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またまた日本画作品のご紹介です
以前は、よくこちらのブログで一つの作品ができるまでにどういうスケッチや下図を描いていたかをご紹介していたのですが(ご存知の方々もいらっしゃると思いますが)、最近、あまりやってなかったので、今回は久しぶりにちょっとご紹介しようと思います。
正直言って、父の場合、スケッチ量がハンパじゃありませんでした・・・
たとえば、一つの日本画作品を創作するまでには、ざっと次のような過程を経ます。
①現地でチャッチャ描き(いわゆる写生)30〜40枚くらい⇒②家に帰ってからスケッチの描き直し30枚くらい⇒③作品にするための試行錯誤10パターンぐらい⇒④そこから絞り込んで作品としての構図や雰囲気を見るために描くハガキサイズぐらいの小下図10パターンぐらい⇒⑤そこからさらに絞り込みタブロイド版ぐらいの大きさの中下図1〜2パターン⇒⑥構図などの最終決定をくだした上で描く原寸大の大下図⇒⑦やっと、晴れて、日本画の本画作成をスタート
と、このように息切れ+気の遠くなるような描きっぷりです(笑)
もちろん、今回、これらを全部ご紹介するわけにもいかないので、3枚ほどご紹介します。
・現地でのチャッチャ描き段階の人物スケッチの一例(上の①の段階のもの)
父がよく描くちょっといかついタイプの女性です(笑)
・現地で描いた風景スケッチを家に帰ってから描き直したものの一例(上の②の段階のもの)
水彩で描いてます。鳥取砂丘らしいです。向こう側は青い空、青い海ですね!
・上2枚やその他の膨大なスケッチと下図を経て作成した日本画作品
『砂丘』 30号P
あらら、スケッチでは青いTシャツだったのにオレンジのVネックになっちゃった
心なしか、スケッチより繊細な顔立ちかも?青い海、青い空じゃなくて、海は白く光ってますね
と、まぁ、こ〜んな感じにスケッチしたものに想像力で大幅に変えちゃうことが頻繁にあるんですよね〜(笑)
私などは見たものは見たとおりにしか記憶できないし表現できないけど、絵描きって、一つの光景を見ていくつもの違う世界を表現できたりするんですよね!
う〜ん、羨ましいというかトクな性分???(←このように、親が画家でも娘の私はアーティストとはほど遠いマインドです 笑)
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松本榮の日本画作品
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2月のあの寒さがまるでウソだったように、3月に入ってから急激に気温が上昇し、桜が東京でも満開になってしまいました
春到来を喜ぶ人が多いけど、実は、私、東京の冬が好きなんですよね・・・
東京の冬は空の色がクリアに青いし、空気もピーンと張りつめていて気持ちいいです。でも、春になっちゃうと、気温は過ごしやすいけど、空の色は晴れていてもイマイチはっきりしない日が多いし、どこか中途半端に生暖かいような空気が呼吸していても肺があまり喜ばない感じ・・・
そんな東京の様子の作品です。
勿論、これを描いた父本人は春の到来を喜びながら描いたんだと思います。っていうか、ほとんどの人は春の到来を喜んでるんですよね(笑)
・『千代田城』 25号F
とはいえ、やっぱり春になり寒さが和らぐと、ふら〜と、何も決めずに風まかせ足まかせでどこかに旅に出たい気分の今日このごろです
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久しぶりに日本画作品をアップです
・『椿咲く岬』 25号P
多分、60代後半か70才頃に描かれたものだと思います。
父は何故か伊豆大島の椿まつりに時々行ってました。椿なら東京でもいっぱい見られるんですが、わざわざ船に乗って大島まで行くんです。一度、私が「椿まつりって、そんなに面白いの?」と訊いたことがありました。父は「単なる取材だよ」としか言いませんでしたけど・・・。
でも、父が母と結婚して間もない頃、二人で椿まつりを見に大島に行っていて、父は椿娘のいでたちを気に入ったのか、椿娘の衣装(?)一式買ってきて、母に椿娘の恰好をさせて撮っている写真があるんですよね〜(笑)
さすがに、その写真は私が見ても恥ずかしすぎてアップできませんが、ちなみに、こういういでたちの女性の方々です。この画像はある旅行会社の画像を拝借しました。
「船酔いしたらイヤだな〜」とか言いながらも、時々、大島まで椿を見に行くのは・・・、やっぱり母とのコスプレの思い出があったからかしら???(笑)
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父は生前に個展を開催する際にある一貫した考えがありました。
生涯をかけて何度かに分けて日本中の風景や人々を描こうとしていたのです。だから、個展のたびに、前回は北海道と東北地方がモチーフ、今回は近畿地方がモチーフ、次回は山陰地方がモチーフ、といった感じにこなしていきました。
しかし、無念にも(本人が亡くなる少し前にはっきり『無念だ』と言っていました)九州と沖縄がモチーフの個展を開催できずに逝ってしまったのでした。
沖縄を相当描いていたのは、このブログでも何度もご紹介してきたのですが、九州にもけっこう足を運んでいたんです。
その中でも(私にとって)ちょっと気になる絵がこの2点なんです。両方とも九州の天草地方をモチーフにした作品です。
①以前にもご紹介した『天草崎津天主堂』 30号 1999年に日春展に出品した作品
②『天草』というタイトルの150号の作品 上の絵の20年以上も前に描いた作品で1978年に日展に出品
①の崎津堂の絵は天草にある教会がうららかな季節に描かれているという感じで、ある意味、分かりやすいのですが、②の老婦人の絵を『天草』と言われても・・・、いまいちピンときません。なんで、これが天草なんだ???
父独特の逆光の写真のような人物画・・・。
父亡き今となっては、これがなぜ『天草』なのか答えは分からないのはよく承知していながらも、どうしても天草に行きたい衝動にかられてしまいました
こうなると少々強引にでも都合を無理やりつけてしまう私、5月下旬に行ってしまいました
その様子は次のこちらの記事にて⇒http://blogs.yahoo.co.jp/jpkbx124/30727139.html
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新年明けましておめでとうございます!
旧年中は大変お世話になりました
今年もどうぞ気なが〜に見守ってやってくださいませ・・・。よろしくお願いいたします。
なんだか、元旦早々、東京はけっこう揺れちゃいました。震度4とか言っているけど、マグニチュード7って
けっこう大きいですよね。やっぱり猛り狂う龍の年だからこその『雄々しい新年のご挨拶』なのかしら・・?
そう、そうですよね?はい、そう信じることにしましょう(笑)
さて、父は69才から福島県会津若松にあるけっこう大きな神社(伊佐須美神社)から絵馬を描くよう依頼され
ていました。干支が一巡するには12年かかるので絵馬を一巡するにも12年かかるので、父は常々「一巡
するまでは死ぬわけにはいかないんだよなぁ〜」と心配げに言っていました。でも、そこのとこは、けっこう
ちゃっかり屋の我がパパ上、ちゃんときっちりそれを終えて「やれやれホッとした。それじゃあバイバイ」と
80才で他界したわけです。こういうとこの抜け目のなさには、いつも娘ながら感心してましたよ(笑)
で、これが2000年の年の絵馬です。何故か2種類あるんですよね。というか、父としては原案を神社に
2種類持っていって選んでもらおうと思っていたのですが、神社側が「じゃあ、夜の守り、昼の守りと2枚セット
ということにしましょう」と2種類とも受け入れてくれたらしいです。
【辰 夜の守り】
龍の目が銀色なのですが、ちょっと写真では分かりにくいかも・・・
【辰 昼の守り】
こちらは目が金色なのですが、苦労したけど写真がうまく撮れませんでした。またまたスミマセン・・・。
【絵馬の裏側】
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