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弾圧と戦争が手をつないでやってきた! 即時閣議決定すべきは個人通報制度批准!! ピース9 国連経済社会理事会正式協議資格NGO

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JSによる盗撮:1 

抗議先:
■  UR都市再生機構
   本社所在地 〒231-8315 神奈川県横浜市中区本町6-50-1 横浜アイランドタワー5階〜14階
   本社代表電話 045(650)0111

■  主務大臣  石井圭一 国土交通大臣
   (2004年7月1日 都市基盤整備公団地域振興整備公団の地方都市開発整備部門 統合
   

■  JS日本総合住生活株式会社 関東支社 千葉西支店 千葉県習志野市袖ヶ浦3−2
    TEL 047−452−1475  FAX 047−452−1463

■   UR都市再生機構業務受託者 URコミュニティー 千葉西住まいセンター 
    千葉県船橋市前原西2−12−7 津田沼第一生命ビル3階
     TEL 047−474−1191 FAX 047−478−5275

■  UR 津田沼営業センター / UR賃貸住宅(9:30〜18:00 定休日、水・祝)
    千葉県船橋市前原西2−14−5 榊原第2ビル4階
      TEL 047−478−3711 

 





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JSによる盗撮2−①


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JSによる盗撮2-②

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JSによる盗撮2-③




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JSによる盗撮2-④


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習志野警察パトカーが住人の駐車場に違法駐車;
警察官らと警備員が、駐車場契約者の許可なく公団内違法駐車し公団内道路を封鎖 



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 ひょうたん島研究会・TT(高木@千葉高教組)です。
 すべての友人の皆さんへ。
 ①「ある筋」から原稿依頼を受け以下の雑文を書いたので、紹介します。
 いつもと同じくしょうもない内容なので、忙しい人はスルーしてください。

─────────────────────────
★ 時には昔の話をしようか
または 自由と革命と民主主義と

T.T.0567(ひょうたん島研究会)
─────────────────────────

 何時(いつ)だったか忘れたが、加藤登紀子のコンサート『TOKIKO'S HISTORY』に行った時、同タイトルのCDを買った。そのCDの最初の曲は『時には昔の話を』で、冒頭の歌詞は「時には昔の話をしようか」。別に『1968』という歌もあるくらいだから、加藤登紀子にとっての「昔の話」は「1968年」なのだろうと、勝手に思っている。


 今回、「ある筋」から「昔のことを書け」という依頼を受けたのでこれから書くわけだが、ぼくにとっての「昔」は1970年代末と60年代末なのだと思う。
 忘れもしない1977年度末の3学期−この年度が始まった77年4月にぼくは初任の教員として四街道高校に着任したわけだが−、たぶん「『図書館報』に原稿を書け」という依頼を受けた。テーマはたぶん「思い出に残る一冊の本」
 その依頼−たぶん200字くらい−に応えて、たぶん次のような雑文を書いたと思う。もちろん40年以上前のことなので、「話半分」で読んでほしいが・・・。


 「一冊の本」の話ではないのだが・・・。
 忘れもしない1960年代半ば、NHKが『ひょっこりひょうたん島』という人形劇を放送していた。作者は井上ひさしと山元護久。小学生の博士と現職のドン・ガバチョが大統領選を争うという「民主主義」−というか、「直接民主主義」の基本を、『ひょうたん島』は教えてくれた。

 忘れもしない1967年、ぼくが中学生になった年だが、ビートルズがアルバム『SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND』を発表し、生まれて初めてLPレコードなるものを買った。ビートルズには、「愛と自由」を教えてもらったと、勝手に思っている。

 忘れてしまったがたぶん60年代末、白土三平の復刻コミック版で、『忍者武武芸帳/影丸伝』の第何巻かを買った。その時はまだ子どもだったので、「影丸」といえば横山光輝の『伊賀の影丸』しかいないと思っていた。その後、三平の『カムイ伝』も、「同時代に」ではなく「若干の周回遅れ」で読んだ。白土三平のマンガで「階級闘争や革命」を学んだのが、ぼくらの世代である。

 ・・・いうことで、『ひょうたん島』に民主主義を、ビートルズに自由を、『カムイ伝』に革命を学んだ−という『三題噺』であった。


 ウ〜ン、200字を大幅に超えてしまった。これじゃボツ原稿か?(19/05/16)

 ②別件ですが、ついでなんで。
 我が「ひょうたん島研究会」の機関誌『勝っ支部通信5/15号』で、次の前文を付け、新聞記事を紹介しました。
 これまたしょうもない内容ですが・・・。

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★ 編集前記
オスプレイがやって来る ヤダ!ヤダ!ヤダ!
(T_T)(ひょうたん島研究会)
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 「野暮」を承知で見出しについてコメントすると、当然これは、映画「ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」の「パクリ」である。昔観た映画「こまどり姉妹がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」の衝撃度には、到底及ばないが・・・−閑話休題。

 5月15日(水)の朝日「総合面」に、「陸自オスプレイ、木更津に暫定配備/来年3月〜佐賀との調整難航」という記事が載っていた。下欄で紹介するので読んでほしいが、そこには「(佐賀の)施設用地の地権者である漁業者を中心に反対が根強い」とある。
 木更津駐屯地は「国有地」かなあ? 木更津の「漁業者」や「農民」や「会社員」の反対は根強くないのかなあ? まあ、「佐賀の漁業者ガンバレ!」「木更津や千葉の漁業者も教職員もガンバロー!」ということで・・・。

─────────────────────────
★ 朝日「総合面」(19/05/15)
陸自のオスプレイ、木更津に暫定配備
来年3月/佐賀との調整難航

─────────────────────────

 防衛省は陸上自衛隊の輸送機オスプレイについて、千葉県木更津市の陸自木更津駐屯地に来年3月、暫定配備する方針を固めた。今月にも同省幹部が地元自治体に説明する。配備先は佐賀空港を想定しているが、地元漁業者との調整が難航。そこでいったん木更津に配備し、協議が調えば佐賀に移す考えだ。

 防衛省は尖閣諸島など南西地域の防衛体制を強化するため、2018年に長崎県の相浦駐屯地に水陸機動団を発足させた。こうした部隊を有事の際に移送するため、佐賀空港の西側に駐機場や格納庫などを設置。21年度までに米国からオスプレイ17機を導入する方針だ。日本側に納入済みの5機は現在米国に置かれている。さらに、4機が年度内に納入される予定という。

 佐賀県の山口祥義知事は昨年8月にオスプレイ配備を受け入れる方針を表明したが、施設用地の地権者である漁業者を中心に反対が根強い。このため防衛省は、米軍オスプレイの整備拠点になっている木更津駐屯地への暫定配備を検討していた。ただ、木更津の地元でも恒久的な配備になるのではないかとの懸念が出ている。

 ③以下、オマケです。
 実は前項の「ヤダ!ヤダ!ヤダ!」をシリーズ化しようと思っていて・・・。
   「武器見本市がやって来る ヤダ!ヤダ!ヤダ!」とか
   「9条改憲がやって来る ヤダ!ヤダ!ヤダ!」とか
   「即位の礼がやって来る ヤダ!ヤダ!ヤダ!」とか。
 著作権を放棄するので、勝手に広めてください−−って、そんな物好きな人はい
ないか?

 以上、雑談でした。


 ◆ 大阪市教委が使用している「令和元年度」について
   松田です。


 年号のあり方については、元号使用を批判し、共通歴(西暦)使用を呼びかけたいと思っていますが、元号使用が行政から強制されている学校現場では、ほとんど影響力を持てていません。自分が提出する個人文書は西暦に書きかえて出していますが、校長名の文書をはじめ学校の文書はほとんど元号という実態です。

 そのような中で、5月1日以降、大阪市教委は、今年度(2019年度)を表すのに、「令和元年度」を用いています。
 これは政治利用ではないか、これを批判することで、教育行政のひどさを暴露し、さらに、明治以降の国家神道原理主義によって捏造された「伝統」の洗脳を打ち破る契機にできないかと思い、問題提起(リンク)を始めました。

 一昨日、5月14日の新任研修資料に「令和元年度」を使われていたことを知り、教育センターに問い合わせてみました。


 後の学校長への電話での回答(一職員が問い合わせることを嫌い、管理職を通させようとしているため)では、教育センターが「令和元年度」を使っている根拠は、政府の予算関係書類に「令和元年度」が使われていることだったそうです。

 ウィキペディアで「年度」を調べてみると、1989年3月(平成元年3月)に成立した補正予算は「昭和63年度補正予算」だったとのこと。(当然だ!)

 今年度を「令和元年度」とするような前例はない。(ちなみに、1926年12月成立の補正予算「大正十五昭和元年度」と併記だったそう)

 どんな根拠、どんな判断で使っているのか、とにかく、学校現場への説明もないことは許せないと思います。この問題を追及し、政治利用を批判していきたいと思います。

 ※ 昨日のツイート

 ◆ ウィキペディア「年度」から
 『(年度途中の改元)平成元年3月に議決された補正予算は「昭和六十三年度補正予算」、昭和元年12月に議決された追加予算は「大正十五昭和元年度」と併記』

 ⇒ 今年度は、前の例では「平成三十一年度」
   後の例では「平成三十一令和元年度」
   「令和元年度」はありえない。

 なお、所属組合(教職員なかまユニオン)から組合担当の方に以下を問い合わせてもらっています。

 以下
・教育委員会だけではなく、大阪市全体の判断ですか。
 もしそうなら、市長部局から教育委員会が受け取った連絡文書を、情報提供ください。

・もし教育委員会自身での判断なら、その判断の教育委員会文書を、情報提供ください。

・教育委員会から各学校長に「令和元年度」と表記することを通知した文書があれば、情報提供ください。



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