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辺野古工事の港使用許可、町が受理せず「台風で損壊」

 2018年11月2日 朝日新聞デジタル

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画で、沿岸部の埋め立てに使う土砂を運ぶため、防衛省沖縄防衛局から受注した業者が本部(もとぶ)港(本部町)の使用許可を1日に町に申請したが、受理されなかった。

 「台風で岸壁の一部が壊れ、物理的に受け入れできない」との理由。移設計画の進捗(しんちょく)に影響が出る可能性がある。

 本部港は県が管理する港湾だが、岸壁の使用許可の権限は町に移されている。

 県や町によると、業者の使用許可は9月末に切れた。一方、9月下旬の台風24号の影響で、7カ所の岸壁のうち3カ所が壊れて使えない状態になった。残る4カ所はすでに許可を受けた業者が使う。町は防衛局の受注業者に「辺野古の問題とは関係なく、物理的に新規の受け入れが不可能だ」と説明したという。




2018.11.02 
【緊急特集:TPP11 12月30日発効】
虚妄の自由貿易原理主義で農業を荒廃させてはならない
【醍醐聰・東京大学名誉教授】
◆農業に相容れない自由貿易原理主義
 自由貿易主義を支えるのは、生産性で比較優位の財を輸出し、比較劣位の財を輸入することで、貿易当事国双方の利益を最大にするという国際分業論である。はたして、農業に対等な国際的分業は成り立つのか? 多国籍ならぬ無国籍企業が幅を利かせるTPPやEPSに国際分業は当てはまるのか?
 人間の生命維持に関わる農産品の需要は工業製品のように価格弾力性が高くはない一方、農産品の供給は収穫が自然環境に左右されて変動する。そのため、世界的規模での農産品の価格は、わずかな供給量の変動でも大きく変動し、供給過剰の時は価格が暴落して生産者は打撃を蒙る一方、供給不足の時は、生産国は自国の需要充足を優先し、余剰品は購買力の大きな先進国が買い占めるため、購買力の乏しい国々では飢餓が絶えない。
 生産不足の時の輸出制限、生産過剰の時の輸出補助金によるダンピング輸出の奨励、相手国の需給バランスを無視した余剰米の押し売り輸出(ミニマムアクセス米など)などは、農業に国際分業が成り立ちにくい事情を物語っている。
 かつてクリントン米大統領が国際世界食料デー(2008年10月16日)で「食料は他の商品と同じではない。われわれは食料自給率を最大限高める政策に戻らなくてはならない。世界の国々が食料自給率を高めることなく、開発を続けることができると考えることは馬鹿げている」と演説したのも至極、正論だった。
 そもそも食料自給率38%(穀物自給率28%)の日本と穀物自給率が押しなべて100%を超えている米国、カナダ、EU先進国が同じ土俵で自由貿易を議論する(できると考える)こと自体、ナンセンスなのである。いわんや、穀物自給率28%の日本の政府が自由貿易を牽引するなどと得意げに語ること自体が滑稽なのである。自国ファーストのトランプ米大統領から「いうことを聞かなかったら自動車にものすごい関税をかけるぞと脅かすと、直ぐに〔二国間〕交渉をすると言ってきた」と見くびられた安倍政権が自由貿易主義を牽引すると語るのは笑止の沙汰である。
 
◆TPPを上回る譲歩
 結局、この先の日米二国間交渉は、自動車をカードに使って、日本にTPPを上回る農業市場の開放を迫るトランプ流の大国主義的「ディール」に安倍政権が、巨額の兵器購入も含め、屈する売国交渉となることが避けられそうにない。農業に関しては、全容が定かでない、TPPに備えた国内対策を織り込んで試算された影響額はあてにならない。また、目下、政府が検討している外国人労働者向けの在留資格の緩和措置に対象業種に農業が含まれた場合、TPPそれ自体の影響かどうかは別にして農業に及ぼす影響が懸念される。
 そもそも、性格の異なる自動車と農業を「ディール」と称して天秤にかけること自体、不見識である。また、自動車も農業分野の交渉のカードで終わるわけではなく、来年1月からの交渉入りを待たず、早くも、米国内の雇用拡大を目指す米国政府に、輸入関税の大幅引き上げや現地生産の拡大を迫られている。
 政府は農業など物品の分野ではTPPの水準を守ったというが、国内向けのPRに過ぎない。合意文書では「尊重する」と謳われただけで、対米交渉でアメリカを拘束するものではない。TPPはひどい内容だと不満を募らせて政権発足早々にTPP合意から離脱したトランプ大統領がTPP合意を尊重する意思などあるはずがない。
 そもそも論を言えば、TPP水準ならいいなどと日本の農業・酪農関係者は誰一人考えていない。たとえば牛肉の関税を今の38.5%から16年後に9%まで下げるというTPP並みの水準は、これ自体、激変である。しかも、16年かけてというが、初年度に27.5%まで一気に引き下げるスケジュールになっている。また、合意停止のセーフガードも牛肉の場合は16年目以降4年間連続で発動されなければ廃止(豚肉は12年目で廃止)となっている。
 しかも、政府は米国のTPP復帰の見通しが消えた場合、セーフガードの発動基準数量などを見直すとしてきたが、今現在、いつ、どのように見直すのか不明である。経済成長といえば、GDPと企業の経営環境しか眼中にない安倍政権にとっては、それでよいのかもしれないが、基幹的食料の自給率の低迷は百年の災いとなって後代にのしかかる。
 昨年12月に合意された日・EUのEPA(経済連携協定)について農水省は大臣談話(2017年7月6日の大筋合意の時点)は、長期の関税引き引き下げ期間と輸入急増に対するセーフガード等を確保したというが、ソフト系チーズ、スパゲティ、マカロニ、小麦、ワインではTPPよりも譲歩した内容となっている。たとえば、ワインのセーフガードはTPPでは8年目撤廃であるが、日・EU間EPA合意では発効時に撤廃となっている。年間醸造量が100kl以下の小規模ワイナリーが80%を占めると言われる日本のワイン業への影響が懸念される。
 そもそも、新規就農/離農は経営の将来見通しをもとに判断されるのであるから、関税の段階的引き下げとかセーフガードの一定期間後の撤廃という猶予の意味は乏しい。
 こうした農業への甚大な影響を阻止、緩和するには日米二国間交渉の中止、日EU間EPAの見直しが不可欠であるが、今の政府に日本農業を守るという意志がないなら、農業者は政権選択まで踏み込んだ意思表示と行動が必要になってくる。

農業協同組合新聞電子版

 ◆ 私たちは軍靴の音(ファシズム)の渦中にある (『いまこそ』)

 “原判決を破棄し・・第1審判決中上告人(都教委)の敗訴部分を取り消す・・被上告人ら(22名)の請求はいずれも棄却する・・”
 主文の冒頭が裁判長から言い渡された途端に、予想はしていたものの、ガックリ感と怒りの感情が同時に湧き上がった。

 最高裁判決のあの日(7/19)から既に2ヶ月以上をたった今でも、ふとあの日の感情が蘇る。三権分立とは名ばかり権力の一実体であることを露わにした最高裁の思いは日増しに強くなり、このまま泣き寝入りしてなるものかとの思いもムクムクと湧き上がってくる。
 それでも全てのジャーナリズムがこの判決を取り上げ、その反応も二つに分かれた。安倍政権の御用新聞としてっとに名高い「産経」・「読売」はそれぞれ7/23,30日に判決支持の、「朝日」・「毎日」・「東京」はそれぞれ7/20,7/22,7/25日に、判決に批判的な旨の社説を掲げた。


 “入学式や卒業式は新入生や卒業生にとって一度しかない大切な儀だ。厳粛な式典で教員らが調和を乱すような態度をとることは到底理解が得られまい”(「読売」)と、“個人の尊厳を重んじ、多様な価値観をもつことを認め合う。そういう人間を育て民主的な社会を築く、のが教育の使命だ。そして行政や立法にそれを脅かす動きがあれば、権限を発動してストップをかけることが司法には期待されている”(「朝日」)というように見解は真逆である。

 「日の君」強制(憲法14,19条違反)に“危うい時代”を察知し、都教委の処分(戒告処分と再任用拒否)を不当として裁判に提訴した私たち原告団25名(裁判中に4名が他界)決して間違っていなかったし、孤立していないとの思いを強くする一方、この国の政治状況に危機感を抱かざるをえないのも正直な実感である。

 それは最高裁の裁判官が首相肝いりの人物であることだけから思うわけではない(実際最高裁の山口裁判長は日弁連からの推薦慣行を蹴って、安倍首相が任命した人物であり、木澤裁判官加計学園の元理事とのこと(弁護団談)だが。)
 森・加計問題があれだけの社会問題となり国会では野党が追及したにも拘わらず、当の安倍首相は何一つ問われることなく、首相の座に座り続け、且つ三選を遂げたという現実故に危機感をもつのである。

 そう、安倍首相自身が関与していたことは明々白々と国民の誰もが感じていたのではないか!?。にも拘わらず何故首相安倍を退任に追い込めないのか!、
 安倍追求の最先頭に立つべき野党の雲散霧消ぶり、これを支えるべき労働組合のナショナルセンター「連合」、労使協議路線を掲げ、“大政翼賛化”しているこのNC「連合」の堕落ぶり〜ひとえに反対運動がだらしないの一言に尽きる。

 しかし「連合」の発足(1980年代半ば〉をいいことに、これに助けられ歴代自民党政権が「行財政改革」の名の下に、首相(=内閣)専制体制を追求、確立してきたが故と言えなくはないか!
 実際小泉が首相であった2000年代初め、国会で郵政民営化法案が否決されたにも拘わらず、首相権限をタテに、独断専横で衆議院を解散、総選挙を強行、「国権の最高機関」と唱われている国会を全く無視し、無き者にものにするに等しい行為を行ったことは記憶に刻まれた忘れられない歴史の事実だ。
 正に民主主義的議会制度が、首相権限の名の下に“合法的に”根幹から破壊されたと感じた。

 そして今日では日本版NSC(国家安全保障会議)体制がつくられ(2013年第2次安倍内閣の時、特定秘密保護法と共に成立)、首相(=内閣)権限で安全保障・外交に関することは議会の承認がなくても、何でもできるシステムがつくられている。
 日本はもう既に首相専制(=独裁)体制、即ちファシズム体制がなし崩し的につくられていると考えるべきではないか。
 ヒットラーのナチスは小ブルジョアやルンペンプロレタリアを下から組織し、国家社会主義を旗印に国家権力を掌握したが、今日の日本では自民党政権が、上からなし崩し的にファシズム統治形態(=三権分立制度の破壊)をつくり出そうとしている、否していると感じるのは私一人であろうか。閉塞感に窒息しそうな思いを禁じ得ない。

 最高裁での「日の君」裁判の敗北はこうした政治状況生み出された必然でもある。しかし、否だからこそ、ここで、屈する訳にはいかない。〜判決から2ヶ月余、こんな思いを強くしている。(高槻)

予防訴訟をひきつぐ会通信『いまこそ 17号』(2018年10月11日)



  《澤藤統一郎の憲法日記から》
 ◆ 被疑者下村博文に対する検察審査申立記者会見にて


 昨年(2017年)7月31日、阪口徳雄君、児玉勇二君ら同期の弁護士とともに東京地検特捜部に赴き、下村博文らに対する政治資金規正法違反の告発状を提出した。
 その告発の内容については、同日の下記当ブログにおいて報告済みである。
 <安倍政権と加計学園の癒着に切り込むー下村博文政治資金規正法違反告発>

 被告発人は、政治団体「博友会」の主宰者下村博文と、同会の代表者として政治資金収支報告の届出名義人となっている井上智治、そして同会の会計責任者兼事務担当者兼松正紀の3名。
 被告発事実は、下村が文科大臣だった当時における、政治資金パーティのパーティ券購入代金の収支報告書への「不記載」と「虚偽記入」。パーティ券購入先つまりは金主は、話題の加計学園である。加計から、下村に金が渡っていたことが隠蔽されたのだ。


 よく知られているとおり、安倍晋三と加計孝太郎は腹心の友という間柄。
 これもよく知られているとおり、安倍晋三と下村博文も右翼と右翼、思想相似たる緊密な間柄。
 それに加えて、実は加計孝太郎と下村博文も心許す緊密な間柄と明らかになったのがこの事件の本質。仲良し「悪だくみ・3人組み」である。

 下村が文科大臣だった2013年10月と14年10月、いずれも東京のプリンスホテルで行われた下村の各政治資金パーティに、加計学園の担当者がわざわざ出向いて、パー券購入名目で100万円を渡している。合計200万円
 原帳簿には記載のあったこの金が、政治資金報告書の記載からは省かれていることが発覚した。
 おかしいじゃないか。徹底して捜査をしてくれ。強制捜査をかければ、モヤモヤしているところがすべて白日の下に曝されるはず、という告発だった。

 告発時の記者会見で、私は、
 「この告発は、政権中枢の腐敗を撃つものだ」
 「本件告発は捜査の端緒に過ぎず、政治資金規正法違反はその入り口である。出口は実質犯、贈収賄成立の可能性となりうる。そこまでを見据えた厳格な捜査を期待したい」と発言している。
 しかし、東京地検特捜部はこれを不起訴にした。本年8月15日のこと。
 なんと形容することが適切なのか、言葉を探しあぐねている。政権に対する忖度・おもねり・遠慮・へつらい・腰砕け・媚び・ゴマすり…

 本日、これを東京検察審査会に審査申立をし、記者会見を行った。阪口徳雄、上脇博之、私、梓澤和幸の4人。
 被疑者の犯罪事実が明らかでも、起訴を猶予する処分が妥当なことはもちろんあり得る。被疑者が真摯に反省して改悛の情を示し、しかも、しかるべき社会的制裁を受けている場合。下村は、どうだ。
 「丁寧に説明する」と言っておいて何の説明もしない。到底、反省している態度とはいえない。
 今次の内閣改造に伴う自民党人事では、安倍改憲シフトの最高責任者として、憲法改正推進本部長の要職に就いている。社会的制裁も、政治家としての制裁も受けたとは言えない刑罰が科されてしかるべきではないか。

 本日の記者会見で強調されたことは、検察審査員への要望。普通の市民の感覚(常識)での判断をお願いしたいということ。
 審査員には、有罪の判断が求められているのでない。国民の普通の感覚(常識)で、何の制裁もなく見逃してはおかしいと思えば、「起訴相当」として公開の法廷に結論を任せればよいと言うこと、なのだ。
 政治が金で動かされてはならない。これが国民の常識。
 政治の世界で動くカネの流れは、徹底して透明性が保証されなければならない。これも、国民の常識。
 加計学園からの金の流れであればさらに下村の政治資金の流れは徹底して洗わなければならない。
 この審査申立を担当する検察審査員の一人ひとりにおおきな期待を寄せて、結果を待ちたい。

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審 査 申 立 書

2018年10月31日
 東京検察審査会 御 中
審査申立人  上脇博之 (別紙目録記載審査申立人代表)
代理人弁護士 阪口徳雄(別紙目録記載弁護士20名代表)

政治資金規正法違反審査申立事件
 1 被申立人 下村 博文
 2 被申立人 兼松 正紀


申 立 の 趣 旨

 被申立人下村博文および同兼松正紀の下記「被疑事実の要旨」記載の各行為についての政治資金規正法違反告発事件について「起訴相当」の議決を求める。(なお嫌疑なしの被告発人井上智冶については審査を求めない)

申 立 の 理 由

第1 審査申立人及び申立代理人
 審査申立人及び申立代理人:別紙記載のとおり

第2 罪名
 政治資金規正法違反

第3 被申立人
 下村博文および兼松正紀

第4 処分年月日
 2018(平成30)8月15日(平成29年検第28494〜28496号)

第5 不起訴処分をした検察官
 東京地方検察庁 梅田 健史 検事 

第6 被疑事実の要旨
 別紙告発状記載の通り

第7 検察官の処分(告発事実と検察官の処分の整理)
1 加計学園からの収入についての不記載
(1)2013年10月3日東京プリンスホテルにおける博友会主催の「セミナー」に学校法人加計学園から100万円のパーテイ券の対価を受けながら収支報告書に不記載の罪(被告発人は下村博文、井上智冶、兼松正紀)
(2)2014年10月14日東京プリンスホテルにおける博友会主催の「セミナー」に学校法人加計学園から100万円のパーテイ券の対価を受けながら収支報告書に不記載の罪(被告発人は下村博文、井上智冶、兼松正紀)
(3) 以上(1)(2)の罪を次の予備的告発事件で検察官は審査したので全員「罪とならず」と判断した。
2 上記1(1)(2)のあっせんの事実の不記載罪予備的告発事実
 2013年分および2014年分の「政治資金パーティーの対価の支払のあっせん」の各政治資金収支報告書の不記載罪について、下村博文、井上智治は嫌疑なし。兼松正紀は嫌疑不十分。
3 2019万円の収入を980万2円との虚偽記載罪
 (1)2013年10月3日東京プリンスホテルにおける博友会主催の「セミナー」に合計額がありながらわずか金980万2円と虚偽記載し、その差額を金1039万円分を「裏金」として支出したのに、それを記載しない政治資金収支報告書不記載罪について、下村博文は嫌疑不十分、兼松正紀は起訴猶予、井上智冶は罪とならず。
 (2)2014年10月14日東京プリンスホテルにおける博友会主催の「セミナー」に「株式会社東京インターナショナル」から40万円、日本医師連盟から50万円合計90万円の政治資金収支報告不記載について、下村博文、井上智冶は罪とならず、兼松正紀は嫌疑不十分。

第8 不起訴処分の不当性
1 今回、検察官は、第7、3(1)の「博友会」のパーティー収入合計額2019万円を980万2円とうその報告をしてその差額金1039万円分を「裏金」に支出している事実について秘書の兼松正紀は起訴猶予にしていることが不当であり、起訴すべき事案です。

(1) 東京特捜部には政治家のカネの問題は1億円(最近では5000万円とか言われていますが)を超えないと起訴しないという「内部ルール」があると元特捜部の検事達から聞いています。どちらにしても2000万円程度ではこの特捜の内部の基準(ルール)を超えていないことになるから、適当に秘書に「反省」した供述調書を取り起訴猶予にしている可能性があります。しかし収入が2019万円ありながらわずか980万2円とうその報告をし、その差額の1039万円を裏カネとして支出しながら「反省」を理由に不起訴にしていることは極めて不当です。もし国民が2000万円の収入を980万円とごまかすことは許されません。本件はたまたま週刊誌に内部情報が提供された結果発覚した事案を検察が罪に問わず、うやむやにすることは許されません。何故このようなうその報告がなされたのか、公開の法廷で真相解明されるべき事案です。起訴猶予にするとうやむやで終わります。国会議員や秘書だけがこのように特別配慮することは政治不信をより一層招くことになります。

(2)秘書(兼松正紀)が有罪になる証拠があると問えるのに博友会のオーナーである下村博文を嫌疑不十分の処分にしていることも実態を判断していない点が極めて不当です。「博友会」の代表は、井上智治であると届け出されているものの、この者は罪とならずになっていて、関与していないことを示しています。『週刊文春』の報道によると、下村事務所で秘書やアルバイトが作成している「日報」は、毎日夜に、メールで下村博文に送ることになっており、もし送信を怠ったら下村博文が「届いていない、すぐにくれ」と怒り、下村博文が気になった点は電話や対面で「もう少し詳しく教えて」と聞きただし、新たな指示をするという。さらに、当該『週刊文春』の報道によると、「博友会パーティー入金状況」を記録している一覧表である「リスト」は、「博友会の専用の銀行口座に入金された金額を確認して記載されるものであり、下村博文は、それに基づき、パーティー券の売れ行きを細かくチェックしており、前年より購入枚数が減っている支援者がいれば、秘書に厳しく指摘することもあるという。以上の事実から見ると、下村博文は「博友会」の実質的なオーナーですから10万円や20万円の収入漏れや支出漏れがある場合は秘書が単独で行うことはあり得ますが、2000万の収入をわずか980万円余にごまかすことは秘書の単独行為であることはあり得ません。オーナーの下村博文の承認がない以上、普通はあり得ない話しです。下村博文は大物政治家と言われ、文部大臣までなった政治家です。このような大物の政治家に限って前記のような大甘の処分(嫌疑不十分)は普通の感覚ではあり得ないことです。

(3) 両名の不起訴処分について起訴議決されたく特に要請します

2 第7・1及び2記載の、2013年分および2014年分の「加計学園からの政治資金パーティーの対価の受領」の罪についての検察官の処分の不当性

 (1)この事件は週刊文春が入手した「博友会パーテイ入金状況」の内部文書によると2013年は「学校 加計学園 100万円」2014年は「学校 山中一郎 加計学園 100万円」とパーテイ券を買って貰ったことを記載した文書です。検察官は加計学園の秘書室長の山中氏が関係者から集めたパーテイ券の代金をまとめて博友会に持参したものと認定して、斡旋事案として処理し、加計学園の代金ではなく、関係者の購入代金を山中一郎がまとめて斡旋したと認定した事案です。その結果、各政治資金収支報告書不記載罪については下村博文は嫌疑なし、兼松正紀は嫌疑不十分という処分をした。、

(2)この事件は斡旋事案ではなく、加計学園がまとめて各100万円でパーテイ券を購入したのではないかと疑います。しかし博友会のパーテイ券の収入を1000万円もごまかすほどですから、真実加計学園の購入代金であっても下村は文部大臣の時代で加計学園の特区関係で職務権限があるときに100万円の大きな金額で購入することがばれると贈収賄問題になる可能性があるので、これを隠蔽する為に「斡旋」と関係者が口裏を合わせた可能性があります。当時、新学部設置を目指していた学校法人「加計学園」が下村博文の「博友会」にパーティー券のあっせん収入による資金提供をしたことは、文科大臣就任前の2012年は20万円だった金額が文科大臣就任後の2013年9月27日、2014年10月10日は、それぞれ5倍の100万円へと増額していることに鑑みると、贈収賄罪(刑法第197条)の可能性があります。というのは、加計学園が経営する岡山理科大学は、今国会で話題に上っている獣医学部の新設だけではなく、教育学部の新設(2015年4月開学)も目指しており、2014年5月末の教育学部設置を申請する1か月余り前の同年3月頃、下村博文の元公設第一秘書の証言を紹介している『文藝春秋』の記事によると、加計孝太郎理事長と下村博文は、赤坂の料亭で直接会って密談しており、また、下村事務所の「日報」を紹介した前記『週刊文春』の報道によると、その約1か月後の4月21日、加計学園の山中一郎秘書室長は、下村事務所に対し「岡山理科大学の設置申請の件で、文科省に何度も連絡をしたのですが込み合っているとの理由で取り合って頂けません。5月末が申請でそれまでに2,3回は質問し書類を整えたいと思っていますので、大変身勝手なお願いですが、何卒面会させていただけないでしょうか」と文科省への口利きを陳情し、下村事務所の大臣秘書官は、「事務方を通して、お願いをいたしました」と下村文科大臣に口利きしたことを報告しており、2015年4月の新設はかなわなかったものの同年8月末に文科省の認可を得て2016年4月の開設にこぎつけ、その認可時の文科大臣は下村博文だったからです。
政治資金規正法違反事件がこのように贈収賄罪にまで発展することを回避するためにも、東京地検特捜部は、あえて不起訴にしたとのではないかという疑惑が生じます。

3 審査に当たってのお願い

(1)検察審査会の役割は、検察官の不起訴処分の評価について、「起訴相当」「不起訴不当」「不起訴相当」のどれかを決めることです。
 その際に大切なのは、市民の代表であるみなさんの”普通の感覚”です。
 素朴に考えて「なぜ犯罪にならないのだろう?」と思う場合、「起訴相当」か「不起訴不当」のどちらかを議決できます。
 「起訴相当」の議決となった場合には、公正で中立な裁判官によって、これまで検察が捜査したさまざまな証拠を公開の法廷で明らかされ、それらが本当に犯罪行為にあたるかどうか、慎重に判断されます。
 「不起訴不当」という議決の場合、検察が再捜査することになりますが、それによって導き出される結論は、再び「不起訴」となることが確実で、これまで同様、捜査でどのような証拠が得られたのか、明らかにされることはありません。
「不起訴相当」という議決の場合、検察の捜査でどのような証拠が得られたのか明らかにされないままの状態で、検察審査会として “検察の判断が正しい”と認めることになります。
 真相解明のため、みなさんには「起訴相当」の議決が求められています。

(2)求められているのは法律判断ではなく、普通の皆さんの感覚です
ア 検察審査会を設置する目的について、検察審査会法第1条では「公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図る」と定めています。
 検察官の不起訴判断は、専門家の判断です。しかし、検察審査会法の委員の資格に、弁護士、検察官、裁判官などの専門家が除外されているのは、普通の市民の感覚(常識)での判断が求められているからです。
 検察官はともすれば、”官”の立場に立って、民意=国民の普通の感覚(常識)に反する処分を行います。こうしたものを、皆さんの感覚(常識)で「適正を図る」ことが必要なのです。
 皆さんの役割は、検察官の不起訴処分の当否を審査し、民意を反映する議決を行うことです。判断の基準はあくまでも皆さんの感覚(常識)です。
有罪・無罪を決めるのは、裁判官の役割ですから、有罪だから「起訴相当」、無罪だから「不起訴相当」と考えるものではありません。
イ 検察官は”不起訴”という結論を出した以上,自分たちがした”不起訴”を補強するための都合の良い証拠を並べた説明しかしません。もし事件を疑わせるような不利な「証拠」があったとしても、皆さんに明らかにする義務はないのです。
ウ 求められているのは、普通の市民の感覚(常識)で判断することです。
法律は難しいという理由で、検察官の判断を鵜呑みにすれば、検察審査会のみなさんが議論する意味がありません。思い切り、皆さんの感覚で考え、判断して下さい。

添  付  書  類

 処分通知書                  1通
 不起訴処分理由通知書             1通
 委任状                    4通
(2018年10月31日)

『澤藤統一郎の憲法日記』
http://article9.jp/wordpress/?p=11362




 ◆ 長い時間をかけて入ってきた 
   〜みえないことがおそろしい
 (教科書ネット)
濱田里美(香川県教職員組合副委員長)

 モラロジー研究所と雑誌「ニューモラル」モラロジー研究所のことを初めて知ったのは、1987年新採として勤務した職場で「ニューモラル」という雑誌の定期購読を勧められた時だ。
 教頭だったか先輩教員だったか記憶はあいまいだ。定期購入はしなかったが、職員図書費で購入した「ニューモラル」は毎月回覧されていた。
 あれから4校勤務した。いつまで「ニューモラル」が回覧され、いつ頃されなくなったのかも意識にない。「いいことを書いているな」と思った記憶はあるが、それがどういうものなのかを深く考えたことはなかった。

 ◆ 「親守詩」とモラロジー
 モラロジーについて再び意識したのは、「親守詩」のコンクール募集がトップダウンで入ってきたときだ。


 2013年の6月頃だったと思う。突然「親守詩」を全児童対象で取り組むよう指示があった。
 教員は、「保護者との関係がよくない家庭はどうするのだ」「忙しくて協力してもらえない家庭は?」とその対応に動揺が広がった。それでも、管理職は、「大切なことだから」と全児童対象をかたくなに主張した

 私は、「読書感想文やその他の作文は希望者選択であるのに、親守詩だけはなぜ全児童対象なのか」と管理職に問いただした。
 「いいものだから」と回答するのみ。
 教員は困っていることをどれだけ説明しても、変えようとはしなかった。

 組合の執行委員会でも話題にしたところ、家庭訪問までして回収した学校もあった。
 一方、まったく教員までおりてきていない市町の学校もあった。
 なぜ、「親守詩」だけなのか?疑問は大きくなった。
 調べてみると、モラロジー研究所が後援している。
 モラロジー研究所の理事長は日本会議の役員であることがわかった。
 「これって大丈夫なのか?」疑問はどんどんふくらんでいく。組合の執行委員会でも問題提起したが、「それって何?」というレベルだった。

 ◆ おおきなところで影響している?

 モラロジー研究所を調べてみると歴史は古く、戦前からあるようだ。戦後すぐに、文部省(当時)から財団法人の設立認可を受けている。
 1958年に「道徳の時間」が導入されていることを考えると、このときすでに何らかの影響があったことが推察される。
 1980年代後半から1990年代前半にかけて全国に教育法則化運動(現在はTOSS)が席巻した。若年教員が多数を占めている時代でもあり、だれもが書籍を手に実践をすすめた。
 教育は法則では成り立たないことが分かった多くの教員は離れた。現在、TOSSと名を変え教育現場に根をおろしている。そのTOSSが「親守詩」を進めている。
 当時、法則化運動を牽引していた野口芳宏氏は、モラロジー研究所の教育者研究会の講師として全国で講演している。

 香川県では、香川県小(中)学校教育研究会(1963年設立〉というのがある。そこには道徳教育部会があり、香川県独自の読み物資料(副読本)と指導資料を作成・熱心に授業研究を積み重ねてきている。
 香川県では、道徳部の研究部員(執行部員)になることが、出世の近道と揶揄されている。道徳部員の中には・モラロジーの会員が少なからずいる。

 2017年8月高松市でモラロジー研究所の教育者研究会が開かれた。
 参加者によると、ある教頭が登壇し、「私の教員人生は、モラロジー研究所で学んできたことで支えられてきた」という要旨のことを述べていたという。休憩時間には、盛んに若い教員を会員に勧誘していたと聞いた。

 2018年は台風で中止になったが、各学校の道徳部員自主参加とされながらも、参加することは当然のように言われ、参加を予定していたと聞く。
 今回の講師は、香川においての道徳教育を牽引してきた七條氏(高松大学副学長)だった。
 香川県教育委員会教育次長も名前を連ねていた。
 チラシは、あたりまえのように職員室で全職員に配布された。少なくとも同僚は、このチラシに何の疑問も感じていないようだった。

 ◆ 高松市教育委員会への要請とその反応

 2016年、モラロジーと「親守詩」のことを香川県の教科書ネット代表の方に聞いてみたが、反応は薄かった。
 その後大阪から情報が入ったらしく、問題意識を持ってもらえた。
 香川県の中でも高松市教委がとりわけ熱心だということで、要請にいった。
 担当の指導主事は丁寧に対応してくれた。「親守詩」とモラロジーそして日本会議の関係は、全く知らないようだった。

 ◆ 教育行政キャラバンでの要請と驚くべき反応

 小学校の道徳の教科化に際して、「一定の価値の押し付けや教員の締め付けをしないこと」「改訂学習指導要領に示されている『考えて議論する道徳』を香川県は積み重ねてきている。このことを保証するように」との要請を行った。

 「親守詩」とモラロジーと日本会議についても聞いてみたが重要なこととととらえている教育長や指導主事は少なかった。初めて知ったという反応もあった。
 もっとも、高松市以外は、「親守詩」が教員まで下りていないところもある。そんな中で、小豆島土庄町教育委員会教育長の回答は違っていた。
 「上部組織がどうであれ、親を大切にするこころはいいもの。いいものは積極的にとりいれていく」。
 2017年9月小豆島ではモラロジー教育者研究会が開催されており、教科書採択や教育研究集会の広報などに際して、市民団体が要請していたので、あらかじめ答えを用意していたようにも思えた。

 ◆ 見えないことが恐ろしい 知らないまま受け入れている

 「親守詩」は2013年から始まっている。
 2017年教育行政キャラバンでの懇談や、教科書ネットの要請などが影響しているのか、2018年度は「親守詩」が希望者対象になったという複数の教員から聞いた。

 モラロジーの教育者研究会の講演会は民間の教育団体の研究会と同じではないか。
 全日教連の香川支部の役員が来賓として招かれ、祝辞を述べる。県教委や市教委の教育長や教育次長も参加し祝辞を述べる。
 そこに、参加している現場の教員は違和感がないようだ。全日教連の香川支部の役員でさえ、モラロジーのことをほとんど知らなかった。
 2014年、全教が後援する「教育のつどい」香川県教委は後援しなかった。バランスを欠いているのではないか。

 モラロジー研究所のHPを細かく見ると、長い時間をかけて学校教育に影響してきたことがわかる。
 2013年「親守詩」が表面にでてきたことにより、私たちは問題意識をもった。
 土庄町教育長が言うように「みなさんが問題に思うずっと前から取り組んできた」ことだとすると恐ろしくなった。
 現場では、モラロジーは全く見えない。

 数年前、組合員が道徳部員として副読本の編纂にかかわっていたが、その会でもモラロジーのことは出てこなかったという。
 教育基本法に家族が明記され、モラロジーが主張する「親学」に光があたった。これもまた、モラロジーの運動の成果なのかもしれない。

 香川県では、副読本を中心に、教科化される前から年間35時間、道徳の授業に取り組んできた。指導書があり、その通りに進めると1単位時間の授業ができた。
 少なくとも文科省の教科書よりは「考えて議論する」指導法が取られていた。それゆえ、香川の多くの教員は指導書の通りに授業をする。2018年課題の多い教科書でも多くの教員は指導書の通りに授業をしている。
 みえないところで、影響を受けていたとしても、長時間過密労働で疲弊し考える力を奪われている現場では、その正体がはっきり見えない限り知らない間に染まってしまう。これが一番おそろしい。

 注:「親守詩」とは、子どもが五・七・五で、親が七・七でつなぎ「感謝」と「親こころ」を表現するとするもの。
(はまださとみ)

『子どもと教科書全国ネット21ニュース 122号』(2018.10)


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