2017年8月21日
鴨志田 祐美さん(弁護士)
1 はじめに〜大崎事件第3次再審開始決定〜
再審開始決定、裁判所前にて
再審開始決定の報を受けて
アヤ子さん90歳の誕生祝いで 2017年6月28日。この日、鹿児島地方裁判所は、大崎事件第3次再審請求について、2度目となる再審開始決定を行いました。
事件から38年、一貫して無実を訴え続けた請求人の原口アヤ子さんは90歳。高齢による心身の衰えから、裁判所に赴くことができず、日々の生活を送る介護施設の近くにあるホテルで、支援者や親族とともに決定を待ちました。
車椅子のアヤ子さんは、支援者から「再審開始」を伝えられた瞬間、目に光が宿りました。表情が緩み、そして見る間に目が赤くなり、電話口の向こうにいる弁護人に「あ・り・が・と・う」と声を絞り出しました。
この瞬間は、全国のテレビ、新聞で大きく報じられ、メディアは画期的な再審開始決定を高く評価しました。
しかし、そもそも一体なぜ、無実のひとに間違って有罪判決が言い渡されたり、その間違いの是正に気の遠くなるような時間がかかったりするのでしょうか。
そこには、日本国憲法が掲げる人権保障の理想と、現実の刑事裁判の運用との大きなギャップが、暗い影を落としているように思います。
2 大崎事件とは〜事件の概要と有罪判決の危うさ〜
大崎事件とは、1979年10月15日、鹿児島県大崎町で、原口アヤ子さんの義弟が自宅横にある牛小屋の堆肥の中から遺体となって発見されたことで発覚した事件です。
警察は、本件は親族による犯行であるとの目星をつけ、同じ敷地内に住んでいた被害者の長兄夫婦(この夫婦の「妻」がアヤ子さんです)、次兄夫婦及びその息子を徹底的に追及しました。
追及された関係者のうち、まず事件直後に任意同行された被害者の長兄(アヤ子さんの当時の夫)と次兄の2人が犯行を自認し、逮捕されました。その自白は当初、殺人、死体遺棄ともに2人による犯行というものでしたが、殺人についてはアヤ子さんの指示による3人犯行、死体遺棄については次兄の息子も加えた4人犯行と大きく変遷しました。また、自白を支える客観証拠もほとんどありませんでしたが、「共犯者」たちは法廷でも事実を争わず、有罪判決を言い渡され、控訴せずに服役しました。
一方、アヤ子さんは一貫して犯行を否認しましたが、懲役10年の有罪判決を受けました。控訴、上告とも棄却され、アヤ子さんは満期服役しました。
実は「共犯者」とされた男性3名は、いずれも知的・精神的な障がいを抱えていて、自己を防御する能力を十分に持っていませんでした。捜査機関も、裁判所も、そして弁護人さえも、この障がいへの配慮を欠いて審理を進めてしまったのです。
3 刑事手続をめぐる憲法の理想と現実のギャップ
さてここで、日本国憲法の「基本的人権」のカタログを見て下さい。そこには多くの刑事手続に関する規定があります。
31条の「適正手続」の保障に始まり、33条から39条にかけて「これは刑事訴訟法じゃないの?」と思うほど、手続的な、細かい規定が続きます。
例えば、裁判所の令状がなければ逮捕や捜索差押えなどの強制処分はできない(令状主義)とか、強制による自白や不当に長く拘禁された後の自白は証拠とできない(自白法則)とか、証拠が自白しかない場合は有罪にできない(補強法則)とか…。実に、憲法の人権規定の3分の1近くが刑事手続に関連する条文なのです。
ではなぜ、このような刑事手続に関連する細かな規定が、国家の「枠組み(Constitution)」である憲法に、わざわざ定められているのでしょうか。
それは、国家権力が市民に刑罰を科すというのは、最も苛烈な人権侵害の危険を孕んでいるからです。
考えてみて下さい。もし、無実なのに間違って逮捕されて有罪の判決を言い渡され、何十年も刑務所に入れられたら…。好きな場所に旅行に行くことも、恋人と出会って結婚し、子どもをもうけることもできなくなるのです。一度きりのかけがえのない人生が狂わされる、冤罪はまさに「人生被害」であり、その「加害者」は国家権力なのです。
もっと恐ろしいこともあります。
それは、日本には「死刑制度」があるということです。
無実の者が間違って死刑判決を受け、死刑が執行されてしまったら、もう取り返しはつきません。
だからこそ憲法は、強大な国家権力が冤罪を生まないように、法律ではなく憲法で直接歯止めをかけようとしたのです。
しかし、現実の刑事手続は、残念なことに憲法の理想とはほど遠いものとなっています。
大崎事件の「共犯者」たちは「任意の事情聴取」として長時間警察で取り調べられ、やってもいない犯行を認めてしまいました。後にある者は法廷で、取調べの際に警察官から「『おいせえ、任せ(俺に任せろ)』と言われた」、「最初から私は絶対に何事も知っていませんと言えば、『お前が知らんはずはあるか』と言われた」と訴えました。また、ある者は任意取調べの段階で2度もポリグラフ検査にかけられたり、事件とは全く無関係な陰毛を採取されたりしていたことが判明しました。このような捜査に、令状主義による司法のコントロールが及んでいたといえるでしょうか。
また、客観的な証拠がほとんどなく、アヤ子さん自身は一度も犯行を認めていないのに、確定判決では「共犯者」たちの自白だけで有罪認定がされています。実は「自白のみで有罪にできない」というときの「自白」には、共犯者の自白は含まれない、という判例があるのです※。しかし、共犯者の自白であっても、それぞれの「自白」が獲得された過程に問題があれば、軽々に有罪の証拠として用いるのは危険です。しかも、その取調べは密室で行われ、録音も録画もされていません。知的能力にハンデを抱えた彼らが長い身体拘束の中でどのように自白に至ったのか、その状況を検証することはできません。
大崎事件の捜査や確定判決の判断には、令状主義も、自白偏重の弊害を防ぐための法則も、十分に機能していなかったといわざるを得ません。
4 現行刑事訴訟法の再審制度の問題点
現行刑事訴訟法(刑訴法)はよく「戦後の改正によって英米法の当事者主義が導入され、人権保障に厚い手続になった」といわれます。
当事者主義とは、被告人に検察官と対等の「当事者」という立場を保障し、被告人の人権を守りつつ真実を発見するという考え方ですが、実際には被告人と検察官が「対等な当事者」とはなっていないのが現実です。
しかも、戦後「当事者主義」に改められたのは通常一審の手続だけで、現行刑訴法の上訴以降の手続は戦前の規定が残ったままなのです。再審についていえば、憲法39条が「二重の危険禁止」(ひとたび刑事裁判を受けるという苦痛に晒した以上、国家は再び同じ苦痛を与えてはいけないという原則)を定めたことから、戦前に認められていた不利益再審が廃止されたほかは、旧刑訴法の条文がほぼそのまま踏襲されています。
もとより、不利益再審がなくなったことで、再審が「無辜(無実の者)の救済」のみを目的とする制度となった意義は大きいといえます。しかし、再審の規定は全部でたった19(刑訴法435〜453条)しかなく、審理手続に至っては445条に「事実の取調」ができる、と書いてあるのみです。裁判所主導による手続を定めた職権主義の時代の規定ゆえに、審理の進め方はすべて裁判所の裁量に委ねられているのです。このことから、再審事件では、進行協議期日を設けるか、尋問を行うかなど、何をどの程度やるかは当該事件を担当する裁判官次第、ということになってしまっています。
最も問題になるのは証拠開示です。通常審の段階で、検察官は圧倒的な証拠収集能力のもと、あらゆる証拠を手中に収めますが、集めた証拠のうち有罪立証に必要なものだけを公判に提出します。それゆえ、公判前整理手続を経ていない事件が大半を占める再審事件では、請求人の無罪方向の証拠が捜査側の手の内にあり、その「隠された『古い』新証拠」が再審開始の決め手となるケースが少なくありません。
最近でも、布川事件、ゴビンダ事件(東電OL殺人事件)、袴田事件など、証拠開示によって再審開始がもたらされた事件は数多くあります。
ところが、検察官に対して証拠開示を促すかどうかも裁判所の裁量に委ねられています。
大崎事件の第2次再審請求審では、証拠開示に向けた訴訟指揮が一切されないまま、再審請求が棄却されました。裁判官の「やる気」によって無実の者が救済されたりされなかったりしていいはずがありません。私はこの問題を「再審格差」と名付け、どんなにやる気のない裁判官に対しても証拠開示が義務づけられるような法改正の必要性を訴え続けています。
また、今回の画期的な第3次再審開始決定に対して、検察官はこれを不服として即時抗告を行ってしまいました。確かに条文上は、再審開始決定に対しても即時抗告ができることになっています(刑訴法450条、448条1項)。しかしこれも不利益再審を認めていた旧法時代の名残です。「二重の危険禁止」を定める憲法のもと、無辜の救済のみが目的である再審制度において、裁判所が一度出した再審開始決定に対して検察官による抗告を認めることは許されないのではないでしょうか。
旧刑訴法の「本家」ドイツでさえ、半世紀以上も前に法改正を行って、再審開始決定に対する検察官抗告を明文で禁止しています。
もし、再審開始決定に対する検察官抗告がなければ、アヤ子さんは最初の再審開始決定で無罪が確定し、大崎事件は15年も前に解決していたでしょう。
5 再審制度に憲法の光を!
憲法は、個人の生命、自由、幸福追求の権利(個人の尊厳。13条)を守るべく国家権力を制限することを使命としています。憲法が「個人の尊厳」を究極の価値に置く以上、「処罰されていい無辜」など一人もいないのは当然です。だからこそ、誤って処罰された無辜に「個人の尊厳」を取り戻すために再審制度が存在するのです。
私は90歳のアヤ子さんに、法廷で「被告人は無罪」という判決を言い渡す裁判長の声を聞いてもらい、遅すぎたけれども「個人の尊厳」を取り戻して心穏やかな人生のフィナーレを迎えてほしい、そのことを弁護士人生最大の目標として闘ってきました。
その闘いとともに、制定から一度も手が加えられずに来た現行刑訴法の再審規定が、一刻も早く憲法の理想に応える内容に改正されるよう、これからも声を大にして訴え続けたいと思います。
※ 練馬事件判決(最大判昭和33年5月28日刑集12巻8号1718頁)
法学館憲法研究所