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     【イベント案内】東日本大震災 こどもネットワーク
 
  第7回東日本大震災子ども支援意見交換会
  −保育支援・学童保育支援を中心にして−
日時:2013年2月7日(木)11時〜13時
場所:参議院議員会館地下1階107会議室
 
<報告>
1 被災地における保育支援
・ 保育園が抱える課題:保育士不足問題など:八木澤弓美子(岩手県大槌保育園園長)
・ 保育支援の現状:「わらすっこ」の遊具支援の取り組みなどから
:磯部裕子(宮城学院女子大学教授)
・保育環境整備への行政としての対応
:大橋るい子(宮城県保健福祉部子育て支援専門監)
 
2 被災地における放課後児童クラブでの支援
・宮城県の学童保育の現状と取り組み
:池川尚美(宮城県学童保育緊急支援プロジェクト代表)
・保護者の転居・転職と学童保育の環境:境田幸一(福島県南相馬市幼児教育課係長)
 
3 政府からの保育支援、学童保育支援に関するコメント
厚生労働省、文部科学省、内閣府、復興庁(予定)
 
4 震災子ども支援への国会議員からの発言
詳細はこちら(PDFファイル)→shinsai_kodomo20130207
     【イベント案内】
 
  第7回東日本大震災子ども支援意見交換会
  −保育支援・学童保育支援を中心にして−
日時:2013年2月7日(木)11時〜13時
場所:参議院議員会館地下1階107会議室
 
<報告>
1 被災地における保育支援
・ 保育園が抱える課題:保育士不足問題など:八木澤弓美子(岩手県大槌保育園園長)
・ 保育支援の現状:「わらすっこ」の遊具支援の取り組みなどから
:磯部裕子(宮城学院女子大学教授)
・保育環境整備への行政としての対応
:大橋るい子(宮城県保健福祉部子育て支援専門監)
 
2 被災地における放課後児童クラブでの支援
・宮城県の学童保育の現状と取り組み
:池川尚美(宮城県学童保育緊急支援プロジェクト代表)
・保護者の転居・転職と学童保育の環境:境田幸一(福島県南相馬市幼児教育課係長)
 
3 政府からの保育支援、学童保育支援に関するコメント
厚生労働省、文部科学省、内閣府、復興庁(予定)
 
4 震災子ども支援への国会議員からの発言
詳細はこちら(PDFファイル)→shinsai_kodomo20130207
 いよいよ2月7日(木)に「学校に言論の自由を」裁判の控訴審の判決が出されます。
 ★ 「学校に言論の自由を!」裁判 いよいよ控訴審判決
   2月7日(木)午後1時15分 東京高裁 511法廷


 今回の傍聴については抽選となりました
 12時15分に日比谷公園霞門に集合して、横断幕をを先頭にして全員で裁判所までデモをし、傍聴の抽選に臨みたいと思います。
 支援者の皆さんは、ぜひ12時15分までに弁護士会館そばの日比谷公園霞門までおいで下さい。
 なお、12時15分に遅れた場合は直接高等裁判所(地方裁判所と同じ建物)の傍聴席抽選場所に12時55分までにご集合ください。
 参考までに、結審の時の私の意見陳述も掲載します。
 裁判終了後
 ★14時30分より司法記者クラブで記者会見
 ★15時頃より日比谷図書文化館(旧日比谷図書館)・4階・小ホールで報告会
  報告会に是非ご参加下さい。


 ●日比谷公園霞門の地図
http://www.solmare.com/cbox_jp/hananavi_map/map_hibiya_park.pdf#search='%E6%97%A5%E6%AF%94%E8%B0%B7%E5%85%AC%E5%9C%92%E9%9C%9E%E9%96%80'

 ●意見書(控訴審第4回口頭弁論=結審)
2012年(平成24年)12月6日
東京高等裁判所第7民事部 御中

元東京都立三鷹高校校長 土肥 信雄


 1 はじめに
 私は子どもの時から「嘘はつかないように」と教育されました。私は第1審の東京地裁、控訴審の東京高裁でも嘘はついていません。事実は一つなのに、今回の裁判では全ての点において東京都教委育会(都教委)の主張と私の主張が事実関係において違っています。裁判所ではどちらが正しいのか見抜き、公正な判断をしていただけると信じていました。ところが第1審の東京地裁では都教委の主張をほとんど認め、私が敗訴したのです。しかし証人尋問や意見陳述書等により都教委の多くの主張が間違っていることが証明されました。

 2.都教委の主張が間違っている事項
 ① 「職員会議での意向を聞く挙手・採決の禁止」について、都教委は「校長は日々の教職員とのコミュニケーションで意向を把握できるはず。土肥は教職員とのコミュニケーションがなく、意向を把握できないから、通知の撤回を要求しているのであって、その職務を放棄している土肥は校長の資格はない。」と主張しています。しかし12人の校長のもとで働いた曽根証人は「全くでたらめ。土肥校長はコミュニケーションをとるのは、ぴか一でした。」と証言し、都教委の主張を全面的に否定したのです。

 ② 米長氏密告事件で都教委は、米長氏が三鷹高校に行く指導はしていない、指導は2回であった、米長氏の密告情報は1回目と2回目の指導の間であった、と主張しています。しかし曽根証人は職員会議で米長氏が三鷹高校へ来ることを周知したこと、ジャーナリストの池添氏は、指導は3回であり、米長氏の件は1回目の指導から行われていたことを証明してくれました。

 ③ 都教委は、土肥は2008年2月、定時制の職員会議で一人一人の名前を呼んで個別的職務命令を出した、と主張しています。しかし定時制の職員会議で職務命令を出したのは私自身であり、文書による職務命令も、一人ひとりの名前を呼ぶことも絶対にしていません。曽根証人も、個々の教職員の名前を呼んで、職務命令書を読み上げたりしたことは一切なかったと証言し、ドキュメンタリー宣言を撮影したカメラマンが、定時制の職員会議の場を撮影しており、私が個人の名前を呼んでいないことが明らかになりました。

 ④ 都教委は、指導体験発表会は若手の発表会であり、発表者が50代で若手ではなかったので、交代させたと主張しています。私は4年間のうち3回発表会を見ましたが、多くの年配の先生が発表しており、発表会規約にもそのようなことは一切書いてありません。該当の年の発表会冊子によれば、50代1名、40代3名、30代3名、20代6名が明記されており、都教委が主張する交代の理由は全く的外れな理由なのです。

 ⑤ 非常勤教員不合格問題について都教委側の証人が、非常勤教員採用選考の土肥の業績評価書の評価はオール「C」で790人中790番の最下位であったことを証言しました。これに対し曽根証人は、どういう判断で、オール「C」がついて、790人中790番なのか知りたい。信じられない。あり得ないです、と証言してくれました。
面接時に土肥は「新任教員の指導にあたって、もし意見が違う場合は論破する」と答えた。新任教員を論破するとは校長として不適切、と都教委は主張したのです。これに対しても曽根証人は、土肥校長は意見が違う場合も相手の意見をしっかり聞いていた。論破するなんていうことは、今まで見たことも聞いたこともない、と証言してくれたのです。

 3 おわりに
 上記のように多くの点で都教委は事実と違う主張をしています。他の争点においても私の主張と都教委の主張は全く食い違っています。事実は一つであり、どちらかの主張が間違っているのです。裁判長におかれましては、都教委の主張と私の主張を再度十分に吟味し、どちらの主張が事実なのかを判断していただき、公正な判決をお願い致します。

                                                                                                                                                     以上

土肥 信雄

『土肥元校長の裁判を支援する会』
http://www.dohi-shien.com/html/
 
パワー・トゥ・ザ・ピープル!! パート2
  ◆ 「死ぬ」よりも「休む」選択を取ってほしい

 ◆ 私がいじめを受け始めたのは・・・
 私がいじめを受け始めたのは中学1年の時でした。私は、アトピーで、そのことに対してクラスの男の子たちから掻くマネをされたり、「気持ちが悪い」などと言われました。それが1回で終わらず毎日続いていました
 他にも上履きを隠されたり、理科室での授業の時に、いじめる人といつも一緒のグループになってしまい、嫌な言葉を言われることもありました。そのときの私の気持ちを一言で言い表すのは難しいけれど、苦しい・嫌だな・消えたいとかいろいうな感情が混ざり合っていました
 理由はわからないけれど、親や先生に話すことができませんでした。親にいじめられていることを話せないまま、学校に行きたくないと思った私は、お腹が痛いとか他の理由を言って学校を休むようになりました。


 ◆ 学校に行かない後ろめたさがある
 なぜ学校に行きたくないことをストレートに言わなかったのかというと、それ以前に「学校に行きたくない」と親に伝えたら、引っ張って連れて行かれた経験があったからです。だから休ませてもらえないと思ったことと、私自身も学校に行くことは当然だと思っていたからです。
 そのときから担任の先生と始めた交換日記をきっかけにして、いじめられていることを先生や親に伝えることはできましたが、学校に行きたくない私の気持ちは変わりませんでした。
 学校を休み続けることに対して、先生や親はそこまで学校に行くことを強制してはきませんでした。だけど、祖母からは「学校には行きなさい」「何で行かないの」と言われました。
 学校へ行かないことへの後ろめたさのようなものは、常にありました。家ではお昼ごろに起きてテレビを見たり、パソコンをして過ごしていましたが、それは苦しい気持をごまかすためでもありました。

 ◆ 不登校の会
 しばらくして、親が地域の不登校の親の会に参加し、そこで夏の全国交流合宿があることを知り、親子で参加しました。
 そのとき、東京シューレの子ども達が創った子どもの権利をテーマにした劇を見て「生き生きしてていいな、ここに行きたい」と思って見学し、入会しました。シューレには、いくつかスペースがあり、私が入ったのは流山シューレ(現在は、柏の葉シューレ)でした。
 最初の頃は、やはり学校でいじめを受けたこともあって、周囲になじむことが難しいものがありました。でもスタッフとの出会いもあり、自分を否定したり傷つけたりしない場であることを知って安心でき、少しずつ自分のありのままを出せるようになったのです。
 その後、中学3年のとき、東京シューレ葛飾中学校にも1年間通いました。卒業後、柏の葉シューレに、今は王子シューレに通っています。シューレでは、バンドをやったり、ゆっくりしたり、スタッフや友人と話したりしています。

 ◆ フリースクール
 2010年には不登校をテーマにした映画をみんなで製作し、私は自分が経験したいじめを脚本にしました。
 私はこの映画を通して「いじめ」という言葉だけでなく、その中身や本人の気持ちについてもちゃんと知ってほしかったのです。そして、ささいなことでも「いじめ」になりうるんだということを伝えたいと思いました。
 今は、フリースクールの活動を土台にして高校の卒業資格が取得できるコースにも参加しています。
 夏には本校がある北海道ヘスクーリングに行ってきました。カヌーに乗ったり、旭山動物園へ行ったりして楽しかったです。
 すぐ後に開かれた夏の全国交流合宿にも参加し、急拠開いて行った「いじめ・いじめ自殺を考える緊急集会」では、自分の経験や思いを発言しました。

 ◆ 話を聞いて
 最後に、私がいじめについて思うことは、まずいじめを受けた時に「死ぬ」という選択肢を取る前に「休む」という選択肢を取ってほしいし、大人にもそれを認めてほしいのです。
 二つ目に、自分の子どもや生徒がいじめられていることを話してくれたら否定せずにちゃんと話を聞いてほしいということです。すぐに「学校に行きなさい」とは言わないでください。
 三つ目に、学習や学びは学校でやることが全てではなく、生きているなかで、学校外でも多くのことを学んでいることを知ってほしいです。

(東京シューレ松本萌)

『週刊新社会』(2013/1/22)
 
パワー・トゥ・ザ・ピープル!! パート2

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