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ケニアでは、誰かが家を訪ねてくれることをとても貴いことと考えます。予定があろうがなかろうが、食事時であろうが、大歓迎してもてなしてくれます。お客様は「神様からの祝福」と考えるからです。お土産がなくても、お客様自身が最高のお土産というわけです。 |
広げた翼・巻頭言
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「よく聞かないうちに返事をする者は、愚かであって、侮辱を受ける。」(箴言18:13) |
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教会では愛のメッセージを良く聞きます。まず、私達罪人に対する神様の愛が語られます。そして私達もこの神様に愛を持って応答しようと教えられます。また、兄弟姉妹に対する愛も語られます。キリストが愛して下さったように、私達も互いに愛し合うべきだと聖書が教えているからです。この際どちらかと言うと、「あなたの心に愛がありますか?」というアプローチが案外多く取られているのではないでしょうか。「私達は心から主を愛しているでしょうか?」という問いかけは良く聖会等の締め括りに聞く質問です。結果として私達クリスチャンは「私の中に愛はあるか、愛が育っているか、愛に満ちているか?」とどうしても内省的な姿勢に傾きがちなのではないでしょうか。あるかどうか、出来たかどうか、熟したかどうか、という観点のみで見られる時、キリスト教の愛は観賞用の何の役にも立たない、何の変化も起こさない、自己満足のために飾られている絵やポスターと同じになってしまいます。 |
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ある国語辞典によると、青年とは「二十歳前後の若い人」だと定義されています。教会では、さすがに憐れみ深いのか、「二十歳前後」よりももっと広い範囲で、いわゆる青年会は構成されているようですが、それはさておき、今回は私が思い出す「二十歳前後」のクリスチャン青年達をここに短く紹介してみたいと思います。 |
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「今、行け。わたしはあなたを、、、遣わそう。」(出エジプト3:10) |



