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《The Interschool Journal から》
◆ 市立尼崎高 教員の暴力常態化 6人処分の異常事態 今年5月に発覚した尼崎市立尼崎高校男子バレーボール部、硬式野球部での教員による暴力に関し、尼崎市教委職員課と体罰調査特命担当は調査が完了したとして校長以下関係教員6人を処分したことを、19日発表した。今回の調査で男子バレーボール部と硬式野球部で教員による暴力行為が常態化していたことが明らかになった。 ※関連記事:市立尼崎高 バレー部コーチが生徒に激しい暴行 市教委が報告書公表 ※関連記事:市立尼崎高校:桑本校長を直撃 電話インタビュー ◆ 部活動顧問教員の暴力が常態化 市教委職員課は19日、男子バレーボール部における教員の暴力行為に関して調査を完了させ、校長を含む関係教員4名の処分を発表した。 発表によると、男子バレーボール部の臨時講師は、4月29日に男子バレーボール部員の3年生男子生徒に十数発の平手打ちを行い、この生徒を脳震盪で意識を失わせ、鼓膜裂傷の怪我を負わせたほか、被害生徒が意識を失っているにもかかわらず、救急車を呼ばなかった。 このほか、臨時講師はこの事案以外にも生徒の首を掴んで投げる、平手打ち、胸ぐらを掴む、頭を叩く、ボールを押し当てる等の合計7件の暴力行為を行っていた。 同部の監督を務める教諭は、4月29日の臨時講師が行った生徒への暴力行為を把握し、生徒が脳震盪を起こした可能性が高いことを把握しながら、救急車を呼んだり、医療機関の受診を行わせなかった。 そして同教諭は臨時講師の暴力行為があったこと、生徒が意識を失い、怪我をしたことを把握しながら、5月7日に学校管理職からの聴き取りがあるまでこれらを報告しなかった。このほか、教諭は自らも髪をつかむなどの暴力行為を行っていた。 また、体育科教頭は、4月29日の臨時講師の暴力行為の発覚後、臨時講師と教諭の報告により、暴力行為があったこと、被害生徒が意識を失い、怪我をしたことを把握しながら、桑本廣志校長に対し、暴力行為があったことのみを記載した報告メモを作成し、提出した。 そして職員課の報告書は、同校の桑本廣志校長について、4月24日の野外教室での暴力行為事案、野球部顧問による重大暴力事案が複数発生するなど校長として職員の監督が不十分だったと指摘している他、男子バレーボール部臨時講師の暴力行為発覚後の対応についても不適切と断じた。 ◆ 野球部、延べ25件の暴力と暴言&強制増量 一方、硬式野球部に関しても同日、市教委体罰調査特命担当が報告書を発表。こちらも調査が完了したとして関係教員3名が処分された。 4月に行われた1年生対象の野外教室で野球部顧問を務める教員による暴力行為が明らかになったことから、全校アンケート調査と野球部員の生徒全員にアンケート調査を実施。その結果、野球部のA教諭は16件もの暴力行為を行っていたことが確認された。このほかB講師は9件の暴力行為、C教諭は生徒への暴言をそれぞれ行っていたことが明らかになった。 発表された資料によると、A教諭は今年1月ごろ、野球部生徒の練習への怠惰な取組状況などを指導するため、練習中に生徒を部の倉庫に連れて行き、顔や胸を複数回、強く押したほか、2017年から2019年にかけて部活動において生徒を指導するために、頭や胸を押したり、地面に強く押しつけるなどの行為を10回以上行った。 また、事情聴取において、当初、自身が行った体罰について記憶が無いと述べるなど体罰事案の実態解明に非協力的で不誠実な態度があったという。 また、B講師は4月24日に野外教室で生徒の朝の集会での態度に腹を立て、左頬を10回以上叩く、右手で両頬を掴む、1〜2回蹴る、胸ぐらを掴んで生徒を押し倒し怒鳴りつけるなどの行為をした。さらに、2018年から2019年にかけて、野球部の生徒を指導するために、胸ぐらを掴んで押し倒したり、腹部を蹴るなどの行為を数回行った。 このほか野球部では生徒を指導するために暴言を吐く、生徒の体を大きくする目的で相当な量のご飯を完食することを生徒に課していた。 食べ切れず吐いてしまう生徒がいたほか、食べ終わるまで帰宅できない状況を強いられ、肉体的・精神的に苦痛を訴える生徒が複数いたという。 ◆ 停職、減給…校長含む6名処分の異常事態 男子バレーボール部や硬式野球部での暴力行為の常態化が明らかになったことを受け、市教委は 男子バレーボール部の臨時講師を停職6ヶ月相当(任用期間満了までの73日間の停職)、 同部監督の教諭を減給3ヶ月、 体育科教頭と桑本校長をそれぞれ減給1ヶ月、 野球部のA教諭を減給3ヶ月、 B講師に減給1ヶ月の懲戒処分を行い、 暴言を吐いたC教諭を校長指導とした。 また、市教委は桑本廣志校長を市教委学校教育部参与に、般若利博体育科教頭をスポーツ推進課参事にそれぞれ市教委に異動する人事(7月26日付)を発令した。 市立尼崎高校の新校長には高橋利浩学校教育部長が就任。体育科教頭は普通科教頭が兼任する。 市教委職員課の竹原努課長は、本紙の取材に対し、桑本前校長と般若前教頭の異動について「懲罰的な人事とは考えていない」とコメントし、両氏の更迭を否定した。 竹原課長によると、桑本前校長は「市尼(市立尼崎高校)に限らず、体罰再発防止に参画」する職務を担うほか、般若前教頭は「体育協会であったりとか、そういったところでのスポーツに関する指導策、社会体育と学校教育の連携における体罰防止」について担うという。 ◆ 卒業生が告発 暴力体質は以前からのものか 本紙が接触した同校の卒業生の女性は、10年前の同校でも教員が生徒の耳の鼓膜を破ったり、水を飲ませない等の行為があったと告発した。 女性は「教員が強いというか、口が強いのもありますが、スポーツをしていたら(暴言が)当たり前のようになっていました。」と話していた。 卒業生の証言からも市立尼崎高校の暴力体質は以前から脈々と存在するものである可能性が高い。 同校の新校長はこの暴力体質を根本から破壊する改革を行わなければ、信頼回復は果たせないだろう。 そもそも「体罰」は刑法上の「暴行罪」「傷害罪」に当たる犯罪行為であり、学校教育法上も禁止されている違法行為だ。同校に限らず、全国各地で毎月何度もこういった教員による暴力が明らかになるのは、教員そして学校、教育行政に人権意識というものが全くないことが原因だろう。 「体罰」と称する暴力犯罪をはじめ、教職員の長時間労働問題、部活動やいじめの問題などは、学校教育に関わる人々の人権意識の欠如によって起きている問題だ。一般社会では明らかに違法として糾弾・検挙されるようなことが、学校教育の場では許されるーこのような「悪の治外法権」はもうやめるべきだ。 (取材・文=平松けんじ) 『The Interschool Journal』(2019年08月02日) http://interschooljournal.officeblog.jp/2019archives/190726%E5%B8%82%E7%AB%8B%E5%B0%BC%E5%B4%8E%E9%AB%98%E3%80%80%E6%95%99%E5%93%A1%E3%81%AE%E6%9A%B4%E5%8A%9B%E5%B8%B8%E6%85%8B%E5%8C%96%E3%80%80%EF%BC%97%E4%BA%BA%E5%87%A6%E5%88%86%E3%81%AE%E7%95%B0%E5%B8%B8%E4%BA%8B%E6%85%8B.html |
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2019年08月13日
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◆ 障害のある子と健常児が同じ学校で共に学ぶ
インクルーシブ教育の思い出 (レイバーネット日本) 長谷川 澄(カナダ在住)
![]() *左、車イスのジャン・Pさん(小学5年生当時) 「れいわ新選組」の舩後靖彦氏と木村英子氏の当選を多くの日本の人が歓迎している一方で、“介護人のコストは自分のポケットマネーから頼むよ”と言ういじましいツイートが出たり、“キツイ言い方だが迷惑行為”とまで言う、人間性を疑うツイートに5万もの「いいね」が付いているという記事を読んだ(日刊現代、室井佑月コラム、東京新聞7月30日記事)。 木村英子氏が自分の政策の一つとして、提唱しているインクルーシブ教育を35年も前に目の当たりにした者として、自分の経験を伝えることが、何かの役に立つかも知れないと思い、これを書いている。 カナダの教育制度は、州によって、かなり違うのだが、私のいるケベック州の場合、障害を持つ子どもは、原則的には保護者の希望で、普通学校を選ぶか、障害児のための学校を選ぶかを決めることができる。 35年前に、私の子ども達が小学校に通っていた時にも、既にそうだった。(障害児のための学校にも普通児枠があり、普通児のために、そういう学校を選ぶ保護者も一定数いることを後に知った)。 息子のクラスに筋ジストロフィーの男の子がいて、始めは、何とか自分で歩けたのに、途中から手動の車椅子になり、6年生の頃には電動車椅子になった。ジャン・Pと言うその子の両親は、ずっと同じ学校に通うことを希望したので、学校は、6年間、その子の教室は一階に決め、建物の前後の入り口とトイレを車椅子で入れるように改造した。 女の子のトイレも同じ時に改造した。その頃、用事で学校に行った私が、トイレに入ると、他のトイレが空いているのに、車椅子用のトイレの前には行列ができていたので、笑ってしまった。 ジャン・Pは、少しずつ筋力が弱ってきていても、意気軒高で、電動車椅子になってからは、車椅子の後ろにちょうど子供一人立てる足を置く場所があるので、そこに級友を交代で乗せ、ボタンを押して、かなりのスピードで、校庭を走り回る遊びをしているのを休み時間などに行き合わせると見ることがあった。 ある時は、何か行き違いがあったのか、「それじゃ、お前はもう、車椅子に乗せてやらない」と言っているのを聞いたこともある。体が他の子のようには動かなくても、自分の武器を使って、優位に立とうとする、その逞しさ、したたかさに目を見張る思いだった。 学校に通うのには、車椅子専用のスクールバスが、いくつかの学校をまわって、ジャン・Pたちの送り迎えをしていた。 しかし、遠足やスキー教室の時には、他の子と同じスクールバスに車椅子を乗せ、担任の若い男の先生がジャン・Pを背負って、乗り降りしていた。 「スキー教室で、ジャン・Pは何をするの?」と聞いたら、「橇に乗せて、皆で引っ張って、面白かった!」と息子は言っていた。 ジャン・Pがクラスに居ることで、他の子たちが学んだことは、計り知れないものだった。 夏休みに子どもたちを連れて日本に行った時、息子は、自分の小遣いで、ジャン・Pにだけ、色々買っていたので、「あんたはジャン・Pと一番仲良しだったの?」と聞くと、「そうでもないけれど、他の子は、行きたければ、大人になってから、自分で日本に行けば良いけれど、ジャン・Pは、そうできないかも知れないから」と言っていた。 そんなことは、親には、教えたくても、教えられることではないと思う。 親や先生さえ知らない処で、子どもたちは、大変な事件に行き当たり、子どもたちで何とか解決したりもしているらしいと息子の話から衝撃を受けたこともある。 ジャン・Pは、弁の立つ子だったので、口喧嘩で負けることは殆どなかったけれど、ある時、すんでのことで、殴り合いにもなりかねない状況になり、周りの子たちが喧嘩相手を引き離したところ、悔しかったのか、リュックという、その相手の子が「良いや、どうせお前は、僕より早く死んじゃうんだから」と言ってしまったのだ。それは、皆がうすうす知ってはいても、決して口にしてはいけないことなので、その場は、凍り付いたようになってしまったそうだ。 その時、ウオルターという、ホッケーの練習のために学校をさぼる事が多く、留年もしていて、歳も身体も大きい子が「そりゃリュックは、8月生まれの赤ちゃん(カナダは9月新学期だから、8月生まれが一番年下になる)だから、俺たちよりは、長生きするだろうよ」と言った。その一言で、その場の空気がふっともどり、皆、救われたそうだ。 後で、ジャン・Pの居ない処で、リュックはウオルターに「助けてくれて、ありがとう」と言い、皆もお礼を言ったそうだ。 家で、その話をしてくれた息子は「学校の勉強と頭の良い、悪いは全く関係ないんだね。ウオルターは、クラスで一番頭が良いよ。僕は、頭の中で、リュックのバカ,バカ、バカと思うばかりで、何をすればよいか、見当もつかなかった」と感に堪えたように言っていた。 私も、他の子より年長とは言え、たかが13歳くらいの子がとっさの場合に、そんなことが言えたことに驚愕した。大人の私にも言えたかどうか自信がなかった。 そして、子どもたちが一人の子のとんでもない失言に、皆で凍り付いたようになって心配したり、他の一人の言葉の機転が、その最悪の状況を強引にねじ伏せたりしたことから、どんなに多くを学んだことだろうと、心を打たれた。 ジャン・Pが、クラスにいたことで、子どもたちの得たことは、大人の想像を絶していたと思う。 『レイバーネット日本』(2019-08-05) http://www.labornetjp.org/news/2019/0805hasegawa |

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