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京都鉄道博物館に行き貴重な581系や583系の資料などが展示してありました。583系と同じく20系時代にも客車3段式寝台もあり、昭和50年近くになると24系も2段式寝台が導入された時代でもありました。東海道新幹線0系が登場していても東京発着のブルートレインは10本以上の本数に当たります。走るホテルと言われたブルートレインも現代では全て廃止になってしまい、ビジネスマンの利用が比較的高かった東京〜大阪間の寝台急行銀河は両都市を早朝に着くことの利便性があっても廃止になってしまいました。当時新幹線も超特急などの愛称で呼ばれていて大阪まで4時間で結びましたが、今は2時間23分で大阪まで行くことが出来るので時代が進んだことが感じられます。
日豊本線には寝台特急みずほ、富士、などがありましたが、この当時は東京から丸1日かけて運転して南宮崎や西鹿児島へ入っていました。九州内は大分から先、非電化区間でもありDF50が牽引していました。ブルートレインは北斗星で最後でしたが、東海道ブルートレインの食堂車は1993年には全てなくなりました。国鉄からJRに民営化になると次々と寝台特急が廃止されるようになっていきました。特に東京から西鹿児島や南宮崎などを結ぶ列車は熊本や大分で区間廃止になりましたが、活躍は2009年まで続きました。
ブルートレインの牽引はEF65のイメージが強かったですが、途中でEF66型に変わりスピードアップを図りました。半世紀に渡り活躍して生きたブルートレインですが、唯一乗りたい列車が有りました。581系と583系で運転された彗星や明星などはそうですが、唯一24系で紀勢本線を経由して紀伊勝浦まで結んでいた寝台特急紀伊号です。非電化区間を走るためDD51と牽引は圧巻されそうです。最近DD51が24系を牽引したのが、北上線経由で運転されたあけぼのです。もう1度乗車してみたいです。
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寝台特急(夜行快速含む)
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寝台特急みずほは、東京〜熊本・長崎間のブルトレで日豊本線には入っていません。
また、ブルトレがEF65からEF66に変わったのは、スピードアップではなくはやぶさにロビーカーを増結して牽引定数が上がったことと貨物列車が減りEF66の運用に余裕ができたことに起因しています
寝台特急紀伊は14系客車の編成ではなかったでしょうか?
2017/2/9(木) 午後 9:19 [ 奥州荷役問屋 ]
> 奥州荷役問屋さん
寝台特急「みずほ」は繁忙期に臨時便が大分まで走っていましたよ!
2017/2/12(日) 午後 1:44 [ nag*yat**u ]