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4/27(金) 18:04配信 時事通信

 【高陽(韓国北西部)時事】

  韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は27日、軍事境界線のある板門店の韓国側施設「平和の家」で首脳会談を行った。

 両首脳は「板門店宣言」に署名し、「完全な非核化を通じ、核のない朝鮮半島を実現する共同の目標」を確認。朝鮮戦争(1950〜53年)の終戦を年内に宣言することで合意した。

 南北首脳は宣言で「朝鮮半島の非核化へ国際社会の支持と協力を得るため、積極的に努力する」と申し合わせた。正恩氏が非核化への意志を明確にしたことで、6月初旬までに予定される米朝首脳会談への環境が一段と整ったといえる。

 板門店宣言はこのほか、南北の相互不可侵や段階的な軍縮を確認。首脳会談の定例化も明記した。一方、日本政府が注視している日本人の拉致問題には言及していない。

 両首脳は27日午前9時半ごろに初対面し、軍事境界線上で握手。正恩氏は、北朝鮮の最高指導者として初めて軍事境界線を越え、板門店の韓国側に入った。

 正恩氏は午前中の会談冒頭、「対決の歴史に終止符を打ちに来た」と表明。文氏は「金正恩氏が軍事境界線を越えた瞬間、板門店が分断ではなく、平和の象徴になった」と応じた。

 韓国高官によると、正恩氏は会談で、文氏に対し「大統領が招待してくださるなら、いつでも青瓦台(大統領府)へ行く」と述べ、ソウル訪問へ意欲を示した。また、「大統領を未明に起こさない」と述べ、弾道ミサイルの発射中止の方針を改めて伝えた。

 文、正恩両氏は昼食を別々に取った後、午後4時半、「平和と繁栄」を祈念して軍事境界線上に松の木を植樹した。その後二人だけで散歩し、屋外に用意された椅子に座って約30分間話し込むなど、親密さを演出した。

 両首脳は午後の会談を経て同6時半から平和の家3階で夕食会に入る予定。正恩氏の李雪主夫人も出席する。

 南北首脳会談は2000年と07年に続き3回目。今回の会談は米朝首脳会談の土台づくりと位置付けられる。 

2018-01-07 10:21
 太平洋戦争末期に米軍が、占領した沖縄を出撃拠点に日本本土を大規模攻撃していた実態が7日、機密指定を解除された米公文書で明らかになった。終戦までの約3カ月間に、南部上陸を見据えていた九州など計13県の65カ所以上が標的となり、約7千トンの爆弾が投下された。
関東学院大の林博史教授(現代史)が米国立公文書館の陸軍航空軍や海兵航空隊の史料計1万ページ以上を収集、分析して確認した。

 皆様へ、 日中友好と教育の自由のために〈中国通信1370〉を送ります。重複お許しください。ご意見ご批判をお願いします。転送OK。*記事の中国語原文については大幅に(略)しています。全文を読みたい方はご連絡ください。


  《原文:人民日報(2017年12月15日)本報駐日記者・作者:??国》
 ◆ ほぼ30年で97回南京訪問した、“日本の良心”が引き裂かれた記憶を修復する
   (日本語訳の簡約:近藤)


 “毎回南京大虐殺の遺跡を参観するたびに歴史を鑑とすることの重要性を感じる。”2/14、南京大虐殺犠牲者国家追悼式典に参加した日本“銘心会”会長・松岡環女史は18名の日本人と共にその他の遺跡を参観した。
 松岡環は今年70歳、日本右翼の目からは“眼の上のたん瘤”、幸存者からは“日本の良心”とされ、1988年に初めて南京を訪れてから今月97回目となる。


 ほぼ30年、“南京大虐殺の資料調査、日本人を含めて各国の供述を調査する”ことが彼女の唯一の生活となってきた。

 ◆ “南京大虐殺の動かぬ証拠は山の如し、捻じ曲げ改竄することはできない”
 松岡環はかつて小学教師、80年代歴史を教えていて、教科書は広島・長崎の原爆など被害者の歴史を強調し、中国侵略と中国人民にもたらした災難の歴史を記載していないと気付いた。
 “私は、日本政府が誠意がなく不公平であると思った。”

 真実の歴史を知るため松岡環はすぐに中国に出かけ南京記念館抗日戦争記念館に行った。
 松岡環は振り返って“幸存者の語る経歴を聞いた時、私は深く心を打たれた。”という。
 南京行は松岡環の人生を変え、大阪に帰って、何かしなければと思った。

 右翼が鼓吹する“南京大虐殺は中国人自身のねつ造だ。”“日本軍隊は残虐なことをしなかった。”などの謬論に対して、松岡環怒り“南京大虐殺の証拠は山ほどあり、改竄は許されない。彼らの錯誤に有効に反論するため自分で資料を集めようと決めた。”

 1997年、南京大虐殺60周年、松岡環は日本の新聞に手掛かりの収集を載せ“南京大虐殺ホットライン”を設立し老兵の証言・日記・写真・手紙などの資料を求めた。
 同時に、松岡環は南京に出かけ幸存者を訪ねた。
 こうして、普通の小学教師は南京と深くつながったのである。

 右翼の恐喝・老兵の拒絶と反対…これら一切はこの堅固な信念を持つ日本女性に放棄させることはできなかった。
 調査の過程で、松岡環は、日本老兵幸存者は多くの点で共通の記憶があることが分かった。
 “日中双方の手掛かり・証拠の事実は日本右翼の反撃を無力とさせた。”

 松岡環は引き続き調査を公開する決心を固め、確信はさらに強固となった。彼女は全部で各250名の日本老兵を訪ね、2002年『南京戦・閉ざされた記憶―中国侵略日本軍元兵士102名の証言』を日本で出版した。
 その後、各方面の証言『南京―引き裂かれた記憶』などドキュメンタリーを制作した。松岡環は各地で上映し関係する書籍を販売した。
 “本とフィルムは自分で集め、これは右翼への切り札となった。” 松岡環は言う。

 ◆ “戦争は鏡で平和の大切さを認識させる。”
 初めて南京を訪れた2年後、松岡環は、特別な訪中団−“中国侵略戦争歴史学集団”を組織し、日本人を連れて中国へ侵略戦争史の学習に行った。今日まで、松岡環は約700名を連れて記念館などを訪れた。

 事前に色々調べていくけれど、“中国に行って記念館を見て被害者の証言を聞くと、悲惨な出来事と戦争の残忍さに震撼とさせられる。
 松岡環は記者に紹介した。青少年は国家の未来を代表する。2005年から、松岡環は訪中団の中に大学生を参加させた。松岡環は若者を参加させるため、募金を集め、また、自分のお金を拠出した。松岡環にとって、若者が参加するのは無上の喜びで、中国の大学教授・学生と交流し視野が大きく広がり、自発的に参加し“日本では学べない多くの事を学んだ。”という。
 さらに松岡環を喜ばせたのは、その中の多くの若者が新聞記者や教師を志していることだ。彼女は言う。“組織者として、彼らが社会的影響を持つ仕事に就くのは無上の喜びで、こうしてさらに多くの日本人、特に次の世代の日本人も侵略戦争の歴史を知る機会がある。”

 松岡環はさらに西側社会に調査結果を紹介する。
 南京訪問前にカナダから帰ってきたばかりで、2010からカナダ・アメリカの市民団体と協力し、ドキュメンタリー上映、講演などを行った。
 “全世界は南京を銘記すべきで、平和のため、悲劇を再演させないため記念日を設定することは重要です。”松岡環は言う。カナダ・オンタリオ州はすでに12月13日を南京大虐殺記念日に決めた。

 ◆ “歴史を鑑としてこそ未来を拓くことができる”
 歴史を忘れるのは背信である。松岡環は考えている。
 1945年の敗戦後、日本は歴史を直視していない、“日本は歴史を直視し、心から中国人民に謝罪すべき。安倍首相は南京に行き国家追悼式に参加し、犠牲者に黙祷し謝罪すべきです”。

 100回近く南京に行き、松岡環は幸存者の信任を得た。
 毎年、幸存者を日本に招待し証言してもらっている。
 “幸村者・張秀英さんはかつて日本軍に強姦され、3か月の娘を殺され、彼女の悲劇はとても悲しいものだ。” 松岡環は言う。
 彼女の日本人に対する憎しみは骨髄にしみこんでいる。でも、彼女は日本で話すことを快く同意した。
 日本にいる時、松岡環は彼女と一緒に外務省に行き日本政府が南京大虐殺を調査し、中国人民に謝罪することを要求した。
 彼女が死去する前に、毎年、松岡環は彼女を見舞った。“私が右翼に狙われているのを知って、彼女はとても心配し、南京に住むように望んだ。”と松岡環は感動的に言った。
 “前事を忘れず、後事の教訓とする。”

 松岡環は“私がなした一切のことは、日本がよりよく進むためです。心から日本が教科書に侵略戦争の内容を書き込み、次の世代を教育し、歴史の教訓をくみ取ることを希望します歴史を鑑としてこそ未来を切り開くことができます。”
(本報東京12月14日発)

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 ◆ やはり戻る、戦争責任

 <危機の真相 世論調査にみる世代間分断 ファシズム、若者を好む=浜矩子>
   毎日新聞2017年12月16日

 《20〜29歳層と他の年齢層の回答を分けたものは何か。それは、あの「1億総活躍」というフレーズが「1億総動員」に重なってみえるか否かではないか。そして、そこから「総員奮励努力せよ」というお達しへと連想が及んだか否かなのではないか。そのように思えた。つまり、戦争の記憶と記録から遠ざかるほど、あの言い方に疑念をもって反応する感性が希薄化する。だから、若者たちは、何の警戒心もなく、1億総活躍の可能性に引き寄せられていく。》

 *若者は「1億総活躍」賛成、「教育勅語の教材化」賛成だという。これに対抗するのは具体的事実だ。松岡さんの取り組みに敬意を表す。(近藤)

パワー・トゥ・ザ・ピープル!! パート2
 
東京新聞 社説
朝鮮人虐殺 歴史は抹消できない
  2017年9月6日
  歴史の事実は消すことができない。当たり前のことに、小池百合子東京都知事は疑問符をつけるのだろうか。関東大震災での朝鮮人虐殺犠牲者を弔う追悼文を出さなかった。真意を語ってほしい。
  近日所感
 朝鮮人あまた殺され
 その血百里の間に連なれり
 われ怒りて視る、何の慘虐ぞ
 大震災の混乱の中、多くの朝鮮人が無残に殺害された光景をモチーフにした詩人萩原朔太郎の三行詩。朝鮮人虐殺は動かせない史実である。
 市民団体が主催して一日に開かれたその犠牲者の追悼式に、小池氏は追悼文を送るのを取りやめた。地元墨田区の山本亨区長も、同じように送付を見合わせた。
 大震災の発生直後に「朝鮮人が暴動を起こした」といったデマが瞬く間に広がった。あおられた民衆が組織した自警団や住民が、朝鮮人を見つけ出しては殺傷した。
 知事名の追悼文は、少なくとも石原慎太郎氏の時代から歴代知事は毎年送ってきた。小池氏も去年は送ったではないか。
 こうつづられている。「極度の混乱のなか、多くの在日朝鮮人の方々が、言われのない被害を受け、犠牲になられたという事件は、わが国の歴史の中でも稀(まれ)に見る、誠に痛ましい出来事でした」
 知事として、負の歴史と正面から向き合う姿勢が伝わる。この追悼文が今年はなくなった。歴史に目をつぶり、学ぶべき教訓を無意味化するにも等しい。
 その理由を記者会見で問われると、小池氏は、大震災の遭難者を弔う都慰霊協会主催の大法要の場で「全ての方々へ哀悼の意を表している」と繰り返した。聞く限り、真意はよく分からない。
 災害による落命と、民族差別を背景にした虐殺とは性格が異なるのに、「不幸な出来事」とひとくくりにもした。虐殺の史実については「歴史家がひもとくものではないか」と述べるにとどまった。
 追悼式の会場に立つ慰霊碑には、六千人余という犠牲者数が刻まれている。それを疑う声はある。
 国の中央防災会議の報告書は、殺された朝鮮人らは震災全体の死者十万五千人余の「1〜数%」と推計する。虐殺の事実は否定できない。
 首都直下地震をはじめ大災害時に、小池氏は人命救助を指揮する責任を負う。人心を惑わし、暴走を招きかねないデマの拡散を防ぐのも重要な任務である。過去の教訓を蔑(ないがし)ろにしてはならない。
 
 ◆ 消される虐殺 (東京新聞【本音のコラム】)
   斎藤美奈子(文芸評論家)


 東京都教育委員会が発行する都立高校用の日本史副読本『江戸から東京へ』が問題になったのは2013年だった。
 この副読本は11年度から使われているが、13年度版から記述の一部が変更されたのだ。そのひとつが「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑」についてのコラムである。
 旧版は〈大震災の混乱のなかで数多くの朝鮮人が虐殺された〉。
 新版は〈碑には、大震災の混乱のなかで、「朝鮮人の尊い命が奪われました。」と記されている〉。
 虐殺の事実を都は隠蔽(いんぺい)しちゃったのである。変更の理由は「殺害方法がすべて虐殺と判断できない」。

 今年、小池百合子都知事が関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文送付を断ったのと、副読本の一件はひとつながりと見るべきだろう。


 同様の隠蔽はしかし、過去にもあった。西崎雅夫氏の労作『関東大震災朝鮮人虐殺の記録 東京地区別1100の証言』〈現代書館・16年〉には、〈鮮人がひなんしたのを殺されたりした〉を〈知らない人が来たのをぶったりした〉に改ざんするなど、子どもの作文が徹底検閲された例が数多く示されている。

 私たちにできるのは、せめて2つの事実を次世代に伝えることだろう。
 第一に虐殺の歴史があったこと。第二に権力は加害の歴史を隠したがること。9月1日はそのための日。教材ならいくらでもある。

『東京新聞』(2017年8月30日【本音のコラム】)
  (8月30日東京新聞朝刊27面「本音のコラム」より)

パワー・トゥ・ザ・ピープル!! パート2 

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