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教育分野においても、臨時国会中の自公政権の暴走を許してはならない。
進級したばかりの4月の貴重な授業時間を削ってまで、文部科学省が強制をする学力テストは、一人ひとりの子どもたちのためのものではないことは明らかである。
教育産業などのための巨額の金と時間と労力の無駄遣いは、学校のランク付けと個人情報収集まで行われるこどもの人権侵害行為である。
日本政府は昨年9月、社会権規約批准から33年ぶりにやっと、社会権規約第13条の、b・c項の留保を撤回した。政府の責任において、高校の全額学費無償化と大学の無償化を推進すべきである。高校授業料無償化を後退させる法案を可決したが、自公政権の暴走を許してはならない。
ー・−・−・−・−−・−転載記事ー・−・−・−・−・−・−・−
毎日新聞 2013年11月30日
社説:学力テスト成績 学校別の公表は無用だ 学力向上のためのテストが、学校ランク付けの手段にすり替わりはしないか。文部科学省は、これまで学校が個別の自主判断で出す例以外は禁じてきた全国学力テストの学校別成績公表を、市区町村教育委員会の判断によってできると認めた。来年度のテストから実施される。
一律ではなく、教委が学校と話し合ったうえでとされているが、最終決定権は教委にある。
2007年度に始まった現行テストは小学6年生、中学3年生を対象に国語、算数(数学)の2教科について行われる。民主党政権下で抽出方式も採用されたが、現政権は全員参加方式を続けるとしている。
文科省がテスト実施要領で学校別成績(正答率)の公表を認めなかったのは、1960年代に廃止された旧学力テストで学校や地域間の競争が過熱し、対策補習や不正行為などで混乱した苦い歴史があるからだ。
学力の実態を探るはずのテストが、競争のために取り繕いやごまかしを誘う皮肉な構図になった。
今回、文科省は首長らの要望や「説明責任」などを理由に“解禁”に踏み切ったが、かつての混乱を招かぬという確証はどこにもない。そもそも、判断を教委にゆだねること自体、責任の丸投げではないか。
学校が板挟みになって苦悩する事態が今から懸念される。
またテスト本来の目的に照らしても、学校別成績公表は無用だ。子供たちの得手不得手の傾向や特徴をつかみ、個別の指導に生かすという趣旨からいえば、結果分析をどう指導に反映させ、先に向かって改善していくかが最も肝要だ。学校別数値の差異に一喜一憂することではない。
今回の改定でも文科省は、学校名と正答率だけの公表を認めず、結果の分析や改善策とともに示すよう求めている。正答率で学校を順位付けすることも禁じている。しかし、数値が出れば順位一覧表はできる。
むしろ正答率などより、結果に見る学力傾向と今後の指導計画を保護者や地域に説いた方がずっと理にかなう。そこを主眼とすべきだ。
また、傾向と課題を的確に掌握するには抽出調査で十分と専門家は指摘する。抽出なら学校間の成績競争はない。結果から子供たち全体の改善指導を工夫し、追跡調査で成果を検証していく。その方が、学校の成績順位よりはるかに重要だろう。
教委は、最終決定権者であることで実施を押し通すのではなく、学校や父母とも十分に話し合い、現場の意見をくみとってほしい。
文科省が実施要領に明記するように、テストの結果は「学力の特定の一部分」に過ぎない。決して学校を格づけするものではない。
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