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弾圧と戦争が手をつないでやってきた! 即時閣議決定すべきは個人通報制度批准!! ピース9 国連経済社会理事会正式協議資格NGO

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<転送歓迎>(重複ご容赦)
・「都教委包囲首都圏ネットワーク」、・「新芽ML」・「ひのきみ全国ネット」の渡部です。

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 現在、日本の階級構成の8割を賃金労働者(教員も含む)が占めると言われています。
 しかし、その労働者階級は正規・非正規、職務・職階制、人事評価・能力給、出来高払い、などなどでひどくバラバラにされ、お互いに首を絞めあうような状態に置かれています。
 そこから、労働戦線は分裂し、統一した闘いが極めて困難な状態になっています。
 そうしたなかで、昨日、私のところに▲ 以下のようなメールが届きました。
 (その後のメールもあり、少し長いですが是非お読みください。)

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 私は香川県高松市の中学校で音楽教諭をしている藤田英晃といいます。
 香川県教育委員会は平成19年度より、期末勤勉手当、昇級において差別支給を開始した。


 期末勤勉手当において「特に優秀」、「優秀」、「普通」、「下位」の4ランクに教員を査定し、昇級では5ランクの差別支給を開始しました。

 その平成19年の期末勤勉手当において、当時、高松市立太田中学校で勤務していた私は勤勉手当の支給率0.51という不当なマイナス査定(戒告処分よりも低い)を受け、普通区分に比べ約9万2千円の実損を受けました。

 校長から説明された下位区分の内容は、その吹奏楽部の指導をめぐるものがほとんどであり、到底納得のいくものではありませんでした。

 その後、香川県人事委員会に対しておこなった措置要求では、こちらの主張は全く認められず、2年もの年月をかけられた後、棄却されました。

 その過程の中で、香川県人事委員会が県教委の追認機関になっていることもハッキリと露呈されました。

 そこで、私は平成22年11月15日、県人事委員会と県教委の双方を相手取り、本人訴訟による裁判を始めました。
 香川県には行政訴訟において、個人側についてくれる弁護士はいなかったからです。

 平成27年1月高松地裁は、私の不服申し立てを却下した人事委員会に対して、その取り消しを命じる勝訴判決を出し、ついに県教委の給与査定の問題点が世にさらけだされました。
 実に7年を要する戦いでした。

 県人事委員会は控訴し、高松高等裁判所での法廷闘争となりましたが、4月28日に行われた高松高裁の判決において、私は勝利しました。

 判決文には、私への評価に対して
  「著しく社会的な妥当性に欠ける判断にもとづいて、藤田先生に不利な事実ばかりを認定した評価がなされて違法だ
 と明記しています。

 この判決から言えることは、教員の評価制度は公平・公正に行うことなど絶対にできないということです。

 しかし、香川県人事委員会は、敗訴を受けて、私に謝罪するどころか、私を普通成績区分0.71の成績率に再判定することなく、平成27年6月18日、成績率を0.61と再決定することにより、下位成績区分にしたまま、自分たちのメンツを保つという姑息な解決をしてきたのです。

 県人委や県教委が判定において
成績率0.61と判断した認定事実は以下の3項目のみです。
  ・校外練習において、申請が1日前であった。
  ・夏休みの練習で近隣住民から音への苦情がきた。
  ・部活で使った教室の施錠を忘れることが何回かあった。

 上記の理由はすべて、勤務時間外の部活動に係ることであり、吹奏楽部顧問における特有の事由でもあります。
 しかも、だれにでも起こることのある軽微なミスでもあります。
 それにより、47830円の損害を被ることになってしまいました。

 本来、香川県の評定実施要領においては、部活指導は加点評価をしなければならないとなっているにもかかわらず、県教委、県人委は何らの反省もなく教訓も学ばないどころか、またしても違法行為を犯しているのです。

 そこで、現在、私は2回目の本人訴訟として、香川県人事委員会を相手に、判定取り消し訴訟を香川県地方裁判所に起こして再度、戦っています。

 このような部活動をめぐる、香川県教育委員会、香川県人事委員会の人事評価の実態を皆さんはどう思われますか。

 部活動は本来、勤務時間外、教育課程外、校長による職務命令外の、教員の自発性に基づき校長の承認の下に行われた職務なのです。
 私は、懲戒処分や矯正措置の対象となるような行為を行っていないのです。

 香川県教育委員会は私が校長から説明を受けた以上の後付けの理由をつけてきて、香川県人事委員会までもがその理由を認定して、判断材料としているのです。
 ちなみに、下位成績にされたのは主顧問の私であり、副顧問は普通のままです。
 これでは、最初から、部活顧問を引き受けなかったらよかったということになってしまいます。

 本来、人事委員会は人事委員会逐条地方公務員法において
  「人事委員会は人事行政の専門的機関であると同時に任命権者と職員との関係における中立的機関である
 とあるはずなのですが、まさに、教育委員会の追認機関に堕している実態なのです。

 ぜひ、全国の皆さんの声をお聞かせください。

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 これを受けて私が藤田先生の戦いを「全面的に支持します」と返信したところ、以下のような返信が返ってきました。

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 渡部 秀清さま
 早速のお返事ありがとうございました。
 メールでの紹介どんどんお願いします。
 皆さんで力を合わせて立ち向かっていきましょう。

 私は、現在、9月7日の第2回弁論に向けて準備書面や求釈明申立書を作成しています。
 本当に人事委員会は県教委の追認機関になっています。
 香川県の人事委員会委員長香川県教育委員会の教育次長、高校校長をしたものの天下り先になっていたのです。

  (中略)

 再度の訴訟は前回の地裁、高裁で私の部活動指導において、この部分は消極的評価が認められると判決文に書かれているところを人事委員会は正当な理由として、普通区分に戻すことをせず、その1段階手前の0.61という成績率により、プライド、面子、教員評価制度自体の存在を保とうとしているのです。

 ただ、すでに、判決の中の文章を引用しているので、勝ち目は少ないという意見がほとんどです。
 しかし、勤務時間外、教育課程外、校長による職務命令外の、教員の自発性に基づき校長の承認の下に行われた職務の部活動でこのような評価をされることを認めさせることは香川県の今後の教育のためにならないと思い、孤軍奮闘しながら、戦っている状態です。

 実際、私の戦いがこの勤勉手当差別支給において、今まで好き勝手してきた委員会に大きな抑止力になっており、データ的にも下位成績区分になったものが大きく減っている現実があります。
 つまり、弁護士がいなくても、ここまで戦えること、そして、そのノウハウをもっておくことは何らかの今後の被害者の方に役立つ時もあろうと頑張っています。

 実際、私と似た事案で措置要求を起こしている教員もいます。

 ・・・法律的な部分で、現在助けてもらえる方がいません。
 もし、裁判の相談、準備書面の校正等を見ていただけるような法律に詳しい方をご存知でしたらご紹介いただけませんか。
 一緒に、助け合いながら、この評価制度に異議を唱え続けていきましょう。
 今後ともよろしくお願いします。

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 藤田さんのこの返信の中では、
 <香川県の人事委員会委員長は香川県教育委員会の教育次長、高校校長をしたものの天下り先になっていたのです。>
 と書いてあります。
 このようなことは、他の都道府県でも起きているのではないかと思われます。階級的支配というのはまさにこのことですね。

 また、最後の方に
 <法律的な部分で、現在助けてもらえる方がいません。もし、裁判の相談、準備書面の校正等を見ていただけるような法律に詳しい方をご存知でしたらご紹介いただけませんか。>
 と書いてあります。

 どなたかおりましたら、紹介してください。

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  【僕、国歌歌わないもん】(石原慎太郎)
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  東京五輪に 【国旗も国歌も必要ない】(ビートたけし)
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  対米従属で「世界征服」を夢想するデマゴギー政治家安倍首相を倒そう!
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「都教委包囲首都圏ネットワーク」のブログのアドレス
  http://houinet.blogspot.jp/
「千葉高教組『日の丸・君が代』対策委員会」のホームページ
 http://homepage3.nifty.com/hinokimi/
「ひのきみ全国ネット」のウェブサイト
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パワー・トゥ・ザ・ピープル!! パート2 

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 ◆ 表彰台での勇気ある行為が原因で、母国で生涯を通して
   除け者扱いされ続けたオリンピックの銀メダリスト
(イミシン)

http://wind.ap.teacup.com/people/timg/middle_1472647002.jpg
銀メダリストの左胸にも他の2人と同じOPHR(人権)バッジ。

 この時代を通過してきた人もそうでない人も、この写真(略)が何を示しているかわかるはずです。そう、それは1968年。4月にマーティン・ルーサー・キング・Jr牧師、その2か月後の6月にロバート・ケネディが暗殺された年に撮られた写真です。ベトナム戦争に対する反戦運動が高まる中、多くの都市で学生運動や反戦運動が起こり、同時にアメリカ国内のいたるところで人種差別が引き金となった暴動や警察との衝突で多くの人が命を落としました。アメリカ、そして世界が揺れに揺れた年です。
 その真っただ中に行われたのが、
1968年のメキシコシティオリンピックでした。

 世界が大きな変動のなかにあったその年のサマーオリンピックで、1968年10月17日夕刻、メダル授与のために
表彰台に上がった2人のアメリカ人が史上に残るある行為を行いました。


 
男子200メートル競争を、世界記録で優勝したトミー・スミス3位に輝いたジョン・カーロスが、アメリカ合衆国国歌が流れ星条旗が掲揚される間、壇上で首を垂れ、黒い手袋をはめた拳を突き上げたのです。
 2人が見せたこの
ブラックパワー・サリュート(アメリカ公民権運動で黒人が拳を高く掲げ黒人差別に抗議する示威行為)は、近代オリンピックの歴史において、もっとも有名な政治行為として知られています。
 2人は黒人の貧困を象徴するため、シューズを履かず
黒いソックスを履き、スミスは黒人のプライドを象徴する黒いスカーフを、カーロスは白人至上主義団体によるリンチを受けた人々を祈念するためロザリオを身につけていました。

 しかし、この
3人目の選手は?一見、写真の中の彼は、静かにスミスとカーロスの両選手の隣に立ち、歴史的瞬間を目撃しているだけのように見えます。

 彼の名前は、
ピーター・ノーマンオーストラリア史上最速の短距離陸上競技選手で、この写真が撮られたときは世界で2番目に足の速い選手でした。
 
スミスとカーロスは、示威行為を行なったことで、その後長い間アメリカスポーツ界から事実上追放され、批判に晒されました。新聞などのメディアにも非難・中傷され、彼らのもとには殺害を予告する脅迫文が何通も届けられたといいます。
 しかし、多くの人に知られることがなかったのは、
ピーター・ノーマンも世界のスミスとカーロスの両選手の意図に共鳴して2人の隣に立っていたということです。そして彼もまた、その報いを受けていたのです。

 当時のオーストラリアには、アメリカと類似した
白人最優先主義とそれに基づく非白人への排除政策が存在していました。実際、南アフリカのアパルトヘイトは、オーストラリアの先住民に対する差別政策を見習って作られたものだと言われています。
 1905年から1969年にかけて、「先住民族の保護」「文明化」という名目で約10万人の先住民族であるアボリジニの子どもを強制的に親元から引き離し、白人家庭や寄宿舎で養育するという政策も行われていました。
 そのため、この時代に
白人オーストラリア人のノーマンが黒人やその他の少数民族と接触を持つ、公民権運動に同調するというのは、本国では彼の人生を破壊しかねなない非常に危険性の高い行為だったのです。

 決勝レース終了直後、スミスとカーロスは銀メダルを取ったノーマンに
「人権を信じるか」と尋ねたそうです。ノーマンは、「信じている」と答えました。
 再び彼に
「神を信じるか」と尋ねると、ノーマンは「強く信じている」と答えたそうです。そして、その次にノーマンが口にしたことを2人はいつまでも忘れることはないといいます。

 「僕も君たちと一緒に立つ」

 そう言ったノーマンの目にはちっとも恐れはなく、ただ愛に満ちていたとカーロスは追想しています。

 スミスとカーロスは、
「人権を求めるオリンピック・プロジェクト(略称:OPHR)」のバッジを着けていました。このバッジはオリンピック選手たちによる平等な権利を求める無言の訴えを示すシンボルでした。
 表彰台に向かった際に、スミスとカーロスが、「ブラック・パワー・サルートをするつもりだ」とノーマンに打ち明けると、ノーマンは2人の胸に留められたバッジを指差してこう言ったそうです。
 「君たちが信じていることを僕も信じている。
それ、僕の分もあるかい?そうすれば僕も人権運動を支持していることを証明できる」

 スミスは驚きました。「なんなんだ、この白人のオーストラリア人は?銀メダルを取ったんだから、それで十分大きなことは成し遂げてるじゃないか!」
 スミスは余分なバッジを持っていなかったため、ノーマンは他のアメリカ人選手から借りたバッジを胸に付けました。そして、史上に残る瞬間が実現したのです。

 3人の若いアスリートが表彰台に上がり、スミスとカーロスは拳を高く上げ公民権運動への敬礼をしました。何百万人もの人々を前にした「非政治的なオリンピック」の場で、これほど勇気ある政治行為をした人は前にも後にもいません。
 3人は、すべての人間は平等であるという信念のために行なったこの行為が、永遠に残るだろうということを理解していたのです。
 事件後、アメリカのオリンピックチームの代表は、3人が生涯にわたって大きな代償を支払うことになるだろうと発言しました。

 その後、時代は流れ、アメリカの人種差別が撤廃された後、スミスとカーロスは人権のために戦った英雄になりました。
 歴史はスミスとカーロスの行為に正当な評価を下し、サン・ホセ州立大学には2人の行為を祝して像が建てられます。しかし、2位の表彰台が空です。
 このノーマン不在の像は、あの日以降、オーストラリアでノーマンが辿った運命を象徴するかのようです。それは最も悲しいヒーローの物語と言ってもいいでしょう。

 オーストラリアでは、ノーマンは歴史から抹消されたかのような扱いを受けました。
 1972年のミュンヘン・オリンピックでも、選抜で出場資格を得たにもかかわらず、オリンピックのオーストラリア代表から除外され、ノーマンはスポーツ界を引退。
 その後は、体育の教師や肉屋などの職を転々としていたそうです。白人中心のオーストラリア社会でノーマンは、あの事件がきっかけで、家族ともども疎外されてしまったのです。
 その後、怪我により壊疽も患い、除け者にされ、無視された存在となった元アスリートは、アルコール中毒とうつ病に苦しみました。ジョン・カーロスはノーマンのことをこう言います。
 「ピーターはたった一人で、国全体に立ち向かって戦っていたんだ」

 ノーマンは当時、信じられない名誉挽回のチャンスを与えられたことがあります。スミスとカーロスの行為を人類に対する冒涜だと公に非難すれば、ノーマンの行為も許されるというものでした。
 しかし、自分は間違っていないことを知っていた彼は、その申し出を退けました。
 2006年、ノーマンは心臓発作で亡くなりました。受けるべき謝罪は何一つとして受けないまま、この世を去ってしまったのです。

 彼の葬儀ではトミー・スミスとジョン・カーロスが棺を担ぎました
 2012年、ノーマンはオーストラリア政府から正式な死後謝罪を受けました。
 政府は、ピーター・ノーマンに対し、「・・・何度も予選を勝っていたにもかかわらず、1972年のミュンヘンオリンピックに代表として送らなかったオーストラリアの過ちと、ピーター・ノーマンの人種間の平等を推し進めた力強い役割への認識に時間がかかったこと」を謝罪しています。

 「彼は自身の選択に対して報いを受けた」トミー・スミスは説明します。
 「あれは、私たちを同調するという単純な行為ではなく、彼自身の戦いでもあった。彼は白人で、有色人種男性2人に並んで勝利の瞬間に立ち会った白人オーストラリア男性で、私たちと同じ志のもとにあそこに立っていた

 ノーマンは1968年のあの日、200m陸上で20.06秒の記録で2位に輝きました。この記録は未だにオーストラリア記録として破られていません
 本来なら英雄になるはずが、人権のために立ち上がったため批判され、生前は遂に認められず、2000年オリンピックにも招待されなかったのです。

 しかし、世界にはもっと多くのピーター・ノーマンが必要かもしれません。
 あれから約50年、私たちはいまだに平等と人権のために戦っています。ノーマンの物語は、白人だろうが黒人だろうが人種に関係なく、平等を実現するのは私たちみんなの戦いなのだと教えてくれます。

 この物語をシェアして、ノーマンの行為への敬意と彼の愛と思いやりのメッセージを広めてください。たった少数の人間でも大きく世の中を揺るがすことができることがあるのです。

『48年前のオリンピック、ある男性の勇気ある行為が彼の人生をめちゃくちゃにした。』
http://www.imishin.jp/peter-norman/


パワー・トゥ・ザ・ピープル!! パート2   

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