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「平凡さの偉大さ 新たな世界秩序を考えて」 文大統領のFAZ寄稿全文


【ソウル聯合ニュース】
韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は10日の就任2周年に合わせ、ドイツ紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)に7日までに、「平凡さの偉大さ 新たな世界秩序を考えて」と題する文章を寄稿した。以下は全文。





1 光州

韓国南西部の光州は韓国の現代史を象徴する都市です。
韓国人は光州に心の負い目があり、今でも多くの韓国人が光州のことを考え、絶えず自らが正義に反していないかどうかを問い返しています。

1980年春、韓国は大学生たちの民主化運動で熱気に包まれました。
朴正熙(パク・チョンヒ)政権の独裁体制、維新体制は幕を下ろしましたが、新軍部勢力が政権を掌握しつつありました。
新軍部はクーデターを起こし、非常戒厳令を発動して政治家の逮捕、政治活動の禁止、大学の休校、集会・デモの禁止、報道の事前検閲、布告令違反者の令状なしでの逮捕など、過酷な独裁を始めました。

ソウル駅に集まった大学生たちは新軍部の武力による鎮圧を懸念し、撤収を決定しました。
このとき、光州の民主化要求はさらに燃え上がりました。
空輸部隊を投入した新軍部は市民たちを相手に虐殺を行い、国家の暴力で数多くの市民が死亡しました。
5月18日に落ち始めた光州の花びらは5月27日、空輸部隊の全羅南道庁鎮圧で最後の花びらまでも散ることになりました。

光州の悲劇は凄絶(せいぜつ)な死とともに幕を下ろしました。しかし、韓国人に二つの自覚と一つの義務を残したのです。

一つ目の自覚は、国家の暴力に立ち向かったのが最も平凡な人々だったということです。
暴力の怖さに打ち勝ち、勇気を出したのは労働者や農民、運転士や従業員、高校生たちでした。
死亡者の大半も、そうした人々でした。

二つ目の自覚は、国家の暴力の前でも市民たちは強い自制力で秩序を維持したということです。
抗争が続いていた間、ただの一度も略奪や盗みがなかったということは、その後の韓国の民主化過程における自負心、行動指針となりました。

道徳的な行動こそ、不正な権力に対抗して平凡な人々が見せることのできる最も偉大な行動だということを、韓国人は知っています。道徳的な勝利は時間がかかるように思えますが、真実で世の中を変える一番早い方法なのです。

残された義務は、光州の真実を伝えることでした。

光州に加えられた国家の暴力を暴露し、隠された真実を明らかにすることがすなわち、韓国の民主化運動でした。
私も南部の釜山で弁護士として働きながら、光州のことを積極的に伝えようとしました。
多くの若者が命を捧げて絶えず光州をよみがえらせた末に、韓国の民主主義は訪れ、光州は民主化の聖地となったのです。

孤独だった光州を一番先に世の中に伝えた人が、ドイツ第1公共放送の日本駐在の特派員だったユルゲン・ヒンツペーター記者だったという事実は非常に意義深いことです。
韓国人はヒンツペーター氏に感謝しています。
故人の意向により、同氏の遺品は2016年5月、光州の五・一八墓域に安置されました。

2 ろうそく革命、再び光州

私が1980年の光州について振り返ったのは、今の光州について話したかったためです。

2016年、厳しい冬の寒波の中で行われた韓国のろうそく革命は、「国らしい国」とは果たして何であるかを問いながら始まりました。
韓国では1997年のアジア通貨危機と2008年のリーマン・ショックを経て、経済不平等と二極化が進みました。
金融と資本の力はより強くなり、非正規雇用労働者の量産で労働環境は悪化しました。
そんな中、特権階層の不正・腐敗は国民に一層大きな喪失感を与えました。
ついには韓国の南方沖、珍島の孟骨水道を航海していた旅客船のセウォル号でかけがえのない子どもたちが救助も受けられずに亡くなり、韓国の国民は悲しみを胸に抱いたまま、自ら新たな道を探し始めました。

ろうそく革命は親と子が一緒に、母親とベビーカーの幼児が一緒に、生徒と先生が一緒に、労働者と企業家が一緒に広場の冷たい地面を温めながら、数カ月にわたり全国で続きました。
ただの一度も暴力を振るうことなく、韓国の国民は2017年3月、憲法的価値に背いた権力を権力の座から引きずり下ろしました。
最も平凡な人々が、一番平和的な方法で民主主義を守ったのです。
1980年の光州が、2017年のろうそく革命で復活したのです。
私は、韓国のろうそく革命について歌と公演を織り交ぜた「光の祭り」と表現し、高いレベルの民主主義意識を示したと絶賛したドイツの報道をありがたい気持ちで記憶しています。

今の韓国政府はろうそく革命の願いによって誕生した政府です。
私は「正義のある国、公正な国」を願う国民の気持ちを片時も忘れていません。
平凡な人々が公正に、良い職場で働き、正義のある国の責任と保護の下で自分の夢を広げられる国が、ろうそく革命の望む国だと信じています。

平凡な人々の日常が幸せであるとき、国の持続可能な発展も可能になります。
包容国家とは、互いが互いの力になりながら国民一人一人と国全体が一緒に成長し、その成果を等しく享受する国です。
韓国は今、「革新的包容国家」を目指し、誰もが金銭面を心配することなく好きなだけ勉強し、失敗を恐れず夢を追い、老後は安らかな生活を送れる国を築いていっています。
こうした土台の上で行われる挑戦と革新が民主主義を守り、韓国経済を革新成長に導くものと信じています。

包容国家は社会経済体制を包容と公正、革新の体制に変える大実験です。
韓国では雇用部門で、より良質な雇用をより多く生み出すため努力しています。
労働者がより良い生活を送り、働いただけ正当な対価を得られるよう、社会的合意を通じて最低賃金の引き上げと労働時間の短縮を進めています。
若者の雇用のための予算を増やすとともに、退職後の人生にも責任を負うべく中年層の再就職訓練に対する支援を実施しました。
また高齢者の基礎年金を引き上げ、雇用関連予算を増やしました。

経済部門では、これまで韓国経済を支えてきた大企業と中小企業の共生に取り組んでいます。
革新的なベンチャー企業や中小企業がどんどん成長していけるよう、規制を大胆に取り除き、金融も革新を評価する方向に変えていっています。

福祉部門ではライフサイクルに合わせた社会保障システムの構築を進めています。
医療保険の保障範囲を広げ、安心して子育てできるよう保育サービスの拡充に努めています。
誰もが差別されない社会を目指し、発達障害者のライフサイクルごとの総合対策を立て、女性の権益を増進する一方、性差別には断固として対処しています。
外国人労働者の子どもや国際結婚家庭に対する支援も強化しています。
教育部門では入試競争や詰め込み式教育を脱却し、創意性を重視する革新教育にシフトしていく予定です。

しかし、慣れ親しんだ慣習を脱し、変化していく過程では葛藤も起こり得ます。
利害関係が異なる人々の間で対話し、調整し、妥協する時間が必要です。
これを通じ、皆に利益になることを探していかねばなりません。
大実験を成功させるには社会的大妥協が伴う必要があります。

韓国は植民地支配と戦争で廃墟と化しましたが、わずか70年ほどで世界11位の経済大国に成長しました。
私たちは、こうした成果を変化にスピーディーに対処することで成し遂げました。
農業から軽工業、重化学工業、先端情報通信技術(ICT)に至るまで、どの国も不可能だったとてつもない変化を自ら成し遂げ、第2次世界大戦後の新生独立国のうちで唯一、先進国に飛躍しました。
韓国には、裸一貫から成功を遂げた底力があります。
韓国国民は変化を恐れず、むしろ能動的に利用する国民です。

近ごろ、光州で意味のある社会的大妥協が起きました。
適正賃金を維持しながらより多くの雇用を得るため、労働者と使用者、民間と政府がそれぞれの利害を離れて5年以上も向き合いました。
労働者は一定部分の賃金を諦めねばなりませんでした。
使用者には、雇用を保障し、労働者の福利厚生に責任を負いつつもコストを維持せねばならないという困難がありました。
人間らしい暮らしを守ろうとする民間の要求が強く、各種法規を調整して安定した企業運営を支援せねばならない政府もまた、妥協に苦労しました。

簡単ではありませんでしたが、譲歩と分かち合いによって最終的に大妥協を成し遂げました。
韓国ではこうして生み出された雇用を「光州型雇用」と呼びます。

韓国人は、大義のため自らを犠牲にする「光州精神」がもたらした結果だと受け止めています。
民主化の聖地、光州が社会的大妥協の模範を作り、経済民主主義の第一歩を踏み出したと考えています。
「光州型雇用」には雇用を生み出すこと以上の意味があります。
それは、より成熟した韓国社会の姿を反映していることです。
産業構造が急変していく中で労働者と使用者、地域がどう共生していけるのかを示したのです。

「光州型雇用」は「革新的包容国家」へ向かう上で非常に重要な転換点になるでしょう。

韓国人は長年の経験から、少し時間がかかるように思えても社会的合意を成し遂げ、共に前に
少しずつ譲歩しながら一緒に歩んでいく方が結局は近道だということも、よく理解しています。
1980年5月の光州が民主主義のろうそくになったように、「光州型雇用」は社会的妥協で新たな時代の希望を示し、包容国家の踏み石となりました。

包容は平凡さの中に偉大さを見つけることです。

平凡の集まりが変化をつくり出すことのできる、新たな環境を整えることです。

韓国政府は今、「光州型雇用」の成功が全国に広がるよう全力を尽くしています。

ドイツは包容と革新を最も理想的に具現した国の一つです。

平和的な方法で統一を実現した歴史と、包容と革新によって社会の統合を成し遂げた事例は、私たちに常にひらめきをもたらしました。

韓国の光州も、新たな秩序を模索する世界の多くの人々にひらめきを与えられればと願っています。


3 平凡な人々の世界

韓国ではちょうど100年前、平凡な人々が力を合わせて新たな時代を開きました。

日帝(日本)による植民地支配を受けていた人々が、1919年3月1日から独立万歳運動を始めました。202万人、当時の人口の10%が参加した大規模な抗争でした。

木こり、妓生、視覚障害者、鉱員、作男、名前も知られていない平凡な人々が先頭に立ちました。

韓国で三・一独立運動が重要である理由は二つです。

一つはこの運動を通じて市民意識が芽生えたことです。

一人一人に国民主権と自由と平等、平和に向けた熱望が生まれ、これによって階層、地域、性別、宗教の壁を超えました。

一人一人が王政の百姓から国民に生まれ変わりました。

そして大韓民国臨時政府を樹立しました。

臨時政府は日帝に対する抵抗を超え、完全に新しい国を夢見ました。

1919年4月11日、国号を大韓民国と定めて「臨時憲章」を公布し、大韓民国は君主制ではなく民主共和国であることを明確にしました。

臨時憲章第3条では「大韓民国の人民は男女、貴賤、貧富、階級を問わず平等だ」と明示しました。

女性を含む全ての国民の選挙権と被選挙権も保障しました。

当時、臨時政府の構成に加わった韓国の独立運動家の安昌浩(アン・チャンホ)はこう言いました。
「過去に皇帝は1人だったが、今は2000万人の国民が皆皇帝です」。
民主共和国を表現した、実に明快な言葉です。

臨時政府は27年近く、亡命地で植民地解放運動を展開しました。

世界の植民地解放運動史において極めて珍しいケースです。

臨時政府があったからこそ、列強の国々はカイロ宣言を通じて韓国の独立を保障することになるのです。

三・一独立運動が重要である二つ目の理由は、心を一つにすることほど大きな力はないと気付き、互いを信じて一度も行ったことのない道へ進んだということです。

当時、運動に加わって日帝の監獄に入れられた韓国の近代小説家、沈薫(シム・フン)は母親にこんな手紙を送りました。

「お母さん! 私たちが千回、万回、祈りを捧げても、固く閉ざされた獄門がおのずと開かれることはないでしょう。私たちがどれだけ声を張り上げて泣き叫んでも、大きな願いが一朝にしてかなうこともないでしょう。しかし、心を一つにすることほど大きな力はありません。一丸となって行動を同じくすることほど恐ろしいことはありません。私たちはいつもその大きな力を信じています」

韓国の近現代史は挑戦の歴史でした。

植民地と南北分断、戦争と貧困を超え、民主主義と経済発展を目指して前進してきました。
その歴史の波をつくったのは、平凡な人々でした。

三・一独立運動後の100年間、韓国人は誰もがそれぞれの胸に泉(力の源泉)を抱いて生きてきました。危機のたびに一緒になって行動しました。

「豊かに暮らしたいが、一人だけ豊かに暮らしたくはない」「自由になりたいが、一人だけ自由になりたくはない」という気持ちが集まり、歴史の力強い波となりました。

私は、民主主義は制度や国家運営の道具ではなく、内在的価値だと考えています。
平凡な人々が自分の暮らしに影響を与える決定の過程に加わり、声を上げることで、国民としての権利、人間としての尊厳を見いだすことができると思います。
私たちはより良い民主主義をつくれるのです。

ジョン・デューイの言葉のように、民主主義の問題を解決するためにはより多くの民主主義を行うしかないのです。

民主主義は平凡な人々により尊重され、補完されながら広がっています。

制度的で形式的な完成を超え、個人の暮らしから職場、社会に至るまで実質的な民主主義として実践されています。

平凡さの力であり、平凡さが積み重なって成し遂げた発展です。

100年前、植民地の抑圧と差別に立ち向かい闘った平凡な人々が、民主共和国の時代を開きました。自由と民主、平和と平等を成し遂げようとする熱望は100年がたった今なお強いのです。
国が国らしく存在できないとき、三・一独立運動の精神はいつでもよみがえりました。


4 平凡さのための平和

東洋には「乱世に英雄が生まれる」という言葉があります。しかし、乱世こそ平凡な人々が自分の人生を自ら開いていくことのできない時代です。
英雄は生まれますが、平凡な人々は不幸に陥る時代です。

中国の古典「史記」の「孫子呉起列伝」にこんな一節があります。
「人曰、子卒也、而将軍自吮其疽、何哭為」。
人いわく「息子が卒兵なのに将軍が自ら息子の腫れ物の膿を口で吸い出してくれた。どうして泣いているのですか」。
泣く必要はないのにどうして泣いているのかという意味です。
母親は、息子が将軍の行動に感激し、戦場で必死に戦って死ぬのではないかと思って泣いたのです。

「史記」にはその母親の夫も同じことを経験して必死に戦い、死んだと記されています。

「史記」の著者の司馬遷は将軍・呉起の立派な行動を伝えようとしたのですが、この話は夫を失った妻のふびんな境遇が行間に潜んでいます。
私たちの好きな英雄譚(たん)には、常に自らの運命を奪われた平凡な人々の悲劇が隠されているのです。

韓国の分断の歴史にも、平凡な人々の涙と血が染みついています。

分断は個人の人生と思考を反目に慣れさせました。

分断は既得権を守る方法、政治的な反対者を葬る方法、特権と反則を許す方法として利用されました。

平凡な人々は分断という「乱世」の間、自分の運命を自ら決められませんでした。

思想と表現、良心の自由を抑圧されました。

自己検閲を当然のものと考え、不条理に慣れていきました。

この長きにわたる矛盾した状況を変えてみようという熱望は、韓国人がろうそくを掲げた理由の一つでした。
民主主義を守ることで平和を呼び込もうとしたのです。

ろうそくが平和に向かう道を照らさなかったなら、韓国は今も平和に向けて一歩も踏み出せずにいたでしょう。
ろうそく革命の英雄は、極めて平凡な人々の集団的な力でした。
「乱世に英雄が生まれる」という東洋の古言は「平凡な力が乱世を克服する」という言葉に変えるべきでしょう。


私は、季節が変わりゆくように人間社会の出来事にも過程があると信じています。

東・西ドイツ間の鉄のカーテンが欧州を貫く巨大な生命の帯「グリーンベルト」に完全に変貌したように、朝鮮半島の平和が東西を横切る非武装地帯(DMZ)にとどまらず南北に拡大し、朝鮮半島を超えて北東アジア、欧州まで広がっていくことを期待しています。

朝鮮半島全域にわたり長く固着している冷戦的な葛藤と分裂、争いの体制が根本的に解体され、平和と共存、協力と繁栄の新秩序に置き換わることを目指しています。
韓国ではこれを「新朝鮮半島体制」と名付けました。

「新朝鮮半島体制」は朝鮮半島の地政学的大転換を意味します。
朝鮮半島は地政学的に大陸勢力と海洋勢力が衝突する断層線にあります。
欧州のバルカン半島と似ています。
このため、歴史的にたびたび戦争の受難を経験しました。

特に、朝鮮半島の南と北が非武装地帯を境界に分断されて以降、韓国は事実上、大陸とのつながりが断たれた「島のような存在」でした。

朝鮮半島に新たな秩序を築くことは、島と大陸をつなぐ橋を築くことです。
昨年4月、私は南北軍事境界線がある板門店で北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長(朝鮮労働党委員長)と会いました。
北朝鮮の最高指導者が朝鮮戦争以来で初めて、韓国側の地へ越えてきた歴史的な瞬間でした。
私たちはそこで、互いに対する軍事的な敵対行為をやめようと約束しました。

その最初の措置として、非武装地帯の監視所の一部を撤去し、周辺地域の地雷撤去作業も実施しました。
非武装地帯内に南と北をつなぐ道路が敷かれ、13柱の遺骨も発掘され故国に戻りました。
こうした作業を進めていたところ、昨年11月にはそれぞれ南側と北側を出発した軍人が朝鮮戦争の最後の激戦地だった矢じり高地で鉢合わせする出来事がありました。
彼らは互いに銃口を下ろして握手を交わし、予想外の遭遇を楽しみました。
朝鮮戦争の休戦協定締結から65年にして、このように非武装地帯に春が訪れたのです。

朝鮮半島の春はドイツのベルリンから始まりました。
私は2017年7月、金大中(キム・デジュン)元大統領による2000年の「ベルリン宣言」に続き、ろうそく革命の熱望を込めてベルリンで朝鮮半島の新たな平和構想を語りました。

当時、多くの人々は単なる希望事項にすぎないと考えました。

朝鮮半島の冬はなかなか去る様子はなく、北朝鮮は核実験とミサイル発射を繰り返して危機を高めていました。
周辺国も制裁を次第に強化し、「4月危機説」「9月危機説」が飛び交い、韓国人は本当に戦争が起きるのではと心配しました。

ドイツのウィリー・ブラント元首相は「一歩も進まないより、小さな一歩でも進む方がいい」と言いました。私の考えも同じでした。
何かを始めなければ、国民の熱望をかなえることはできませんでした。

「小さな夢を見てはいけない、それは人の心を動かす力がない」というゲーテの文章を思い出しました。冬を抜けて春の新芽を芽生えさせるには、朝鮮半島の非核化と恒久的平和という大きな夢を語る必要がありました。
国民らと一緒に成し遂げられる、大きな夢でなければならなかったのです。
北朝鮮は2018年1月の新年の辞で南北関係を改善する用意があると表明し、韓国の大きな夢に応えてきました。
続けて、平昌冬季五輪への参加の意向を伝えてきました。
周辺国と欧州の国々までもが朝鮮半島の雪解けに支持と声援を送ってくれました。
韓国の国民は、平昌五輪を平和五輪にするため心を合わせました。

「ベルリン宣言」で、私は北朝鮮に「簡単なことからやろう」と呼び掛け、四つのことを提案しました。
平昌五輪参加、朝鮮戦争などで生き別れになった南北離散家族の再会事業、互いに対する敵対行為の中断、そして南北間の対話と接触の再開です。

驚いたことに、この四つは2年が過ぎた今、全て現実のものになりました。
昨年2月の平昌冬季五輪の開会式で、南北の代表選手団は世界の人々が見つめる中で朝鮮半島旗(統一旗)を掲げて合同入場しました。

離散家族が再会し、今やいつでも映像を通じて再会できるシステムを備えています。

何よりも朝鮮半島の空と海、陸地で銃声は消えました。

私たちは北朝鮮の地、開城に共同連絡事務所を開設し、日常的に互いが対話し、接触するチャンネルをつくりました。
朝鮮半島の春が、こうしてにわかに近づいてきたのです。

これまで私が残念に思っていたことは、韓国の国民が休戦ラインの向こうをもはや想像できないことでした。
朝鮮半島で南と北が和解し、鉄道を敷き、人と物が行き交うようになれば、韓国は「島」ではなく海洋から大陸に進出するための拠点、大陸から海洋に出ていくための関門になります。
平凡な人々の想像力が広がるということはすなわち、理念から解放されるという意味でもあります。

国民の想像力も、生活の領域も、思考の範囲もはるかに広がり、これまで耐えねばならなかった分断の痛みを癒やせるでしょう。


今や南北の問題は理念や政治に悪用されてはならず、平凡な国民の生命と生存の問題に広げていかねばなりません。
南と北はともに生きていくべき「生命共同体」です。
人が行き来できない状況でも病虫害が発生し、山火事が起こります。
目に見えない海上の境界は操業権を脅かしたり、予想外の国境侵犯で漁民の運命を変えたりします。
こうした全てのことを元に戻すことが、まさに恒久的平和なのです。
政治的、外交的な平和を超え、平凡な人々の生活のための平和です。

「新朝鮮半島体制」は受動的な冷戦秩序から能動的な平和秩序への転換を意味します。
かつて、韓国国民は日帝の占領と冷戦により自身の未来を決められませんでした。

しかし今、自ら運命を切り開こうとしています。

平凡な人々が自分の運命の主人になるのです。

朝鮮半島と北東アジアの既存秩序は、第2次世界大戦の終戦と同時に北東アジアに植え付けられた「冷戦構造」と深く関わっています。

戦後処理の過程で韓国人の意思とは異なり分断が決まり、悲劇的な戦争を経験せねばなりませんでした。

このとき、韓米日の南方3角構図と、これに対応する北朝鮮と中ロの北方3角構図が暗黙のうちに定着することになりました。

こうした冷戦構図は1970年代のデタント(緊張緩和)と1990年代のソ連解体、中国の市場経済導入でかなり解消されましたが、朝鮮半島でのみ、今なおそのままです。

南北は分断されており、北朝鮮は米国、日本と正常な国交を結んでいません。
こうした状況で、南北は昨年、「板門店宣言」と「平壌宣言」を通じて敵対行為の終息を宣言することで、恒久的な平和定着に向けた最初のボタンを掛けました。

同時に、北朝鮮と米国は非核化問題とあわせて関係正常化のための対話を継続しています。

朝米(米朝)が対話によって完全な非核化と国交を実現し、朝鮮戦争の休戦協定が平和協定に完全に置き換えられてはじめて冷戦体制は崩れ、朝鮮半島に新たな平和体制が築かれるでしょう。

平和はまた、共に豊かに暮らす国に発展するための基盤となります。

「新朝鮮半島体制」は平和経済を意味します。

平和が経済発展につながり平和をより強固にする、好循環の構造を指します。
南と北は恒久的な平和定着を促進するため、共に繁栄できる道を思い悩んでいます。
すでに、断ち切られた鉄道と道路の連結に着手しました。
韓国の技術者たちが分断以来で初めて北朝鮮の鉄道の状況を調査しました。
鉄道と道路の連結事業の着工式も開催しました。

南北経済交流の活性化は、周辺国と結びつきながら朝鮮半島を超え東アジアとユーラシアの経済回廊に生まれ変わることができます。
南北とロシアはガスパイプをつなぐ事業について実務的な協議を始めています。
昨年8月には、北東アジア6カ国と米国でつくる「東アジア鉄道共同体」を提案しました。
私は「欧州石炭鉄鋼共同体」をモデルに「東アジア鉄道共同体」を北東アジアのエネルギー共同体、経済共同体に発展させたいと考えています。この共同体はさらに、多者(多国間)平和安全保障体制に発展していけるでしょう。

韓国が推進している「新南方政策」と「新北方政策」により、朝鮮半島の平和経済は一層拡大するでしょう。

新北方政策はユーラシアとの経済協力に道を開くものです。

北朝鮮は昨年6月、ユーラシアの国々が全て加わっている鉄道国際協力機構への韓国の加盟に初めて賛成しました。
釜山からベルリンまで鉄道で移動できる日が来るでしょう。
韓国は南北和解を基に北東アジアの平和の促進者となるでしょう。

新南方政策は朝鮮半島が東南アジア諸国連合(ASEAN)、西南アジアとともに新たな戦略的協力を模索するものです。

韓国は人(People)、平和(Peace)、繁栄(Prosperity)の共同体を中核価値と見なし、周辺国と人的・物的交流を強化していきます。
アジアが持つ潜在力をともに実現し、共同繁栄の道を模索していきます。

韓国国民は、平凡な人々の自発的な行動が世の中を変える最も大きな力だということを示しました。
こうした力は最後に残った「冷戦体制」を崩壊させ、「新朝鮮半島体制」を主導的に築いていく原動力になるでしょう。

重要なことは、1人の平凡な人が自分の意思と関係なく不幸になる状況を防ぐことです。

平和の実現も、結局は平凡な国民の意思によって始まり、完成され得るということを世界に示せるよう望みます。


5 包容的世界秩序を目指して

第2次世界大戦以降、欧州もやはり冷戦の渦中に飲み込まれていきました。

各国の政府は新たな同盟戦略を模索しました。
冷戦で分断されたドイツは平和を目指して大胆に前進し、欧州の変化をけん引しました。

ベルリンの壁によって突如として生き別れになったドイツの45万人の市民らは統一と平和への願いを抱き、1963年6月、ブランデンブルク門前の西ドイツ側に集まりました。
その年、ウィリー・ブラント西ベルリン市長はクリスマス期間に別れた家族や親戚に会えるようにするための交渉を提案しました。
東方政策の始まりでした。
東西ドイツが互いを競争と封鎖の対象ではなく、協力と共生の対象として見るようになりました。

東ドイツのライプチヒでは1980年代初めから、毎週月曜日に小さな祈祷(きとう)会が開かれました。
この小さな祈祷会は1989年10月9日、選挙と旅行の自由、ドイツ統一を要求する平和行進に発展しました。
7万人で始まった平和行進は、わずか2週間で30万人を超えました。
1カ月後の11月9日、ベルリンの壁が崩壊しました。

欧州の平凡な市民たちが平和の実現に乗り出し、積極的に各国政府を動かしたからこそ、欧州の秩序が変わったのだと思います。
欧州の市民たちの意志と行動は1952年、欧州連合(EU)の母体となった「欧州石炭鉄鋼共同体」を発足させ、1975年には現在の欧州安全保障秩序の起源と言える「欧州安全保障協力会議」を胎動させました。
欧州の事例から分かるように、国家間の関係において包容性は非常に重要です。
国境と分野を超えて包容し、公正なチャンスと互恵的な協力を保障するとき、世界はともに豊かに暮らし、ともに発展することができます。

しかし、戦後秩序の根幹である自由貿易主義と国際主義が顕著に弱まり、再び保護貿易主義と自国優先主義がうごめいています。

こうした国際的な危機は、包容と協力の精神を消しつつあります。
国際社会の一員としての各国の責任と規範を強調する協力の政治が切実に求められます。

再び、平凡な人々が重要です。
平凡な人々が変えられることは、国内問題に限られません。

国家を変えれば、世界秩序も変えられます。
平凡な全ての人々が国家運営を自身の権利、責任と考え、世界の運命を自身の運命と関連付けて考えるとき、新たな世界秩序は築かれるでしょう。
平凡な人々が国境や人種、理念や宗教を超えて連帯し、協力するとき、世界は共に豊かに暮らす持続可能な発展を遂げるでしょう。

社会的弱者をのけ者にせず、働いただけ対価を受け取り、安定した福祉で多数が成長の果実を享受する世界が、包容的世界です。
すでに私たちは韓国や欧州、世界のあちこちで平凡な人々が包容によって成し遂げてきた成果を知っています。

ドイツは自由な市場経済を追求する一方で、雇用不安、賃金格差、貧困、老後不安などさまざまな社会的リスクに対する保障を提供し、社会統合を果たしました。

北欧の国々は多額のコストを伴う福祉制度が国の競争力を弱めないよう、絶え間ない教育投資を通じて国の革新力を保ちました。

特定の国家や公共部門の努力だけで、気候変動のような地球全体の問題を解決することは不可能です。
国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)は昨年、「地球温暖化1.5度報告書」を採択しました。
気候の専門家らは、産業化以前に比べて地球の気温上昇を1.5度に抑えられれば、2度上がった場合と比較して1000万人の命を救うことができると見込みました。
国際的な支援と協力により、全ての国が気候変動に共同で対応してこそ達成できる目標です。

世界的に包容性を受け入れることも重要です。
紀元前2000年から、アジアの国々は「治山治水」を成功的な国家運営の最初の徳目と見なしていました。
「山と水を治める」という意味のこの言葉には、「自然を尊重する」という精神が込められています。
木を育てて山崩れを防止し、水をせき止めておくよりも自然に流れるようにして洪水と干ばつの被害を減らそうとしました。

人間と自然、開発と保全を分けて考えることはしませんでした。

私は、これは世界が追求する持続可能な発展と通じるところがあると思います。

しかし現在、なお多くの国が経済発展と環境保護を別のものと見なしています。

先進国と開発途上国の間で、相手の立場に立って考える精神が必要です。
私たちだけでなく未来の世代が一緒に生きていく地球のため、人間と自然が共に生きていく知恵と、平凡な人々が持つ包容の力を発揮するときです。
そうすれば、新たな世界秩序と持続可能な発展という夢は現実のものになるでしょう。

各国が包容性を強化して国家間の格差を減らし、国民の世界市民として考える力を養う必要があります。
平凡な市民が成し遂げた欧州の統合と繁栄は、世界をよりよいものにしようとする人類に意志と勇気を与えてくれるでしょう。


6 平凡さの偉大さ

平凡な人々が自分の人生を開いていけること、日常の中で希望を持ち続けられること、ここに新たな世界秩序があります。
歴史書に全く出てこない人々、名前ではなく労働者、木こり、商人、学生といった一般名詞で登場する人々、こうした平凡な人々が一人一人、自分の名前で呼ばれなければなりません。
世界も、国家も、「私」という1人で始まります。
働いて夢を見る、日常を維持していく平凡さが世界を構成しているということを、私たちは認識する必要があります。

そのためには、1人の人生が尊重されねばなりません。

1人の人生の価値がどれだけ重要なのか自分でも理解する必要がありますが、歴史的に、文化的に再評価されるべきだと思います。

自身の行動が周囲に影響を与えられるということ、またどんな行動が周囲に広がり、最終的にどんな結果をもたらし得るのかについて語り、記録に残さねばなりません。

平凡さが偉大であるためには、自由と平等に劣らず正義と公正が保証されるべきです。

人類の全ての話は「善事を勧め、悪事を懲らしめる」という平凡な真理を反すうします。

東洋では「勧善懲悪」という四字熟語で表現します。

この簡明な真実が正義と公正の始まりです。

無限競争の時代が続いていますが、正義と公正がより普遍化した秩序となるべきです。

正義と公正の中でのみ、平凡な人々が世界市民に成長できます。

今はまだ何もかもが進んでいる最中のようですが、人類が歩んできた道に新たな世界秩序に対する解決策があります。
東洋には「人は倉に穀物がいっぱい詰まっていれば礼節を知り、衣服や食物が満ち足りてこそ栄誉と恥辱を知る(倉廩実而知礼節、衣食足而知栄辱)」という古言があります。
正義と公正によって世界は成長の果実を等しく分かち合えるようになり、これを通じて皆に権限が与えられ、義務が芽生え、責任が生じるでしょう。

今、世界が危機だと捉えていることは平凡な人々が解決していくべきことです。

これは一国では解決できない問題であり、1人の偉大な政治家の慧眼では成し遂げられないことです。

苦しんでいる隣人を助け、ごみを減らし、自然を大切にする行動が積み重なっていくべきです。

こうした行動を取る人が1人しかいなければ「何を変えられるだろう?」と懐疑的になるかもしれませんが、この小さな行動が積み重なれば流れが大きく変わります。

そして結局、私たちは世界を守り、互いに分かち合いながら、平和な方法で世界を少しずつ変化させられるようになるでしょう。

平凡な人々の日常がそうであるように、ゲーテが残した警句のように「急がずに、だが休まずに」。

*同寄稿文は韓国語の原文を聯合ニュースが翻訳したものです。



 ■草津白根山の規制解除に抗議の辞任

『夕刊フジ』公式ホームページの題は「ホームドクターが抗議の辞任… 草津白根山「規制解除」の是非」


 群馬・草津白根山でゴールデンウィークを控えて、先週から通行止めを解除した。この解除に抗議して大学の先生が地元の防災協議会の委員を辞任した。

 この先生は東京工大の野上健治先生。東京工大は1986年に草津白根山に火山観測所を設置して観測を続けていて、現地に住み着いているホームドクターの火山学者なのである。東京工大は野上先生の先代の時代からホームドクターを務めている。

 現地のホームドクターは、その火山についていちばん知っている科学者だ。

 たとえば、2000年の北海道・有珠(うす)山の噴火予知に成功したのも岡田弘さんというホームドクターの北海道大学の先生が「噴火が近い」と気象庁に強く申し入れたことによって危険地域に住む1万人あまりが避難した。そのために人的な被害を避けられたのだった。

 今回の草津白根山では、そのホームドクターをさしおいて通行止めを解除したのは、明らかに観光客対策である。じつは2015年11月に箱根の噴火警戒レベルを解除したのも、正月を控えての観光客対策としか思えない。

 気象庁の噴火警戒レベルを受けて通行止めや噴火口付近の立ち入りを規制するのは地元の群馬県草津町である。今回は地元の首長が防災協議会の専門家の異論を無視して決めた最初の例になった。

 そもそも、いまの噴火警戒レベルは「経験とカン」だけだったが、さらに政治的な配慮も入れて決めているものだ。ある観測器がある数値を示したらレベルがいくつ、というようなものではない。

 「経験」が十分あるところはごく少ない。機械観測を始めてから数十回以上の噴火を経験したのは長野・群馬県境の浅間山と鹿児島・桜島だけだ。それゆえ、ほとんどの火山には「経験」がない。それゆえ噴火警戒レベルも、どの火山でもあてになるものではない。

 じつは昨年1月の草津白根山の噴火は、警戒していたところではなくて、南の本白根山だった。それまでの草津白根山の火山防災マップでは、想定火口が北部の湯釜に限られていた。

 本白根山は約3千年前から約1万年前までは、さかんに噴火していたことが地質学的な調査から分かっている。だが、歴史記録が残っている約300年間は、噴火はもっぱら草津白根山の北部、つまり湯釜付近で小規模な水蒸気噴火が繰り返し起きてきたから、そこばかり警戒していて、南のことは忘れていた。

 幸い、箱根はその後は噴火していないが、草津白根山はどうなるか、科学的には不明である。近々噴火しないという確証はない。ホームドクターの先生が抗議の辞任をしたのは、よほどのことがあったに違いない。

 観光でしか食えない地元は、草津白根山や箱根に限らず、日本中に多い。

 観光にあまりに前のめりになって、そのうちに被害を出さなければいいのだが。


島村英紀『夕刊フジ』 2019年4月26日(金曜)。4面。コラムその295。
「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」


 ■災害の命名


 自然災害にはいろいろあるが、災害に名前を付ける権限を持つのは気象庁だけだ。その気象庁が揺れている。

 昨年9月には関西空港が水没した台風21号が西日本を襲った。だが気象庁による呼称は今のところ付けられていない。

 気象庁は、台風21号について「命名するかどうかを検討中」なのである。この5月までに定める方針だという。

 基準があいまいだったために名付けられなかったケースも少なくない。

 たとえば43人の死者を出した1991年の「雲仙岳噴火」と人的被害はなかった2000年の「有珠山噴火」は名づけられたが、死者・行方不明者が63人にもなった2014年の御嶽山の噴火は気象庁によって命名はされていない。

 関係者から見れば、大変な被害を被ったのだから、災害に名前をつけてもらえなかったのは不満かもしれない。

 じつは、名づけるには、政治的な動機もある。

 1968年に「十勝沖地震」が起きた。この地震の震源は、北海道・襟裳(えりも)岬と青森・八戸のほぼ中間点にあったから、青森県も大きな被害を受けた。

 しかし、地震の名前が「十勝沖」だったばかりに、国民の同情を集めたり、政府の援助を獲得するうえで青森県はたいへんに損をした、と青森県選出の政治家は深く心に刻んだに違いない。

 15年後の1983年に秋田県のすぐ沖の日本海で大地震が起きたときに、この青森の政治家はいち早く気象庁に強い圧力をかけたと言われている。

 この地震は秋田県の沖に起きたのに、秋田沖地震ではなくて「日本海中部地震」と名付けられた。

 また、2011年に東日本大震災を起こした地震の名前は「東北地方太平洋沖地震」と名づけられている。

 ともに沿岸各県に政治的な配慮をした地球物理学から見るとへんな名前だ。「太平洋沖」とするとハワイや南米沖まで入ってしまうから、こんな取ってつけたような組み合わせの名前になったのであろう。

 他方、2000年に鳥取県の西部、島根県境からも岡山県境からもそう遠くないところに大地震が起きた。「鳥取県西部地震」だ。気象庁の係官は、胃が痛くなるような思いだったに違いない。

 しかし、拍子抜けだった。ここでは十勝沖地震のときとは逆さまのことが起きた。県の名前を付けられると、観光客が減る、という「意向」が某県から伝えられたのだ。人口の集中に悩む都会を別にして、農業や漁業や地場産業の不振が続き、頼りは観光だけという日本の現状が、地震の名前にも現われているのである。

 台風のように被害の範囲や期間に広がりがあるものは特定の地域名を付けるのはとくに難しい。

 災害列島ニッポン。「災害の時代」だった平成の30年余りの間に気象庁が名称を付けた地震、気象災害、火山噴火は計30もある。年に1度は深刻な災害が起きていたことになる。

 災害に名前を付けるには災害の教訓を継承する目的もあるはずだ。だが、災害に名前を付けるにはさまざまな配慮が必要なのである。


島村英紀『夕刊フジ』 2019年5月10日(金曜)。4面。コラムその296。
「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

 現在、国連欧州本部(ジュネーブ・パレ・デ・ナシオン)にて全加盟国対象の3クール目のUPR審査が行われています。
 言論・表現の自由を守る会は2008年3月、国連人権理事会(HRC)に初回レポートを提出し、2012年10月30日(第2回UPR日本審査前日)初回国連公認サイドイベントをパレ・デ・ナシオンで開催し、翌2013年HRCにレポートを提出し、2回目のサイドイベントを開催し、人権理事会にて垣内つね子事務局長が、日本政府の第2回UPR審査における虚偽答弁を批判し発言しました。
 2017年11月、第3回UPR日本政府審査にも代表を派遣し2018年3月、人権理事会にレポートを提出し、同月国連欧州本部にて3回目の国連HRC公認サイドイベントを開催しています。



Cycles of the Universal Periodic Review

A review cycle is a four-and-half year period within which all UN Member states’ human rights records are reviewed. The working group convenes three two-weeks sessions per year, or 14 sessions over the course of an entire cycle.
3rd cycle

Third cycle (2017-2021)

29th UPR Working Group Session

CountryPress releasesLetters* by the HC to the Foreign Ministers of Member StatesWebcast snapshots of the adoption of the UPR outcome reports
BahamasEnglishEnglishEnglish
BarbadosEnglishEnglishEnglish
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BurundiEnglish | FrenchEnglish | FrenchEnglish
FranceEnglish | FrenchEnglish | FrenchEnglish
IsraelArabic English | HebrewEnglishEnglish
LiechtensteinEnglish | DeutschEnglishEnglish

震源・震度に関する情報  2019年 5月10日08時53分 気象庁発表

10日08時48分ころ、地震がありました。

震源地は、日向灘(北緯31.8度、東経132.1度)で、震源の深さは約20km、地震の規模(マグニチュード)は6.3と推定されます。
この地震により、日本の沿岸では若干の海面変動があるかもしれませんが、被害の心配はありません。
この地震について、緊急地震速報を発表しています。

この地震により観測された最大震度は5弱です。

[震度3以上が観測された地域]
震度5弱 宮崎県南部平野部 宮崎県南部山沿い
震度4  熊本県熊本 熊本県天草・芦北 大分県南部 大分県西部
     宮崎県北部平野部 宮崎県北部山沿い 鹿児島県薩摩
     鹿児島県大隅
震度3  広島県南西部 愛媛県南予 福岡県北九州 福岡県筑後
     佐賀県南部 長崎県島原半島 熊本県阿蘇 熊本県球磨
     大分県北部 大分県中部

[震度4以上が観測された市町村]
宮崎県  震度5弱 宮崎市 都城市
     震度4  日南市 小林市 西都市 三股町 高原町 国富町
          綾町 高鍋町 新富町 川南町 椎葉村 宮崎美郷町
          高千穂町
熊本県  震度4  熊本南区 宇土市 宇城市 合志市 熊本美里町
          氷川町 芦北町
大分県  震度4  竹田市 豊後大野市
鹿児島県 震度4  鹿児島市 鹿屋市 垂水市 曽於市 霧島市
          いちき串木野市 姶良市 湧水町 大崎町 東串良町
          肝付町



地震の揺れの検知日時 最大震度 情報発表日時
震度速報
2019年 5月10日09時07分震度3 5月10日09時09分
2019年 5月10日08時48分震度5弱 5月10日08時52分
2019年 5月10日08時48分震度5弱 5月10日08時51分
2019年 5月10日08時48分震度5弱 5月10日08時50分
2019年 5月10日07時43分震度3 5月10日07時46分
2019年 5月10日07時43分震度3 5月10日07時45分
2019年 5月 8日09時20分震度4 5月 8日09時21分
2019年 5月 5日01時40分震度4 5月 5日01時43分
2019年 5月 5日01時40分震度4 5月 5日01時42分
2019年 5月 4日11時41分震度3 5月 4日11時43分



■5/10(金) 8:50配信 ウェザーニュース

宮崎県で震度5弱 M6.3 震源は日向灘 津波被害の心配なし

5月10日(金)8時48分頃、九州地方で最大震度5弱を観測する地震がありました。

震源地は日向灘で、震源の深さは約20km、地震の規模(マグニチュード)は6.3と推定されます。
この地震により、日本の沿岸では若干の海面変動があるかもしれませんが、被害の心配はありません。

震源地:日向灘
マグニチュード:6.3
震源の深さ:約20km

津波被害の心配は無し
 気象庁によると、この地震により高知県と宮崎県で20センチ未満の若干の海面変動が予想されますが、被害の心配はありません。

 これらの沿岸では今後2〜3時間程度は若干の海面変動が継続する可能性が高いと考えられます。

<震度3以上を観測した地点>
震度5弱:【宮崎県】宮崎市松橋 宮崎市高岡町内山 都城市高崎町大牟田 都城市山之口町花木

震度4:【熊本県】熊本南区富合町 宇土市浦田町 宇城市豊野町 宇城市小川町 合志市竹迫 熊本美里町馬場 氷川町島地 芦北町芦北【大分県】豊後大野市清川町 竹田市直入町【宮崎県】宮崎市霧島 宮崎市田野町体育館 宮崎市橘通東 宮崎市田野支所 宮崎市清武町船引 日南市吾田東 日南市南郷町南町 日南市北郷町郷之原 国富町本庄 綾町南俣健康センター 綾町役場 都城市菖蒲原 都城市姫城町 都城市北原 都城市高城町穂満坊 都城市山田町山田 小林市真方 小林市野尻町東麓 三股町五本松 高原町西麓 西都市上の宮 西都市聖陵町 高鍋町上江 新富町上富田 川南町川南 椎葉村総合運動公園 宮崎美郷町田代 高千穂町三田井【鹿児島県】鹿児島市喜入町 鹿児島市桜島赤水新島 霧島市隼人町内山田 鹿児島空港 霧島市国分中央 いちき串木野市湊町 姶良市蒲生町上久徳 姶良市加治木町本町 姶良市宮島町 湧水町吉松 鹿屋市新栄町 垂水市田神 曽於市財部町南俣 大崎町仮宿 東串良町川西 肝付町新富

震度3:【広島県】府中町大通り【愛媛県】八幡浜市保内町 西予市明浜町 伊方町湊浦【福岡県】水巻町頃末 久留米市津福本町 久留米市小森野町 久留米市城島町 久留米市北野町 柳川市大和町 柳川市三橋町 柳川市本町 大川市酒見 みやま市瀬高町 みやま市高田町 筑前町篠隈 大木町八町牟田【佐賀県】佐賀市諸富 佐賀市川副 佐賀市東与賀 佐賀市久保田 小城市芦刈 神埼市千代田 上峰町坊所 みやき町三根 みやき町北茂安 白石町福富 白石町有明【長崎県】南島原市口之津町 南島原市北有馬町 南島原市西有家町 南島原市布津町 南島原市深江町 南島原市加津佐町【熊本県】熊本南区城南町 宇城市松橋町 宇城市三角町 宇城市不知火町 合志市御代志 熊本美里町永富 氷川町宮原 熊本東区佐土原 熊本西区春日 熊本北区植木町 八代市平山新町 八代市泉町 八代市松江城町 八代市千丁町 八代市鏡町 八代市泉支所 八代市坂本町 玉名市岱明町 玉名市横島町 山鹿市老人福祉センター 山鹿市菊鹿町 山鹿市鹿本町 山鹿市鹿央町 山鹿市山鹿 菊池市七城町 菊池市隈府 菊池市泗水町 菊池市旭志 玉東町木葉 南関町関町 長洲町長洲 和水町江田 大津町引水 菊陽町久保田 西原村小森 嘉島町上島 益城町惣領 甲佐町豊内 山都町浜町 山都町大平 山都町今 水俣市牧ノ内 水俣市陣内 上天草市大矢野町 上天草市松島町 上天草市姫戸町 天草市五和町 津奈木町小津奈木 阿蘇市一の宮町 阿蘇市波野 阿蘇市内牧 産山村山鹿 熊本高森町高森 南阿蘇村吉田 南阿蘇村河陰 南阿蘇村河陽 人吉市西間下町 人吉市蟹作町 錦町一武 多良木町多良木 多良木町上球磨消防署 湯前町役場 相良村深水 五木村甲 山江村山田 あさぎり町免田東 あさぎり町上 あさぎり町岡原 あさぎり町須惠 あさぎり町深田【大分県】豊後大野市緒方町 豊後大野市朝地町 豊後大野市大野町 佐伯市蒲江蒲江浦 佐伯市春日町 佐伯市上浦 佐伯市米水津 佐伯市役所 佐伯市鶴見 竹田市竹田小学校 竹田市久住町 竹田市会々 竹田市荻町 姫島村役場 大分市新春日町 大分市舞鶴町 大分市野津原 臼杵市臼杵 津久見市宮本町 由布市挾間町 由布市湯布院町川上【宮崎県】宮崎市佐土原町下田島 日南市油津 日南市北郷町大藤 日南市中央通 串間市奈留 串間市都井 都城市高崎町江平 小林市役所 小林市細野 小林市中原 えびの市加久藤 延岡市北方町未 延岡市天神小路 延岡市北川町川内名白石 延岡市北方町卯 延岡市北浦町古江 延岡市東本小路 日向市大王谷運動公園 日向市富高 日向市東郷町山陰 木城町高城 宮崎都農町役場 門川町本町 椎葉村下福良 宮崎美郷町宇納間 宮崎美郷町神門 高千穂町寺迫 五ヶ瀬町三ヶ所【鹿児島県】鹿児島市東郡元 鹿児島市祇園之洲町 鹿児島市本城 霧島市横川町中ノ 霧島市溝辺町有川 霧島市牧園町宿窪田 霧島市霧島田口 いちき串木野市緑町 湧水町栗野 阿久根市赤瀬川 阿久根市鶴見町 鹿児島出水市緑町 鹿児島出水市野田町 鹿児島出水市高尾野町 指宿市山川新生町 指宿市十町 指宿市開聞十町 薩摩川内市中郷 薩摩川内市神田町 薩摩川内市祁答院町 薩摩川内市入来町 薩摩川内市東郷町 薩摩川内市樋脇町 日置市日吉町日置 日置市東市来町長里 日置市伊集院町郡 南さつま市大浦町 南さつま市金峰町尾下 南九州市頴娃町牧之内 南九州市知覧町郡 伊佐市大口山野 伊佐市大口鳥巣 伊佐市菱刈前目 さつま町宮之城屋地 さつま町宮之城保健センタ さつま町神子 さつま町求名 長島町伊唐島 鹿屋市札元 鹿屋市輝北町上百引 鹿屋市吾平町麓 鹿屋市串良町岡崎 曽於市大隅町中之内 曽於市末吉町二之方 志布志市志布志町志布志 志布志市松山町新橋 志布志市有明町野井倉 錦江町田代麓 錦江町田代支所 錦江町城元 南大隅町根占






アスベスト連続講座 歴史をつなぎ未来を拓く PROJECT

「アスベスト現場を歩いた永倉冬史の28年」
第2回目 ゲスト:永倉 冬史氏 × インタビュアー:南 慎二郎氏
永倉冬史さんは、アスベスト問題を専門的に扱うNPOの立場で長年、アスベストによる被害を引き起こさないための活動に取り組まれてきました。特に、市民からの相談や問題事例の連絡を受けると、その現場に駆けつけて、地域住民にアスベストについての知識を伝えつつ、対策遂行のために工事業者や行政との交渉にも数多く取り組んでこられました。リスクコミュニケーションという言葉が一般化する前から、正にそれを実践し続けられた方です。永倉さんが取り組まれた問題事例と深く関わった方もお呼びして、その貴重な経験を語っていただきます。
日時:2019年5月20日(月) 18:30開場 18:45〜20:30
会場:東京都江東区亀戸2-19-1
亀戸文化センター・カメリアプラザ6F 第3研修室 交通案内、地図など
参加費用:参加費:無料 懇親会費:2,000円(予定)
参加申し込み:次のいずれかの方法で、お申し込みください。
2019年5月13日(月)締切
  1. ウェブサイトからの申し込み: 専用の申し込み受付サイトから、必要事項をご記入のうえ、お申し込みください。
  2. PDFファイル2ページ目の申し込み用紙に必要事項のご記入いただいた後、ファックスでお送りください。
※ ウェブサイトからお申し込みいただいた方は、ファックスをお送りいただく必要はありません。
主催:中皮腫・じん肺・アスベストセンター
お問い合わせ: E-mail: info@asbestos-center.jp TEL: 03-5627-6007

 
  中皮腫・じん肺・アスベストセンター
  https://www.asbestos-center.jp/

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