、台湾の携帯電話と悠遊?(Easy Card)という日本のSuicaのようなカードが必要だ。登録すると携帯に暗証番号が届き、それを入力すればすぐに利用できる。外国人でも悠遊?は買えるが、携帯電話はハードルが高い。その場合はクレジットカードで利用できる。利用者登録ができるステーションはいくつかの大きなステーションに限定されているので、調べてから行くことをお勧めする。台北市内のステーションは現在160カ所。ほぼ、数百メートルごとの大きな交差点や駅、公園などにステーションが見つかる感じだ。スマートフォンのアプリで現在地から最も近くて自転車に空きがあるステーションが分かる。
■初乗り30分はタダでは、台北市民はどのように自転車シェアを利用しているのだろうか。知人たちに聞いてみた。
たいていは、通勤や通学の補助に使っているという。今は台北市も郊外に住宅地が拡大している。地下鉄に乗って市内まで来ると、会社にあと歩いて10分のところまではたどり着ける。そのあと、YouBikeで会社や学校の近くまでに行き、帰りも同じように乗って帰るというやり方だ。
こうした利用実態を、台北市は「最後の一マイルの交通手段」と呼ぶ。ほかにも若者たちは、夜に遊びに出かけるときに利用したり、デートで使ったりと、夜の利用率は昼間よりもかえって高くなることもある。
何しろ価格が安いことが台湾の人々にとっては魅力のようだ。初乗りから30分までは無料。そのあとは4時間利用までは30分ごとに10台湾ドル(34円)、4時間から8時間までは30分ごとに20台湾ドル、それ以上の利用だと30分で30ドルと少しずつ上がっていく。地下鉄の初乗りが20台湾ドルなどで、基本的にかなり低めの設定であることが若者に人気の理由だろう。
台湾のYouBikeは2012年8月の導入以来、きわめて順調に利用者を伸ばしてきた。延べ利用者は2013年6月には利用者500万人を突破し、昨年11月には1000万人、今年5月19日にはとうとう2000万人に到達した。現状では市民一人につき年間に4回乗っている計算になる。
■パリをもしのぐ、世界一の利用率台北の自転車シェアが注目される最大の理由は、この急速な普及ぶりだけではない。自動車一台につき一日に何人が利用するのか――その利用率の高さに注目が集まっているのだ。
今年4月時点で、利用率は1台につき1日12人に達しており、毎月出される利用率平均でもこの1年間で平均10人をキープしている。月によっては12台に達したこともあった。台北市によりと、自転車シェアの先進地であるパリをしのいで世界一だという。また、自転車の紛失率だが、パリが2割に達しているのに対し、台北では現在まで紛失が数十台に過ぎず、利用者のマナーも高い。
自転車シェアでは台数が人口の1%に達するかどうかが成功の鍵を握ると言われている。台北市の人口はおよそ250万人だが、YouBikeを設置する中心地域の人口は100万人ぐらいだとすると1万台が必要ということになる。
現在、YouBikeは台北市内に162ステーションまで達しており、第一期の計画で目標としていたステーション数を確保したが、今後、最終的には300ステーションまで広げる可能性があるという。年内には300ステーション、1万台に拡大する見通しだ。
また、台北の好調をぶりに刺激され、周辺自治体も導入に乗り出している。台湾中部の中規模自治体である彰化県では今年春から400台の自転車で試験運用を始めている。また、台湾で最大の人口を持つ新北市も導入を検討しているという。
■圧倒的な高品質。ギアミッションはシマノ製そもそもYouBikeは、環境都市化を目指す台北市が、バイクなどの排気ガスによる空気汚染などを食い止める措置の一環として導入したものだった。台北市は、世界最大の自転車の完成車メーカーである台湾のGIANTに、YouBike事業の委託を打診。自転車文化を広げることに熱意を持つGIANTの劉金標会長が受諾し、事業が動き出した
GIANTは自転車メーカーとして投入できる最善のノウハウを、この自転車シェア事業に持ち込んだ。それゆえ、YouBikeで使用する自転車はクオリティが高い。タイヤやフレームなど部品はすべて特注にして、盗んでもほかの自転車部品に流用できないようにしている。
しかも、通常の自転車よりも丈夫な構造にして、故障や経年劣化による修理や交換のコストを抑えるようにした。三段変速のギアミッションは、世界の最高級メーカーであるシマノを使っている。ランプは夜になると自動的に点灯する仕組みになっている。また、女性の利用者が多いことも想定して、あらかじめスカートが車輪に巻き込まれないように、車輪にはカバーもつけられている。
これだけいいものだから、乗り心地が悪いはずがない。車体は比較的重いのだが、走り出すと振動も少なく、坂道の少ない台北の町中を自由自在に走行できる。また、台湾では自転車専用道路の整備も同時に急ピッチで進めており、利用環境は日々よくなっている印象だ。
世界における自転車シェアの先行例で最も有名なのが、すでに2万台以上が稼働しているパリだろう。ロンドンでも1万台が動いていると言われる。また、ニューヨークでは昨年からスポンサーであるシティバンクの名前を冠した「シティバイク」が導入され、台北と同じ5000台が動いている。利用方法は台北とは微妙に違うが、これからの都市交通のなかで、自転車の役割を高めていくという長期的な展望で行われていることは共通している。
■東京には「本気度」が足りない日本においては、自転車シェアは失敗の歴史を繰り返してきた。最大の理由は、その実施規模が中途半端だったことだ。
日本シェアバイク協会の小林副会長によれば、通常、自転車シェアが成功するには、人口の1%程度の台数が必要だという。その意味では、パリがようやくこの水準に達しているが、台北でもまだ足りない。ましてや日本では、香川県の1250台が最高で、ほかには東京江東区や横浜市などが300台という数字にとどまっている。
その最大の理由は区割りでしか動けない行政のあり方だと言われている。人間の行動様式は区単位ではない以上、区がいくら単独でがんばっても、自転車シェアがユーザーのニーズをとらえることはできない。
東京都の舛添新知事は、2020年の東京五輪に向けて東京を「TOKYO自転車シティ」にするというビジョンを打ち出した。今日の東京の交通システムのなかで効率的に大量の観光客を受け入れるには、東京のサイクルシティ化しか解決策はないが、東京の歩みはあまりに遅い。区ごとにしか動かない行政システムの弊害に加え、東京都自身に「本気度」が足りないからだ。
日本が環境型社会に向かうことは国民的コンセンサスだ。自転車は健康にもいいので医療費抑制につながる。もちろん交通渋滞の抑制にもなる。あらゆる意味から考えて、将来の日本にとって意義がある自転車シェアを台北に見習って始める時期が来ている。
シェアバイクは、基本的になかなかビジネスとして割に合わない。事業者に対し、行政が一緒になってサポートを行うことが不可欠だ。台湾のシェアバイクも、30分までの無料部分のコストを台北市が負担することで採算を合わせている。
ス
しかし、それでも街の活性化や大気汚染の改善、街の回遊性の向上、市民の健康増進など、長期的に住民に与えるプラス効果は大きい。そうした観点からも日本のお隣の台湾でのYouBikeの成功は大きな啓示になるはずである。
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2014年06月12日
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【超朗報!】韓国修学旅行ゼロ 県立校の韓国への修学旅行、今年度ゼロになる県 2014年06月11日 12時00分 9月に韓国への修学旅行を予定していた秋田県立大館国際情報学院中学校(秋田県大館市)が、4月の旅客船「セウォル号」の沈没事故などを受け、行き先を国内に切り替えたことが10日、分かった。 秋田県教育委員会によると、ほかに予定していた県立高校3校も保護者の要望などで変更の方向で検討しており、県立学校の韓国修学旅行は今年度、ゼロになる見込みだ。 同中によると、韓国旅行は3泊4日の日程で3年生80人が行く予定だった。沈没事故後もしばらくは韓国へ行く計画だったが、能代松陽高校(能代市)が保護者の反対で5月に国内旅行に切り替えたため、改めて対応を検討した。 3年生の保護者全員にアンケート調査したところ、約7割が「安全性に不安を感じる」と行き先の変更を希望。残り3割も、安全確保策の強化を求めたことから、6日に保護者会を開いて、国内旅行への変更を決めた。行き先は保護者の要望も踏まえて、東京方面を検討しているという。... 2014年06月11日 12時00分 Copyright c The Yomiuri Shimbun ソース: 読売新聞 http://www.yomiuri.co.jp/national/20140611-OYT1T50070.html 6: 名無しさん@0新周年@\(^o^)/ 2014/06/11(水) 13:34:37.55 ID:ewWU33/iO.net >>1
反日敵国へ行くのは永久的にゼロだな 423: 名無しさん@0新周年@\(^o^)/ 2014/06/11(水) 14:59:22.64 ID:CruB29Xd0.net
>>1
修学旅行が一部の人間の思想や接待で決めらてれたら、かなわんもんなw 3: 名無しさん@0新周年@\(^o^)/ 2014/06/11(水) 13:30:56.74 ID:gwBbJo640.net
そもそも韓国を選択肢に入れた経緯が問題だろう
秋田−ソウル便運休 沈没事故で搭乗率低迷 県立校も韓国修学旅行中止 大韓航空は11日、秋田−ソウル便の運航を7月26日から10月25日まで休止すると発表した。それ以降は未定としている。4月の旅客船沈没事故の影響などによる搭乗率低迷が原因とみられる。運航休止を受け、韓国への修学旅行を予定していた秋田県立高3校は全て国内に行き先を変更することを決めた。 県はソウル便の路線維持のため、補助金を出すなどして韓国への修学旅行を推進しているが、沈没事故を受けて県立能代松陽高(能代市)が関西への行き先変更を決めていた。 県教委高校教育課によると、韓国行きを計画していた残る県立高3校のうち2校が運航休止期間中に日程を組んでいたため、行き先を国内に変更する。関係者によると、12月に韓国行きを予定していた県立横手清陵学院高(横手市)も国内への変更を決め、13日に保護者に説明する。 中学校で唯一韓国行きを計画していた県立大館国際情報学院中(大館市)は運航休止発表前に行き先変更を決めた。 運航休止について佐竹敬久知事は「県民総ぐるみで運航を支えてきた経緯があり、幅広い国際交流を進める上で必要不可欠。運航再開に向け努力しなければならない」などとするコメントを発表した。MSN産経 http://sankei.jp.msn.com/world/news/140611/kor14061117460005-n1.htm 9: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん@\(^o^)/ 2014/06/11(水) 19:58:30.61 ID:EuIASqOE.net
廃止でいいさ
韓国は要らない国 10: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん@\(^o^)/ 2014/06/11(水) 19:58:36.83 ID:8hWTQ4PM.net
落ちて当然の飛行機には乗りたくないわな
20: <丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん@\(^o^)/ 2014/06/11(水) 20:01:59.15 ID:icXKb6YO.net
このまま永久廃止で何も問題ない
商用などやむを得ない場合を除き、あの半島はまともな人間の行くべきところではない 2012/10/11 に公開
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/news... 【教育】 「修学旅行で韓国に行き土下座強要...まるで洗脳。これが教育か?中国・韓国より被災県に行くべき」...千葉・黎明高の西村理事長 2013/10/23 に公開
韓国への修学旅行を計画していた公立高校15校のうち
2013年の10月の時点で11校で韓国への修学旅行が中止になった。 しかし、滋賀県立国際情報高校では、親の猛反対に遭いながらも11月の韓国行き修学旅行を意地でも強行する姿勢を崩していません。 保護者が韓国行きを反対する理由は、現在北朝鮮とは休戦状態にあるとは言え、戦争状態にあり、何時攻撃を受けるか分からない不安定な状況だからと言うのが一番大きいですが、他にも食べ物が不衛生であったりする事もあります。 それだけでは無く、韓国に行くと自称従軍慰安婦の話しを聞かされて強制的に土下座させられるという事もあります。 もちろん異常な反日も理由です。 また、タクシーや食堂では日本人はぼったくりに会う可能性もあります。 現在のように異常な反日状態の韓国行ったら 悲惨な目に会うのは容易に想像できます。 保護者は、この様な理由から韓国での修学旅行を中止するように 署名活動を行って学校や教育委員会、文部省などへ 働きかける行動を行った結果、大多数の高校が 韓国行きをキャンセルして国内旅行に切り替えることになりました。 しかし、それでも滋賀県立国際情報高校の様に 韓国行きを強行しようとしている高校があります。 親も生徒も喜ばない韓国への修学旅行に、 学校がそれ程こだわるのか? おそらく主な理由は2つ 1.日教組や韓国系などの反日教師による韓国への利益誘導 2.修学旅行担当の教師が賄賂やキックバックを業者からもらっている などが考えられます。
反日教師は韓国への修学旅行を強制するのは止めろ!
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中国の言論空間において天安門事件を表す用語 「六四(リュースー)」は最大のタブーの一つだ。
当時の学生運動のリーダー、ウアルカイシ氏(46)が民主化運動の集会やデモに参加するため来日し、
東京都内で産経新聞の取材に応じた。
25年間、両親と会えないまま
ウアルカイシ氏
天安門事件後、中国当局から反革命宣伝扇動罪で指名手配され、 香港に亡命。現在は台湾で生活している。
“世界最大の専制国家への挑戦者”を自任する。 同氏に、事件後の四半世紀を振り返ってもらった
−−あなたにとって、この25年間はどのような日々だったのか
「非常に長い時間だった。私個人としてもそうだし、事件で子を亡くした親の会『天安門の母』メンバーにとっても長い日々だったに違いない。彼女らは毎日、愛する子供たちが平穏を得られる日を、指折り数えながら待っている。国家的な視野でみても、いまだに共産党は下野せず中国の執政党であり続けている」
天安門事件の犠牲者遺族や民主活動家らは、犠牲者の名誉回復を求め続けているが、
中国政府は当時の民主化運動を「政治風波(騒ぎ)」と位置付け、再評価を拒否している》
「私の父母は(中国・新疆ウイグル自治区の)ウルムチで暮らしている。共産党は両親が国外に出ることも禁じており、私は25年間、自分の父母と会うことができない」
《ウアルカイシ氏はこれまで、中国側に何度か“出頭”を試みた。2009年に中国特別行政区マカオで入境を拒否され、12年には米ワシントンの中国大使館に出頭したものの、大使館側は対応を拒否。中国側は知名度の高い反体制活動家を国内から排除するため、事実上の追放処分としている》
現代の若者も自由を渇望
−−習近平体制は天安門事件の再評価を行わず、逆に言論統制を強めている
「共産党は天安門事件を人々の記憶や歴史から抹殺しようとしてきたが、私は、彼らがその努力をすでに放棄したと感じている。中国において彼らは完全に情報と出版をコントロールしており、天安門事件や民主化運動に関する用語が現在、公の場で出てくることはない。しかし自ら事件を経験した人たちや、中国の知識人たち、また共産党体制の内部にいる人間も、事件を記憶しているのだ。共産党はただ、この話題が人目につかないようにしているだけだ」
−−当時と違って、現在の中国の若者の多くは、民主化や政治参加などに興味がないように見えるが、これは表面上の現象か
「それは実際その通りだ。政治参加ということに関して責任感を持っていたわれわれとは違う。しかし彼らは個人主義と自己表現の世代であり、自由を追求する大きなモチベーションがある。われわれの世代と彼ら若者世代は違うが、自由への渇望は同じだ」
−−天安門事件が起きた1989年以降、中国は経済大国となり、国際環境も変化した
「今日の世界経済は中国を必要としている。これは事実だ。中国の巨大な市場の開放と私有財産を認める流れは、大きな経済のエネルギーを解き放ち、中国は世界経済の動力となった。世界は中国を必要としているが、ただし、中国も世界を必要としている。中国と世界は共通のゲームのルールに従う必要がある。中国政府は専制国家であり、そのルールは横暴で筋の通らないものだ。自国の国民に対して銃を撃ち、世界に対しても道理をわきまえない政府なのだ。中国が世界のルールに従うのか、世界が中国の横暴なルールに屈するのか。ここが重要な問題だ」
−−中国では政府がウイグル族による「テロ」と断定する暴力事件が相次ぎ、ウイグル族の間で抑圧的な政策に反発が強まっている
「中国の民主化運動は、絶えず後に続く者が出てきている。この運動は過去二十数年間、ずっと抑圧を受けながらも、困難にめげずに邁進してきた。なぜならわれわれは共産党が下野し、中国が民主化されることに大きな希望を持っているからだ。最も苦難に満ちた時でも、この希望が消えたことはなかった」
「しかし、ウイグル人はチベット人と同様に、民族の未来に絶望している。文化や伝統などを維持できないと考えている。チベット人が130回以上も焼身自殺を図ったのは、彼らの絶望の証しだ。われわれウイグル人もチベット人と同様に絶望している。もし、近年発生している暴力事件がウイグル人による『テロ』であるなら、そこには一つの民族が絶望に直面しているという背景がある。これは共産党が宣伝しているような、外部の勢力に影響を受けた極端な宗教思想というものではない。ウイグル人が行っているのは反植民地主義闘争だ」
民族問題の解決には民主化が第一歩
−−もし中国で民主化が実現すれば、こうした民族問題は解決されるのか
「一般的にウイグル人は民主化を期待してはいない。なぜなら多くのウイグル人にとって、独立こそが唯一の問題解決の道と考えているからだ。しかし私は民主活動家としてこう理解している。ウイグル人が独立への道を歩むにせよ、民族自決権が必要になる。そして民族自決権は民主制度からもたらされる。また、もしウイグル人が将来独立したとしても、依然として漢族との和解という問題が残る。民主化によって得られる言論の自由が、ウイグルと漢族の両民族の和解の基礎となるのだ。だから人権の保障にしても、民族文化の保護にしても、あるいは地域の安定にしても、ウイグル人の問題の解決には民主化が必須の第一歩なのだ」 《現在78歳の父親は著名な翻訳家で、ウアルカイシ氏は北京で出生した。ウイグル文化に関して父親から受けた薫陶の影響は大きいという》
「私は北京生まれだが、私のウイグル語の水準はウルムチで育ったウイグル族より高いと思う。家庭内ではいつもウイグル語で会話していたし、生活習慣もウイグルのものだ。私はウイグル文化の人間だ」
−−あなたの父母は、現在のあなたの状況をどう感じているのか
「ひどく苦しんでいる。二十数年間、自分の子供に会えない状況が続いているのだ。ただ両親とはいつも電話などで話をしている。彼らは私が当時行ったことを非常に理解してくれているし、誇りに感じてくれている」
日本は誤ったシグナルを中国に出している
−−民主活動家として今後、日本にどのようなことを期待するか
「まず民主活動家は自らの責任を明確に理解して
おかなければいけない。(ノーベル平和賞受賞者の
)劉暁波は私の先生だが、彼は身をもって範を示し
た。体制への反対者として、恐れず勇敢に、この歴
史段階において自らの責任を果たしたのだ」
「特に日本のようなアジアの民主国家は、中国共
産党と直接対話することが可能であり、より大きな
責任がある。しかしながら、過去、日本が中国に対
してとった立場は、われわれを非常に失望させた。
遠慮なく言わせてもらうと、自由と民主という普遍
的価値への裏切りだったと認識している。過去二十
数年間、日本政府は中国との交渉においてほとんど 状況を気にかけておらず、関心があるのは経済や貿
易だけだという誤ったシグナルを出している」
「現在、中日関係は緊張しているが、主な責任は当然、道理をわきまえない側(中国)にある。中国は専制政府であり、私個人が中国に対して道理を説くことはできるが、それほどの効果は期待できない。 しかし日本は民主国家であり、日本政府には大きな
期待がかかっている。中日関係は、たんなる両民族
間の関係ではなく、民主国家と専制共産国家の関係
だ。もし普遍的価値を持つ国と専制独裁国家の間で
衝突が起きれば、日本は当然有利な側にいる」
生き残りとしての罪悪感
−−天安門事件当時の様子を今でも思い出すことはあるのか
「いつもそうだ。私は大虐殺事件の生き残りだ。この生き残りとしての罪悪感はずっと私の中にあり、おそらく一生消えないだろう。
いつの日か、犠牲者たちの理想が、われわれの努力によって実現する日がくるという希望が、私にとっての唯一の救いだ。私は、かつてわれわれを支持してくれた日本の人々に対して、引き続き支援を呼びかけたい」 (西見由章)
1989(平成元)年6月4日、民主化を求める中国の学生らが北京・天安門広場を占拠したのに対し、当局は人民解放軍の戦車を突入させ鎮圧。学生らに理解を示した趙紫陽総書記は失脚した。欧米諸国は多数の死者を出した武力弾圧を強く非難。写真は前日、同広場で気勢を上げる学生ら
経済ばかりに目を向け、支那の言われるがままに謝り、ODAで支那を太らせごう慢にし、民族弾圧への抗議をせず、傍観した日本は、支那のいじめに加担していた間接的加害者ではないのか?
支那共産党にぺこぺこするようなカルト山口那津男は支那の腹話術人形だ!政治家でなく工作員だ! ウルアカイシ氏のメッセージは、いじめ傍観者だった日本に対する失望そして新たな希望だ。
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(拡散をお願ひ致します)
宮城(皇居)の周りをお清めするために歩いてゐると、ふとこんなことが頭に浮んだ。「9条はトロイの木馬かもしれない」と。昔、ギリシャがトロイを攻めたとき、合戦で劣勢に立たされたギリシャ軍は、一旦はトロイから引き上げた。しかし後に大きな木馬が置いてあったので、トロイ軍は戦利品としてそれを城内に引き入れ、皆で戦勝祝ひの酒盛りをして、寝てしまった。
ところがその木馬からギリシャ兵がそっと出てきて、城門を開けると、外には戻ってきてゐたギリシャ兵が待機してをり、一気に城内になだれこんで、トロイを全滅させた。
最近は、他人のコンピューターに密かに侵入して、そのコンピューターを自在に操るウィルスのことを、「トロイの木馬」と呼んでゐるが、うまい名前を付けたものである。
さて、話は憲法に飛ぶが、アメリカをはじめとする欧米各国は、どうせ弱いから何もできないだらうとみくびってゐた日本に、大東亜戦争の緒戦でコテンパンにやっつけられたので、そのショックは余りにも大きく、受けたプライドの傷はあまりにも深かった。「もう二度とジャップにこんなことをさせないぞ。だから永久に駄目な国にしてやるんだ」これがマッカーサーをはじめ、日本を占領統治した連合国の幹部の共通した心情であった。
そこで彼らが日本に押し付けた憲法、なかんずく「絶対に戦争をしない」と取り決めてゐる9条は、ちょっと目には理想的な平和志向型のものに見えた。頭の単純な土井たかこ女史などは、これは神様から貰ったぐらいに舞ひ上って喜んだ。事実、9条の会といふものを極左の大江健三郎が作り始めると、9条様のお蔭で戦争は起きないと単純に信ずる多数のバカが生まれた。ところがこの9条様の中には、中国の兵隊が隠れてゐて、隙あらば中国軍を手引きして尖閣諸島などに引き入れようと、待ち構へてゐる。しかし、大方の日本国民は、トロイの兵隊のやうに、9条に酔って寝てしまってゐるのである。日本、危ふし!
これはダジャレになるが、「日本の、この窮状を救はんと、誰ぞ9条にとどめを刺さんか」これが宮城を周って、皇室のパワーから頂いたヒントなのである。
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