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弾圧と戦争が手をつないでやってきた! 即時閣議決定すべきは個人通報制度批准!! ピース9 国連経済社会理事会正式協議資格NGO

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【AFP=時事】(更新、写真追加)元国連事務総長でノーベル平和賞(Nobel Peace Prize)の受賞者でもあるコフィ・アナン(Kofi Annan)氏が18日、死去した。80歳だった。同氏が創設した「コフィ・アナン財団(Kofi Annan Foundation)」が発表した。

 同財団は声明で「アナン氏の家族、コフィ・アナン財団は、元国連事務総長でノーベル平和賞の受賞者であるコフィ・アナン氏が短い期間、病を患った後、8月18日に安らかに亡くなったことを、痛切な悲しみと共に発表する」と述べた。

 アナン氏はアフリカのガーナで生まれ、スイスで暮らしていた。物静かなカリスマ性を備え、1997年から2006年まで国連事務総長を2期務め、国際政治における国連の存在を高めたと広くみなされている。2001年には「より組織的で、より平和な世界に向けた働き」が評価され、国連と共にノーベル平和賞を受賞した。

 サハラ以南のアフリカ諸国の出身で国連事務総長を務めたのはアナン氏が初めて。

 訃報を受け、現国連事務総長のアントニオ・グテレス(Antonio Guterres)氏は悲しみのコメントを「多くの意味において、コフィ・アナン氏は国連そのものだった」と述べ、アナン氏を追悼。「彼は比類ない威厳と決意を持って、出世の階段を上り、新時代の組織を率いた」「多くの人たちと同様、コフィ・アナン氏が良き友人、かつ良き助言者であったと言えるのは誇らしい」と述べた。
【翻訳編集】AFPBB News


【ニューヨーク共同】国連によると、米中枢同時テロやイラク戦争など世界が大きく揺れた1997〜2006年に国連トップの事務総長を務め、01年にノーベル平和賞を受賞したコフィ・アッタ・アナン氏が18日、スイスで死去した。80歳だった。死因は明らかになっていない。


アナン元国連事務総長の18日の死去を受け、国連や各国から「偉大な指導者」の追悼と功績をたたえる声が相次いだ。グテレス国連事務総長は「多くの点でアナン氏こそが国連だった。比類なき尊厳と決断力で国連を新たな時代へと導いた」とする声明を発表した。





 



 東京新聞2018年8月18日

 日中戦争や太平洋戦争当時に旧日本海軍が、毒ガス研究のため国内で人体を使って実験していたことが18日、分かった。皮膚をただれさせる「びらん剤」を塗るといった内容を詳述した複数の資料が、防衛省防衛研究所と国会図書館に所蔵されているのを共同通信が確認した。一部は軍関係者が対象と明記され、皮膚に水疱が生じる被害も出ていた。

 日本軍の毒ガスを巡っては、陸軍が中国大陸で戦闘や人体実験に使った記録などが一部残っている。今回の資料で海軍による人体実験が裏付けられた。専門家は、国内で米軍との毒ガス戦を想定していたことが、実験の背景にあるのではないかと指摘する。


人体を使った毒ガス実験の報告書「除毒剤ニ関スル研究」の表紙
(防衛省防衛研究所戦史研究センター所蔵)


ETV特集 データで読み解く戦争の時代 第1

「自由はこうして奪われた〜治安維持法 10万人の記録〜」

818日(土)23時〜 Eテレ
  22日(水)24時〜 再放送 Eテレ 

1925年に制定された治安維持法。当初、主に共産党などの取締りを目的として
いたが、やがて、取締りの対象は、共産党の支援者、そして国策遂行の妨げとなる
人々へと拡大していった。
番組では、司法省や内務省などの公文書の中から、10万人にのぼる検挙者のデータ
を抽出。なぜ一般の市民まで巻き込まれることになったのか、検証を行った。
その結果見えてきたのは、法改正により、拡大解釈を続けてきた20年の軌跡だった。

 =7月13日、D−TaC結成3周年集会=
 ◆ 「えらいこっちゃで 大阪の教育」報告


 D−TaCは、結成3周年の2018年7月13日、総会を兼ねて「えらいこっちゃで 大阪の教育」と題した集会を開催しました。
 タイトルは、「大阪市の教育のあり方に疑問を感じているが、『君が代』強制問題にはそれほど関心がなかったという方にも参加してもらいたい」との思いを込めて決めたものです。
 市民の立場から今の大阪市の教育のあり方を危惧しておられる地域情報誌制作スタッフの向井美香さんに聞き手をお願いし、松田さんのお話を聞く企画を中心とする集会にしました。
 松田さんには、「日の丸・君が代」強制に始まる維新支配下の大阪市の学校教育がどれだけ「えらいこっちゃ」状態になっているのか、「君が代」強制を打ち破る取組みの中に「まっとうな教育」を取り戻す展望があると話してもらいました。


 向井さんの質問に答えて、70分間で松田さんが話した項目は以下です。
1.タイトルが「えらいこっちゃで 大阪の教育」になった理由
2.教師になった背景やいきさつ
3.松田の大阪市立学校教員としての経過(勤務校)
4.それぞれの学校で印象に残っていること
5.大阪市の教育が大きく変わったと感じる時期
6.変化の内容
7.現状についてどう感じているか?
8.教育はどうあるべきと考えているか?
9.松田が努力してきたこと
10.教員生活の中で大切にしてきたこと
11.「日の丸・君が代」強制の経過と取組み
12.今後の取組みについて
 ※「トーク骨子から」「当日資料(12345)と表紙」はこちらから

 集会には、朝日新聞の催し物情報を見たという方も来られ、50人を超える参加者がありました。質疑の時間にも何人もの人から発言がありました。
 教育現場の状況を問う質問とともに、「孫の卒業式に出たとき、『君が代』時に自分は立たなかったが、それだけ。何かできることはなかったか」との問いかけもありました。「君が代」強制が教員だけの問題でないことが確認できました。

 集会では、旧大阪交通局(Osaka Metro)によるヒゲを理由とした不当人事評価と闘う河野英司さん、不起立処分撤回を求めるグループZAZAを代表して大阪府教委の戒告処分・再任用拒否と闘う梅原聡さんから、維新支配に抗する連帯のあいさつを受けました。

 最後に、「D−TaC3年目1年間の取組みと4年目の活動目標」を報告して、大阪市人事委員会公開審理への参加を訴えました。
 集会の前日(7月12日)、大阪市人事委員会の準備手続きがあり、処分担当課長、処分時の校長、松田さんの3人を証人として2回に分けて公開審理を行うことが決まりました。
 日時は、8月30日の準備手続きで決まります。注目ください。

『D−TaC(「君が代」不起立処分撤回!松田さんとともに学校に民主主義を!)』
https://democracyforteachers.wordpress.com/2018/08/11/7%E6%9C%8813%E6%97%A5%E3%80%81d-tac%E7%B5%90%E6%88%903%E5%91%A8%E5%B9%B4%E9%9B%86%E4%BC%9A%E3%80%8C%E3%81%88%E3%82%89%E3%81%84%E3%81%93%E3%81%A3%E3%81%A1%E3%82%83%E3%81%A7-%E5%A4%A7%E9%98%AA%E3%81%AE/


パワー・トゥ・ザ・ピープル!! パート2
  今、東京の教育と民主主義が危ない!!
  東京都の元「藤田先生を応援する会」有志による、教育と民主主義を守るブログです。

 皆様へ、日中友好と教育の自由のために〈中国通信1570〉を送ります。重複お許しください。ご意見ご批判をお願いします。転送OK。*記事の中国語原文については大幅に(略)しています。全文を読みたい方はご連絡ください。

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 ◆ 蒋豊:日本は歴史の結節点に直面している
   2018-08-15 ?球?? 蒋? 原文:環球時報 作者:蒋豊
   (日本語訳の簡約:近藤)


 1年に1度の“8・15”。中国を含む日本の侵略を受けた国ではこの日を日本の“敗戦日”と呼んできたが、73年来、日本は“終戦日”と呼んできた。
 これは文字上の違いだけではなく歴史観“戦争責任観”の問題である。

 来年4月には明仁天皇が退位し、今年は最後の“全国戦没者追悼式”である。


 1868年江戸幕府を転覆させて以来、日本は近代において明治・大正・昭和・平成という4つの異なる朝廷の時代を経てきたが、平成だけは対外戦争のない時代であったが、それも次第に薄れ、哀愁との別れが始まっている。

 指摘すべきは、明仁天皇は追悼式での200字、3分間の講話を自分で作っているが、ここ3年いかなる変化もないことである。

 昭和天皇は次々と侵略戦争を発動した。明仁天皇は戦前生まれで、父子は共に神格化され、戦争“当事者”である。

 明仁天皇の近年の講話から見られるのは、もちろん父・昭和天皇を明確に非難してはいないが、記憶にある3歳半、つまり日本が1937年“盧溝橋事変”を起こし300万以上がなくなったことを語っている。
 そして、日本は“満州事変”(918事変)から始まった戦争の歴史をしっかり学び、今後の歩みにおいては戦争の歴史・惨禍を次の世代に伝えていくことを強調している。

 この他、明仁天皇は日本各地及び海外の戦場を訪れ、慰霊・追悼しているが、これは昭和天皇にはなかった。
 このため、ある人は、“父に代わって謝罪している”とかいう。
 それも今年で終わり、戦後生まれの天皇によって、戦争体験もなく、歴史観・戦争観は父、祖父を受け継ぐのだろうか、どんな変化があるのか、注目される。

 明仁天皇は在位の最後5年、再び首相に就任した安倍首相と過ごした。
 明仁天皇が平和を追求するのとは異なり、安倍は頻繁に“改憲”を追求している。
 実際に、日本の“改憲”とは、“平和憲法”の改正で、戦争の核心に関しては、日本が再び参戦可能、戦争国家に介入することになる。

 また、靖国問題に注目するのは、安倍は言うべきことを言い、するべきことをするのである。
 靖国は安倍においてはすでに単なる信仰ではなく、一つの看板である。
 いつ出すか、いつ引っ込めるか、全ては彼の政治的信念次第である。

 戦後73年、明仁天皇は間もなく退位し、改憲を推進する安倍首相は9月自民党総裁に継続選任され、任期内に改憲の“大業”を目指す。
 この点から、日本はまさに一つの歴史の結節点に直面していると言える。

 はっきりしているのは、日本の隣国中国の発展につれて、日本の極端な勢力の制圧力がますます大きくなっている。
 “戦えば両者とも傷つき、協力すれば両者とも利を得る”、これは、日本の当面の隣国との交流のことだけではなく、日本が73年前の戦争から導き出した血の教訓である。

 (作者は日本通の中文マスコミ人)編集責任:?建?

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 ◆ 《終戦の日、平成最後の追悼式 首相が不戦の決意表明》
   朝日新聞 2018/08/15 12:06 


 《・・1993年の細川護熙氏以降、歴代首相は式辞でアジア諸国への加害責任に触れ、「深い反省」や「哀悼の意」などを表明してきたが、安倍首相は第2次政権発足後、6年連続で加害責任に言及しなかった。正午から参列者全員で黙祷(もくとう)した後、天皇陛下が「おことば」を述べた。おことばでは「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」という表現を盛り込み、「戦争の惨禍が再び繰り返されぬこと」を切に願うとした。・・》

 安倍首相の式辞
《・・未(いま)だ帰還を果たしていない多くのご遺骨のことも脳裡(のうり)から離れることはありません。一日も早くふるさとに戻られるよう全力を尽くしてまいります。》

 全国戦没者追悼式への出席を前に、沖縄戦で戦死した父親の武村茂雄さんについて語る重田美津子さん(毎日新聞)

 *“平和な歳月”は過去のものとなるのか?“英霊”は隣の靖国(玉串料を奉納)に戻ったが“遺骨”は帰っていないということか?
 天皇が“平和”を語り、安倍が“英霊”を語るタッグが続いてきた。(近藤)
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パワー・トゥ・ザ・ピープル!! パート2
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