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■フクシマ 原発 震災
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◎ 東京オリンピック開催にあたり、皆様が訪れるであろう
東京とフクシマ原発事故の真の現状を伝えさせていただきます 2020年東京オリンピック開催にあたり、選手としての参加、及び観客として来日を予定している各国の皆様が予め了解しておかなければいけない情報が、日本側から全く伝えられていない事を危惧し、一日本人として日本の正直さと尊厳を守るためこうして筆を取る事を決意いたしました。 ここにその通知に関わる書簡を送付させていただきます。 私たちには、決める権利というものがあり、私はそれを尊重するものです。 然し乍ら、正しい決定を行うためには正確な情報が与えられていることが必須であり,関係者には、(この場合は主催者)その正確な情報を、それが主催者側に都合が良かろうが、悪かろうが、全て公開する義務があります。 東京オリンピック然りです。 東京オリンピックのために、来日するのは各自の自由ですが、その決定にあたり彼らが知らなければならない情報が明確に広く公開されていない事を危惧します。 つまり人々の「知る権利」が尊重されていないのです。果たして現在の東京は、オリンピックのような世界規模の祭典を行い、世界中から沢山の人を呼び寄せるのに相応しい場所なのでしょうか? 日本政府及び東京都は、来日する人々の安全を保証するために、最大かつ細心の安全対策を考えているのでしょうか? 2011年3月11日に、東日本大震災により引き起こされた福島原子力発電所の事故、そしてそれに伴う大量な高濃度の放射能による大気中及び海への汚染、あれから7年経った今も福島原子力発電所は、収束はおろかその状況は悪化するばかりです。 実際福島と東京がたったの230キロしか離れていないという事を、一体どれだけの人が把握しているのか?疑問です。 わざわざチェルノブイリから230キロのところで世界規模の祭典を行いますか? そして、わざわざチェルノブイリから230キロしか離れていないところに出かけて行きますか?それも家族連れで、、。 福島原子力発電所では、未だ溶け落ちた炉心の居場所さえ分からず、現場に近づくこともできず、そして使用済み核燃料プールには、依然放射能を発生し続けている使用済み核燃料が何100本も存在しています。 東京からたったの230キロのところで、いまだに人体の健康に著しく危険なあらゆる種類の環境汚染が続いているのです。 そして、何よりも忘れてならない事は、日本は地震大国であるという事です。 2018年6月には大阪で、そして、そのあとにも千葉でも地震がありました。千葉は東京と福島の間に位置する県です。 私は、2020年の東京オリンピック開催に、2つの理由で反対しています。 一つはそんな危険を孕んでいる、汚染されている都市に(東京が汚染されていないと考えるのは、楽天的過ぎます)世界中からわざわざ大量の観光客を招き入れるという事、オリンピック開催時地震が発生し、地震だけならまだしもその地震が福島原子力発電所の現在の状況を悪化させる可能性は否めません。 もちろん何も起こらない可能性もあります。 しかしながら、私はどんな事を企画するにおいても、「何も起こらないだろう」ではなく、何か起きた時の安全対策がその後ろ盾に考えられていなければならないと考えます。 とりわけ大量の人々を一堂に集める場合は尚更です。 その安全対策、つまり会期中に福島原発の状況が悪化するような事が起こった場合のことを、東京オリンピック開催側が考慮に入れているとは思えないのです。 実際、彼らが福島原子力発電所の現状、福島の汚染の状況をしっかり把握しているかどうかさえも疑問です。 彼らが現在の福島第一原子力発電所の惨状を熟知しているとしたら、まずオリンピックなどと言う世界的祭典の開催候補地などに名乗りを上げなかったでしょうし、そしてそればかりか、ソフトボール競技を福島で開催するなどと言う事も考えもしなかったでしょうから。 地震の可能性とそれに準じた福島原子力発電所の状況が悪化することを想定して、開会前に安全対策を整えることを考慮する事は必須です。 なぜならたったの230キロしか離れていないのですから。 もう一つの理由は、これは極めて人道的な問題でありますが、福島原子力発電所の事故により、多くの人が家を失い、職を失い、故郷を汚染され、そのために県外への避難を強いられました。日本中にまだ仮の住まいで身を小さくして暮らしている人々が数多くいるのです。 そればかりか、日本政府は今年の春そう言った自主避難者の方達への住宅補助を一方的に打ち切りました。 そんな中で、彼らの苦難を知りながら、困っていない、被害に遭わなかった人々が東京でお祭り騒ぎに明け暮れる。そんなことが人間として許されるのかと言う事です。 オリンピックに使えるお金があるのなら、まず困っている国民救済に充てるべきではないでしょうか? 祭りは、皆が幸せで平和でいる時にみんなで一緒に行うものであり人の不幸を蔑ろにして豊かな者たちだけで楽しむものではありません。 それは、オリンピックの本分に反しませんか? 世界中で弱者が彼らの力の無さゆえに、搾取され、搾取だけでは止まらず、さらに彼らの人権をも踏みにじられています。 スポーツという媒体を通して、人種間の交友をはかり、人種差別をなくし、互いの親愛と友好を深めることが、オリンピックというものの本来の主旨ではなかったのでしょうか? スポーツは貧富の差に関係なく誰でも享受できる。とかつては謳われていましたが、そんなことはもはやおとぎ話になってしまっていますが、それでもなおオリンピック委員会とは、スポーツというものの根底に流れるフェアプレイ、平等の意識に乗っ取り、権力者側の便宜や利益を尊重するのではなく、民の側に立すべきものではないのでしょうか。 オリンピック憲章オリンピズムの根本原則第2項においてオリンピズムの目的は,人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである。 と謳っています。 オリンピック競技場建設のために、40年以上も住んでいた都営住宅からお年寄りが追い出されました。アパートは取り壊され、オリンピックのための競技場建設の資材置き場になります。 資材置き場のために、住民を追い出す。それが人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会で行われる事なのでしょうか? スポーツとは、お金を儲ける手段ではなく、それによって心身を鍛え、平和を構築し守る精神を育てるものではないのでしょうか。 福島原子力発電所の事故以来、私たち国民に放射能の真実を、福島の事故の真実を国内外に問わず、伝え続けてくださっている元京都大学原子炉実験所助教授であり、環境動体解析、原子力安全および放射性物質の環境動態を専門とする小出裕章先生の書簡を添付します。 世界に名だたる巨大な組織であるオリンピック委員会が、私たちのような一個人の言葉に耳を傾けて、すでに決定している事項を覆すような事は、恐らくあり得ないであろうと思いますが、その反面オリンピック委員会のような巨大な組織であったとしても、事の次第によっては、とりわけ人道的に相応しくないと改めて見なされた場合においては、その決定さえも覆す英断を決行する。そんな素敵な事が起こってもいいのではないかとも考えます。 世界は一人一人の人間からできています。 その一人一人にそれぞれ守るべき自分と家族、健康、暮らしがあります。 昨今私たちは、巨大なマネーというシステムの中に取り込まれ、その一個一個一人一人を尊重する良識を失っています。非人道と言う線路を走っているこの現在の社会に、皆様方が正義という一石を投じていただけるようなことがあったら、こんなに素晴らしい事はないと考えます。 今の社会には、正しくあれ優しくあれと私たちを刺激する人間ドラマが足りません。 最後に 東京オリンピック開催に対する危惧をもうひとつ付け加えさせていただきます。 皆さんは、日本の夏がいかに危険なものであるかご存知ですか。 もはや夏は汗をかいて冬の健康に備えるなどと言うのどかなものではなくなっています。 連日35〜6度を平気で越える暑さに今年は当然東京周辺でも40度を超える地域が何箇所もありました。 東京は言うまでもなく、日本の大半の街はアスファルトで覆われていますし日本の暑さには、尋常ではない湿気も伴います。今年の夏は16日までの連休中に全国で14人が熱中症で死亡し、5616人が救急搬送されたのです。 そんなところで競技ですか? これは選手の方々はおろか、観衆の方々の健康被害、命の危険に関わるものです。 東京の夏を熟知する東京オリンピックの企画側がなぜわざわざ夏を選んだのか、甚だ疑問です。 先にも申し上げましたが私は東京オリンピックの開催自体にすでに述べた二つの理由で反対しています。 東京都が、オリンピックを辞退する事を心より望んでいますが、もはや決定されてしまったオリンピック開催を取り消す事など奇跡よりありえない事であるとも認識しています。 しかしながら、東京オリンピックを中止することができないとしても、開催時期をずらす事は出来るはずですし、そうするべきです。 それは、オリンピックに参加するアスリートたち、そして競技を見る観客の健康と命を守るためです。 以上 東京オリンピック開催にあたり、皆様が訪れるであろう東京の真の現状を伝えさせていただきました。 皆様方の国の選手各位そして東京オリンピック観戦を予定している国民の皆様に広く拡散していただき、彼らが彼らの常識で行くべきか行かないべきか参加すべきかすべきでないか。を判断し、健全な決定を行なってくださる事を祈念します。 そしてオリンピック委員会の皆様におきましては、スポーツの本分に立ち戻っていただき、現在世界中で軽視されている人権を、深く尊重した立場を取っていただきたいと望みます。人権とは、私がわざわざ言うまでもなく、裕福な人間にも、そうでない人間にもそして権力者にも権力を持たない者にも、為政者にも人民にも国籍の違いなく、皆に等しく平等に与えられ互いに尊重されるべきものであると考えます。 楠本淳子(イタリア在住) 2018年10月2日 |

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◎ フクシマ事故と東京オリンピック
小出 裕章(元京都大学原子炉実験所助教) 2011年3月11日、巨大な地震と津波に襲われ、東京電力・福島第一原子力発電所が全所停電となった。全所停電は、原発が破局的事故を引き起こす一番可能性のある原因だと専門家は一致して考えていた。その予測通り、福島第一原子力発電所の原子炉は熔け落ちて、大量の放射性物質を周辺環境にばらまいた。 日本国政府が国際原子力機関に提出した報告書によると、その事故では、1.5×10の16乗ベクレル、広島原爆168発分のセシウム137を大気中に放出した。広島原爆1発分の放射能だって猛烈に恐ろしいものだが、なんとその168倍もの放射能を大気中にばらまいたと日本政府が言っている。 その事故で炉心が熔け落ちた原子炉は1号機、2号機、3号機で、合計で7×10の17乗ベクレル、広島原爆に換算すれば約8000発分のセシウム137が炉心に存在していた。 そのうち大気中に放出されたものが168発分であり、海に放出されたものも合わせても、現在までに環境に放出されたものは広島原爆約1000発分程度であろう。つまり、炉心にあった放射性物質の多くの部分が、いまだに福島第一原子力発電所の壊れた原子炉建屋などに存在している。 これ以上、炉心を熔かせば、再度放射性物質が環境に放出されてしまうことになる。 それを防ごうとして、事故から7年以上経った今も、どこかにあるであろう熔け落ちた炉心に向けてひたすら水を注入してきた。そのため、毎日数百トンの放射能汚染水が貯まり続けてきた。東京電力は敷地内に1000基を超えるタンクを作って汚染水を貯めてきたが、その総量はすでに100万トンを超えた。敷地には限りがあり、タンクの増設には限度がある。近い将来、東京電力は放射能汚染水を海に流さざるを得なくなる。 もちろん一番大切なのは、熔け落ちてしまった炉心を少しでも安全な状態に持って行くことだが、7年以上の歳月が流れた今でも、熔け落ちた炉心がどこに、どんな状態であるかすら分からない。 なぜなら現場に行かれないからである。事故を起こした発電所が火力発電所であれば、簡単である。当初何日間か火災が続くかもしれないが、それが収まれば現場に行くことができる。事故の様子を調べ、復旧し、再稼働することだって出来る。 しかし、事故を起こしたものが原子力発電所の場合、事故現場に人間が行けば、死んでしまう。国と東京電力は代わりにロボットを行かせようとしてきたが、ロボットは被曝に弱い。なぜなら命令が書き込まれているICチップに放射線が当たれば、命令自体が書き変わってしまうからである。そのため、これまでに送り込まれたロボットはほぼすべてが帰還できなかった。 2017年1月末に、東京電力は原子炉圧力容器が乗っているコンクリート製の台座(ペデスタル)内部に、いわゆる胃カメラのような遠隔操作カメラを挿入した。圧力容器直下にある鋼鉄製の作業用足場には大きな穴が開き、圧力容器の底を抜いて熔け落ちて来た炉心がさらに下に落ちていることが分かった。 しかし、その調査ではもっと重要なことが判明した。人間は8シーベルト被曝すれば、確実に死ぬ。圧力容器直下での放射線量は一時間当たり20Svであったが、そこに辿り着く前に530あるいは650シーベルトという放射線が計測された。そして、この高線量が測定された場所は、円筒形のぺデスタルの内部ではなく、ペデスタルの壁と格納容器の壁の間だったのである。 東京電力や国は、熔け落ちた炉心はペデスタルの内部に饅頭のように堆積しているというシナリオを書き、30年から40年後には、熔け落ちた炉心を回収し容器に封入する、それを事故の収束と呼ぶとしてきた。 しかし実際には、熔けた核燃料はペデスタルの外部に流れ出、飛び散ってしまっているのである。やむなく国と東京電力は「ロードマップ」を書き換え、格納容器の横腹に穴を開けて掴み出すと言い始めた。 しかし、そんな作業をすれば、労働者の被曝量が膨大になってしまい、出来るはずがない。 私は当初から旧ソ連チェルノブイリ原子力発電所事故の時にやったように石棺で封じるしかないと言ってきた。そのチェルノブイリ原発の石棺は30年たってボロボロになり、2016年11月にさらに巨大な第2石棺で覆われた。その第2石棺の寿命は100年という。 その後、どのような手段が可能かは分からない。今日生きている人間の誰一人としてチェルノブイリ事故の収束を見ることができない。ましてやフクシマ事故の収束など今生きている人間のすべてが死んでも終わりはしない。 その上、仮に熔け落ちた炉心を容器に封入することができたとしても、それによって放射能が消える訳ではなく、その後数十万年から100万年、その容器を安全に保管し続けなければならないのである。 発電所周辺の環境でも、極度の悲劇がいまだに進行中である。 事故当日、原子力緊急事態宣言が発令され、初め3km、次に10km、そして20kmと強制避難の指示が拡大していき、人々は手荷物だけを持って家を離れた。家畜やペットは棄てられた。それだけではない、福島第一原子力発電所から40〜50kmも離れ、事故直後は何の警告も指示も受けなかった飯舘村は、事故後一カ月以上たってから極度に汚染されているとして、避難の指示が出、全村離村となった。 人々の幸せとはいったいどのようなことを言うのだろう。多くの人にとって、家族、仲間、隣人、恋人たちとの穏やかな日が、明日も、明後日も、その次の日も何気なく続いていくことこそ、幸せというものであろう。それがある日突然に断ち切られた。避難した人々は初めは体育館などの避難所、次に、2人で四畳半の仮設住宅、さらに災害復興住宅や、みなし仮設住宅へ移った。その間に、それまでは一緒に暮らしていた家族もバラバラになった。生活を丸ごと破壊され、絶望の底で自ら命を絶つ人も、未だに後を絶たない。 それだけではない。極度の汚染のために強制避難させられた地域の外側にも、本来であれば「放射線管理区域」にしなければいけない汚染地帯が広大に生じた。 「放射線管理区域」とは放射線を取り扱って給料を得る大人、放射線業務従事者だけが立ち入りを許される場である。そして放射線業務従事者であっても、放射線管理区域に入ったら、水を飲むことも食べ物を食べることも禁じられる。もちろん寝ることも禁じられるし、放射線管理区域にはトイレすらなく、排せつもできない。 国は、今は緊急事態だとして、従来の法令を反故にし、その汚染地帯に数百万人の人を棄てた。 棄てられた人々は、赤ん坊も含めそこで水を飲み、食べ物を食べ、寝ている。 当然、被曝による危険を背負わせられる。棄てられた人は皆不安であろう。 被曝を避けようとして、仕事を捨て、家族全員で避難した人もいる。 子どもだけは被曝から守りたいと、男親は汚染地に残って仕事をし、子どもと母親だけ避難した人もいる。 でも、そうしようとすれば、生活が崩壊したり、家庭が崩壊する。汚染地に残れば身体が傷つき、避難すれば心が潰れる。棄てられた人々は、事故から7年以上、毎日毎日苦悩を抱えて生きてきた。 その上、国は2017年3月になって国は、一度は避難させた、あるいは自主的に避難していた人たちに対して、1年間に20ミリシーベルトを越えないような汚染地であれば帰還するように指示し、それまでは曲がりなりにも支援してきた住宅補償を打ち切った。 そうなれば、汚染地に戻らざるを得ない人も出る。今、福島では復興が何より大切だとされている。そこで生きるしかない状態にされれば、もちろん皆、復興を願う。そして人は毎日、恐怖を抱えながらは生きられない。汚染があることを忘れてしまいたいし、幸か不幸か放射能は目に見えない。国や自治体は積極的に忘れてしまえと仕向けてくる。逆に、汚染や不安を口にすれば、復興の邪魔だと非難されてしまう。 1年間に20ミリシーベルトという被曝量は、かつての私がそうであった「放射線業務従事者」に対して初めて許した被曝の限度である。それを被曝からは何の利益も受けない人々に許すこと自体許しがたい。 その上、赤ん坊や子どもは被曝に敏感であり、彼らには日本の原子力の暴走、フクシマ事故になんの責任もない。そんな彼らにまで、放射線業務従事者の基準を当てはめるなど、決してしてはならないことである。 しかし、日本の国はいま、「原子力緊急事態宣言」下にあるから、仕方がないと言う。 緊急事態が丸1日、丸1週間、1月、いや場合によっては1年続いてしまったということであれば、まだ理解できないわけではない。しかし実際には、事故後7年半たっても「原子力緊急事態宣言」は解除されていない。 国は積極的にフクシマ事故を忘れさせてしまおうとし、マスコミも口をつぐんでいて、「原子力緊急事態宣言」が今なお解除できず、本来の法令が反故にされたままであることを多くの国民は忘れさせられてしまっている。環境を汚染している放射性物質の主犯人はセシウム137であり、その半減期は30年。100年たってもようやく10分の1にしか減らない。実は、この日本という国は、これから100年たっても、「原子力緊急事態宣言」下にあるのである。 オリンピックはいつの時代も国威発揚に利用されてきた。 近年は、箱モノを作っては壊す膨大な浪費社会と、それにより莫大な利益を受ける土建屋を中心とした企業群の食い物にされてきた。 今大切なのは、「原子力緊急事態宣言」を一刻も早く解除できるよう、国の総力を挙げて働くことである。 フクシマ事故の下で苦しみ続けている人たちの救済こそ、最優先の課題であり、少なくとも罪のない子どもたちを被曝から守らなければならない。 それにも拘わらず、この国はオリンピックが大切だという。内部に危機を抱えれば抱えるだけ、権力者は危機から目を逸らせようとする。 そして、フクシマを忘れさせるため、マスコミは今後ますますオリンピック熱を流し、オリンピックに反対する輩は非国民だと言われる時が来るだろう。 先の戦争の時もそうであった。マスコミは大本営発表のみを流し、ほとんどすべての国民が戦争に協力した。自分が優秀な日本人だと思っていればいるだけ、戦争に反対する隣人を非国民と断罪して抹殺していった。 しかし、罪のない人を棄民したままオリンピックが大切だという国なら、私は喜んで非国民になろうと思う。 フクシマ事故は巨大な悲劇を抱えたまま今後100年の単位で続く。 膨大な被害者を横目で見ながらこの事故の加害者である東京電力、政府関係者、学者、マスコミ関係者など、誰一人として責任を取っていないし、処罰もされていない。 それを良いことに、彼らは今は止まっている原子力発電所を再稼働させ、海外にも輸出すると言っている。 原子力緊急事態宣言下の国で開かれる東京オリンピック。それに参加する国や人々は、もちろん一方では被曝の危険を負うが、一方では、この国の犯罪に加担する役割を果たすことになる。 http://www.go.tvm.ne.jp/~koide/Hiroaki/remark/olympic.htm ※英語版(楠本淳子さんによる翻訳) http://www.go.tvm.ne.jp/~koide/Hiroaki/remark/Fukushima&Olympic.pdf |

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前双葉町長が語る 地震当日夜9時に東電社員とその家族は…
日刊ゲンダイ2018/12/21
平成23年3月11日 福島第一原発事故
東日本大震災が発生した2011(平成23)年3月11日午後2時46分。震度6を超える大地震による津波は、福島県双葉町と大熊町にある東京電力福島第1原子力発電所に襲い掛かった。その直後、おぞましい原発事故が発生した。井戸川克隆さん(72)は、当時の双葉町長。いま、静かにあの日を振り返る。
地震発生時、井戸川さんは隣町の町村会館の駐車場に止めた車中にいた。
「グラグラッ。地震だ!あまりの強い揺れに、私はハンドルにしがみつくしかなかった。体が浮き沈みするような、今まで経験がない揺れでした。これは、もうダメだ。原発は大丈夫か。短時間にさまざまなことが頭をよぎりました。なぜか、菅総理も頭に浮かんできて、不安になった。あとは、早く収まってくれ――。その一心でした」
揺れが収まると、井戸川さんは双葉町役場に車を走らせた。国道6号が混み始めていたため、とっさに信号が少ない“浜街道”と呼ばれる裏道にハンドルを切る。
「ラジオから、3メートルの大津波警報が流れてきました。ですが、道路はあちこち陥没してるし、下水道管は飛び出していてスピードが出せない。通常30分で帰れるところを1時間以上かかって、役場に着いたのは午後4時ごろ。実はこの道は間もなく津波で流されたんです。
役場の中は書類やファイルがことごとくひっくり返って、職員たちは呆然とたたずんでました。4階建ての庁舎を1階から被害状況を確認しながら最上階の議会議場にたどり着いた。と、東側の窓の前で10人ほどの職員が、声にもならない声を上げていました。津波が迫ってたんです。庁舎と海の間にあったはずの松林が水没して消え、庁舎に近い集落2カ所も海の中に。ショックで言葉もありませんでした」
11日の夜は避難所支援などに徹夜で対応する。そして翌早朝、政府からの避難指示が出る。井戸川さんが防災無線のマイクの前に立ったのは12日午前5時44分のことだ。
「第一声は、“町民の皆さん、ただ今、福島第1原発で地震による事故が発生しました”でした。官邸から海岸から半径10キロ以内に避難指示が出されたので、町民に“急いで避難してください。避難先は川俣町です”と呼びかけた。ですが、絶望感と悔しさで涙が出てきて声が詰まってしまった。双葉町のほぼ全域が10キロ圏でしたから……。
実は、後で分かったことですが、11日の夜9時すぎには、東電の社員も家族もだれ一人双葉町に残っていなかった。いち早く社宅を出て、役場にいた社員も黙って消え去りました。そういう会社ですよ、東電は。現在、どこかで何食わぬ顔をして生きているんでしょうけど、ひどい話ですッ」
3月12日の昼。役場の南側の窓に設置していた線量計の針が振り切れたという。1号機のベント放出があった時刻だ。
「役場に頭から足まで隠した真っ白のフル装備の警察官が近寄ってきて、私に耳打ちしました。“町長、限界ですよ”と。官邸や東電からは断片的な情報しか入らず、唯一警察官からもたらされたひと言が命を守る情報でした。私は6人の職員と一緒に、12日午後2時をもって最終退避命令を出したんです。そして、午後3時36分。私は双葉町福祉施設がある現場で、忌まわしい光景を目にしたんです。
まず、ド〜ンという地響きのような音。1号機の爆発音でした。その4、5分後に空からぼたん雪のようなフワフワした断熱材が静かに駐車場に舞い降りた。警察官や自衛隊員、バスの運転手ら約300人が見たんですよ。あの時、“これで死ぬな”って思いました」
この情報は政府も県も無視。官邸は原発事故後、「ただちに影響はない」とも発表。井戸川さんたちの声はかき消された。
19日、井戸川さんは双葉町民約1200人を引き連れ、川俣町からさいたまスーパーアリーナに避難。バス40台での移動は歴史的な避難行動だった。
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