皆様へ、 日中友好と教育の自由のために〈中国通信1370〉を送ります。重複お許しください。ご意見ご批判をお願いします。転送OK。*記事の中国語原文については大幅に(略)しています。全文を読みたい方はご連絡ください。
《原文:人民日報(2017年12月15日)本報駐日記者・作者:??国》
◆ ほぼ30年で97回南京訪問した、“日本の良心”が引き裂かれた記憶を修復する
(日本語訳の簡約:近藤) “毎回
南京大虐殺の遺跡を参観するたびに
歴史を鑑とすることの重要性を感じる。”2/14、南京大虐殺犠牲者国家追悼式典に参加した日本“銘心会”会長・
松岡環女史は18名の日本人と共にその他の遺跡を参観した。
松岡環は今年70歳、日本右翼の目からは“眼の上のたん瘤”、幸存者からは
“日本の良心”とされ、1988年に初めて南京を訪れてから今月
97回目となる。
ほぼ30年、“南京大虐殺の
資料調査、日本人を含めて各国の
供述を調査する”ことが彼女の唯一の生活となってきた。
◆ “南京大虐殺の動かぬ証拠は山の如し、捻じ曲げ改竄することはできない” 松岡環はかつて小学教師、80年代歴史を教えていて、
教科書は広島・長崎の原爆など被害者の歴史を強調し、
中国侵略と中国人民にもたらした災難の歴史を記載していないと気付いた。
“私は、日本政府が誠意がなく不公平であると思った。”
真実の歴史を知るため松岡環はすぐに中国に出かけ
南京記念館と
抗日戦争記念館に行った。
松岡環は振り返って
“幸存者の語る経歴を聞いた時、私は深く心を打たれた。”という。
南京行は松岡環の人生を変え、大阪に帰って、何かしなければと思った。
右翼が鼓吹する
“南京大虐殺は中国人自身のねつ造だ。”“日本軍隊は残虐なことをしなかった。”などの
謬論に対して、松岡環怒り“
南京大虐殺の証拠は山ほどあり、改竄は許されない。彼らの錯誤に有効に反論するため
自分で資料を集めようと決めた。”
1997年、
南京大虐殺60周年、松岡環は日本の新聞に手掛かりの収集を載せ
“南京大虐殺ホットライン”を設立し老兵の証言・日記・写真・手紙などの資料を求めた。
同時に、松岡環は南京に出かけ幸存者を訪ねた。
こうして、普通の小学教師は南京と深くつながったのである。
右翼の恐喝・老兵の拒絶と反対…これら一切はこの堅固な信念を持つ日本女性に放棄させることはできなかった。
調査の過程で、松岡環は、
日本老兵と幸存者は多くの点で共通の記憶があることが分かった。
“日中双方の手掛かり・証拠の事実は日本右翼の反撃を無力とさせた。”
松岡環は引き続き
調査を公開する決心を固め、確信はさらに強固となった。彼女は全部で各250名の日本老兵を訪ね、2002年
『南京戦・閉ざされた記憶―中国侵略日本軍元兵士102名の証言』を日本で出版した。
その後、各方面の証言
『南京―引き裂かれた記憶』などドキュメンタリーを制作した。松岡環は各地で上映し関係する書籍を販売した。
“本とフィルムは自分で集め、これは右翼への切り札となった。” 松岡環は言う。
◆ “戦争は鏡で平和の大切さを認識させる。” 初めて南京を訪れた2年後、松岡環は、特別な
訪中団−“中国侵略戦争歴史学集団”を組織し、日本人を連れて中国へ侵略戦争史の学習に行った。今日まで、松岡環は
約700名を連れて記念館などを訪れた。
事前に色々調べていくけれど、“中国に行って記念館を見て被害者の証言を聞くと、悲惨な出来事と戦争の残忍さに震撼とさせられる。
松岡環は記者に紹介した。
青少年は国家の未来を代表する。2005年から、松岡環は訪中団の中に
大学生を参加させた。松岡環は若者を参加させるため、募金を集め、また、自分のお金を拠出した。松岡環にとって、
若者が参加するのは無上の喜びで、中国の大学教授・学生と交流し視野が大きく広がり、自発的に参加し
“日本では学べない多くの事を学んだ。”という。
さらに松岡環を喜ばせたのは、その中の多くの若者が新聞記者や教師を志していることだ。彼女は言う。“組織者として、彼らが社会的影響を持つ仕事に就くのは無上の喜びで、こうして
さらに多くの日本人、特に次の世代の日本人も侵略戦争の歴史を知る機会がある。”
松岡環はさらに
西側社会に調査結果を紹介する。
南京訪問前にカナダから帰ってきたばかりで、2010から
カナダ・アメリカの市民団体と協力し、ドキュメンタリー上映、講演などを行った。
“全世界は南京を銘記すべきで、平和のため、悲劇を再演させないため記念日を設定することは重要です。”松岡環は言う。
カナダ・オンタリオ州はすでに
12月13日を南京大虐殺記念日に決めた。
◆ “歴史を鑑としてこそ未来を拓くことができる” 歴史を忘れるのは背信である。松岡環は考えている。
1945年の敗戦後、日本は歴史を直視していない、“日本は歴史を直視し、心から中国人民に謝罪すべき。
安倍首相は南京に行き国家追悼式に参加し、犠牲者に黙祷し謝罪すべきです”。
100回近く南京に行き、松岡環は幸存者の信任を得た。
毎年、
幸存者を日本に招待し証言してもらっている。
“幸村者・張秀英さんはかつて日本軍に強姦され、3か月の娘を殺され、彼女の悲劇はとても悲しいものだ。” 松岡環は言う。
彼女の日本人に対する憎しみは骨髄にしみこんでいる。でも、彼女は日本で話すことを快く同意した。
日本にいる時、松岡環は彼女と一緒に
外務省に行き日本政府が南京大虐殺を調査し、中国人民に謝罪することを要求した。
彼女が死去する前に、毎年、松岡環は彼女を見舞った。“私が右翼に狙われているのを知って、彼女はとても心配し、南京に住むように望んだ。”と松岡環は感動的に言った。
“前事を忘れず、後事の教訓とする。”
松岡環は“私がなした一切のことは、日本がよりよく進むためです。
心から日本が教科書に侵略戦争の内容を書き込み、次の世代を教育し、歴史の教訓をくみ取ることを希望します。
歴史を鑑としてこそ未来を切り開くことができます。”
(本報東京12月14日発)
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◆ やはり戻る、戦争責任
<危機の真相 世論調査にみる世代間分断 ファシズム、若者を好む=浜矩子>
毎日新聞2017年12月16日 《20〜29歳層と他の年齢層の回答を分けたものは何か。それは、あの「1億総活躍」というフレーズが「1億総動員」に重なってみえるか否かではないか。そして、そこから「総員奮励努力せよ」というお達しへと連想が及んだか否かなのではないか。そのように思えた。つまり、
戦争の記憶と記録から遠ざかるほど、あの言い方に疑念をもって反応する感性が希薄化する。だから、
若者たちは、何の警戒心もなく、1億総活躍の可能性に引き寄せられていく。》