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習志野 関東大震災朝鮮人虐殺現場

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皆さま こんにちは。増田です。下記は数少ない「領土問題」集会のご案内です。
 私はパネル討論で問題提起をします。本当は「高校学習指導要領の改訂」問題だけでも真面目に話せば2時間でも足りないくらいなのに「15分でやってください」なんて、とても恐ろしい課題(笑)を与えられました。資料だけは十分、用意するつもりです。「改訂高校学習指導要領」は今までの「指導要領」の中でもサイテー・最悪で、2020年にアベ日本会議憲法が出来上がっている、ということを前提に作られている、というような感じです。

 ★ 明治150年と領土問題
   〜真実の歴史を見つめ直す〜


 日時:2018年6月30日(土)13時半〜17時(開場 13時15分)
 会場:連合会館201号室(メトロ 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)
 会費:500円

 主催:「明治150年と竹島・独島を考える集会」実行委員会
     「『竹島の日』を考え直す会」


 〇講演
 ・黒田伊彦(「『竹島の日』を考え直す会」副代表、元大阪樟蔭女子大学教員)
   「明治150年の侵略思想と竹島・独島問題」
 ・久保井規夫(歴史学名誉博士、アジア民衆歴史センター主宰、「『竹島の日』を考え直す会」理事長)
   原本史料展示・解説:アジア民衆歴史センター提供
   「領土問題は明治に生じる〜『固有の領土』論の破綻
    長久保赤水、林子平、松浦武四郎たちと領土問題」

 〇パネル討論
 ・「高校学習指導要領の改訂と領土問題」 増田都子
 ・「政府の『領土・主権展示館』批判」  国富建治
 ・「韓国中学生の日本の竹島学習批判の手紙について」黒田伊彦

 アベ政府は「固有領土」という意味不明の言葉を流通させていますが、「モリカケ」問題同様、真実を隠蔽し、ウソ情報を常時、流していると言っても過言ではありません。
 そのため、私たちの普通の生活の中ではなかなか「領土問題」について真実の情報は入ってきませんので、お二人の講演はとても有意義ではないかと思います。
 特に久保井規夫先生には、とっても貴重な江戸時代〜明治初期の地図原本を展示しながら解説していただけます。これらの地図は所蔵する大学図書館などでも、ほとんどが一般市民には閲覧不可能になっているので、めったにない機会です!

 ご都合つきましたら、ぜひ、ご参加ください!



11/18−朝鮮人虐殺事件−映画「隠された爪痕」上映と学習会
  関東大震災の時に何があったのか 本当のことを知って下さい!

日時:2017年11月18日(土)13時30分開場、14時上映開始
内容:14時より呉充巧監督記録映画「隠された爪痕」上映
   15時より学習会「韓国・朝鮮人虐殺について」
会場:曳舟文化センター2階レクリエーションホールA


アクセス:京成電鉄押上線=京成「曳舟駅」下車徒歩1分
   東武スカイツリーライン・東武亀戸線「曳舟駅」下車、徒歩4分
   都バス「墨田区曳舟文化センター前」(錦40)すぐ前
   区内循環バス北西部ルート4「曳舟文化センター」下車徒歩1分


主催:一般社団法人ほうせんか (墨田区八広6-31-8)
      関東大震災時に虐殺された朝鮮人の遺骨を発掘し追悼する会
                    (世田谷区羽根木2-25-8 矢野宅)

問い合わせ先:090-6563-1923(西崎)
習志野市史 通史篇 ( 796頁 2行目〜797頁 6行目)

 大正12年(1923年)9月1日、当時騎兵第14連隊本部で書記をしていた会沢泰は大地震の発生からその後の状況を詳しく語っている(千葉県における追悼・調査実行委員会『いわれなく殺された人びと』)。
 連隊長室の前で歩哨と立ち話をしているときに地震が発生し、柱につかまらなければ立っておれないような揺れであった。小一時間すると東京で発生した火災の煙が上空になびき、機や紙の燃え殻が落ちてきた。連隊には当日の夜、最大限の兵力を動員して東京の救援に出発する準備を整えよ、という指令が届き、二日、三日に馬に乗って東京に行き、治安の維持にあたった。

 地震発生の数時間後頃から、東京・横浜では朝鮮人が暴動を起こし、井戸に毒を入れているという流言が飛び交い始め、その噂はまたたくまに広まっていった。東京を焼け出された人々の一部は荒川・江戸川を渡って千葉県に向かって避難し、そのなかには下町の多くの朝鮮人・中国人が混じっていた。また、ちょうどこの頃、柏・船橋間の北総鉄道の工事が始まっており、そこには多数の朝鮮人労働者が働いていた。こうした朝鮮人・中国人が大震災でパニックに陥った民間人からなる自警団や、警察・軍隊による残虐な行為の犠牲者になったのである。

 警察や軍隊は、虐殺を行う一方で、無差別的な襲撃から朝鮮人・中国人を守るために保護し、4000人近くを習志野市の捕虜収容所に送り込んだ
 しかし、習志野も安全を保障するところではなかった。収容所のなかでは、憲兵が彼らの言動や思想を調査し、不審なものは営倉に入れられ、300人ほどが行方不明になったといわれる。
 習志野に収容された人々のなかで虐殺の様子が分かっているのは次の二つの例である。
 一つは、前述の会沢の証言である。
 「おかしいようなのは、みんな連隊にひっぱり出してきては、調査したんです。・・・・・・切っちゃったんです」。第14連隊が「処刑」した場所は、現在の大久保駅の南、大久保公民館の裏手といわれている実際に手を下したのは兵士ではなく、大久保などに住んでいた元兵士だったという。他の一つは大和田・萱田などの周辺村落に、朝鮮人が各3人前後、軍隊から「払い下げ」られ、村の「有志」の手によって殺害されたといわれている。
 見聞した人々に重い過去を引きずらせることになる朝鮮人・中国人の収容も、10月24日の最後の朝鮮人五十八人を東京に移送し、朝鮮総督府出張員に引き渡して終了した。



[決議]
2017年9月30日

 私たち「関東大震災朝鮮人虐殺の国家責任を問う会」は、朝鮮人虐殺犠牲者の追悼と虐殺の解明を行ってきた市民の集まりである。私たちは、日本政府が朝鮮人虐殺の責任を認め犠牲者遺族に向き合い、真相究明に取り組むよう求めてきた。

 私たちは、小池百合子東京都知事が2017年9月1日に東京都墨田区の横網町公園で開かれた「関東大震災94周年 朝鮮人犠牲者追悼式典」(9.1関東大震災朝鮮人犠牲者追悼実行委員会主催)に追悼辞送付を取りやめたことに対して厳重に抗議し、来年以降は従来通り追悼辞を送付するよう、強く求める。これまで毎年、東京都知事の追悼辞は参列者の前で読み上げられてきた。このたびの小池都知事の判断は、単に従来の慣習をやめたというにとどまらない、重大な問題をはらんでいることを、以下に訴える。

 小池知事の今回の判断の契機は、2017年3月2日の東京都議会における古賀俊昭議員の質門であった。古賀議員は、朝鮮人犠牲者が殺されたのは「不法行為を働いた朝鮮独立運動家と、彼らに扇動されて追従したため]という荒唐無稽な説を都議会の場で披露し、虐殺の責任を犠牲者になすり付けた。そして、朝鮮人犠牲者追悼碑の撤去と追悼式への追悼辞送付を取りやめるように要求した。これに対して小池知事は、追悼辞について[私自身がよく目を通した上で、適切に判断いたします」と答弁した。

 その結果が追悼辞送付の取りやめであった。小池知事は、8月25日の定例記者会見における記者からの質問に答えて、追悼辞を取りやめることを発表した。また、9月1日の記者会見、26碑の都議会本会議においても動揺の姿勢を崩さなかった。その理由は、東京都慰霊堂で行われる法要において[すべての方々に対しましての慰霊を行っている」からだという。

 その結果が追悼辞送付の上記の「判断」には以下の問題がああり、撤回すべきである。

 第一に、この「判断」が古賀議員の要求を契機にしていることである。こがぎいんは、あたかも震災当時の流言が事実であったかのように[震災に乗じて凶悪犯罪が引き起こされた]とのべているが、このような言説確たる証拠に基づいたものではないことはすでに明らかにされている(※)。いわば「朝鮮人虐殺製討論」とも言うべきでたらめの言説が公的な場で堂々と主張されるのは信じがたいことで、排外的な言動に市民権を与えるものである。これを根拠とするような要求に、正当性は認められない。

 本来ならば、小池知事は「正当化論」を毅然として批判し、これにもとづく要求を拒否すべきであった。にもかかわらず、知事は古賀議員の意向に沿う決定を下し、朝鮮人虐殺について自らの考えを表明することを意識的に避けた。8月25日の会見において、民族差別を背景にした虐殺について追悼の辞を述べることに特別の意味があるのではないかと尋ねた記者に対し、知事は「民族差別という観点というよりは、私はそういう災害でなくなられた方々、災害の被害、さまざまな被害によって亡くなられた方々に対しての慰霊をしていくべきだ」と述べた。これでは、古賀議員の要求を暗に受け入れたと見られても仕方がない。実際、「正当化論」者は、知事の判断を古賀議員の要求を受け入れた「英断」として賛美し、勢いづいている。また、墨田区長は、小池知事に追随して追悼辞を送らなかった。こうした事態を招いた知事の責任は重い。

 第二に、小池知事が、すべての被害者を慰霊しているから個別の追悼辞は出さないという理屈は、およそ追悼辞取りやめの積極的な理由として成り立つものではない。1973年の追悼碑建立にあたっては民間から寄付が寄せられ、都議会の全会派が賛同した。そうしたことがあったからこそ、今日に至るまで東京都知事は追悼辞を送り、参列者の前で朝鮮人犠牲者への追悼と二度と過ちを繰り返さない決意を語ってきたのである。

 小池知事の決定は、こうした歴史的経緯と参列者の思いをふまえたものであったとは到底考えられない。小池知事が「今回は私が判断した」というのであれば、判断に至った経緯と理由について説明する責任がある。説明を欠いた知事の判断は、追悼碑を建立した人びとや追悼式に参列する人びとの思いを毀損している。納得できる説明ができないならば、追悼辞の送付をやめるべきではない。

 第三に、小池知事の決定は、歴史事実としての朝鮮人虐殺を隠蔽するものとなっている。前述のように、知事は関東大震災時の犠牲者をひとくくりにし、また記者の質門が「朝鮮人」「虐殺」という言葉を使っていることに対して、一貫してこれらの言葉を使うことを避けている。

 だが、自然災害の犠牲者と、その後の官民による朝鮮人虐殺が、性質をことにするのは言うまでもない。天才としての自然災害と人災としての虐殺では、命が奪われた経緯とその意味が質的に異なっている。校舎の被害は、まさに日本の植民地支配に起因する人災であり、地震そのものが引き起こしたわけではない。知事は8月25日の会見で朝鮮人犠牲者を、震災に「付随した形で、関連した形でお亡くなりになった方々」などと称しているが、朝鮮人犠牲者は震災に「付随」してなくなったのではない。官民の一方的な殺戮によって命を奪われたのである。

 当時は、地方行政官庁も流言拡大の主体となり虐殺に関与した。東京都知事の追悼辞は、こうした過去への自省と現在まで繰り返されてきた排外的な言動に対して被害者を守り、二度とこのような歴史を繰り返させない決意を確認する意義を持つはずである。
 にもかかわらず小池知事は、記者会見で天災と人災の性質の違いについて問われてもそれに答えず、東京と慰霊堂の法要でも追悼辞のなかに朝鮮人虐殺の文言を入れなかった。朝鮮人虐殺に触れないのは、客観的に見れば明らかに朝鮮人虐殺の隠蔽ではないか。

 8月25日の記者会見では、記者の「大震災のときに朝鮮人が殺害された事実は否定されることになる」という懸念に対して、小池知事は「さまざまな歴史的な認識があろうかと思っております」と述べたが、朝鮮人虐殺は「歴史認識」の問題ではなく他民族に対する加害という「歴史の事実」である。「認識」などという言葉で、虐殺の有無をあいまいにしたり正当化論を認める余地はない。
 私たちが今回の小池知事の判断について問題とすることは以上である。小池知事が過去の朝鮮人虐殺に紳士に目を向け、追悼行事に参列してきた人びとの声に耳を傾け、これまでの東京都知事が行ってきた追悼の精神に立ち返って、再び追悼辞を寄せるよう、私たちは強く要求するものである。

関東大震災朝鮮人虐殺の国家責任を東学集会 参加者一同

(※)詳しくは、webサイト「『朝鮮人虐殺はなかった』はなぜでたらめか」(http://01sep1923.tokyo/)を参照。
皆さま
 こんばんは。増田です。これはBCCでお知らせしています。重複・超長文、ご容赦を!
 本日、都庁前で、東京都学校ユニオンの恒例月末ビラまきを行いました。内容は以下です。

 小池百合子都知事の虐殺朝鮮人追悼文の拒否と、都教委の副読本からの虐殺削除は、東京新聞「本音のコラム」の斎藤美奈子さんの言うとおり「ひとつながり」です!

********************
(表面)
「関東大震災における朝鮮人虐殺」は日本史上「特別」だ!
小池知事よ、都教委よ、
過去に目を閉ざすな!差別排外主義の後押しをするな!
 
★小池知事の「朝鮮人虐殺」追悼文拒否理由は、虐殺犠牲者を「特別視しない」から!?(8.25記者会見)
 都教委副読本(裏面参照)の「虐殺」削除は「すべてが『虐殺』か、分からない」から!?
 
 小池知事は、記者会見でも頑として「朝鮮人虐殺があった」という歴史事実を認めませんでした。歴代都知事が去年まで送付していた追悼文の拒否は、極右の古賀俊昭都議の3月都議会での質問に答えるものでした。その質問は「追悼碑の(虐殺数)『6千人』の根拠は希薄。朝鮮人暴動は有った」などと、当時の日本政府さえ「暴動は無かった」と認めていることをを無視した暴言でした。
 
ヘイトスピーチ・排外主義がはびこる現在、知事や都教委による過去の負の遺産の隠蔽は、その惨劇を再現する危険を後押しするものです。これでは、あらゆる災害から都民…外国籍を含みます…を守るべき行政としての義務は果たせないのではないでしょうか。
 
以下、当時の当事者の証言—――数えきれないほど、あります――の一つを紹介します。

****************************

◎「語る人  元本庄警察署 新井巡査」
(『埼玉県内における関東大震災朝鮮人虐殺事件資料』1963年)
 
(1923年9月4日)本庄署へ引き返してきた三台のトラックは、朝鮮人を満載していた。…惨劇の模様はとても口では云いあらわせない。日本人の残虐さを思い知らされたような気がした。何百人という群衆が暴れまわっているのを、一人や二人の巡査ではとうてい手出しも出来なかった。こういうのを見せられるならいっそ死にたいと考えたほどだ。
 
子供も沢山いたが、子供達は並べられ、親の見ている前で首をはねられ、その後、親達をはりつけにしていた。生きている朝鮮人の腕をのこぎりでひいている奴もいた。それも途中までやっちゃあ、今度は他の朝鮮人をやるという状態で、その残酷さは見るに耐えなかった。…私は長い間、朝鮮人の「アイゴウ、アイゴウ」という悲痛な叫びが耳からはなれなかった。死体は、翌日、県からの命令で朝鮮から調査に来るから至急にかたづけろと言ってきた。
 
…死体は十二台の荷馬車で運んだが、火葬場へ持っていってもしかたないので台町の山林に巾七尺三十六間の穴を掘り、下にまきをひきその上に死体を並べて、上から火をつけた。焼いたのは夜だったが、朝になってい行ってみると頭や、足、手首などがほとんど残ってしまっていた。残った頭などは五十位あったろうか。なにしろ「数がわからないようにしろ」というお上の命令なので、残ったのは又やりなおした。
 
裁判もいいかげんだった。殺人罪ではなくて、騒擾罪ということだった。刑を受けたのは何人もいたが、ほとんど執行猶予で、つとめたのは三、四人だったと思う。私も証人として呼ばれたが、検事は虐殺の様子などつとめてさけていたようで、最初から最後まで、事件に立合っていた私に何も聞かなかった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
(裏面)
小池知事よ、都教委よ、 心あらば、関東大震災虐殺犠牲者を追悼せよ!
惨劇を繰り返さぬため、歴史事実を隠蔽せず、教えよ!
 
☆左に二つの新聞記事をご紹介します。(東京新聞と韓国聯合ニュース。棒線・点・太字強調は当組合)
 
関東大震災時の朝鮮人虐殺 遺族が真相解明訴え(韓国『連合ニューース』 2017年8月31日)
9月1日に関東大震災発生から93年を迎えるのを前に震災時の朝鮮人虐殺事件の被害者遺族が31日、歴史問題が解決されなければ韓日関係を修復することはできないとし、「虐殺に対する徹底した真相の調査と日本の謝罪が優先されなければならない」と訴えた。
 
 朝鮮人虐殺犠牲者の遺族の集まりで代表を務める済州在住のチョ・ヨンギュンさんの祖父、趙卯松(チョ・ミョソン、済州出身、当時32歳)さんの一家は当時、江東区の亀戸警察署に連行され、日本軍の騎兵中隊の銃剣で殺された。卯松さんと弟2人、卯松さんの妻と4歳の息子の5人が犠牲になった。
 
 チョさんは朝鮮人虐殺を「日本の官民軍により組織的に行われたジェノサイド(大量虐殺)」「人類史でも類を見ない大虐殺」としながら、93年たった今も事件の真相がきちんと明らかにされていないと指摘。真実を隠蔽(いんぺい←ルビに!)し謝罪をしない日本政府への悔しさをあらわにする。(後略)
 
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
消される虐殺(『東京新聞』(2017年8月30日【本音のコラム】)     斎藤美奈子(文芸評論家)

  東京都教育委員会が発行する都立高校用の日本史副読本『江戸から東京へ』が問題になったのは2013年だった。
 この副読本は11年度から使われているが、13年度版から記述の一部が変更されたのだ。そのひとつが「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑」についてのコラムである。
 旧版は〈大震災の混乱のなかで数多くの朝鮮人が虐殺された〉。
 新版は〈碑には、大震災の混乱のなかで、「朝鮮人の尊い命が奪われました。」と記されている〉。
 虐殺の事実を都は隠蔽(いんぺい)しちゃったのである。変更の理由は「殺害方法がすべて虐殺と判断できない」。

 今年、小池百合子都知事が関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文送付を断ったのと、副読本の一件はひとつながりと見るべきだろう。

 同様の隠蔽はしかし、過去にもあった。西崎雅夫氏の労作『関東大震災朝鮮人虐殺の記録 東京地区別1100の証言』〈現代書館・16年〉には、〈鮮人がひなんしたのを殺されたりした〉を〈知らない人が来たのをぶったりした〉に改ざんするなど、子どもの作文が徹底検閲された例が数多く示されている。

 私たちにできるのは、せめて2つの事実を次世代に伝えることだろう。
 第一に虐殺の歴史があったこと。第二に権力は加害の歴史を隠したがること。9月1日はそのための日。教材ならいくらでもある。

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