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■山形県沖の地震の次は?静かな首都圏が不気味すぎる…〈週刊朝日〉
6/27(木) AERA
地震の発生地と日本周辺のプレートの図解(東京大学地震研究所・古村孝志教授作成)
強い揺れが人々の寝入りばなを襲った。6月18日午後10時22分、山形県沖を震源とする地震は、新潟県村上市で震度6強を観測した。国内で震度6強以上は、北海道胆振東部地震で厚真町が震度7を観測した昨年9月以来のこと。震源の深さは約14キロで、マグニチュード(M)は6.7だった。
総務省消防庁によれば、けが人は新潟、山形、宮城、秋田、石川の5県で33人に上った。日本海沿岸部で津波注意報が出されたが、新潟市で10センチ、新潟県粟島や山形県酒田市などで微弱な津波を観測した。
今回の地震は、北海道の日本海側から新潟沖に延びる「日本海東縁部」と呼ばれるひずみが集中する一帯で起きた。この一帯は東側の北米プレートと、西側にあるユーラシアプレートの境界にある。
地球物理学者の島村英紀・武蔵野学院大学特任教授が解説する。
「二つのプレートが東西からぶつかり合い、どんどんひずみがたまっています。岩盤が押し合ってずれることによって起きる『逆断層型』の地震です。この活動によって、北海道から新潟にかけての日本海側は、たびたび強い地震に見舞われてきました」
1964年に死者26名を出した新潟地震では、液状化現象によって県営アパートが大きく傾き、橋が落下するなど建造物への被害が大きかった。このほか83年には秋田、青森、北海道で死者104名を数えた日本海中部地震、93年には奥尻島を津波が襲うなど、死者202人を出した北海道南西沖地震などを引き起こしてきた。
今回の地震による家屋の損壊は新潟と山形を中心に145棟に及んだが、震度6強を記録しながら倒壊は少なく、屋根瓦が落ちる、塀が倒れるといった被害が目立った。被害が限定的だった理由について、島村氏はこう話す。
「新潟地震M7.5、日本海中部地震はM7.7でしたが、今回は6.7です。その差はたった1のように思われるかもしれませんが、地震のエネルギーに換算すると32倍にもなるのです。エネルギーが大変小さかったため、倒壊などの被害が大きくならなかったのです」
東京大学地震研究所の古村孝志教授によると、木造家屋を倒壊させるのは、周期が1〜2秒でユッサユッサと揺れる「長周期地震動」で、熊本地震がその典型だ。今回の地震は、周期が0.2〜0.5秒で小刻みにガタガタガタと揺れる極短周期の揺れだった。加えて、建物じたいが雪国仕様で強かったことも理由に挙げられる。
古村氏が説明する。
「いろいろな要因が重なって被害は限定的でしたが、もし同規模の地震が東京や大阪で起きたら、もっと大きな被害になるはずです。極短周期の地震は、地盤の弱いところで起きると土砂災害や液状化の被害はむしろ大きくなります」
津波の被害もなかったが、本来、日本海で起きる地震は津波の被害を伴う危険性が高い。震源が陸地に近いため、地震発生から津波が到達するまでの時間が非常に短いからだ。
「大きな津波が起きる要因は、海を震源とし、M7.5以上で、震源の深さがおよそ40キロより浅いことです。M7.7だった日本海中部地震では、早いところでは8分で津波が到達しています。死者104名のうち100名が津波による犠牲者でした。地震発生がちょうど正午ごろで、秋田県男鹿市の海岸に遠足に来ていた小学生たちは揺れが収まり、安心してお弁当を広げていた時に津波が襲いました。児童13人が犠牲になるという痛ましい出来事があったのです」(古村氏)
北海道南西沖地震の際は、地震発生からわずか2〜3分で奥尻島に津波が押し寄せている。日本海東縁部一帯で地震が起きたら、とにかく一目散に避難する必要があるのだ。
今回の地震をもたらした日本海東縁部は糸魚川‐静岡構造線につながるとされ、その延長線上には南海トラフがある。はたして南海トラフ地震を誘引する可能性はあるのだろうか。
前出・島村氏が警告する。
「南海トラフへの直接的な影響はないと思いますが、次にどこで大地震が起きるかはまったくわかりません。日本列島は火薬庫の上にあるようなもの。いつ、どこで起きても不思議ではありません。首都圏もしばらく大きな地震が起きていないのが不気味です。首都圏も危ないと思います」
95年の阪神・淡路大震災が起きる前は、東海地震が危ないと言われていた。地震の危険度は全国どこも変わらず、予知など不可能ということだ。前出の古村氏は、地震に対する備えで最も重要なのは「家を強くする」ことだと説く。
「多くの家屋が壊れた熊本地震などでも、新しい耐震基準を満たした家は被害が少なかったのです。家を耐震補強し、家具が倒れてこないようしっかり固定することが必要です。水や非常食、懐中電灯など地震が起きた後の備えも大事ですが、まずは地震から命を守らなければなりません」
家の補強工事は経済的な負担が大きく、後回しにしてしまいがちだ。だが、防災グッズを取り揃えても、壊れた家の下敷きになって死んでしまったら、何の役にも立たないのである。
(本誌・亀井洋志)
※週刊朝日2019年7月5日号に加筆 ■『夕刊フジ』公式HP
「中国・四川省でまた大地震…日本も!?“火薬庫”の上で暮らす人々」
18日夜に山形県沖で起きたマグニチュード(M)6.8の地震では新潟・村上市で震度6強を記録した。幸い死者は出なかった。
この地震の報道の陰に隠れてしまったが、中国・四川省でも先週17日に大きな地震があって、報じられただけで13人の死者と140人以上の負傷者を生んだ。被災者8万人以上が27ヶ所の大型の臨時避難所に収容されている。全壊家屋は4万6千棟、半壊家屋は11万棟以上に上った。
ところでこの地震の名前は「四川長寧M6.0地震」と決められた。これは2015年から施行されている「地震名称確定規則」によるものだ。この規則では、地震の正式名称は「震災発生の日時+地名+M+地震」で、略称は「地名+M+地震」になる。地名は地震の震源の場所だが、震源が県クラスの行政区にある場合には、省(省、自治区、直轄市、特別行政区)と県の二つのクラスの地名をつないで用いることになっている。
つまり、この地震は四川省長寧県で起きたから、正式名称は「2019年6月17日四川長寧M6.0地震」で、略称は「四川長寧M6.0地震」になる。震源地とMと年月日が入っているので、日本の地震の名前よりはずっと分かりやすい。地震学は万国共通なので西暦なのもありがたい。
ところで中国南部では2008年にも「四川大地震」(M7.9)で9万人以上の死者を出したことがある。
パキスタンでも2013年のM7.7の地震で数百人以上の死者、また2005年にもM7.6の地震で、確認された死者だけでも9万5000人以上という大惨事を生んでいる。
このほか、ネパールにも2015年にM7.8の地震が起きて5000人以上が死亡した。ネパールでは1934年にもM8.4の地震で1万人以上、1988年にもM6.6の地震で1500人近くが死亡している。
中国南部をはじめ、パキスタンやネパールで起きてきた地震は、みな兄弟分の地震である。それは、これらの地震すべては、インド亜大陸というプレートがユーラシアプレートを南から押してきているために起きているものだからだ。
インド亜大陸ははるか南極海から赤道を越えて北上してきて、約1000万年あまり前にユーラシアプレートと衝突した。しかし、それだけではすまず、いまでも北上を続けようとしてユーラシアプレートと押し合っている。
このためプレートの端がまくれ上がってしまって「世界の屋根」ヒマラヤやチベット高地を作った。ヒマラヤはいまでも毎年1センチずつ高くなり続けている。
インド亜大陸が動こうとしている限り、この種の地震はインドの北にあるこれらの国々で続く。これらの国々は、また、大地震に襲われる運命にある。つまり火薬庫の上で暮らしているようなものだ。
他人の国のことは言えまい。プレートが4つも衝突し、わかっているだけでも活断層が2000もある日本に住んでいる私たちもまた、火薬庫の上で暮らしているのである。
島村英紀『夕刊フジ』 2019年6月28日(金曜)。4面。
コラムその303。「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」
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