今 言論・表現の自由があぶない!

弾圧と戦争が手をつないでやってきた! 即時閣議決定すべきは個人通報制度批准!! ピース9 国連経済社会理事会正式協議資格NGO

■日の丸 君が代関連ニュース

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

 ◆ 校長の「職命命令」はなかった
   〜戒告処分を取り消した大阪高裁の判決を経て、改めて最初に戻って考える
 (グループZAZA)
2019.5.25 井前弘幸(「君が代」不起立戒告処分取り消し共同訴訟 原告)

クリックすると元のサイズで表示します

 2015年の提訴から、7名共同で4年間にわたって闘ってきた「君が代」不起立戒告処分取り消し共同訴訟の控訴審判決が、5月23日に言い渡されました。傍聴支援、集会参加、カンパ等物心両面での多くの皆さまからの支援に、改めて感謝いたします。

 すでに、直後の第1報、翌日朝の速報、弁護団主任の三輪弁護士のブログへの投稿などでご承知のことと思います。
 大阪高裁(第12民事部、石井寛明裁判長)は、校長による「職務命令」がなかったことを事実に基づいて認定し、私(井前)に対する戒告処分を取り消す判決を行いました。


 これは、1審(内藤裕之裁判長)による事実さえねじ曲げた結論ありきのずさんな判決からは大きな前進です。
 しかし、共に闘った仲間6名の処分取り消し請求をすべて棄却し、賠償責任については7名全員の請求を棄却しました。
 そして何より、私たちは、1・2審を通して多くの時間を割いて大阪府「国旗国家条例」「職員基本条例」そのものの違憲・違法性、同条例の下での教育への不当な政治介入としての教育長通達とそれを根拠とした職務命令の違憲・違法性について証拠と論理を積み上げてきました。
 しかし、判決はこれらの争点をまともに判断することを避け、これまでの「最高裁判例」の中に押し込めてただ逃げたと私たちは考えています。

 府教委は私に対する戒告処分取り消し部分を不服として上告してくるのではないかと思います。しかし、控訴審判決は上記の通りであり、7名全員が原審維持のすべてを不服として、最高裁への上告を決めました。
 引き続きのご支援とご協力をお願いいたします。

 ◆ なぜ、2014年に当該校長は「職務命令」の発出を拒否したか

 「大阪維新の会」(当時 橋下徹府知事)は、」2011年6月、「国旗国歌条例」「職員基本条例」を強行し、違反した教職員は処分し3回で免職に追い込むと宣言しました。
 府教委は、2012年1月の校長・准校長およびに各教職員に宛てた「起立・斉唱」を徹底させる通達は、「大阪維新」の政治圧力によるものに他なりません。
 そして、同年3月、当時、府立和泉高(岸和田市)校長で橋下知事の同級生という中原徹氏が卒業式で、教員が歌っているかどうか口の動きを教頭にチェックさせます。橋下知事は、その行為を絶賛し、直後の4月には中原校長を教育長に就任させます。

 中原教育長は、「公務に対する府民の信頼を維持する」と題する通知(2012年9月4日付)を出します。
 そこには、入学式や卒業式での君が代斉唱の際の校長・准校長の職務として、「教職員の起立と斉唱をそれぞれ現認する。目視で教頭や事務長が行う」と明記し、「君が代」を歌っているかどうかの『口元チェック』を命じ、結果を文書で報告するよう全府立学校の校長・准校長に求めました。

 すぐに、通知に対する広範な批判の声があがります。私たちも街頭行動や署名の取り組みを開始し、保護者・市民、教職員組合などが行動に立ち上がりました。マスコミからの避難の声が上がります。
 さらに、中原教育長が教育長の権限を使って「日本軍慰安婦」問題を記述した実教出版の「日本史A」教科書を採択した高校に政治的な圧力をかける行為を行ったことも明らかになります。
 このことは、府議会でも大きな問題となり、陰山教育委員長も中原教育長を強く批判しました。府民による批判や教育庁罷免要求も高まりました。

 このような中、4月4日に私は校長から呼び出されます
 4月3日の府立学校校長会で、中原教育長が「2013年度卒業式での不起立が6校6名という少数になったことから,今後は各校校長のガバナンスにおいて実施するように指示した。」校長は,「現認も校長の裁量に任されると受け取った」と説明しました。いわゆる「口元チェック」指示の通知も撤回されました。
 府民からの批判を受けた教育長がこれまでの強硬な態度を後退させざるを得ない状況に立ち至ったことは間違いありません。校長の認識を支持しました。
 さらに、校長は来る7日の職員会議では,教育長通達と式場の「内」「外」を明示した役割分担書を配布しないこと、「式場内の職員は起立し斉唱すること。これは職務命令であり,これ違反した場合は,職務上の責任を問われます。」などという命令を今回は行わないつもりであると語りました。そして、校長はその通りに実行します。

 「国旗・国歌条例」の真の目的は,「日の丸・君が代」に対して教職員が敬意を表明している姿を生徒に見せることにより、「我が国と郷土を愛する意識」を高揚させることだとしています。教職員が国家・行政による同調圧力になびいたり屈服する姿勢を示すことは,それ自体が,間接的に子どもたちにも同調を迫る行為です。
 ましてや中原教育長のような政治的で権力を笠に着た強引な強制によって、教育現場を踏みにじっていくやり方に対して、怒りを感じない教職員がいるでしょうか。校長もその思いを共有していたと思います。こんなひどい状況を看過して抵抗そのものがなくなるなら,まだ間接的であった子どもたちへの圧力が、直接的で暴力的な強制へとつながって行くことは明らかだと思えたのです。
 もちろん校長は、そこまで語りません。しかし、これ以上の政治の暴力には我慢ならないという思いは私たちと共通していたと思っています。

 ◆ 政権のための政治教育、イデオロギー教育に抗して

 同じ頃、2014年4月の衆議院文部科学委員会で,自民党の義家弘介議員が,東京都立松が谷高校の「政治・経済」の学期末試験で,安倍首相の靖国参拝を報じた毎日新聞の記事を使って意見や説明などを求める出題をしたことを「イデオロギー教育だ」と批判し,下村文科相(当時)が「こういう教育が現在,行われていること自体,ゆゆしき問題だと思う。適切に対応しないといけないと思う。」と答弁しました。都教委や校長に,そして当該の教員に重大な圧力が加えられました。

 5同年秋,中原教育長によるパワハラが、一人の教育委員の勇気ある告発によって明らかにされました。第三者委員会(大阪弁護士会)もその事実を認定しました。
 陰山教育委員長(当時)も府教委事務局員に対する「戦慄すべき」パワハラ、橋下徹大阪市長の率いる「大阪維新の会」の政治目的を達するための職権濫用を批判し,大阪府知事及び府議会による罷免決定を呼びかけるに至りました。結果,大阪維新の会を除くすべての会派による教育長罷免要求決議案が府議会に提出され,中原氏は辞任に追い込まれました。
 ここに至るまでの数年間に,いったいどれほどの理不尽が強いられてきたでしょうか。それでも、当時の橋下徹大阪市長も松井大阪府知事も、中原徹氏を擁護し続け、パワハラされた職員の方を攻撃していたのです。

 また,2016年の参院選後,自民党は党のホームページ(HP)に特設サイトを設け,「政治的に中立ではない」と思う教員の指導や授業があれば,学校・教員名,授業内容などを党に送信するよう呼びかけました。
 一方では,いわゆる「森友問題」の中で浮上した幼稚園や学校で「教育勅語」を教え込む教育の容認を閣議決定し,「教育勅語」の無効と排除を決定した国会決議を事実上反故にする決定を行いました。

 私たちは、黙るわけにはいかないのです。

『グループZAZA』(2019-5-26)
https://blog.goo.ne.jp/zaza0924/e/a36355d835c96174ea6baf20b9832d45



 ◆ 井前さん戒告処分取り消し・報告とお礼 (グループZAZA)
間苧谷 学(「井前処分を撤回させる会」事務局)

 5月23日、「君が代」戒告処分共同提訴大阪高裁判決での、井前処分取り消しの報告とお礼が今になったことをまずお詫びし、簡単ではありますが、以下を事務局を代表しての、とりあえずの報告とお礼に代えさせていただきます。

●     ●     ●     ●     ●

 既にマスコミ報道や、辻谷さんからの一報でご存じの方も多いと思いますが、上記判決にて井前さんに対する戒告処分が取り消されました。これも皆様の日頃からのご支援と、裁判闘争をはじめとするご支援のたまものと感謝しております。

 裁判長は、一審における証人の証言を再度精査し、校長からの「職務命令」はなかったとの結論を得、処分の構成要件である職務命令の一部が欠けているとの判断で処分を取り消しました。


 この結論はかねてより私たちが主張していたところであり、一審の内藤裁判長による予断と偏見に満ちた判決を乗り越えたものとして一定の評価はできるものと思います。
 また、一審の校長証言からは、教育現場において、命令づくの「教育」がはたして良いものかと苦悩する教職員が、管理職の中にも存在することが浮き彫りにされました。

 しかし、問題は残り6名の方の訴えが棄却されたことであり、また7名の控訴人がかねてから主張している教育長通達の違憲性、違法性、またその根拠となっている、大阪府「国旗国歌」条例や職員基本条例の違憲性、違法性、一言で言えば大阪の教育現場が維新によって置かれた特異性について、裁判所は何らの憲法判断も加えようとせず、相変わらず逃げ回っていることです。

 この事態に対し、6名の方は最高裁に上告して闘い抜く決意を固めています。井前さんもその闘いに合流することを決意しています。

 私たち「井前処分を撤回させる会」も、この裁判の勝利に向け、府教委に対する闘いも合わせて、できる限りの支援を今後も続けていくつもりです。

 皆様のいつに変わらぬご支援・ご協力を今後もお願いする次第です。

以上

2019年5月25日 「井前処分を撤回させる会」事務局 間苧谷 学

『グループZAZA』(2019-5-265)
https://blog.goo.ne.jp/zaza0924



 ◆ 大阪市学テ結果で校長・教員評価を行う新人事評価制度の試行案作成過程の問題点
   メールで明らかとなった吉村市長(当時)・大森特別顧問による市教委への露骨な介入

   (子どもをチストで追いつめるな!市民の会 伊賀)


 5月8日、子どもをチストで追いつめるな!市民の会では、学力テスト結果を校長・教員評価反映方針を巡って大森顧問と吉村市長大森顧問と教育長大森顧問と市教委事務局メールでのやり取りを情報開示することができました。

 非公開部分が多くありますが、公開された部分だけからも、大森不二雄特別顧問がたんに顧問というだけではなく、吉村市長(当時)と一体となって、教育長をはじめ市教委に露骨に指示をだしていたことがよくわかります。

 今回の学テ・給与反映方針が、吉村市長と大森顧問によって教育委員会の独立性を定める教育委員会制度を完全に乗り越えた政治介入によって推し進められようとしていることが明らかです。


 以下、私たちが入手した資料を元にして、吉村市長・大森顧問が市教委をどのように牛耳ってきたか、明らかにしたいと思います。

 (1) 学テ・給与反映方針は、大森顧問が吉村市長と相談して原案をまとめていることが明確になっています。

 8月2日、吉村市長(当時)は、「大阪市の全国学テ結果は政令指定市最下位」を煽り、学テ・給与反映方針を示しました。8月15日には大森顧問が吉村市長と面談し、既に「試案」を示しています。
 翌日の8月16日、大森顧問は市教委に「市長は基本的に了承されたと受け止めています」と付して「試案」を送ってます。その後、吉村市長は中室牧子准教授(教育経済学者)と面談したりメールのやり取りを行っています。
 それを踏まえて8月25日から27日まで吉村市長と大森顧問が何度もメールのやり取りをし、27日には大森顧問の「最新案」が市教委に送られています。
 8月21日、大阪市教育委員会議で学テ・給与反映方針が非公開で審議されていますが、議論は「課題の整理」にとどまり、具体的な制度については何ら議論されませんでした。
 9月14日の総合教育会議で大森顧問が新方針を提案しますが、完全に吉村市長・大森顧問主導で、市教委はそれに従うだけの存在となっています。

 (2) 市教委は、総合教育会議での大森提案に沿って、具体的な制度設計を任されていきます。
 12月18日、大森顧問は「事務局素案にはがっかりしました。9月の総合教育会議の議論をひっくり返すものとしか、言いようがありません。」と市教委にメールしています。大森顧問の思い通りの案ではなかったのでしょう。
 すぐさま、吉村市長と大森顧問は、事務局案に対して巻き返しを図っていきます。12月28日、吉村市長は市教委から「市長レク」を受け、その後、大森顧問と「メール協議」を重ねています。
 1月4日、大森顧問は山本教育長に「年末に市長とメール協議を重ねた結果、添付ファイルの方針(案)で進めてほしいとのご指示を頂きました。」と新たな方針案をメールで示しています。
 1月20日、山本教育長は、大森顧問に対して「事務局としては教育委員の意見も取り込みながらご相談しているものですが、あくまでも顧問、市長のお考えを伺って判断することになると思います。」とメールし、市長新方針にそって1月29日の総合教育会議での事務局案を修正することになったのです。

 (3) 今回、吉村市長と大森顧問とのメールのやり取りを大阪市秘書課に情報公開請求しましたが、「不存在」決定が来ました。「不存在」の理由は「メールが実際に存在しないため」となっています。
 しかし、大阪市教委総務課に大森顧問と市教委とのメールのやり取りを情報公開請求したことろ、大森顧問から市教委へのメールの中に「吉村市長へメールさしあげました」、「25日〜27日の市長とのメールやり取り」等、両者のメールのやり取りがはっきりと記載されています。これは明らかに矛盾した内容となっています。

 (4) 8月28日の大森顧問から川本教育政策課長へのメールには、「大阪市の小・中学校は、新年度早々4月に全国学テの直前対策をやっているのでしょうか?全国的には、直前対策は常識になっています。」とあります。
 特別顧問が全国学テの直前対策を迫っており、これは全国学テの趣旨を逸脱するものとなっています。

 *大森顧問と山本教育長のメールのやり取り
https://www.data-box.jp/pdir/b75eecb593454939818229be639a9d7d

 *大森顧問と大阪市教委事務局とのメールのやり取り
https://www.data-box.jp/pdir/87037eefeeb640c08394d429368c31d1


  
 ◆ 本質隠しが進む時代の「日の丸・君が代」と天皇制 (リベルテ55号から)
東京「君が代」裁判元原告 吉野典子

 ◆ 巧妙な本質隠し
 「“記者クラブ美しき調和旨とせよ”ってことか」と、皮肉りたくなる新元号。お祭り騒ぎを批判する論者の矛先は、目立ちたがり屋の総理と横並びのマスコミ、簡単に乗せられる大衆に向かい、大元にある天皇制には決して向かわない。
 新聞は「元号は皇帝が時を支配するとした中国の思想に倣ったもの」と解説するが、その一方で、目本の伝統と位置づけて、代替わりに国民が振り回され不便を忍ばなければならない不合理には目を瞑る。

 元号だけでなく国旗国歌も、本質がどんどん見えにくくされている。中学校学習指導要領(公民)の内容の取扱いには「『国家間の相互の主権の尊重と協力』との関連で、国旗及び国歌の意義並びにそれらを相互に尊重することが国際的な儀礼であることの理解を通して、それらを尊重する態度を養うように配慮すること」とある。


 教科書は主権・独立・歴史や文化・国民の理想等の言葉を並べ、「君が代」は日本国の繁栄と平和を願う歌だと説明する。
 日本文教出版の道徳(小6)は、前回の東京オリンピツク大会でアイルランド国旗の緑色を何度も染め直し、開会10日前にようやく完成する「プロジェクトX」もどきの話を載せている。担当していた大学生吹浦さんはアイルランドの歴史や風土を学び直し「昔から自然の豊かなこの地に暮らす人たちの伝統やほこりを表・す色なんだ」と気づき、やや青みがかつた緑に染めて、ようやく「この緑こそ、私たちの国の色です」という返事を貰う。
 育鵬社や自由社のような極端な教科書でなくても、国旗国歌を素直に受容する子どもたちが育っていくはずだ。

 ◆ 国民こぞって敬愛!?

 私たちが起立斉唱を拒む理由は様々だが、侵略戦争と天皇制に対する痛恨の思いは、多くの原告・支援者に共通している。しかし、これも年々理解されにくくなっているのではないか。
 小中学校の教科書で、戦争と「日の丸」が結びつく教材を捜すと、三国同盟締結・学徒出陣壮行会・集団疎開児童歓迎の場面に「日の丸」があるが、小さなモノクロ写真で印象は薄い。
 学び舎の歴史教科書で、「江華島付近の砲台を攻撃する日本軍」の絵の中の「日の丸」、愛国いろはがるたの「キミガヨウタフアサノガクカウ」という文宇と校舎に揚がった「日の丸」の絵をようやく見つけた。

 小学校学習指導要領解説(6年社会)は「…天皇が国民に敬愛されてきたことを理解できるようにすることも大切である。…理解と敬愛の念を深めるようにする必要がある」と述べている。また、退位等の特例法(2017年)では、国民は天皇を深く敬愛し、天皇の気持ちを理解し共感していることになっている。国民の内心を決めつけて法律に書き込んでしまうのだから恐ろしい。
 「象徴のあり方を天皇が考えて変えるなんて、それって解釈改憲でしょ!」と、前年8月のビデオ・メッセージに憤慨した私は、もはや国民ではないのか。
 NHKが5年ごとに行う日本本人の意識調査でも私は居場所がない。
 昭和天皇の晩年には無関心が40%台後半で一番多く、好感は20%台前半だったが、2000年代には無関心が30%台になり、昨年は22%に減る。逆に好感や尊敬が増えて、昨年は尊敬(41%)が好感(36%)を抜いている。
 反感はずっと2%だったが1998年から1%、昨年は遂に0%になった。

 ◆ 「平成流」の受益者は誰か

 膝をついて被災者に話しかける「平成流」がもてはやされ、小6社会の教科書では全社が写真を載せている。昭和の戦争・沖縄・震災を繰り返し語る姿勢に、安倍政権への批判を読み取ろうとする人もいる。しかし、天皇の政治的発言に甘くなってしまうのは危険だ。政権に対抗的な内容だからといって憲法の縛りを緩めたら、政権寄りの発言も止めることができなくなる。
 しかし、報道は礼賛一色。天皇と沖縄の関係を報じる時、1975年の火炎瓶投擲の映像は使っても、米軍による長期占領を希望した昭和天皇の沖縄メッセージ(1947年)には触れない。これでは、「沖縄に心を寄せる」と言わなければならない天皇側の事情は伝わらない。
 敗戦による天皇制の危機を体験し、皇太子として再建に尽力してきた明仁天皇は、象徴天皇制を国民に受容させ永続させることを最大の使命と考えているはずだ。そのため、象徴天皇こそが近世まで続いた天皇本来の姿だと強調し、伝統や文化を装うことで政治的な議論から身をかわした。
 公的行為を拡大するのは「受動的・形式的な象徴では国民から忘れられてしまう。能動的・積極的に国民を統合して存在感を高めなければ、天皇制の将来が危うい」と焦っているからだろう。「平成流」の一番の受益者は他ならぬ天皇と天皇制だ。

 ◆ 代替わりを好機にできるか

 憲法学者の蟻川恒正氏は、2017年4月20日の朝日新聞「憲法季評」で、「やはり真実に生きるということができる社会をみんなで作っていきたいものだと思いました」「今後の日本が、自分が正しくあることができる社会になっていく、そうなればと思っています」という天皇の言葉(2013年10月、熊本県水俣市で水俣病患者から話しを聞いた後の発言)を取り上げた。
 題して「真実に生きる自らの言葉と歩む天皇」。天皇は、あるべき自分の生き方に忠実に生きることを全ての個人に励まし、それができる社会へと向かう努力を自他に求めたというのだ。
 しかし待ってほしい。天皇は、個人の尊厳を土台とする日本国憲法に、日本の支配層とGHQが同床異夢の合作で無理にねじ込んだ特権的身分ではないか。神武から125代という虚構の上に立ち、昭和天皇を平和主義者と言うことしかできない。仮に1人の人間としては誠実で善良であったとしても、天皇という存在は「真実に生きる」「正しくある」ことから最も遠い所にあるのではないか。皇室制度の中にいる限り、退位してもそれは変わらない。
 新天皇皇后は「偉大な」父や姑と比較される損な立場だ。NHKの日本人の意識調査は4年後だが、尊敬がこのまま増えていくとは思えない。経済格差や社会の分断がさらに進めば、天皇による「癒し」では治まらないし、国籍や宗教、家族観などが多様化すれば、宮中祭祀を司る一族の長が、日本国と日本国民統合の象徴であることの不思議さが際立つ。跡継ぎ問題も含めて、天皇制は再び危機を迎えることが予想される。

 在位30年を祝う記念式典で、天皇は象徴の務めを果たすことが出来たのは「その統合の象徴であることに、誇りと喜びを持つことのできるこの国の人々の存在と、…この国の持つ民度のお陰」と述べた。天皇の鶴の一声で特例法が成立するのだから、天皇にとっては丁度良い民度で、今後の危機も、国民の感情を動員して乗り切れると考えているのだろう。
 原武史氏は近著「平成の終焉」で坂口安吾の「天皇陛下にさゝぐる言葉」を引用している。71年前の作品だが、安吾が思い描く「人間の真の復興」は実現していないし、今回の天皇報道の洪水で、益々遠のく心配さえある。しかし敢えて楽天的に言えば、天皇への関心が高い今こそ議論を始める好機だ。明仁天皇の後継者たちが抱えている問題は、天皇制の非人間性や不合理に起因するのだから、議論の材料は豊富だ。
 一方、国旗国歌は話題になること自体が少ない。場面に応じて違う顔を見せるため、私たちが何と闘っているのか理解されないこともある。見えにくい相手をどう可視化するかは、切実な課題だ。そこで再び敢えて楽天的に言えば、代替わりを好機と考えることはできないだろうか。
 天皇制は「実質のないところに架空な威厳をあみだ」す(坂口安吾前掲作品)仕掛けに支えられている。国旗国歌もその仕掛けの一つだということが、代替わりの中で見えやすくなるのではないか。
 代替わりを好機にするというのは自らを励ますための大言壮語だが、人々の間に何か小さな「気づき」が生まれることは、本気で期待している。

『東京・教育の自由裁判をすすめる会ニュース(リベルテ) 55号』(2019年4月27日)


 
 ◆ 学校に日の丸 何のため?
   令和初日10連休の中…閣議決定受け
 (東京新聞【ニュースの追跡】)


 令和が始まった一日、各地の学校で祝意を表す「日の丸」が掲揚された。国旗掲揚を促す政府の閣議決定を受けての実施だ。「改元に乗じてナショナリズムを押しつけるのか」と警戒する見方がある一方、連休中で人けがない学校に旗だけが揚がる光景に「何のため?」と疑問の声も上がった。(佐藤直子)

 ◆ 文科省「あくまでお願い」
 「前の天皇ご自身は被災地訪問や戦没者の慰霊の旅を続けられ一生懸命だったと思う。けれど、即位に学校が日の丸を掲揚して祝意を示すのは、教育機関を通じて国家を敬えと、子どもに対して押しつけることにならないでしょうか」
 宮城県の五十代女性教師は問い掛ける。勤め先の学校は十連休の間は完全施錠となるはずだったが、国旗掲揚作業などのために職員が出勤した。


 政府は四月、明仁天皇(当時)の退位と徳仁天皇の即位に際し、地方公共団体や学校などに対し、国旗掲揚を求める閣議決定をした。

 文部科学省は同月に二度、都道府県教育委員会を通じて、市町村教育委員会や学校などに通知した。
 二日付「御即位当日における祝意奉表について」は事務次官名で十四の宛先が並ぶ。
 二十二日付の「天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位に際しての学校における児童生徒への指導について」では、「国民こぞって祝意を表する意義について、児童生徒に理解させるようにすることが適当と思われます」と要請している。

 同省教育課程課の名子学課長補佐は「代替わりに祝意を示す閣議決定を受けて通知した。あくまでお願いで強制はしていない」と話す。
 しかし、こうした説明には疑問の声が上がる。

 ◆ ナショナリズム高揚に利用懸念も

 全国の公立小中高校では、一九八九年の学習指導要領改定に基づき、卒業式や入学式の場で国旗掲揚や国歌斉唱を実施している。
 これは、教育機関を通じて子どもたちの内心の自由に踏み込むものだと批判を浴びてきた。

 大阪府の高校教員、増田俊道さん(57)は「誰もいない学校での掲揚は誰のためかと思う。三十年前の平成の代替わりでは感じなかった危険な祝賀ムードを感じた」という。
 大阪府の公立学校では橋下徹府知事時代の二〇一一年に国旗国歌条例が定められて以来、国旗は常時掲揚されてきた。増田さんの勤務校でも屋上のポールに掲揚したままだ。
 「平成の代替わりのときには喪中を示す半旗を掲げる、掲げないで教育委員会と攻防があったが、今回は日の丸に慣らされていました」という。
 増田さんの勤務校では四月下旬、教室に一枚の通知が張り出された。「天皇陛下のこ退位と皇太子殿下のご即位が同時に行われ、私たちにとってまさに平成から令和への大きな時代の幕開けが訪れる時期になります」と記されていた。「子どもたちが読んでどう思うのか」と心配になった。
 全国的な状況は把握されていないが、宮城のほか、東京京都沖縄などでも五月一日に日の丸が掲揚された。

 琉球大学非常勤講師の宮城晴美さん(沖縄戦研究)は「天皇自身は政治的発言はできないが、政治の側が新元号フィーバーに乗じて、日の丸や君が代を国威発揚に利用しょうとしているのを感じる」と指摘する。
 「日の丸は他国にとっては先の戦争のシンボル。日本軍の兵士は日の丸を抱えて出征した。その歴史や旗や歌の意味、役割の検証は昭和も平成も十分にされてこなかった。再びナショナリズムの高揚に利用されるのは危ない」

『東京新聞』(2019年5月9日)



.
人権NGO言論・表現の自由を守る会
人権NGO言論・表現の自由を守る会
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事