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麻生財務大臣の辞任を求める署名・財務省前行動の呼びかけスタート

2018108 

  
 安倍内閣改造で厚かましくも留任した、麻生財務大臣の辞任を    
   求める <署名運動>と<財務省前アピール行動+デモ> 

 私も呼びかけ人の1人になっている
「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」は明日9日から、こんな運動を始めることになった。

http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/images/2018/10/09/photo.jpg
■署名運動■ 
 明日109日からスタート
・署名の呼びかけ文(署名用紙)は次のとおり。

 ---------------------------------------------------------------------   

                                                                          2018
109
財務大臣 麻生太郎 様

   無責任きわまりない麻生太郎氏の財務大臣留任に抗議し、
            即刻辞任を求めます 

            森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会 

  池住義憲(元立教大学大学院特任教授)/笹井明子(老人党リアルグループ「護憲+」管理人)/佐々木江利子(児童文学作家)/杉浦ひとみ(弁護士)/武井由起子(弁護士)/醍醐聰(東京大学名誉教授)/根本仁(元NHKディレクター)/湯山哲守(元京都大学教員・NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ)/渡辺眞知子(キリスト者政治連盟) 

 102日に発足した第4次安倍改造内閣で麻生太郎氏が財務大臣に留任しました。しかし、第3次安倍内閣当時、財務省では、佐川宣寿氏が理財局長当時の国会での数々の虚偽答弁、公文書改ざんへの関与の責任をとって国税庁長官の辞任に追い込まれました。また、福田淳一氏は女性記者への破廉恥なセクハラ発言を告発され、事務次官の辞職に追い込まれました。いずれも麻生氏が任命権者の人事でした。

 しかし、麻生氏は厳しい世論の批判にも居直りを続け、事態を放置しました。それどころか、森友学園への国有地の破格の安値売却について、録音データなど動かぬ証拠を突きつけられても、なお、「処分は適正になされた」「私は報道より部下を信じる」と強弁し続けました。
 福田次官のセクハラ行為については、辞任が認められた後も「はめられたという意見もある」などと暴言を吐きました。
 なによりも、第3次安倍内閣当時、財務省では公文書の隠蔽、決裁文書の改ざんという前代未聞の悪質きわまりない国民への背信行為が発覚しましたが、それでも麻生氏は、会見の場で記者を見下す不真面目で下品下劣としか言いようがない答弁を繰り返しました。

 こうした経歴の麻生氏が私たちの税金を預かり、税金の使い道を采配する財務省のトップに居座ることに、私たちと大多数の国民は、もはや我慢の限界を超えています。
 麻生氏を留任させた安倍首相の任命責任が問われるのはきわめて当然のことですが、任命権者の意向以前に私たちは、麻生氏自身が自らの意思で進退を判断されるべきだと考え、次のことを申し入れます。

               申し入れ
  麻生太郎氏は財務省をめぐる数々の背任、国民に対する背信
     の責任をとって直ちに財務大臣を辞任すること

           <以下、署名欄 省略>

 ----------------------------------------------------------------------- 

署名の第一次集約日 117日(水) 
署名用紙のダウンロードは → http://bit.ly/2ygbmHe 
 用紙の郵送先:
  〒134-0083 
  江戸川中葛西五郵便局局留 視聴者コミュニティ 渡邉 力宛

ネット署名は → http://bit.ly/2IFNx0A から。
メッセージもぜひ、添えて下さい。
寄せられたメッセージは、個人情報を伏せて、次のサイトで公開しています。
 →  http://bit.ly/2Rpf6Pm 

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■財務省前アピール行動+デモ■ 

11
11日(日) 
 
13時〜1330分 財務省前アピール行動 
  (直接、財務省正門付近にお集まりください)
 1330分〜14時 日比谷公園西幸門へ移動 
 14時 デモ出発(コースは警視庁と折衝中) 

チラシのダウンロードは  
 → http://sinkan.cocolog-nifty.com/20181111/11.7demo.pdf 

*背任、背信の吹き溜まりの財務省トップとしての責任感覚ゼロの麻生大臣
*国民をなめ切った悪態を繰り返す麻生大臣

こんな下劣な悪代官に、庶民の財布に手を突っ込む消費税増税を采配されてはたまったものではない! 
 

辞任を求めるのが世論調査でも示された過半の民意、大義 
麻生氏を辞任に追い込むことは安倍政権を退陣させる決定打

皆さまの
絶大なご支援をお願いします。
この署名に関するお問い合わせは、
 E
メール:yurusazu-aso@yahoo.co.jp 
 電話:070-4326-219910時〜20時)まで 

諸々の資料のURLなどをまとめたサイトはこちら。
→ 
http://sinkan.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/1111-5336-1.html


トルコ、米国人牧師を解放 拘束2年、関係悪化の原因に


2018年10月13日 5:42 発信地:アリアー/トルコ [ トルコ 中東・北アフリカ 米国 北米 ]
【10月13日 AFP】

トルコの裁判所は12日、同国で2年にわたり拘束されてきた米国人牧師、アンドルー・ブランソン(Andrew Brunson)氏の解放を決定した。同牧師の拘束は、トルコにとって対米関係の危機と経済問題の火種となっていた。

 AFP特派員によると、トルコ西部アリアー(Aliaga)の裁判所はブランソン牧師をテロ関連の罪状で有罪とし、禁錮3年1月15日の刑を言い渡した。その上で裁判所は、未決勾留期間と公判中の素行の良さを考慮し、同牧師の自宅軟禁と渡航禁止を解除。牧師は解放された。

 ブランソン牧師の弁護士がAFPに語ったところによると、牧師はその後、トルコを航空機で出発し、ドイツを経由する帰国の途に就いた。トルコの半国営アナトリア(Anadolu)通信も牧師の出国を確認し、米国への帰還前にドイツに2日間滞在する予定だと伝えている。

 ブランソン牧師は2016年10月に拘束され、テロ組織支援とスパイ活動の罪で最長35年の禁錮刑を科される可能性があった。検察はその後、最長10年の禁錮刑を求刑。裁判所は同牧師をテロ組織構成員とは認定しなかったものの、テロ組織を支援したとして有罪判決を下した。一方、牧師と米当局はすべての罪状で無罪を主張した。

 ブランソン牧師の拘束は、北大西洋条約機構(NATO)加盟国同士であるトルコと米国に近年でも特に深刻な外交問題を引き起こしただけでなく、トルコ通貨リラの暴落を招き、同国経済の脆弱(ぜいじゃく)性を露呈した。

 両国間には牧師の拘束以外にも複数の懸案があり、専門家らは、そうした問題は牧師解放だけでは解決しないと警告している。

(c)AFP/Fulya OZERKAN

 ● 教育勅語はどのように国会において「排除」されたのか。
   1948年の排除決議を現代語訳してみる
 (ハーバー・ビジネス・オンライン)
平河エリ@読む国会

 柴山昌彦文部科学大臣が教育勅語について言及したことで、波紋が広がっている。(参照:柴山文科相 「教育勅語」発言 普遍性撤回せず 復活・推奨は否定 毎日新聞

 ところで、国会においては、すでに1948年に教育勅語を「排除」することが全会一致で正式に決められている。しかしながら、排除と言っても実際に何を指しているのか、多くの人がきちんと理解していないようだ。

 下記に、現代語訳した物を掲載する。なお、読める方はきちんと原文を読まれることをおすすめしたい。(参照:衆議院会議録情報 第002回国会 本会議 第67号


 ● 松本淳造衆院議員による決議案の趣旨説明
 第二回国会 本会議 第六十七号 昭和二十三年六月十九日(土曜日)


 私は、各派共同提案であります教育勅語等排除に関する決議案提出にあたって、その趣旨を弁明します。

 永い間、国民の精神を支配していた教育勅語等を排除するのですから、その影響は甚大です。

 すでに文教委員会等におきましても数回にわたる会合をおいて慎重に審議しましたが、その結果、本日首題の通り、教育勅諸等を排除するという決議案提出に至りました。

 なおこの教育勅語等のでございますが、これは教育勅語に類する、主として教育関係の勅語、詔勅、これらを意味するもので、すなわち陸海軍軍人に対する勅諭(天皇からの諭し)、戊申詔書、青少年学徒に対する勅語(天皇からの言葉)等を指します。この点、あらかじめご了承ください。

 まず、主文を朗読いたします。
 ● 教育勅語等排除に関する決議文

 民主平和国家として世界史的にも建設途上にあるわが国は、その精神において未だ決定的な民主化したとは言えず、大変に遺憾である。

 これを徹底にするのに最も重要なことは教育基本法に則り、教育の革新と振興とをはかることにある。

 しかるに既に過去の文書となった教育勅語や、陸海軍軍人に対する勅諭、その他の教育に関する諸詔勅(しょうちょく 天皇からの文書)が、今日もなお道徳の指導原理としての性格を持続しているかのごとく誤解されるのは、行政上の措置が不十分であったからである。

 思うに、これらの詔勅の根本理念が、主権在君並びに神話的国体観に基づいている事実は、明らかに基本的人権を損い、国際信義に疑点を残す

 よって憲法第九十八條の主旨に従い、衆議院はこれらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言する。

 政府は直ちにこれらの詔勅の謄本を回収し、排除の措置を完了すべきである。

 右決議する。
 ● 「民主化を達成するため」の排除決議だった

 ただいま朗読いたしました主文の通り、現在わが国は平和国家、民主国家としての建設の途上にあります。

 ポツダム宣言受諾以來、かつまた新憲法制定以来、確固として決定された国の方針であると言っても間違いはありません。

 従って、われわれといたしましては、それを目指して、あらゆる改革を断行し、また断行せんとしています。

 ところが、それらの諸改革は、すでに制度上におきましては相当大幅に、画期約に、なされてきましたが、制度上の改革に比べますと、精神的内容についての改革、すなわち、精神革命については、まだ充分とは言えません。

 この点は率直に認めてよいでしょう。

 すなわち、従来の封権主義的、軍国主義的、超国家主義的な、そういった理念、精神から、個の尊厳を確認しますところの民主主義的な精神の切替え、改革といったものが、まだまだ充分になされていない、世界の水準にも達していないということは、遺憾ではありますが、事実と言わなければなりません。

 従って、新憲法が制定されても、依然として古い考え方が残っております。新しい考え方と古い考え方がときに衝突し、ときに予盾し、その結果混乱をひき起して、そのために民主化が停滞している、と言っても間違いはありません。

 世間でいいますところの道義の頽廃、あるいは虚無的な、理想を欠いた生活展開は、つまりは、この精神の混乱から生れてくる現象であると言っても間違いではありません。

 そこで、我々といたしましては、このような混乱をいつまでも放置しておくわけには参りません。できるだけこれらを整理し、民主的な精神内容を国民の一人ひとりが正しく把握し、理想とする平和国家としての体を整え、国際的にも信頼されなければならないのです。

 そして、そのことを達成するためには、何よりも教育が本質的に必要で、そのために、教育基本法をすでに制定し、これによって国民の指導原理を明らかにしているわけです。

 その基本法においては、われわれは新しい憲法の精神に則り、民主的で文化的な国家を建設して、世界平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示し、個人の尊厳を重んじ、心理と平和を願う人間の育成を期するとともに、普遍的で、個性豊かな文化の創造を目ざす教育を普及徹底しなければならないと規定しているわけです。

 ● 部分的に良かろうが根本原理から認められない

 ところが、このように明確に規定しているのですが、その規定及びその内容が、国のすみずみまで行き渡っていないのは残念なことです。

 そして、その効力を失っている教育勅語、あるいは陸海軍人への勅論、または戊申詔書、青少年学徒への勅語等、これら教育に関する諸詔勅が、未だに国民道徳の指導原理であるかのごとく誤解されている向きもあります。

 この点は、民主革命の基本である精神革命の達成には、かなり重要なポイントでして、これをこのまま見逃がしておくことは、決してわが国の現在や将来に、良いことではありません。

 ところで、なぜそのような誤解が残っているのか。これが問題になりますが、これは前にも申しました通り、新憲法あるいは教育基本法の精神が、未だ国民の精神内容そのものになっていない結果であることは当然ですが、これらの諸詔勅に対する措置が、法制上または行政上における措置が、今日まで十分に取られていなかったと考えざるを得ません。

 といって、その措置が全然なかったわけではありません。たとえば、昭和二十一年三月には儀式の場合に勅語を読め、との項目を削除し、教育は教育勅語の趣旨に則れという項目を削除しました。

 次いで、昭和二十一年十月八日、その当時の文部省は、次官通牒の形式で、「教育勅語を我が国の教育における唯一の源とせず、式日等に読む慣例をやめる。神格化しない。」と、行政上の措置をとっています。

 けれども、その措置がきわめて消極的でして、残念ながら徹底を欠いていますから、本当に勅語を廃止したのか、失効したものとして認めているのか、自然に消滅すればいいと思っているのか、いずれにせよ、徹底的な措置がなされているとは言いがたい点があります。

 従って、今もなお教育勅語の謄本は、各学校に保管させて、そのままにしているような状態です。だから国民も、はたして勅語が失効したのか、効力をもっているのか、生きているのか、判断できませんから、そこにいろいろな誤解が生れてくるわけです。

 これらを考える場合、われわれは、その教育勅語の内容におきましては、部分的には真理性を認めるのです。

 それを教育勅語の枠から切り離して考えるときには真理性を認めるのですが、勅語という枠の中にある以上は、その勅語そのものが持つところの根本原理を、我々としては現在認めることができません

 それが憲法第九十八条にも沿いませんので、この際この条文に反する点を認めて、教育勅語を廃止する必要があると考えざるを得ません。

 これは単に国内的の視野においてだけではなく、国際的の視野においても、特に明らかにしておくことが必要です。

 本日衆議院は、院議によってこれらの諸詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言し、政府によって直ちにこれら詔勅の謄本を回収し、はっきりと排除の措置を完了したいと思います。

 以上、簡単ですが、教育勅語等排除に関する決議案上程に際し、その趣旨を弁明しました。諸般の事情を考え、賛成いただきたいと思います。(拍手)

 ● 主権在君と教育勅語が不可分である以上認められない

 ここのところで重要なのは二点になる。

 ・詔勅の根本理念が、主権在君並びに神話的国体観に基づいている事実は、明らかに基本的人権を損い、国際信義に疑点を残す。

 という決議と、

 ・われわれは、その教育勅語の内容におきましては、部分的には真理性を認めるのです。それを教育勅語の枠から切り離して考えるときには真理性を認めるのですが、勅語という枠の中にある以上は、その勅語そのものが持つところの根本原理を、我々としては現在認めることができません

 という点だ。

 つまり、「切り離して考えたときには一部いいことも書いてあるかもしれないが、それが根本的に主権在君に基づいている以上、根本原理を認めることが出来ない」ということが言える。

 この、前半の「切り離して考えたときには一部いいことも書いてある」という点をまさに切り離して考えているのが柴山文部科学大臣だろう。

 全体としてこの決議が、「主権在君」と「教育勅語」が不可分であり、そのために教育勅語を排除するべきである、ということを言っていることは否定しがたい事実なのだ。

 <文/平河エリ@読む国会 Twitter ID:@yomu_kokkai)
 ひらかわえり●国会をわかりやすく解説するメディア「読む国会」を運営する政治ブロガー。
https://www.yomu-kokkai.com/
『ハーバー・ビジネス・オンライン』(2018.10.11)
https://hbol.jp/176419



 ◆ <情報>森本敏・元防衛大臣が「復帰前の沖縄は国連の信託統治領だった」と明言!
   皆さま     高嶋伸欣です


 1 今夜、偶然にBS放送「BS11 イレブン」の「報道インサイドOUT 辺野古基地移転の行方 沖縄新知事反対を主張」(討論?番組)をみていたところ、コメンテーターの一人、森本敏(さとし)拓殖大学総長(2012年8月の野田第4次改造内閣で11代目防衛大臣に就任)が、見過ごせない(聞き捨てにできない)失言をしていました。

 2 進行役の岩田公雄氏が、米軍専用基地の約70%が国土面積0.3%の沖縄に集中しているのは「やはり不自然」と提起したのを受けて、森本氏が沖縄と「本土」の米軍用地の違いを説明した時です。


 3 「『本土』の米軍基地は大半がもともと日本軍が使用していたもので、国有地の割合が高い。一方の沖縄は、復帰前はアメリカが国連の信託統治領として統治していて、軍事基地を朝鮮戦争やベトナム戦争などの後方基地として増やしたという経過がある」旨、淡々と述べていたのです。

 4 この沖縄に関する説明は、明らかに間違いです。講和条約発効(1952年4月28日)で米軍の軍事占領による統治権が消滅した後、1972年5月15日の「日本復帰」までの間、沖縄が国連の信託統治領であった日は1日もありません

 5 米国が主導して作った国際連合では、戦前の国際連盟の委任統治領制度が委任国に丸投げされて、事実上の植民地にされていた失敗の経験から、国際連合憲章に基づいた統治を義務付け、毎年の報告等で人権侵害等の事実が確認されると、統治権(施政権)を取り上げることになっていました。

 6 もし信託統治領であれば、基地拡張のための「銃剣とブルトーザーによる土地強奪」や「青信号で横断中の中学生を轢殺した米兵を無罪とする軍事法廷判決=1962年6月、軍用道路1号線(現国道58号線)の横断歩道を青信号で渡っていた中学生・国場秀夫君を、米兵が信号無視で轢殺。軍事裁判の判決は太陽の光の反射で信号が分からなかったための不可抗力による事故、として”無罪”)」など、数々の人権侵害事件は起きなかったはずです。

 7 講和条約で「本土」が独立(主権)を回復した後も、同条約3条によって、沖縄・奄美・小笠原などは事実上の米軍支配下で、国連憲章はもちろん米国や日本の憲法も適用されず、人々は無権利の「虫けら」状態に放置されていたのです。

 8 そうした軍事支配の継続は、日本政府の暗黙の了解の下で仕組まれたと言われています。日米両政府による仕掛けは、「サンフランシスコ講和条約」の第3条です。

 9 第3条は、前半部分で「沖縄・小笠原等を米国が統治する国連の信託統治領化に、条約調印国は賛成する」と明示しています。ただし、国連でその手続きがされるまで、空白期間が生じる時は、暫定的な措置が必要になるので、それまでは米国が施政権を行使できるものとする、との規定が後半部分として加えられています。

 10 この後半部分は、いかにも行き届いた規定のように見えます。けれどもこれこそ、ペテンの規定だったのでした。

 11 第①に、3条前半信託統治領化の手続きをいつまでにするかを明示していません。そこで米国は、事実上の軍事支配を好きな時まで継続できる権限を、この条約で入手したことになります。好き勝手に人権侵害もやり放題なのですから、米国は自分から国連に手続きをする気はありませんでした
 結局、米国は20年間この後半部部分を”活用”しました。
 1972年5月には、国連からではなく米国から、日本政府に「施政権」が返還されたのです。

 12 第②に、国連憲章では、独立国の本来の領土を一部分であってもその独立国の施政権を奪うことを禁じていて、そのことを国連創設者の米国が知らないはずはありませんから、第3条の前半部分は後半部分の規定を尤もらしく見せかけるカモフラージュに過ぎなかったのです。

 13 第③に、前半部分のような手続きをするとの規定を条約等で定める場合は、当該国がいつまでにその手続きに着手することと時期を明示するのが、国際条約等では、当然のこととされています。

 *最近の米朝首脳会談についても、非核化の時期を明示する合意文書を作成できなかったトランプ大統領の手腕が批判されています。
 このことや、上記②の点から、当時の日本政府(吉田政権)は、米国が3条の後半部分を最大限に「活用(悪用)」する意図だと見抜いていました。
 そこで、吉田政権以後の日本政府は、沖縄や「本土」さらには米国内など海外からも厳しい批判の声、「日本復帰」の声が高まるまで、米国政府に第3条の前半部分の手続きに着手するように催促したことが、一度もないのです。

 14 この第③の点から、瀬長亀次郎氏の「復帰・人権獲得(日本国憲法適用の実現)」闘争を恐れたのは米国政府・米軍だけでなく日本政府もであるはずです。

 15 TV番組・映画『米軍が最も恐れた男〜その名は、カメジロー』は『米軍と日本政府が最も恐れた男〜』とするべきだと、私は思っています。

 16 ちなみに講和条約締結の際、吉田政権は朝鮮戦争の後方基地を日本国内に多く置く必要に迫られている米国の足下を見透かして、日米対等の条約(基地の場所を具体的に明記、条約の期限を数年として再交渉ではさらに限定的にするなど)案を用意していたそうです。
 ところがそのことを知った昭和天皇が吉田首相を皇居に呼びつけ、上記の案を破棄して米軍が最大限に行動する自由を与えるように指示したので、自称「臣吉田」はその指示に従ったのでした。

 17 その結果が米軍最優先の「日米地位協定」「日米安保」と言うことになっているという訳です。

 *<参考文献>豊下楢彦著「昭和天皇・マッカーサー会見』岩波現代文庫 G193 岩波書店 2008年

 18 なお、昭和天皇は吉田首相への指示とは別に、側近を通じてGHQ・マッカーサーに、講和条約の内容に関し、提案を伝えたことが現在では判明しています(「天皇メッセージ」事件)。
 その内容は、共産主義が日本へ波及して天皇制が廃止に追い込まれるのを防止するために、占領終了となる講和条約においては、沖縄を「本土」から切り離して半永久的に米国の支配下に置くようになることを望んでいる、というものです。
 この天皇の提案を具体化したのが、講和条約第3条です。

 19 本題に戻りますが、森本氏のいう「復帰前の沖縄は国連の信託統治領だった」という発言は、

 1)講和条約発効(1952年4月28日)から1972年5月15日の「日本復帰」までの日米両政府合意による沖縄への不当、違法・違憲行為に人々の関心が向くのを阻害するものです。

 2)1972年5月15日は、無権利状態に置かれた沖縄の人々が「日本国憲法の適用・人権獲得」という一種の市民革命を自力で成し遂げた日です。その沖縄県の人々だけが言える歴史的偉業の存在に気付くのを、森本発言は阻害しています。

 3)昭和天皇は、日本国憲法施行後に2度の違憲行為を強行し、日米地位協定が憲法よりも優越している現在の状況を生んだ元凶の一人であることに「本土」の人々が気づくのを阻害しています。

 20 ちなみに、安倍首相が靖国を参拝するという総裁選挙の公約を実行しないことで「裏切者」と保守派から厳しく迫られ、苦し紛れに民間団体任せだった4月28日の「主権回復記念式典」を政府主催で実行することにし、天皇・皇后も出席と華々しく打ち上げます。
 その直後に、官邸に抗議で飛び込んだのだ玉城デニー衆議院議員でした。

 21 「沖縄では4月29日は『屈辱の日』として受け継がれている。この微妙な時期に沖縄を怒らせるのか?」と迫られ、安倍首相はたちまち「式典」の規模を縮小。天皇・皇后の出席は今更取り消せず、中途半端な規模の式典のままとなったのでした(2013年4月28日)。

 22 同日、沖縄では本島・宮古・石垣(八重山)など各地で、政府式典に抗議する集会が開催されました。

 23 今回の知事選で、8万票の差を生んだデニー氏の知名度を高めるきっかけを作ったのは、『屈辱の日』を知らない歴史半可通の安倍晋三首相自身だったのです

 24 菅官房長官はデニー知事の面会要請を受け入れて、明日12日には会うそうです。半年もの間拒否し続けた翁長知事の時の手法とはうって変わった対応に、官邸の追い詰められた姿が読み取れます。
 どんなやり取りがされるか、森本発言を念頭に注目しています。

 また長くなりましたが ご参考までに

  文責は高嶋です 転載・拡散は自由です


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