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  =総特集:最賃運動再入門 (労働情報)=
 ◆ 審議会に当事者の参加を
   ユニオンみえ副委員長 柴田天津雄


 ユニオンみえ(三重一般労働組合)は組合の最重要課題の一つとして、「最低賃金を1500円に、今すぐ1000円に!」を掲げてたたかっています。
 この課題に向けては、まず第1に現状の最低賃金が安すぎることを訴え、最賃を早急に引き上げるよう世論をもりあげることが重要だと思います。
 三重県の最賃は現在、時給820円です。
 コンビニや飲食店でのパートやアルバイトの募集は最賃ギリギリで行われています。
 正規社員でも、たとえばタクシー運転手は毎月の売り上げの下限額が決められていて、その額まで達しない場合は「足切り」といわれて、最賃の時給額で計算された給料しか支払われない制度をとっているところがあります。
 最賃はわたしたちの生活に深く関わっています


 ユニオンみえは毎年、春闘時期に街頭に出て、「あなたは最低賃金で生活できますか?」キャンペーンを行っています。
 街頭アンケートでは時給1500円以上が多数で、少なくても1000円以上を望む人が圧倒的多数を占めています。
 最賃引き上げキャンペーンで世論を盛り上げることが大きな力をもってくると思います。

 もう一つは、地方最低賃金審議会をオープンにすることです。
 三重県の地方最賃審議会は今年も昨年とほぼ同じメンバーで開催されています。
 労働側委員をとってみると県内の大手の労働組合や連合三重の役員が顔をそろえています。とても時給820円で計算された給料で生活している人たちとは思えません。
 労働側委員は当事者代表として審議会に参加しているわけですが、最低賃金にはりついて働いている人の感情や生活感覚を反映している人たちとも思えません。
 審議会は毎回、10名程度の傍聴人を認めていますが、これも人数制限があって形だけのものになってしまっています。

 しかも、三重県では地方最賃を実質的に審議し、決定する専門部会は非公開で、密室で行われることが慣例になっています。
 公開すると専門委員の「自由な発言」ができなくなる可能性があるから、なのだそうです。
 三重県では、実質的な地方最賃の審議、決定をする専門部会をオープンにさせることが当面、必要な課題です。
 誰がどう発言して、地方最賃の額が決定したのか、わたしたちの目の前でやらせなければなりません。非公開にする理由はまったくありません

 課題は次々とあります。
 地方審議会の審議全体をすべての希望する人びとにオープンにすることです。最賃にかかわって働き、生活している人びとが多数いるのですから、その人たちの目の前で審議し、決定するのは当然のことです。
 さらには、労働側委員本当に最低賃金やそれに近いところで働き、生活している人たちを代表する委員が担うことが必要です。
 いまはほとんど形だけの地方最賃審議会になっています。わたしたちのたたかいによって、本当に必要な最低賃金が審議され、決定される審議会に変えていくことが求められていると思います。

『労働情報 No.974』(2018.10)

  =総特集:最賃運動再入門 (労働情報)=
 ◆ いまこそ学ぼう!Q&A最賃再入門


 <1.最低賃金の基本>

 Q1:最低賃金とは?
 「これ未満の賃金で働かせてはいけない」とする強制力をもった国の法律・制度。つまり「最低賃金制」のことであり、社会政策の一つといえます。

 Q2:その目的は?
 第一義的な目的は、低賃金労働者の保護(日本の最低賃金法にある公正競争の確保や健全な経済発展などは派生的なもの)。留意すべきなのは、最低賃金制の対象について、1928年のILO第26号条約では「賃金が例外的に低い労働者」とされていたが、1970年の第131号条約では、「雇用条件に照らして対象とすることが適当である労働者すべて」とされています。


 Q3:その水準の考え方は?
 日本の最低賃金法は、決定要素として、①労働者の生計費、②類似労働者の賃金、③通常の事業の支払い能力を掲げてきましたが、07年改正で生活保護給付水準が新たに追加されました。
 ILOの報告書(1928年、58年)でも同様の項目があげられていますが、先のILOの第131号条約は、考慮すべき要素として「労働者及びその家族の生計費」「国内の賃金の一般的水準」をあげています。日本の最低賃金は、この基準からすると大きく立ち後れているといえます。

 Q4:最低賃金制は賃金決定への国の介入なのでは?
 一般的にいって、社会政策は、資本制社会が危機に直面した時に発動されるものですが、ここで重要なのは、自由主義経済下においても、賃金は労使の集団取引=団体交渉で決定されるという原則の確認です。
 この原則からすると、最低賃金制は団体交渉を補完するものとして位置づけられ、国が一方的に決めるものではないということになります。

 Q5:最低賃金の決定方法は?
 国によって異なり、いくつかのパターンがあります。
 ①賃金委員会
 イギリスなど多くの国で行われている方式で、労使同数の委員と若干の中立委員で構成され、その勧告にもとついて政府が決定します。
 ②法定最低賃金
 アメリカでは、連邦法によって画一的に賃金率が決定されます。これをベースに、さらに州ごとに決定することもできます。
 ③協約の一般的適用
 フランスでは、団体協約法により、協約に一般的拘束力を付与しており、労使協議の結果が全体に波及します。
 これらのほか、オーストラリアで行われている仲裁裁定によって決定されるところもあります。

 <2 日本の最低賃金>

 Q6:日本の最低賃金の種類は?
 日本の現行の最低賃金には、
 ①すべての労働者を対象としたセイフティネットとして都道府県ごとに定める地域別最賃と、
 ②基幹的労働者を対象に公正競争の実現のために産業ごとに設定することができる特定最賃
 二種類があります。

 Q7:決定方法は?
 日本では審議会方式をとっているのが特徴で、中央、地方の審議会ともに公労使同数の委員で構成されています(この点は議長役の中立委員が若干名にとどまるイギリスの委員会とは異なります)。
 ①地域別最賃は、中央の審議会で、4ランクごとの地域最賃の「目安」を示し、それを受けて地域の審議会で当該地域の最賃額を決定します(目安プラス1円など)。
 ②特定最賃は、地域の審議会において、労使いずれかの申し出を受けて、金額設定・改定の必要性が全会一致で認められれば、その具体的な金額を決定します。

 Q8:現行制度の問題点は?
 ①セイフティネットとして位置づけられている地域最賃の水準は、国際的に比較しても低く最賃法にある「労働者の生活の安定」の役割を果たせていません、また、地域間格差は広がる傾向にあります。
 ②一方、地域最賃より高く設定されてきた特定最賃は、この間引き上げられてきた地域最賃に追い抜かれるケースが続出し、その存在意義が問われる事態になっています。
 これらの問題点は、日本の最低賃金制の特殊な成立事情から来ています。

 Q9:日本の最賃制度はいつできたの?
 最低賃金法は1959年に制定されました。それ以前にも試みはありましたが実現に至らず、当時の海外からのソーシャルダンピング(賃金抑制による輸出拡大)という批判への対応として慌ただしく法制定を余儀なくされました。
 そこで考えられたのが、その頃始まっていた中卒初任給について経営者の間で取り決めていた協定(業者間協定)を最低賃金に仕立て上げることでした。
 つまり、①低賃金労働者の保護という趣旨は置き去りにされ、②その水準は余りにも低く、③労働者が関与しない、という意味で、本来の最低賃金制とはかけ離れたものとして出発したわけです。

 Q10:審議会方式への移行はいつから?
 1968年の法改正によって、業者間協定方式は廃止され、それまでほとんど実績のなかった審議会方式による産業別、地域別最賃の設定(第16条)に移行していくことになり、労働省は年次計画を策定してその拡大に取り組みました。
 しかし、協約による地域別最賃の設定(第11条)は、労働組合の組織率の低さもあり、その後においても例外的にしか実現していません(広島と滋賀の塗料)。
 なお、制度上は労基法第18条の活用による拡張適用も可能ですが、要件が厳しく、これも例外的なものにとどまっています。

 Q11:当初の産業別最低賃金とは?
 68年改正を受けてまず動き出したのが、各都道府県における産業別最低賃金の設定でした。当時の産別最賃は「大括り」最賃とも呼ばれ、かなり幅広い産業で一括して設定されていきました。
 金額は、業者間協定を引き継ぐものではなく、各業種の賃金実態を踏まえて独自に決められました。
 ただし、これらがすべての労働者をカバーするものではなかったことから、地域別最低賃金の必要性が課題となっていきました。

 Q12:地域最賃の「目安」設定はいつから?
 68年法改正を受けて、労働省(現・厚生労働省)は各都道府県における地域最賃の設定を促しましたが、その水準の多くは中卒初任給を下回るものでした。
 その後、前述の年次計画で定着が進み、最賃審議会は77年に最終報告をとりまとめ、中小企業賃上げ状況や労働省による賃金実態調査(30人未満)にもとづいた「目安」制度を提起。
 その後、中央の審議会で、全国を4つのランクに分けた上で「引き上げ額」を示し、それを受けて各都道府県の審議会で上積みが可能となる方式が定着していきます。
 こうした決定方法に大きな変化が起こるのは、2007年のことです。

 Q13:07年以前の地域最賃決定方法の問題点は?
 第一に、最低賃金について、本来どの水準であるべきか、という根本的な問題が議論されずにきたということです。業者間協定の追認として始まった制度が審議会方式に移行してもこの議論は行われず、低い水準が継承されてしまいました。目安制度の下では、「いくら引き上げるか」の引き上げ額だけが議論されてきました。
 第二には、審議会方式といっても、実際のとりまとめは「公益委員見解」であり、しかも、その引き上げ額は、小規模企業における一般労働者とパート労働者を合算した賃金改定状況調査(「第4表」)の数字をもとにほぼ自動的に決められてきました。
 審議会は、行政から諮問されたことを審議するため、日本の最賃は低いということが明らかでも、なかなか議論の土俵は変わらなかったわけです。

 Q14:労働組合の対応は?
 最低賃金制に対する要求は、1920年の第一回メーデーでも掲げられていましたが、具体的な取り組みには至りませんでした。
 戦後には、総評の賃金綱領(1953年)における8000円という金額の提示、1963年の最賃共闘連絡会議の設置、1975年の労働4団体による全国一律最賃の要求とスト設定(結果的に中止)などの取り組みが行われてきました。
 しかし、総じて、最低賃金のあり方についての基本的考え方は示されずに推移し、中央・地方の最賃専門家たちによる審議会対策が中心で、なかなか全体の運動には広がりませんでした。
 この背景には、労働組合が正社員を中心に企業別に組織されてきたことがあり、この問題は今日にも及んでいます。

 Q15:地域最賃の低さは問題にならなかった?
 高度成長期に初任給は上昇を続けたため、最賃制が初任給に影響を与えるということはありませんでした。
 最賃制は、そこから取り残された中高年女性、そしてパート・アルバイト賃金の最低ラインを規制するものとして機能してきました。
 しかし、多くのシングルマザーが存在していたとはいえ、パート・アルバイトの多くは扶養されていて、低賃金市場から抜け出すことも可能だったため、最低賃金引き上げの声は大きくなりませんでした。つまり、低水準でもとくに問題はない、とされる状況が続いてきたといえます。

 Q16:新産業別最低賃金とは?
 地域別最賃が定着していくに伴って問題となったのが、決定方法も内容も大きく変わらない産業別最賃との役割の違いでした。
 そこで中央最賃審議会は長い時間をかけて議論を続けた結果、産業別最賃を廃止し新産業別最賃の創設を決定します。
 それまでの産業別最賃との大きな違いは、①小括りの産業において、②一般労働者ではなく基幹的労働者を対象としたことで、それによって企業間の公正競争の実現をめざすものとされました。
 ここでいう基幹的労働者とは、18歳未満と65歳以上の者、清掃・片付けの業務、技能習得中の者、産業固有の軽易業務を除く者とされ、セイフティネットとしての地域最賃より高い金額が想定されました。
 決定方式は[Q7]のとおりですが、労働者または使用者の申請によるという点では、労使の自主性がより明確な仕組みといえます。

 Q17:新産業別最賃の広がりは?
 新産別最賃の設定は、金属産業を中心に、流通、サービスなどの関係労使によって熱心に取り組まれましたが、現時点でも約300万人超をカバーするにとどまっています
 その背景には、申請要件の一つである企業内最賃協定の取り組みが大幅に遅れていることがあります。
 金額は、地域最賃を十数%上回る水準で設定されたところが多く、実際には、一般とは異なる当該産業に特有のパート労働者の賃金を規制するものとして機能してきました。

 (続)



  =現地富山県滑川市からのレポート=
 ◆ 「米をよそにやらないで」漁師の女房達
   〜社会運動と民主主義が拡がる
 (週刊新社会)


 「女一揆米騒動から100年」が、今年だ。
 1918(大正7)年7月22日、富山県漁津の漁師の女房たちの井戸端会議での話し合いから、天井知らずの米の暴騰への不満が陳情行動へと駆り立てた。働いても働いても喰えない現実の生活へのいらだちと怒りであった。
 米騒動の背景には、第一次世界大戦、ロシア革命に干渉するシベリア出兵を日本は連合国と実行、そこで、米価高騰を期待して米穀大商人の投機的買い占めで米価は暴騰した。漁民の玄房、農民、労働者たちが立ち上がり米騒動は全国へと飛び火していく。

 ◆ 米価の騰貴の事情
   第一次世界大戦、ロシア革命に干渉するシペリア出兵

 第一次世界大戦に日本は連合国側で参戦、これが国内にリベラルな風潮を与える一因となり、日本資本主義は未曽有の好況を経験した。


 日本は戦禍を受けず軍需・民需品の受注で工業生産が進み、戦前と逆に工業生産額が農業生産額をはるかに凌ぎ日本経済に多額の利益をもたらし、成金が輩出した。
 しかし国民大衆は物価高騰、とくに米価高騰で貧しい生活を強いられた。
 1918年8月2日寺内内閣はロシア革命に干渉すべくシベリア出兵を決定、米価高騰を見越した米穀大商人の投機的買い占めで米価がいち早く一石40円(1升40銭)以上に高騰し、北海道・樺太の商人の米の買い占めで富山県内の港から大量の米の積み出しにより、米価は天井知らずの暴騰を示した。

 ◆ 富山魚津で米騒動始まる
   マスコミの果たした役割も大きい

 主食の米価が上がったらたまらない。富山の漁村の主婦たちが立ち上がり、遂に米騒動が勃発。「越中の女一揆」として新聞に載った。
 7月18日頃毎夜、魚津の漁民の主婦たちが、「米をよそにやるから高くなる。ジョーキに米を積ませんようせんまいけ」と話し合い、米騒動の火ぶたを切る。
 23日朝、北海道に米を移出するため沖合に来ていた船に米を積ませない請願に漁民の主婦たち46人が海岸に集まったが、いち早く察知した警官が解散させる。
 退散後、漁民の主婦たちは米運びの仲仕たちに、「あんたらが米を積みだすから高くなる。どうしてくれんがいね」と泣き罵る作戦に出た。
 さらに魚津町の米穀商店を訪れ、「米をよそにやらないで」と懇願した。

 この経緯を『富山日報』『北陸タイムス』が報道、全国に配信された。
 7月27、28日東岩瀬町(現富山市)、8月2日泊町(現朝日町)で婦女たちが救助哀願を協議した。高岡市でも米を大量に保有する個人宅に米小売業者が米の売渡を迫るが物別れとなる。
 3日、西水橋町(現富山市)で漁師町一帯の主婦170余名が海岸に集合、4日東水橋町(現富山市)で漁師町一帯の主婦170余名が海岸に集まり、米屋や米所有の有志宅を訪ね窮状を訴え救助を請願したが、警察官が解散させた。
 当時の『高岡新報』、『北国新聞』、それを受けた「県外紙」に見られる新聞報道には「一部に過激と誇張が見受けられる」と記録されている。

 ◆ 滑川で米騒動、2000名超と大規模化
 夏8月滑川,1月に1升24銭の米が6月に30銭となり、生活を切り詰め藤表など内職で頑張ってきた町民たちの生活はついに限度に達した。
 当時日給(10時間労働)は、男50〜70銭、女20〜30銭で、女が一日働いても米1升が買えない。
 7月、8月は鍋割月と言われる不漁の生活難の時期で、夫を出稼ぎに出しその日暮らしの漁民主婦たちはついにたまりかね、8月5日より米商人宅に出かけ米の移出中止と廉売を要求し、これに一般町民も参加しだした。
 6日役場に押し掛け、一方で米の船積みを阻み、夜は金川宗左衛門商店へ2000名近くの町民が押し掛け、郡長の説得演説もヤジで中止となった。
 7日町会が救済を決議。夜、金川商店に集まった町民たちの主たるものに警察は白チョークをつけリストを作った。
 8日米の船積みは阻止されたが、滑川警察署はリストの者22名を逮捕留置した。
 夕方警察本部長が応援巡査を引き連れ来滑し、総勢50余名の巡査を要所につけた。
 当夜警察へも1000名を超す町民が釈放を求め押し掛け、翌日留置者は釈放された。
 10日から10月15日まで内外米廉売救済が始まり、断続的に翌年3月まで救済が行われた。
 この資金には町内有志寄付金及び恩賜金、全国篤志者寄付分配金が充てられた(参考『滑川市史』)。

 ◆ 政党内閣の誕生
   そして、21世紀の課題は

 滑川の米騒動が全国各地の新聞に報じられ、8日冨山市、9日名古屋市、10日京都市ほか、11日大阪市ほかで起き、米騒動は全国1道3府38県43市187町206村で起こり、9月に寺内内閣が倒れ、原敬政党内閣が生まれるなどその後の社会運動、農民運動、文化運動に大きな影響を与え日本の歴史を画する事件となった。
 米騒動の起爆は冨山の浜の女たちであり、歴史上最大の民衆蜂起で飢えた民衆の怒りだった。
 米騒動を機に富山県では社会運動や普選運動が活発になったが社会の矛盾が噴出している今、国民の怒りに火をつける21世紀版『米騒動』はいかに。
 (富山 野徳賢司)

 ◆ 富裕な階級はどう総括したのか
 米騒動を冨裕な階級と国家権力は、どのように総括したのだろうか。
 「所謂米騒動事件の全貌」の題で、検事の吉河光貞が昭和14年1月に序説で述べていることが的を射ている。(社会問題資料叢書1輯、「所謂米騒動事件の研究」思想研究資料特輯51号、1974年、東洋文化社発行)
 「『米騒動』の社会的影響たるや、之と時を相前後したる彼の欧州大戦の夫と並びて近代に於ける我国社会状態に急激なる変化を招来せしめたる二大原因なりと称せらるゝところにして、『米騒動』直後、寺内々閣が総辞職を決行して原敬政友会総裁其の後継内閣を組織し、茲に一応所謂政党政治を完成したるが如きは、其の直接なる政治的所産に過ぎず。右影響中特に顕著なるものを列挙すれば、第一には我国食糧の自給自足を目的としたる米穀政策の外地転換あり、第二には国民相剋の解消を理想としたる社会政策的施設の発展あり、而して第三には国民思潮の急激なる変化に基く各種社会運動の勃興を見るに至れるものなり」と結んでいる。
 簡単に解きほぐすと、この総括は民衆の力に恐怖したのと民主主義運動の脅威を支配階級が本能的に嗅ぎ取ったことを吐露している。
 窮乏化した貧民、つまり漁民、農民、労働者に対して社会的救済をとらなければ、社会不安が増大することへの危機感だったといえる。
 米騒動は1道3府40県に拡がり、取り締まりのために軍隊が出動、治安維持のために騒擾の鎮圧、治安の回復の名目で多数の民衆が逮捕されたり、死亡・負傷している。検挙者は2万5千人を超えた。
 米騒動事件とは、何かと言えば、大正7年に日本の大半を席巻した米価暴騰に対する民衆の反抗だったといえる。

 ◆ 社会運動と民主主義が拡がる
 米騒勤の社会的本質は、明治維新以来の未曾有の国民の決起であった。
 米価を始め物価の高騰によって生活不安におちいった民衆が、とくに戦時成金で豪華な生活をしている富豪、米穀商や投機業者の利己的暴利をむさぼる行為に社会的不平・不満を爆発させたものであった。
 冨山県魚津の漁師の女房たちから端を発した一揆ではあったが、広範な国民のなかにあった格差への不平・不満と窮乏生活をなんとか変えたいという感情に火をつけた。
 それは自然発生的ながらも、全国の炭鉱労働者、工場、農民の反抗心をたきつけることになり、時の政府を震憾させることになる。
 政府がとった措置は直接的な取り締まり新聞報道の禁止だった。

 だが、民衆の力とその裾野の拡がりは寺内正毅内閣の総辞職ど政党内閣の原敬内閣を誕生させる原動力になつた。
 時の内閣の打倒は、国内においては民主主義思想の拡大、つまり大正デモクラシーへと結びつき、労働争議の頻発や普通選挙の推進運動を強めた。
 国外では、日本の圧制下にあった朝鮮半島の「三・一運動」中国の「五・四運動」に影響を与えた歴史的な事件となつた。
 米価高騰に苦しみ、共同井戸の回りに集まり、話し合ったことから始まった米騒動。漁師の女房たちが銀行の米倉の前で、米の船積み作業をしていた仲仕(人夫)の着物をつかみ、米俵につかまって積み出しを体を張って阻止しようとした行動は、全国へと野火のように拡がり、時の内閣を打ち倒し、日本の民王主義を拡げる力となったのである。

 政府は譲歩して米の値段を下げるなどをせざるをえなくなった。
 民衆のカによってこそ、社会福祉の充実も実現することにつながったことがわかる。
 米騒動が社会運動へど拡がり、労働組合、農民組合運動、全国水平社創立、普通選挙の獲得、社会主義運動に多大な刺激と影響を及ぼしたのは歴史的な真実である。
 (大崎)

 ◆ 切実な要求は必ず世論が味方する
 明治の近代化以降、長男以外は奉公、養子に出され食い扶持を減らす。そして、農村から都市へと人口が移動。農家の人ロは減り、米を買う人々が増えていった。
 とくに買う人々の漁師の男たちは、3月から北海道へ出稼ぎに出ていたので、夫の留守を守るのは妻たちであった。
 当時は、子沢山で1日の米の消費量は平均家庭で1日2升であった。その米の価格が1升24銭だったのに、33銭、40銭、45銭、しまいには50銭というように高騰した。
 民衆にとってどうにも我慢がならない状況になり、銀行倉庫から米俵が積み出されるのを阻止する行動へと突き動かした。
 漁師の女房たちは無償で米を寄越せと言ったわけではなく、真っ当な価格で販売してほしいと願っただけである。
 当時、魚津町では町制施行後に「貧民救助規定」を全国に先駆けて施行していたが、町としても手に負えない事態であった。そうしたことから米騒動へと発展したといえる。

 米騒動を通して学べることは、「おかしいことはおかしい」と率直に出し合うこと、連帯を通して大きな行動が生まれることがわかる。
 切実な要求は必ず世論が味方をする。略奪はいけないが、正々堂々とした正当な要求は誰も止めることはできない。その結果、寺内内閣が倒れたことで、そのことを証明できる。
 今年、米騒動から100年を迎えた。せっかくだから、100年前の歴史的な出来事にふれる旅に魚津市を訪れたらどうかと思う。
(魚津市民 米沢義則)

『週刊新社会』(2018年8月28日・9月4日)



 ◆ 三菱電機で男性2人過労自殺、裁量労働制を廃止 (読売新聞)

 三菱電機の男性社員5人が2014〜17年、長時間労働が原因で精神障害や脳疾患を発症したとして労災認定され、うち2人が過労自殺していたことがわかった。
 5人はシステムエンジニア研究職で、このうち3人に裁量労働制が適用されていた。
 同社は3月、社員約1万人に適用していた裁量労働制を廃止した。

 同社によると、コミュニケーション・ネットワーク製作所(兵庫県尼崎市)に勤務し、裁量労働制で働いていた40歳代男性は、16年2月に自殺し、17年6月に労災認定された。
 また、若手のため裁量労働制が適用されていなかった名古屋製作所(名古屋市)の28歳男性も12年8月に自殺し、14年12月に労災と認定された。


 自殺前の数か月間の残業時間は、40歳代男性が月80時間前後、28歳男性は100時間を超えていたという。

 また、三田製作所(兵庫県三田市)と本社(東京都千代田区)でも、いずれも裁量労働制で働いていた40歳代の男性が、脳梗塞(こうそく)やくも膜下出血を発症し、15年と17年にそれぞれ労災が認められた。
 このほか、情報技術総合研究所(神奈川県鎌倉市)の男性(33)も精神疾患を発症し、16年に労災認定された。この男性は裁量労働制ではなかった。

 厚生労働省によると、14〜17年度に裁量労働制で労災認定されたのは全国で42人。このうち3人が同社の社員だったことになる。
 同社は今年3月まで、社員約3万人のうち、おおむね入社10年目以降のシステムエンジニアや研究職ら約1万人に裁量労働制を適用していた

 3月以降は、残業時間が40時間に達するまでは定額の残業代を支払い、40時間を超える場合は超過時間に応じて残業代を上乗せする制度に切り替えた。
 三菱電機広報部「労災認定を重く受け止めている。従業員の健康を守るため、労働時間管理に努めている」とのコメントを出した。

 裁量労働制を巡っては、政府は6月に成立した働き方改革関連法に対象業務の拡大を盛り込む方針だったが、厚労省による不適切なデータ比較が発覚し、法案提出前に削除した。

『読売新聞』(2018/09/27)
https://www.yomiuri.co.jp/national/20180927-OYT1T50081.html?from=ytop_main5

パワー・トゥ・ザ・ピープル!! パート2
  今、東京の教育と民主主義が危ない!!
  東京都の元「藤田先生を応援する会」有志による、教育と民主主義を守るブログです。
 
 ◆ 安倍政権が進める「女性の活躍」
   社会進出とケア責任の押しつけは両立しない
 (教科書ネット)
打越さく良(うちこしさくら・弁護士)

 ◆ 「女性の活躍」は「経済再生」に向けた「3本の矢」の1つ

 医科大学の不正入試問題。前財務次官のセクハラについて断固たる姿勢を示そうとしなかった麻生財務大臣。それやこれや、「女性の活躍」なる看板のメッキが剥がれている気がしてならない。
 政権は、キラキラフレーズを使わなくていいから、差別解消、セクハラなどの人権侵害の防止を徹底すべきなのだ。
 憲法にある、性別による差別の禁止や両性の本質的平等という、個人の尊厳という憲法の究極の価値に立ち戻るべきなのだ。
 本質的な言葉は忌避され、平等ではなく「均等」、さらに「男女共同参画」といった曖昧な言葉が使われ、第二次安倍政権下では、「活躍」「輝く」といったキラキラフレーズで一層ごまかされている。


 そんなフレーズのもと、思いつきとしか言いようがない政策がなされる。
 たとえば、「すべての女性が輝く社会づくり本部」(14年10月発足)は、当時の有村治子女性活躍担当大臣の肝煎りで「日本トイレ大賞」がぶちあげられた。性別にかかわらず排泄するのだが。さすがに1回で終わったようではある。

 安倍政権がなぜ女性女性とやたら言うのかと言えば、人口減少に見舞われる日本が経済力を維持していくために、女性も動員せねばならないからだ。
 そもそも「女性の活躍」は、「経済再生」に向けた「3本の矢」のひとつ、「経済成長につなげるための成長戦略」の一端として打ち出された。経済成長には女性の活用をとの海外からの指摘に呼応したものなのである(1)。

 ◆ 更なる長時間労働を促しかねない

 もっとも、結果的に女性個人のためにもなるならいいのだが、どうもそうはならない。
 女性の活躍推進法(2015年成立)は、女性活躍政策の目玉であるが、主眼は、就業率の上昇。労働人口の減少を背景に、女性の就業率は上がる。
 働く女性の55.8%が非正規労働であり、非正規労働者の賃金水準が正規労働者の約4割程度ということからして(平成29年国民生活基礎調査)、待遇の改善こそ望まれる。

 また、内閣府の調査によれば、女性が第一子出産前後の就業継続率は未だ5割弱。男性の長時間労働が当たり前でワンオペ育児の負担が女性にかかる状況が背景にある。
 改善には、男女間わず長時間労働を是正しなければならない。
 しかし、7月に成立した「働き方関連法」の高度プロフェッショナル制度は、更なる長時間労働を促しかねない。

 プログ「保育園落ちた日本死ね!!!」につき、2016年2月、安倍首相は「匿名である以上、実際に本当であるかを、私は確かめようがない」と突き放した。
 冷淡さに愕然とした女性たちは、「保育園落ちたの私だ」というプラカードを掲げて国会前に立ち、1週間で2万7682人分の署名を集め、政府に届けた。
 しかし、現在もなお待機児童は減っていない。保育士の待遇改善などが望まれる。

 ◆ 「活躍」は女性に家庭責任を課したいサイン

 安倍政権の「活躍」は多様な選択を尊重するものではなく、女性に対し家庭責任を課したいというサインも発している。
 「三世代同居」を優遇(2)するべく、そのためのリフォームを減税の対象とする税法改正が2016年になされた。これは、中立的で公平たるべき税制の原則を曲げてしまったものである(3)。
 三世代といった「縦の血族の共同体」への郷愁は、自民党改憲案(2012年公表)の24条にもうかがえ、ここでは紙数が足りず詳述しないが(4)、「単位」としての家族を強調することに、戦前家族が国家の権力機構の末端に位置づけられたことを想起する。
 復古的な傾向のみならず、自己責任を強調し、家族にケアを押し付け、福祉を切り捨てるネオリベラリズムな志向とも合致する。
 さらに、「自然」な単位としての家族ではないと、ひとり親家庭やゲイやレズビアンカップル等を除外することも予想される(来年度中学の道徳教科書に登場する家族は三世代ばかり…)。
 18年度の生活保護費見直し(母子加算を平均2割カット)は、ひとり親を切り捨てようとしている。

 選択的夫婦別姓についての政権の態度も取り上げたい。
 世界で法律上同姓しか認めない国は日本だけである。未だに96%弱の夫婦で女性が改姓している事態なのに、選択的夫婦別姓を導入しないのは、不合理である。
 しかし、「夫婦同姓はわが国の伝統」という右派の支持を意識した安倍政権は決して民法改正案を提出しない。
 庶民が氏を名乗ったのは、明治に入ってからに過ぎず、それも当初は夫婦別氏がデフォルト(標準)だったのだが…。
 ともかく、憲法や女性差別撤廃条約に則し、選択的夫婦別姓を実現すべきなのだ。

 ◆ 女性の自己決定は「勝手なこと」なのか

 「少子化対策」の旗印のもと、安倍首相は2015年9月、アベノミクス「第ニステージ」として一億総活躍社会を掲げ、第二の矢のターゲットは、「希望出生率1.8の実現」であるとした。
 数値目標の達成には、保育所など環境整備が必要であるのに、少子化社会対策大綱(15年閣議決定)では、「学校教育段階から妊娠・出産等に関する医学的・科学的に正しい知識」を教育することを盛り込んだ。以後、とにかく早く産めよ育てよと「正しくない知識」まで教育している(5)。
 若年での妊娠出産を奨励する「ライフプラン教育」の試みも全国で既に始まっている(6)。一方で、妊娠や出産に関する自己決定には一顧だにされていない(7)。

 6月26日、二階自民党幹事長「子どもを産まないほうが幸せじゃないかと勝手なことを考える人がいる」と発言した。女性の自己決定は、少子化による国力の衰退を憂う国家としては、「勝手なこと」なのだ。
 女性の社会進出と、ケア責任の押しつけは、両立しない。自己責任やら「家族の絆」を強調しても、無理なものは無理。
 正攻法の人権推進と平等の観点からの政策が必要と気づくときである。

 【註】
 (1)三浦まり「女性政策『女性活躍』という名前の生きづらさ」中野晃一編『徹底検証安倍政治』(岩波書店、2016年、175頁ないし176頁)の指摘。
 (2)「二世帯住宅」という言葉が従前から使われていたにもかかわらず、縦の流れを強調するこのような用語を突如使用されるようになった。
 (3)堀内京子「税制で優遇される「家族の絆」」塚田穂高編著『徹底検証日本の右傾化』筑摩書房、2017年、同「税制と教育をつなぐもの」早川タダノリ編著『まぼろしの「日本的家族」』青弓社、2018年、参照。
 (4)中里見博他著『右派はなぜ家族に介入したがるのか』(大月書店、2018年)等参照。24条改憲の先取りとも思われる「家庭教育支援法案」を取り上げた拙稿も収められている。
 (5) 2015年文科省が作成した高校保健副教材の「妊娠しやすさ」が22歳をピークに急に下がるグラフが改変された誤ったものであるとして、訂正される事態となった(西山千恵子・柘植あつみ『文科省/高校「妊活」教材の嘘』論創社、2017年、参照)。
 (6)斉藤正美「バックラッシュと官製婚活の連続性」早川タダノリ編著・前掲書、参照。
 (7)リプロダクティブライツの視点を盛り込み、性暴力や性犯罪抑止をめぐる文章もあった中学校教材は、2000年代初め自民党右派議員らによる「過激」「行き過ぎ」といったバックラッシュを前に一部自治体が回収する事態となった(斉藤前掲論文)。

『子どもと教科書全国ネット21ニュース 121号』(2018.8)


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